2018年4月29日日曜日

【夢幻神戯】第2話 願いの対価、大禍の願い〈2〉【オリジナル小説】

■タイトル
夢幻神戯

■あらすじ
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ。対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」冒険者ロアは理不尽な死を迎え、深紅の湖の底に浮かぶ少女と契約を交わした。それは、世界を滅ぼすゲームの始まりであり、長い長い旅路の幕開けだった。
※注意※2017/06/13に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公

■第2話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/10045

第2話 願いの対価、大禍の願い〈2〉


「お二人の名前をまだ伺っていないのですが、なんとお呼びすれば宜しいでしょうか?」

へらへらとした笑みを貼りつけて尋ねるロアに、狐顔の女が「私はヨウ。彼はギンジ。これでいい?」と素っ気無く応じた。
「ヨウ様とギンジ様ですね、分かりました!」
――そんな名前の賞金首は聞いた事が無いのう。偽名か、或いは犯行が冒険者ギルドにまで伝わっていないか。どちらにせよ、厄介じゃのう。
平然と町中を、人通りの多い通りですら素顔を隠す素振りも無く闊歩する二人に、危険を知らせる警報が鳴りっ放しになっていた。
当然、ロアには騒ぎを起こして誰かにこの異常を知らせる術は有ったが、その時、この二人が執るであろう手段を考えただけで、全身が錆びついてしまったかのように固まってしまい、誰かに声を掛けると言う行為ですら躊躇してしまった。
やがて誰にも見咎められる事無く【狛鳥】の町を出てしまい、右手に【燕海(エンカイ)】を眺めながら足場の不安定な岩場を越えて行く。
こんな所にダンジョンが有ると聞いた事は無かったが、もしかしたら最近見つかった可能性が有るのかも知れない。紙幣を見せてきた少年が行ける近場である事からも、その可能性は高い。
ダンジョンは昔から存在していたものも有れば、突如として地形を変えて出現するものも各地で発見されている。どういう原理で、どういう仕組みでダンジョンが生成されるのか、初めてダンジョンが発見された時代から何百年と言う月日が流れた今でも解明は進んでいない。
やがて見えてきたのは、岸壁を刳り貫いた形で出現した洞窟だった。高さは五メートルほど、幅は二十メートルほど、奥行きは見通せないほどの、中々の広さの洞窟で、中は左右に等間隔で松明が掲げられているため、視界は良好だ。
そしてここがダンジョンである事を示す、宙に浮かぶ半透明の文字が見えた。
“イケニエヲ”と言う文字が、何も無い空間にふわふわと浮かんでいる。
「入れ」とギンジに背中を押され、ロアは内心不承不承、表面上は笑みを浮かべてダンジョンの中に足を踏み入れる。
何のギミックも施されていない洞窟を抜けると、大広間に出た。
松明が幾つも掲げられている、明るい空間。左手には真っ赤に染まった湖が広がり、右手には一振りの剣が祭られている祭壇が見え、奥には石の扉と、古語が記されている石の看板が在る。
「読め」とギンジがロアの背中を押し、石板の元に突き飛ばす。
内心で舌打ちをしながら石板を見やったロアは、一瞬で解読を終えた。
「“イケニエヲイレロ”と記されていますね」と呟きながら振り返ると、ヨウが「“やっぱり、そうか”」と楽しげな笑みを浮かべ、“右目を、開いた”。
「――――ッ」
回避できるものではないと思っていたが、案の定だった。
何が起こったかも理解できないままに、ロアの体は宙を舞い、――真っ赤な湖に投身した。
溺れながらも、ロアの冷静な部分は彼らの行いに関しての理解が追い付いて行く。
古語を読める者を探していたのは、“本当に合っているのか確認するため”。
ロアでなくても良かった理由は、“ここで生け贄として殺すため”。
この部屋の謎解きをするためだけにロアは用意され、生け贄にされた。
たったそれだけの理由で、冒険者を使い捨てる彼らはやはり、――――狂っている。
――死ぬのか、ワシは。
意識が遠退いていく。あんな外道を生かしたまま、ここで死ぬのはあまりに惨たらしいではないか。そう思いながら、徐々に意識が薄れ――――

「――殺したいのかい? あの二人を」

――――声が、聞こえた。

◇◆◇◆◇

反転した世界。
ロアの頭上には底の無い闇が広がり、足元には紅色の光が差し込む、波打つ空が見える。
緩やかに、併し確かに、ロアの体は底の見えない闇へと落ちていく。
そんなロアの視界に、上下逆さまの少女が、椅子に腰掛けている姿が映り込んだ。
白い無地のワンピースを纏う、十代後半に見える少女。
綺麗に梳かれた薄い茶色の髪を腰まで伸ばした、暗い青色の瞳の少女は、ロアを見つめてゆっくりと口を動かす。
「君が願うなら、手を貸してあげてもいいよ」
少女は無邪気に笑う。
それがあまりにも楽しそうで、ロアは少しずつ思考を奪われて行く想いに囚われた。
「……手を、貸す……?」
こぽ、と空気の泡が、ロアの口から漏れる。
少女はにこやかに笑いかけ、しっかりと首肯する。
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ」
……願いを、叶える……?
ロアは数瞬、何を言われたのか理解できずに、少女を見つめる事しか出来なかった。
己の願いとは、何の事なのか。
己が、この死の瀬戸際で望んだ事とは、一体――
「勿論、“無償で”とは言わないよ?」楽しげに笑い、少女は足を組み直す。「対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」
少しずつ、ロアの思考が稼働を再開する。
死に瀕していた意識が、明確な意志を以て、動き出す。
この謎の女の願いを叶えれば、あの外道を葬る事が出来る――――
ならば、迷う事はあろうか。
「……いいじゃろう。乗ろうか、その話」
仮にこの女が神であろうが、悪魔であろうが、構わなかった。
外道を誅す者が正義である必要は無い。
人を殺す時点で、人道を踏み外したも同然なら、外道を殺す者もまた、外道と言う事。
既に死んだ身であるのだから、そこに躊躇は無かった。
少女は嬉しげに手を叩き、ロアを歓迎するように手を広げた。
「じゃあ――――“ゲームを始めようか!”」

◇◆◇◆◇

――――意識が、覚醒する。
そこは真っ赤な世界だった。上下左右どこを見ても真紅一色の世界。
「――――ッ」
口を開き、二酸化炭素の泡が眼前で弾けて察する。ここがあのダンジョンの中に在った真っ赤な湖の只中である事を。
錯乱しそうになる意識を繋ぎ止め、視線を彷徨わせる事数秒、光が差し込む面を見つけて、そこに向かって水を掻き分ける。
意識を失ってからどれだけの時間が経過したのか分からないが、不思議と息苦しさは感じなかった。
水面が近づくにつれて、まだ肺腑の酸素に余裕が有る事を確認し、ゆっくりと水面下から大広間を見つめる。
二人の姿は無く、石の扉が開いている様子が見て取れた。
「どうやら二人はダンジョンの奥に行っちゃったみたいだねぇ」
水面から顔を出し、ゆっくりと湖から這い出るロアの頭上から落ちてきた少女の声に、思わず驚きの声を上げそうになって、寸前で口を押さえて止める。
見上げると、半透明の少女が浮かんでいた。
先刻、湖の底で見た、白いワンピースの少女が、宙を漂いながらロアを見つめている。
「……死の瀬戸際に見た幻覚かと思ったが、違うようじゃの」呼吸を落ち着かせると、ロアは少女を見上げて尋ねた。「お前さん、何者なんじゃ?」
「私かい? ……そうだねぇ、“アキ”とでも呼んでおくれよ!」嬉しそうにロアの周りを漂う少女――アキ。
「いや名前じゃなくて、何者なのかと問うたんじゃが」
「――神様だよ。……って言って、君は信じるのかい?」
ニヤニヤと笑むアキに、ロアは「……確かにの。お前さんが何を言っても信じそうじゃし、何を言っても信じられんな」と肩を竦めて応じた。
「さて、君はあの二人組をどうしたいんだい? 叩きのめして冒険者ギルドに突き出したい? それとも――殺害したいのかしらん?」
楽しそうに笑むアキを見やり、ロアは頭を掻き始めた。
「殺害したいのは山々じゃが、ワシにそんな力は無いんじゃよ」腰のベルトに刺さっている短剣を叩くロア。「この武器はダンジョンで手に入れた魔法剣じゃが、ヨウの、あの目を開いただけで相手を殺せる力の前じゃ、為す術も無いじゃろう」
「そうだねぇ。もう一人に到っては、どんな戦いを仕掛けてくるかも分からないもんねぇ」
「……おい、お前さん、手を貸してくれると言ってなかったか?」不満そうにアキを見上げるロア。「知恵を授けてくれる訳じゃないのか?」
「別に知恵を授けてもいいけど、私はこう言ったよね?“君の願いを叶える代わりに、私の願いを叶えて”――って」
楽しそうに微笑むアキを見つめたまま、ロアは沈思する。
彼女の願いを叶えると言うのは、あまりに不明瞭な情報だ。知恵を授ける代わりに右腕を失え、などと言われたら全く割に合わない。併しそれも彼女にとっては対価となり得るのであれば、避けられない問題でもある。
だとしたら“知恵を授けて”などと言う回りくどい願いを言うのは、そもそも面倒に尽きるだろう。
「――因みに問うが、ワシの願いは何度でも叶えてくれるのか?」
「勿論! 代わりに、君の願いを叶えた分だけ、私の願いを叶えて貰うけど♪」
――ならば、腹を括るか。
「アキ。ワシの願いを言おう」アキを正視し、はっきりと宣言する。「あの二人組を殺してくれ」
「その願い、聞き入れましょう!」ふわりと舞うと、アキはロアの肩に腰掛けた。「扉の先に行くといいよ! 君が待ち望んだ結果が、そこにある」
「……」
半信半疑ではあったが、ロアは開いたままになっている扉を潜り、松明が掲げられている通路を恐る恐る進んでいく。
やがて見えてきたのは、新たな石の扉。閉まってはいたが、取っ手が付いていて、それを使って横にスライドさせる。
石の扉をスライドさせて現れたのは、粉々になっている人間だったものだった。
頭上から降り注ぐ輝きは太陽光だ。だが格子が外に出る事を拒絶している。
人間だったものがばら撒かれている部屋には、あの二人組を連想させる破壊し尽くされた装備品と、あの二人組を連想させる肉体の破片以外に、何も残されていなかった。
「……惨い、のぅ」
他に感想が出てこなかった。何が起こればこれだけ惨い遺体が出来上がるのか、想像すら出来ない。部屋には頭上から降り注ぐ陽光以外、何も無いのだから。
「満足したかい?」アキがふわりとロアの顎を撫でる。「二人が死んだ瞬間を確認しなければ満足しないと言うのなら、今ここで二人を蘇生して、また同じ死を遂げさせるけど?」
「ワシはそこまで鬼じゃないわい」フルフルと首を振るも、「……じゃが、外道が相手ならそこまでやっても胸糞は悪くならんのう」
「フフフ、君は素敵な男だねぇ、それでこそ、契約した甲斐が有ると言うものだよ!」ロアの眼前に舞い上がり、アキは告げる。「じゃあ今度は私の願いを叶える番だ。覚悟は出来てるね?」
「覚悟なんぞ、お前さんと契約した時から据えとるわい」腕を組んで鼻息を落とすロア。「言ってみぃ。ワシに叶えられる願いなら、叶えてやるわい」

「“君には、世界を滅ぼすゲームをして貰おう”」

アキは笑顔を浮かべてロアを見つめている。
ロアは放心した様子で、言葉を失っていた。
「……世界を滅ぼす、“ゲーム”……?」
「そう♪ 素敵でしょう?」
「……」
少女の願いは、世界を滅ぼす事。
ならばこの娘の正体とは――
「……お前さん、神様と言ったな?」
――昔々。千年以上も昔の話。
【燕帝國】が栄えていて、三大国家として並んで大陸を席巻していた時代。
“禍神(カガミ)”と呼ばれる、この世界を管理する四人の絶対神が、或るゲームを始めた。
最後の一人になるまで殺し合うゲーム。
名を、――――【神戯】、と言う。
「そう♪ 私は“禍神”。昔の名前は捨てて、今は“アキ”――悪の姫と書いて、悪姫(アキ)って名乗ってるの!」
――つまり、その彼女が始めるゲームと言うのは、
世界を滅ぼすゲームと言うのは、即ち――――
「君と一緒に、新たな【神戯】――【夢幻神戯】を、始めたいの!」
無邪気な笑顔で告げる少女に、ロアは引き攣った笑みを覗かせる。
――悪人二人を殺すための対価が、世界の滅亡じゃと……?
割に合わないと感じるのも束の間、己一人の力で世界が滅ぼせる訳が無い、と、そもそもの無理難題に気づく。
併しアキは、“世界を滅ぼせ”と言った訳ではない。
世界を滅ぼす“ゲーム”をしろと、言ったのだ。
ならば、そのゲームが終わる前に己が死ねば――――
世界を滅ぼさずに、悪人を殺した冒険者の死だけが、未来に残る。
「……いいじゃろう、やってやるわい、そのゲームとやら」
世界を滅亡させる行為に消極的な訳ではない。
この世界を愛して止まないと言う訳でもない。
この禍神の力を利用して、精々己の生活を豊かにしようと言う魂胆しか、今のロアにはなかった。
「じゃあ決まりだね!」ニパッと華やぐアキ。「これから長い付き合いになるから、改めて宜しくねっ、ロア!」
「おう、宜しくのう、アキ」
握手しようとして、半透明なアキの手に触れる事は叶わなかったが、形だけの握手を交わす。
互いに、友誼の裏に潜んだ悪意を見透かすような笑みを浮かべて、契約を結ぶ。

斯くして、世界を滅ぼす冒険譚……【夢幻神戯】が幕を開ける――――

……と言う、アキの目論見は早々に崩れ去る事になる。

【後書】
この物語は拙作【神戯】と関係が有る物語ではあるのですが、【神戯】を読んでいなくても問題は無い造りになっております。何せ【神戯】の千年後の世界ですからね!
と言う訳で出逢ってしまった神様の願いを叶えるために、ロア君はどんな願いを叶えていくのか。次回、「願いの対価、大禍の願い〈3〉」……お楽しみに!

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