2018年4月30日月曜日

【夢幻神戯】第3話 願いの対価、大禍の願い〈3〉【オリジナル小説】

■タイトル
夢幻神戯

■あらすじ
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ。対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」冒険者ロアは理不尽な死を迎え、深紅の湖の底に浮かぶ少女と契約を交わした。それは、世界を滅ぼすゲームの始まりであり、長い長い旅路の幕開けだった。
※注意※2017/06/21に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公

■第3話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/10748

第3話 願いの対価、大禍の願い〈3〉


「ワシが思うに、このダンジョンの絡繰りを正しく理解していたとは思えんのよのう、この二人」

 人間の破片がばら撒かれた部屋を見て回りながら、ロアはそんな事をふと呟いた。
 アキはそれを眺めながら「へぇ、じゃあロアはどこが間違ってたと思うんだい?」ふわふわとロアの周りを浮遊する。
「アキはこのダンジョンの主ではないのかの?」
 バラバラに砕け散った亡骸の破片を一つ一つ確認していくロアを見つめて、アキは空中で寝そべった。
「このダンジョンが、禍神の作成した代物だって考えてるのかしらん?」
「だとしたらお前さんは正答を既に知っておるのではないかと思うての」べちゃべちゃになった肉片を摘まみあげ、放り捨てるロア。「惨たらしく殺してくれたのは感謝するが、こやつらの身元を証明するものが何も無いのは、ちと難儀じゃのう」
「二人の身元を知りたいのかい? それが君の願いかな?」ニタァ、と微笑むアキ。
「そんなホイホイ願いを叶えられて堪るか。高々二人の外道を殺害しただけで世界の滅亡を対価にする神様なら尚の事じゃ」関心が無くなったのか、石の扉から出て、真っ赤な湖が広がる部屋に戻るロア。「この部屋の石板には“イケニエヲイレロ”とあるが、“生け贄を入れろ”と書いてある訳ではない」
 ロアの解説を、アキは黙って見守っていた。
「祭壇には剣が祭られている。確かに見ようによっては、この剣で殺した人物をその湖に入れろ――落とせと読む事も出来るが、それであの何も無い部屋に通されるのは、ワシには疑問じゃった」
「あの二人が何らかの報酬を得たから、何も無かったんじゃないの?」ニヤニヤと口を挟むアキ。
「その発想は否定せんよ。じゃが、ワシはこう考えた」
 ロアは祭られている剣を掴み、真っ赤な湖に向かうと、剣の柄だけを湖に浸した。
「“池に柄を入れろ”……ワシはそう解読した」
 湖――真っ赤な池に浸かっていた剣の剣身が輝き始め、祭壇が音を立てて縦に割れると、新たな通路が出現した。
 それをアキは「すごーい! 君は頭が良い冒険者なんだねー!」と楽しげに拍手し始めた。
「何と無~く馬鹿にされとるのは判るぞ」
 冷めた目でアキを見やった後、光り輝く剣を携えて、祭壇の奥へと足を踏み入れるロア。
 通路にはやはり松明の灯りが点り、足元まで視界は明瞭だった。
 通路の奥には小さな祭壇が用意され、中央に宝玉と思しき宝石が鎮座していた。
 祭壇の脇には石板が鎮座し、そこには古語でこう記されていた。

“ギセイ ダサズ
 トウタツシ モノ
 チカラ サズケン”

「……特殊な力が報酬のダンジョンじゃったか」宝玉に触れると、静電気が走ったかのような衝撃が全身を駆け抜け、――――“理解した”。灰色に鈍く輝く左目に触れながら、ロアは呟く。「……〈擬装〉の力、か。ヨウみたいに、見ただけで相手を殺せるような力なら、良かったんじゃがのう」
「使い方次第では、今手に入れた力は楽しくなると思うけどなぁ~」ニヤニヤと笑いながらロアの周りを浮遊するアキ。「さぁ、帰ろうじゃないか、探索終了! お疲れ様でした!」
「……帰らんよ」宝石をバッグに納め、光を失った剣をベルトに手挟みながら通路を戻り、ダンジョンを出て行きながら応じるロア。「【狛鳥】にはもう戻れんわい」
「えー? どうしてー?」口唇を尖らせるアキ。「近くの町から滅ぼしていこうよー?」
「ワシが古語を読めると聞いてやってきたあの二人組が、狩人ですら容易に殺害できる戦力を有する組織に属している、と考えた時」“イケニエヲ”のダンジョンを出ると、岩場を伝って【狛鳥】とは逆の方角に歩いて行くロア。「あの二人が使い捨ての人材であると言う確証が無い今、元の住処に戻るのは自殺行為じゃろうて」
「帰らない子分はどうしたんだーって親分が怒りに来るって事かい?」退屈そうにロアの周りを浮遊するアキ。「尚更好都合じゃないの? 襲い掛かるあらゆる火の粉を残らず鏖殺すれば、君としては嬉しいんじゃない?」
 燦々と照り付ける陽光を浴びながら、ロアは岩場を伝い、岸壁の上へと出て、改めて【狛鳥】の町を見やる。
 漁業と冒険者で栄えていると言っても、貧富の差は激しく、貧民街では食い扶持を稼げずに野垂れ死にしていく子供達が後を絶たない。
 ロアには、この町を良くしたいとか、貧困層を救いたいとか、そんな大層な夢は無い。ただ、廃れた地方都市であるここなら、冒険者として未熟な自分でも、その日生きていく分の日銭を稼げて、余暇で趣味の書物を読み耽る事が出来た――それ以上、この寂れた地方都市に居を構える理由は無かった。
 ――それに、片腕を切断されたあやつが、生き存えられるとは思えんしの。
 碌な医者もいない。診察してくれても高額な診察料を吹っかけてくるような場所である。彼は恐らく、――否、どうあっても助かるまい。
 それに、もう一人の……二人組を連れてきた少年は健在の筈だ。彼と顔を合わせるのは、不味い。
 己は今を以て死んだ事にした方が、“都合が良い”。
「そうじゃのう、滅ぼすとしたらあの都市からじゃが」【狛鳥】に背を向け、手をヒラヒラと振るロア。「ワシが滅ぼすんじゃなかろう? お前さんが言うとったんじゃないか、世界を滅ぼす“ゲームをする”――と」
 ロアに世界を直接的に滅ぼす力は無い。“イケニエヲ”のダンジョンで手にした力も、使い方次第では絶大な効力を期待できるかも知れないが、それとて世界を滅ぼす一助になる程度で、それ単体で世界を滅ぼせる訳ではない。
“世界を滅ぼすゲーム”と言われても想像できないが、ただ願うだけで二人の人間を粉微塵に爆砕できる神が催すゲームなのだから、相応の地獄は否応無く連想できる。
 ――が、ゲームをする事が即ち、ロア自身が世界滅亡を目指す必要が有る事、とは直結できないだろう。
 故にロアは何の責任も感じず、この半透明の禍々しき神の言を受け流す事が出来るのだ。
 アキはそれを知ってか知らずか、笑顔を浮かべたまま「そうだよぉ、私は君にゲームをして欲しいと願いを告げた。君が世界を滅ぼすか否かは、君自身が決めればいい」と楽しげに飛び回る。
 昼下がり、日没までまだ先は長い。徒歩で隣町に向かったとしても、充分間に合うだろう。
 ロアは岸辺から舗装された道――街道まで歩いて向かうと、そこから【狛鳥】に背を向けて気ままな旅を始めた。
 冒険者となって、もう十年以上になる。何も持たずに旅をするのは、慣れっこだった。

◇◆◇◆◇

 宵闇が迫る時刻。ロアは隣町の【黒鷺(クロサギ)】が見渡せる丘に立っていた。
 町には灯りが点り、夕餉の美味しそうな匂いが漂ってくる。魔物に襲われないようにするためだろう、雑な造りの外壁が整備されているが、小鬼程度なら撃退できても、食人鬼や大鬼に襲われたら一溜まりも無い程の粗末な代物だ。
「町に入らないのかい?」不思議そうにロアの周りを浮遊するアキ。「手始めにあの町から滅ぼそうよう」
「口酸っぱく同じ事を言われても煩わしいからの、先に明言しておくぞ」町を見下ろしながら、手近な樹木に凭れ掛かるロア。「ワシは町も、人も、国も、世界も、滅ぼす気は無い」
「えー? 話が違う~?」不服そうにロアの頭の上に座るアキ。
「世界を滅ぼすゲームとやらは、お前さんの願いじゃからやる。じゃが、ワシ個人の意志まで操るのであれば話は別じゃ」樹木に凭れ掛かったまま腰を下ろし、欠伸を覗かせるロア。「じゃからお前さんがワシ個人の意志を蔑ろにする願いを言うても断らせて貰う。それが――第二の願いじゃ」
 アキの表情に露骨に嫌悪感が浮かぶ。アキが想定していなかった願いである事は確かで、ロアは口の端を釣り上げて小憎らしく笑む。
「ワシはな、アキ。お前さんが神であっても、――禍神とか言う御伽噺の存在であっても、遠慮はせんよ。お前さんが有するルールは、“願いを叶える代わりに自分の願いを叶えて貰う”――じゃろう? じゃったらワシはそれを逆手に取るまで。……お前さんの好きにはさせんよ」
「むぅ……」
 膨れっ面だったが、やがてアキは嘆息を落とすと、改めてロアの眼前に座り込んだ。不貞腐れた表情で胡坐を掻き、頬杖を突いてロアを睨み据える。
「――君、中々知恵が回るようじゃあないか。禍神である私の“好きにさせない”だって? にゃはは、面白い事を言うねぇ、にゃははは」
 笑声を上げてはいたが、目は笑っていない。ロア自身、表情筋は笑みの形をしていたが、瞳には喜色が滲んでいなかった。
 互いに、考えている事は同じだ、と言う事。相手を良いように使い、己の欲のために道具のように従える。そのために契約を結んだのだから。
 アキは古代の神様だと告げた。ならば己より知恵が回り、またあらゆる方策を使って己を従えるであろう事は予想できる範疇だ。
 だが――そうした時点で、ロアに出来る唯一であり無二の抵抗できる術を、彼女は理解している筈だ。
 即ち――“願いを告げない”。それだけで、この禍神は何の行動も移せない。
 彼女単体で何でも行えるのであれば、それはロアと言う契約者を必要としない筈で、契約者が願いを告げて、それを叶えた時点で初めて、この禍神は己の願いを現世に表出させる事が出来る筈だ。
 そのルールさえ守れば――己の都合の良い願いだけ叶えて貰い、禍神の願いに制限を掛ければ、それだけでこの禍神の行動は封殺できる。
「――いいよぉ、じゃあ私の第二の願いを叶えて貰おうか」陰鬱な笑みを滲ませ、アキは告げる。「一日一回必ず願い事を言って!」
「断る」
「ぇえー!? 狡い狡い!! そんなのずーるーいー!!」ジタバタとその場でのた打ち回り始めるアキ。
「はっはっはっ、神とは思えん痴態よのう」カンラカンラと笑声を上げるロア。「まぁゆるりと考えるがいいわ、ワシが断らんような願いをのぅ」
 ――神とは言え、頭が回らない痴愚で助かったわい。
 第一の願いを叶えた時に、対価として「君の意志とは関係無く、私の願いを叶えてね♪」などと言われていたら、こうはならなかっただろう。
 第二の願いとして、既に己の意志を蔑ろにする願いは断る事が出来るようになった今、ロアは肩の荷が下りた気持ちで清々しかった。
 神を飼い馴らすなど不遜傲岸に尽きる所業だが、そんなのお構いなしだ。
 既に悪人を二人、神の力を借りて殺害しているのだから、外道に堕ちたも同然。ならば外道は外道らしく、人道を踏み外した先の道を堂々と踏み締めて行けばいい。
「君の意志を蔑ろにしない願い事かぁ……うーんむむ……」
 ふわふわと浮遊しながら沈思しているアキを見上げ、ロアは鼻で笑うと、その場に寝転がって瞑目する。
 野宿には慣れている。固より、冒険者としての稼ぎが少なかった頃はいつだってこうだった。雨を防ぐ屋根が無く、風を遮る壁も無い、根無し草の宿無し生活。
 また一から稼いで、この頭が可哀想な禍神と共に、のんびりと暮らしていこうと思いながら、緩やかに意識を虚無に溶かし込む。
「あー、私の願いも聞かずに寝てやがる、もー……」
 寝入ってしまったロアを見下ろしながら、ふわふわと漂っていたアキの表情に、笑みが点る。
「……私の策略通りにいかないのは確かに不満も不満、大不満だけど、君みたいな奴が契約者で良かったよ。何せ――退屈しそうに無いからねぇ」
 楽しげに、嬉しげに、アキは笑う。
 ロアを起こさないように密やかに笑みながら、アキは宵闇に沈みゆく町を見下ろす。
 夕餉に沸き立つ家々に、滅びの予兆などどこにも無い。
 故に――突然の滅びは、最高の享楽になる。
 そんな薄暗い愉悦に浸りながら、アキは笑う。
 やがて宵闇は青白い月光を帯び、ロアの静かな寝息が聞こえだした。

【後書】
 アキはアキで策略を巡らし、ロアはロアで策略を巡らせる。
 策略、って程の内容でも無いですけどね! 互いに相手を利用する事しか考えていない訳ですから、如何に相手を手玉に取るかを考えているだけです。
 禍神と人間と共同生活はこうして幕を開けました。ここまで綴っておいてなんですが、あくまでわたくしの綴りたいのは「冒険者の日常」であり、禍神のゲームはその”序で”でしかありません。
 次回、4話「リスタート〈1〉」……ロアの楽して生きると言う思想が、緩やかに崩壊していきます。お楽しみに!

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