2018年6月14日木曜日

【余命一月の勇者様】第26話 雨呼びの狼〈2〉【オリジナル小説】

■タイトル
余命一月の勇者様

■あらすじ
「やりたい事が三つ有るんだ」……余命一月と宣告された少年は、相棒のちょっぴりおバカな少年と旅に出る。
※注意※2017/08/14に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り

■第26話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/15468

第26話 雨呼びの狼〈2〉


「うわあーっ!」

 ミコト、クルガ、トワリの三人がシュウ川の上流に向かって歩いていると、不意に進行方向から悲鳴が聞こえてきた。
 先頭を歩いていたクルガが不安そうに振り返った瞬間、ミコトは「急ごう」とクルガの肩を叩き、駆け出す。
 土砂降りの中、泥濘に足を取られながらも、懸命に駆けて行く。
 既に辺りは森林地帯に景色を変え、人の手が入っていない事を窺わせる程の高さを有する雑草が犇めき、どうしても走る速度は遅くなる。
 子供の悲鳴と共に聞こえるのは、狼の鳴き声。
 最悪の事態を想定しながらも、ミコトは懸命に背の高い雑草を掻き分けて音源へと駆ける。
 やがて見えてきたのは、狼に囲まれた一人の少年だった。
 怯えた様子で蹲っている所に、狼が周りを囲んで吠えたてている。
「――ッ」
 咄嗟にミコトは狼の頭上を飛び越え、少年の元に飛び降りると、片手剣を抜き放って臨戦態勢に入る。
「おい、大丈夫か?」と少年の頭を叩く。「動けそうか?」
「あわわ、あわわわ……」混乱しているのか、少年は顔を上げようともせず、意味の無い言葉を吐き出すだけだった。「た、助けてぇ……っ!」
「安心しろ、助けに来たんだ」再び少年の頭を撫でるミコト。「どうして狼に襲われてるんだ?」
「え、ええ……?」ようやく目前に誰かがいる事を認知したのか、少年は涙に濡れた顔を上げ、ミコトを正視する。「き、昨日のお兄ちゃん……?」
「ん?」ミコトが視線を下ろすと、少年と視線が噛み合った。「お前、昨日の……?」
 昨夜、橋を見に来た男が連れていた子供だと即座に認識したミコトは、片手剣で狼を牽制しながら、意識を少年に向ける。
「どうしてこんな所にいるんだ?」
「あっ、えと、それは……」言い難そうに口ごもる少年。
「ミコトっ!」
 クルガの叫び声を認識するよりも早く、ミコトの体は動いていた。
 飛び掛かってきた狼の牙を左手に持っていた鞘で受け止め、突進をいなすようにその場で自転し、鞘ごと狼を振り払う。
 飛び掛かってきた狼は泥濘に全身を叩きつけられるも、即座に起き上がると、犬歯を剥き出しにして唸り声を上げ始めた。
「クルガ! 狼達は何でこいつに襲い掛かってるんだ!?」
 大声を張り上げて、狼の囲いの外にいるクルガに問いかけるミコト。
 クルガは狼狽えた様子であちこちに視線を飛ばした後、口元に手で輪っかを作り、大声を返してきた。
「か、“返して!”って、怒ってる!」
「返して……?」要領を得ないが、ミコトは蹲っている少年に向かって怪訝な視線を飛ばす。「お前、何か狼から盗ったのか?」
「と、盗ってないよ! 僕は、あの……」
 気まずそうに視線を右往左往させていた少年だったが、意を決したのか、ぎゅと目を瞑った後、服の中から小さな狼を落とした。
 子供の狼は、怯えた様子で少年とミコトを見上げている。
「狼の子供……?」
「ウォン!」子供の狼は怯えた様子で吠えると、少年に寄り添うように、スリスリと頭を当てている。「ウォン! ウォン!」
 すると、周りを囲っていた狼の遠吠えが更に大きくなり、――土砂降りの勢いが増してきた。
 重力が増したように感じられる程の雨量に、ミコトはクルガの姿が視認できない事に気づいた。雨が激し過ぎて視界が利かない。それどころか、狼の遠吠えですら今は遠い。
「――――」
 自分が何を言っているのかすら、分からない。
 どうしてここに狼の子供がいるのか。
 狼が“返して”と怒っていたのは、この子供の事なのか。
 どうして少年は、狼の子供を連れて、こんな所にいたのか。
 全てが、白雨に塗り潰される。
 狼が吠えれば吠えるほど、降水量は増す。このままではシュウ川の土石流が嵩を増し、シマイの町も無事では済まなくなる。
「――――」
 どれだけ大声を張り上げても、音は全て沛雨(はいう)に掻き消されてしまう。
 ――狼が吠えれば吠えるほど、雨が激しくなるのであれば。
 降雨を弱くするには、どうしたらいいんだ?
 狼が吠えなければ、“雨は”――――――
 ミコトは、狼の子供を抱えると、駆け出した。
 激しい暴雨に晒されながらも、懸命に上流に向かって、ひた走る。
 解決はここには無い。だが、これ以上“同じ場所”に雨が降り続ければ、確実に環境は悪化する。被害が甚大になる。
 狼が追って来る気配を感じながら、ミコトは駆け続けた。人の手が入っていない未開の土地を、奥へ、奥へと。
 荒れ果て、鬱蒼とした森林の、最奥へと、ミコトは駆け抜けて行く。

◇◆◇◆◇

「……ミコト?」
 豪雨が、まるで意志を有しているかのように、ミコトと共に気配を消した。
 最早水の壁と称しても過言ではない暴雨が去った後の場所には、先刻までの土砂降りが戻り、辺りは弾ける水滴で薄っすらと白んでいた。
 狼の姿も無く、この場に居合わせるのは、昨夜見た少年と、クルガと、トワリの三人だけ。
 雨の降り頻る涼しげな音だけが、場を支配していた。
「ミコト、いなくなっちゃった……」
 呆然と、起こった出来事を理解するためか、呟きが勝手にクルガの口を衝いて出た。
 不意に泣き出しそうになるクルガだったが、慌てて目元を乱暴に拭うと、少年の元に駆けた。
 蹲っていた少年は、激しい雨が先刻よりも落ち着いた事を理由に顔を上げて、目の前に昨晩見た少年が駆けて来たのを見て、不安そうに表情を歪める。
「あ、あの!」少年の元まで辿り着いたクルガは、大声を張り上げた。「ど、どうして、ここに、いるの!?」
「え、あ、えと……」気まずそうに視線を逸らす少年だったが、不意にさっきまで抱えていた狼の子供がいない事に気づいて、焦燥感が顔に表れ出す。「ね、ねぇ、お、狼の子供、見なかった……?」
「狼の、子供?」
 クルガは思い出す。ミコトがいなくなる寸前、土砂降りが豪雨に切り替わった直前、この少年の腹から落ちてきた狼の子供を、クルガも視認していた。そしてその姿が確認された瞬間、狼の鳴き声が大きくなったのも、クルガは知っている。
“返して!”――と、狼が激怒した事を、クルガは知っている。
「ミコトが、連れて行ったのかも」シュウ川の上流に向かって流れていく、分厚い雲を指差して、クルガは呟いた。「狼さんは、狼さんの子供を、返して、って言ってたんだ」
「えっ?」驚いたようにクルガに視線を向ける少年。「君、狼の言葉、分かるの?」
「うん、僕、狼さんの声を頼りに、ここまで来たんだ」コックリ頷くクルガ。「あの、どうして君は、狼さんの子供を、隠してたの?」
「えと、それは……」
 言い難そうに口ごもる少年に、クルガは肩を掴んで、正面から告げる。
「お願い、教えて。僕の大事な人が、大変な目に遭う前に、助けたいんだ!」
 真剣に、切羽詰まった様子で、クルガは告げる。
 今まで頼りない表情しか見せなかったクルガの、精一杯の気合いに、トワリは驚いた表情を浮かべて、眺めていた。
 人族を助けようと必死になる亜人族など、今まで見た事が無かったトワリにとって、今この場で起きている現象は、未知の事態だ。
 目を逸らす事を許さないと見つめてくるクルガに、少年は息を呑むと、観念したように口を開いた。
「よ、四日前に、シマイに来た時に、ちょっと探検しに来たんだ、この辺まで」ぼそぼそと、雨に負けそうな声量で、少年は呟く。「そしたら、怪我をしてる狼の子供がいて……僕、連れ帰って、手当てをしてあげたんだ。大人に知られたら怒られるだろうから、こっそりとね」
「四日前……」クルガは思い当たる単語を反芻し、トワリを見上げる。「狼さんが、雨を降らし始めて、四日!」
「うんうん、そうだね」クルガの隣に立って頷くトワリ。「狼さんは、もう四日以上雨を降らしてるって、話だったね」
「今日、具合が良くなったみたいだったから、親に返してあげようと思って、ここまで来たら……狼に囲まれて……怖かった……っ」涙ぐんでクルガの胸に顔を埋める少年。「うえぇ……怖かったよう……っ」
「大丈夫だよ、僕が……僕達が、何とかするから!」
 少年の背中を優しく撫でながら、クルガは大きな声で告げる。
 少年は泣き顔を上げて、クルガを正視する。
 クルガは優しく微笑むと、少年の涙を拭った。
「トワリちゃん! 僕、ミコトを追い駆ける!」トワリに振り返って、グッと拳を固めるクルガ。「ミコトを追い駆けて、狼さんと仲直りする!」
「仲直りって、どうやって?」小首を傾げるトワリ。
「えと、狼さんと、お話ししてみる!」ふんふんと鼻息が荒いクルガ。「僕一人じゃ無理なら、ミコトに相談する! それでもダメなら、マナカと、レンに、相談する! それでもダメなら、ええと、ええと……」俯いて必死に考えているようだったが、やがて顔を上げて、トワリに向かって微笑んだ。「トワリにも、相談する!」
「わたしに?」自分を指差して驚きの表情を見せるトワリ。
「うん! 困ったら、皆に、相談! そしたら、きっと解決!」コクコクと頷くと、クルガはトワリと、そして少年の手を引っ張って駆け出した。「行こう! ミコトを、助けなくちゃ!」
「えっ、えっ、僕も??」少年が戸惑いの声を漏らす。
「君にも、助けて欲しいんだ!」駆けながら、コックリ頷くクルガ。「ええと、名前、聞いてなかったっけ?」
「あっ、僕、コウノ! 清塩コウノ!」慌てて名乗る少年――コウノ。「君は?」
「僕、クルガ!」ニパッと微笑むクルガ。「コウノ、君にも手伝って欲しい! ミコトを、狼さんを、助けて欲しい!」
 雨の降り頻る森の更に奥へ、三人は駆けて行く。
 小さな子供二人が一所懸命に話し合いながら走って行く様を、トワリは不思議そうに眺めていた。
 初めは不思議そうだったが、やがてクルガを見つめている内に、優しげな、穏やかな微笑が浮かんでくるトワリ。
「そうだね、困ってる人がいるなら、助けないとね」ポン、とクルガの頭を撫でるトワリ。「君は、ミコト君と一緒で、素敵な子だね!」
「僕が、ミコトと、一緒?」走りながらトワリを見上げると、嬉しげに頬を綻ばせるクルガ。「えへへ、嬉しい! 僕、ミコトみたいになるのが、夢なんだ!」
 亜人族の少年が目指す、人族の少年。
 この世界では、あまりにも突拍子も無い話に、トワリもクルガと一緒に、頬を綻ばせてしまう。
 彼はそれだけ変わっていて、――とても、温かい人だから。
「クルガちゃんはなれるよ、絶対!」
 トワリはクルガの背中を押して、笑いかけた。
 こんな土砂降りの中でも一際輝く、飛び切りの笑顔で。
 ――きっと大丈夫。君がいるなら、きっと。
 トワリの小声に、二人は気づかない様子だったが、彼女は満足気だった。
 雨は止まない。けれど、トワリにはもう、心配も不安も無かった。
 もうじき雨は止み、空には虹が架かるだろう。彼らがいれば、きっと――――

【後書】
 この物語を綴る上で、クルガは欠かせない“成長”の象徴です。
 終わりに向かって走り続ける物語の中に於いて、始まりに向かってひた走る子。それがクルガです。
 彼の冒険は、まだ始まっていない……と言うと語弊が有りますが、彼が本当に冒険を始めるのは、この物語が終わってから。
 この物語は、彼の始まりを迎えるための準備、と言い換えても支障を来たさないのです。
 と言う訳で次回、27話「雨呼びの狼〈3〉」……呼雨狼編も、いよいよ終盤に向けて駆け出します。お楽しみに!

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