2018年6月21日木曜日

【余命一月の勇者様】第27話 雨呼びの狼〈3〉【オリジナル小説】

■タイトル
余命一月の勇者様

■あらすじ
「やりたい事が三つ有るんだ」……余命一月と宣告された少年は、相棒のちょっぴりおバカな少年と旅に出る。
※注意※2017/08/28に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り

■第27話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/15468

第27話 雨呼びの狼〈3〉


「クルガーっ!」

 ミコトを追い駆けて走っていたクルガとコウノ、そしてトワリの背後から、マナカの大声が飛んできた。
 振り返ると、レンを負ぶさって全力疾走するマナカの姿がすぐに見つかった。
「マナカ!」
 思わず立ち止まって手を振るクルガに、マナカも嬉しそうに手を振り返し、三人の前で息も切らさず立ち止まる。
「ミコトは!?」きょろきょろと辺りを見回すマナカ。「いないのか!?」
「それがね、ええと……」まごつくも、何とか説明しようと口を開くクルガ。「狼さんの子供を連れて、今、走ってるの!」
「「狼さんの子供?」」マナカと、その背に負ぶさっているレンの疑念が重なる。
「あの、えと、コウノがね、怪我をした狼さんの子供を、治してあげたの!」身振り手振りを交えながら、懸命に説明するクルガ。「でね、狼さんに返そうとしたんだけど、狼さん怒っちゃって、雨が大変になったから、ミコト、狼さんの子供を連れて、今、走ってるの!」
「ど、どういう事なんだレン!? 俺に判り易く説明してくれ!!」体を震わせてレンをふら付かせるマナカ。
「今の説明以上に判り易く説明しろって言うの!? えぇと、そうね……あたし達が探していた行商人に子供がいて、怪我をした呼雨狼の子供の治療してあげて、親元に返そうとしたのに失敗して、呼雨狼が吠え過ぎて雨が酷くなったから、ミコトは呼雨狼の子供を連れて、ひとまず場所を変えた……これでいい?」
「ダ、ダメだ……全然頭に入ってこねえ……」頭から湯気が出ているマナカ。「つまり俺はどうしたらいいんだ!?」
「ミコトを追い駆けるのよ!!」泣き笑いの表情で進行方向――雨の壁を指差すレン。「アレがそうなのよねクルガ!?」
「うん! あのざぁざぁ雨の下に、ミコトがいる!」コクコクと頷くクルガ。
「よっしゃ任せとけ! レン! しっかり掴まっとけよ!! マナカ号、行くぜえええええっっ!!」
 レンを背負い直した瞬間、全力疾走で駆けて行くマナカを見て、クルガはコウノとトワリを振り返り、「僕達も、急ごう!」と拳を固めると、あっと言う間に後ろ姿が小さくなってしまったマナカの後を追って駆け出した。
「でも、何だってミコトは走ってるんだ? 狼の子供を返せば、それで解決じゃないのか??」不思議そうに、背負っているレンに声を掛けるマナカ。
「返せばいいってのは確かにそうなんだけど、あの滝みたいな雨、見えるでしょ? アレ、絶対に雨音で何も聞こえないと思うわ」土砂降りを優に超える降水量の、まさに“動く滝”と言っても過言ではない景色を指差し、レンは告げる。「恐らくだけど、呼雨狼が吠え続けたから、あれだけの規模の雨になったのよ」
「だったら尚の事、すぐに狼の子供を返さないと不味いんじゃねえのか?」不思議そうに小首を傾げるマナカ。「“返してー!”って吠えてるんだろ? 返さない限り、ずっと吠え続けるだろ?」
「……あたしが思うに、ミコトは呼雨狼の子供を返せる環境を作ろうとしてるのよ」
 豪雨の最前線に近づいてきているのか、雨脚は徐々に強くなり、雨音で段々と周囲の音が掻き消されて行く。
 囂々と降り頻る暴雨の中、レンはマナカに聞こえる声量で告げる。
「立ち止まっていたら、呼雨狼は余裕を持って吠えられるけど、走りっ放しだったら、やがて息が上がって、吠えられなくなる……つまり!?」
 レンの大声に応じるように、マナカの顔に晴れやかな笑みが咲いた。
「――雨が、止むのか!」
「正解!」ポン、とマナカの頭を撫でるレン。「あの尋常じゃない雨雲を見てから不安になってマナカに急いで貰ったけど、ミコトが走り続けてくれてるお陰で、少しずつ、ほんの少しずつだけど、雨脚が弱くなってるのが判るわ! このまま走り続ければ……!」
 息が上がれば、吠えるのも艱難になる。
 吠えられなければ、“雨を呼ばなければ”、雨は直に弱くなり、止む。
 だが、それもミコトの体力が持てばの話だ。遠目に見ても分かるぐらいの雨量である、その直下にいるミコトには、一体どれだけの負荷が掛かっているのか、想像に難くなかった。
 滝のように降り注ぐのであれば、呼吸するのだって難しいだろう。そんな中で走り続けるのは、如何な強靭な人間であっても、持って数分……にも拘らず、未だにミコトに追いつけないと言う事は、彼がそんな過酷な環境で頑張り続けている証明だ。
 やがてマナカとレンの頭上から降り注ぐ降雨の量が突然多くなった。遂に呼雨狼の咆哮圏に入ったのだろう。重力が増したように錯覚する程の豪雨が、全身を叩きつける。
 視界など利いていないも同然の白雨の只中で、それでもマナカは走り続ける。この先に相棒がいると信じて。
「ミコトーッ!! どこだァーッ!!」沛雨に負けない、大音声を轟かせ、マナカは駆ける。「俺だァーッ! マナカが来たぞォーッ!!」
 この瀑布のような嵐の中、どれだけの肺活量が為せる業なのか、マナカの咆哮とも呼べる大声は、木霊するように辺り一帯に響き渡った。
「――――ッ!」
 微かな、声。
 レンには聞き取れない、その小さな声を、マナカが聞き逃す筈が無かった。
 雑草を掻き分け、小枝を圧し折り、ささくれで腕に傷を作りながらも、一直線に音源へ向かって突進するマナカ。
 やがて見えてきたのは、白雨の中でも確り視認できたのは、狼の群れ。
 そして、――――狼の子供を抱える、ミコトの駆ける姿。
「ミコトォーッ!!」
 追いついた瞬間、マナカはミコトの肩を叩き、快活な笑顔を見せた。
 そんなマナカにミコトも笑顔を返すと、前方――雨飛沫で真っ白に染まった景色の先――自然が作り出した洞穴を指差した。
 マナカはコクンと頷くと、全力で洞穴に向かって駆け出す。
 雨脚は徐々に、徐々に弱まり、先刻までのような豪雨ではなくなりつつあった。
 やがて洞穴まで辿り着いた三人は、入り口を塞ぐように入ってきた呼雨狼の群れを迎え入れると、ミコトが透かさず呼雨狼の子供を放し、呼雨狼の群れに戻るように手振りで促す。
 呼雨狼の子供は不安そうだったが、すぐに呼雨狼の群れに戻って行き、嬉しそうに親であろう呼雨狼にすり寄って、「ウォン! ウォン!」と吠え始めた。
「これで……終わったのか?」
 息が上がった様子のミコトに、ケロッとした表情で歩み寄るマナカ。
 ミコトは呼吸を落ち着かせながら、「問題の一つは解決した。だけど……まだ、呼雨狼の誤解が解けてない」と、びしょ濡れの顔を拭う。
「呼雨狼の誤解?」不思議そうに小首を傾げるマナカ。「何を誤解してるんだ?」
「狼さーん!」
 洞穴の入り口に屯している呼雨狼の背後から、クルガとコウノ、そしてトワリが駆けて来た。呼雨狼は期せずして挟まれる形になり、狼狽えた様子で唸り声を上げながらその場に屈み込む。
「クルガ!」ミコトが声を上げた瞬間、クルガは「うん! お話し、してみる!」と即座に首肯を返す。
 走ってきたためか若干息が上がっているクルガだったが、数度深呼吸すると、あの不思議な音色を、口腔から紡ぎ出す。
「――――」
 獣の鳴き声や、人族の歌とも異なる、不思議な音。
 それを聞いた瞬間、呼雨狼は唸り声を止め、ペタンとお尻を地に着けると、舌を出してクルガを見上げた。
「ウォ、ウォン」
 大人しい声で、クルガに向かって吠える呼雨狼。
 それを首肯を交えて聞き入るクルガの姿に、マナカは不思議そうに目を丸めて見つめていた。
「クルガは何の話をしてるんだ?」つんつん、とレンをつつくマナカ。
「たぶんだけど、誤解を解こうとしてるんじゃないかしら」
「誤解?」頭の上にクエスチョンマークを点らせるマナカ。「狼は何を誤解してるんだ?」
「俺の推測だが、呼雨狼は、子供を奪われたと思ったんだろう」呼吸が落ち着いたのか、冷静な表情でクルガと呼雨狼の話し合いを見つめていたミコトが口を挟む。「コウノは、怪我をした呼雨狼の子供を介抱したと言っていた。けれど呼雨狼にしてみれば、突然子供がいなくなったんだ。人族に攫われた、って勘違いしても、おかしくは無いだろ?」
「もしかして、四日も雨が降り続いてるのって……」恐る恐る、ミコトの顔を見上げるレン。
「あぁ、たぶんそういう事だ」
 三人が見つめる先で、クルガは表情を明るくすると、コウノの元に戻り、嬉しそうに語り始めた。
「狼さん、分かってくれた! コウノが子供の怪我を治してくれたの、ありがとう、って、言ってる!」ふんふんと鼻息荒く告げるクルガ。
「本当!?」驚きと嬉しさで大口を開けるコウノ。「良かったぁ……」ホッと胸を撫で下ろし、安堵の表情が浮かび上がる。
「ミコト!」トテトテとミコトの元まで駆けて来たクルガは、もどかしそうに声を掛ける。「あのね、狼さん、雨呼び過ぎちゃって、ごめんなさい、って、言ってる!」
 呼雨狼はクルガを見上げてお座りしたまま、申し訳なさそうに鼻先を舐めていた。
「俺もさっき、呼雨狼の一匹を鞘でとは言え、ぶっ飛ばしちまったからな、俺の方こそ悪かった」スッと頭を下げるミコト。「……って、伝えてくれるか?」
「分かった!」コックンと頷くクルガ。「――――」
「これで一件落着か!?」嬉しそうにミコトの肩を叩くマナカ。「良かった良かった!」
「……だと良いけどね」
 不穏な呟きを漏らすレンに、ミコトが不思議そうに片眉を持ち上げる。
「まだ問題が有るのか?」
「……えぇと、宿場町の方でね、行商人さんの子供……あの、コウノって子、行方不明になったって大騒ぎになっててさ……」言い難そうに口ごもるレン。「コウノが元いた場所に、呼雨狼の毛が落ちてたせいで、大人達、皆で呼雨狼に攫われたーって……」
「互いに勘違いしてる訳か」ポリポリと頭を掻くミコト。「……コウノは、狼の子供に親切しただけなのにな」
 沈鬱な空気が流れてしまった事に、ミコトは思わず頭を振って、マナカとレンの背中を叩く。
「だったら俺達は、その誤解を解いてやらないとな! 誰も悪い奴なんていないのに、勝手に悪者にされたら、困っちまうからな」
 ミコトの笑顔に、マナカとレンも、「そうだな!」「そうね」と笑顔を返した。
 人族と呼雨狼。お互いに、すれ違ってしまっただけで、元を辿れば、小さな親切に過ぎなかった。
 それが、これだけの大事になったのは、互いに知ろうとしなかったから、かも知れない。
 コウノが、大人に呼雨狼の子供の怪我の事を伝えていれば。
 呼雨狼が、子供がいなくなった時に、宿場町に探しに来ていれば。
 大人達が、呼雨狼に何故雨を降らせるのか確認できていれば。
 そもそも、人族と呼雨狼は言葉を交わせないのだから、互いに知りたい事が有っても、伝えたい事が有っても、どちらも分かり合う事は出来ない。
 けれど、――けれど、もし、互いに相手の事を信じてあげられたなら。
 呼雨狼は大雨を降らさずに済んだかも知れないし、大人達は呼雨狼の討伐依頼など出さなくて済んだかも知れない。
 だったら、これからどうしたらいいか。それを、両者が真剣に考えてくれるなら。
 きっと今より、良い関係が築ける筈。
 そのために出来る事を、しよう。
「さっ、帰ろうぜ。コウノの親父さんも、待ちかねてるだろうし」
 ポン、とコウノの頭を撫でるミコトに、コウノは「うん! ……あっ、有り難う、御座いました……」と、ぺこりと頭を下げた。
「お礼を言うなら、クルガに言ってくれよ。一番頑張ってくれたのは、クルガだからな」とクルガの頭を撫でるミコト。
「有り難う、クルガ!」クルガの手を握り、嬉しそうにはにかむコウノ。「狼さんを返せたのも、助けてくれたのも! 有り難う!」
「えへへ、こちらこそ、有り難う!」コウノの手を握り返して微笑むクルガ。
 そんな幸せそうな二人を、トワリは懐かしそうに眺めていた。
「……そうだよねぇ、これが、本来有るべき姿、なんじゃないかなぁ」誰にも聞こえない声で、優しげに呟くトワリ。「良かったよ、まだ停滞していなくて。これなら、安心して見守れるね、――」
 やがて雨は止む。泥濘は元に戻り、固くなって皆を支えてくれる。
 そうして少しずつ変わって、少しずつ強くなっていく。
 人も、関係も、そして、環境も……

【後書】
 すれ違い、勘違いが原因で問題が肥大化するのって、間々ある事でして、わたくし自身身に覚えが有り過ぎる話なのですけど、互いに知る努力を、分かり合えなくても知る努力をするだけで、問題は深刻化しないんですよね。
 と、あちこちで問題を拗らせたわたくしが言うのですから間違いない!w ミコト君はわたくしのようにならない道を歩める人ですから、わたくし安心して綴れます。
 と言う訳で次回、28話「虹を架ける狼」……伝承、再び。お楽しみに!

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