2018年7月22日日曜日

【余命一月の勇者様】第36話 迷走の夜想曲〈4〉【オリジナル小説】

■あらすじ
「やりたい事が三つ有るんだ」……余命一月と宣告された少年は、相棒のちょっぴりおバカな少年と旅に出る。
※注意※2017/01/29に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り

■第36話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/35580

第36話 迷走の夜想曲〈4〉


「――そこのお前、止まれ。両手を頭の上に置いて、跪け」

 王城の中を駆け回ってマナカを探していたミコトに、不意に険しい声が浴びせられた。
 呼気を乱さず走っていたミコトは、立ち止まって音源を辿るように視線を向けると、騎士の群れが、ミコトを見据えて佇んでいた。
 一人を除いて、皆銀甲冑に兜をしっかり装備した、正装で佇んでいる。抜剣こそしていないが、ピリピリした緊張感を嗅ぎ取ったミコトは、兜を脱いでいる唯一の男に視線を向ける。
 大柄な男である。厳めしい顔立ち、甲冑の上からでも分かる程の引き締まった肉体、纏っている雄々しいオーラと、どこを取っても屈強な騎士のイメージから逸れない男。
 ミコトはその男の声に、聞き覚えが有る事に気づいた。
「俺に何か用か?」大柄な男を見つめて、腰に携えている片手剣に触れるミコト。「今、家族を探してる所で、忙しいんだが」
「その家族とやらに大罪を犯した嫌疑が掛けられている」大柄な騎士は、冷え切った語調で応じた。「貴様にも共犯者としての嫌疑が掛かっている。我々と共に来て貰おうか」
「大罪……? マナカが何かしたのか?」
「次期国王に暴行を働いた大罪だ」冷厳とした声で、大柄な騎士は断罪するように、罪状を吐き出す。「更に他国の姫君を拉致し、城下町に潜伏している嫌疑まで掛かっている」
「……マナカがそんな事するとは……」思えない、と口にする前に、大柄な騎士は、「目撃者が多数いる。それでも罪を否認するのであれば、偽証罪の嫌疑も掛けられるが、構わぬか?」と厳かに断じた。
 勃然とするミコトに対し、大柄な騎士はあくまで冷酷な表情を変えなかった。
 まるで、人を相手にしていないような表情だった。そう、あれは……虫けらを、無感情に踏み躙る、悪童の顔だ。
「――それ以上マナカを貶めるってんなら――――ッ」「やめろやめろ! ミコトそれ以上はヤメロ!!」
 ミコトが片手剣を抜こうとした瞬間、その手に別の誰かの手が添えられた。
 突然の出来事に驚くミコトだったが、眼前に佇んでいるのは汗だくのオルナだった。切羽詰まった表情でミコトの手を押さえ、「それだけは、やめてくれ、ミコト」と、噛み締めるように、感情を押し殺すように、告げた。
「オルナ……?」
「ミコト、それ以上やっちまったら、俺は……お前を、“殺さなくちゃならなくなる”」
 歯を食い縛って告げるオルナに、ミコトは息を呑んだ。オルナは、真剣だ。正気でも有る。その彼が、ここまで言うのであれば、ミコトがこの剣を抜いた瞬間、オルナは――前言通り、ミコトを容赦無く、呵責無く、刹那に斬獲する。その確信が、ミコトに沸いた。
 緊張感で通廊の空気が張り詰めていく。
 ミコトは小さく吐息を漏らすと、片手剣から手を離した。
 オルナは深刻そうに溜め息を落とすと、その視線を大柄な騎士に向けた。――苛立ち、憎悪、そんな負の感情が見え隠れする、敵意を剥き出しにした視線が、大柄な騎士に刺さる。
「……シュン、どういうつもりだ? 何だってお前が独断で冒険者を裁量してる? 陛下にご沙汰を求めるってのが筋じゃねえのかい? えぇ?」
 ――シュン。
 その名前でミコトは思い出した。あの大柄な騎士は、謁見の間でマシタを連れ出した、国王陛下の側近と思しき騎士だ。
 シュンはオルナを睨み据えると、ミコトに向けた時と同じ瞳――人間相手ではない、虫けらを相手にするような眼差しで、言い聞かせるように、言葉を選ぶように、厳かに喉を震わせた。
「陛下がご心労で臥している今、ご沙汰は次期国王であるマシタ様が下すのが道理と言うものだ。貴様とて、それが分かっている筈ではないのか? 近衛騎士である貴様であれば」
「……マシタ様に裁量を下すだけの器量が有ると思えねえけどな」苦渋の表情で応じるも、勝てる見込みが無い戦いである事を把握しているのだろう、オルナの返答には覇気が無かった。「シュン、お前まさか、マシタ様にこのご沙汰を任せる気じゃねえだろうな?」
「陛下が臥している今、次期国王であるマシタ様がご沙汰を下すのにどのような異論が有ると言うのだ?」冷え切った瞳で、シュンは告げる。「近衛騎士とて、最高指揮官の拝命に背くのであれば、反逆の誹りは免れないと思え。特に貴様は――“言葉に気を付けた方がいいな”」
「……ッ」歯を食い縛り、オルナはシュンを睨み据えるだけで、言われた通り、それ以上言葉を口にしなかった。
 ミコトはその様子を見て、シュンにこの場は軍配が上がった事を理解せざるを得なかった。
 あの大柄な騎士は、やり手だ。そう、即座に把捉する。このオルナですら、言の葉だけで平伏する技量が、彼には確かに有る。
 これが、近衛騎士。ミコトはシュンを睨み据え、小さく吐息を漏らした。
「俺があんたらに付いて行けば、それで満足するのか?」
「口には気を付けろ」ぴしゃりと言い放つシュン。「嫌疑が掛けられていると言っても、あくまで書面上のものに過ぎん。貴様が大罪人である事はほぼ自明。同伴の娘と童は既に入牢しておるゆえ、貴様の態度次第では彼奴らに酷遇を強いる事になるやも知れんな」
「お前……ッ」再び片手剣に手が伸びそうになるも、即座にオルナが「ミコトッ!」と制止の声を張り上げた。
 ミコトの敵意に満ちた視線を受けても、シュンの羽虫を相手にするような眼差しは変化の兆しを見せなかった。
「二度は言わんぞ? 同伴の者共が酷遇になる事も厭わんなら、その態度を貫くが良い。貴様をここで斬首する事に、私は異存が無いのでな」
「――シュン、お前もいい加減にしてくれ!」オルナが金切声を奏でた。「ミコトは陛下の“御客人”だぞ!? 無礼にも程が有る! これ以上陛下の顔に泥を塗るのはやめてくれ!!」
「“大罪人”だ。……いや、“今はまだ”大罪の嫌疑者としておくか」オルナには一瞥もくれず、ミコトを睨み据え続けるシュン。「オルナ。これ以上貴様がその男に情を掛けると言うのであれば、逆賊の共謀罪に問われるが?」
「手前……ッ!」歯軋りしてシュンを睨み据えていたオルナだったが、苦渋の顔で俯くと、ミコトの肩を叩いて、囁いた。「わりぃ、ミコト……こんな事になっちまって、本当に済まねぇ……」
「……いや、お前のせいじゃない」オルナの肩を叩き返すミコト。その視線は、シュンに突き刺さっていた。「――連れてけよ。クルガとレンと同じ場所に」
「従順な態度は良いが、口には気を付けろ」吐き捨てるように応じると、シュンは顎で部下の騎士に指示を出す。「地下牢に連れて行け。抵抗するなら斬り捨てても構わん」
「御意のままに!」拝礼すると、騎士が四人、ミコトの周りを囲んで、背後から小突いて歩かせ始めた。「キリキリ歩け!」
「……」ミコトは無抵抗のまま、王城の通廊を、騎士に連れられて、下層へ向かって歩いて行く。
 やがて辿り着いたのは、灯りの乏しい地下牢の区域だった。水の滴り落ちる冷ややかな音が反響する、かび臭い通廊を進むと、「ミコトの匂いがする!」「えっ、ミコトも捕まったの……?」と、クルガとレンの囁き声が反響して聞こえてきた。
 地下牢の最奥。鉄格子の中で身を寄せ合って座り込んでいたのは、見紛う事が無い、先刻別れたばかりのクルガとレンだった。
「入れッ!」
 施錠していた扉を開けたと同時に、背中を蹴飛ばされて牢獄の中に叩き込まれるミコト。倒れ込む事は無く、躓くだけで踏み止まるも、次の瞬間には扉は施錠され、騎士達四人は、「大人しくしてろよ!」「冒険者風情がしゃしゃり出てくるからこうなるんだ!」「精々そこで猛省するんだな!」「処刑の日を楽しみにしとくんだな!」と銘々に捨て台詞を吐き散らすと、灯りと足音と共に、遠ざかって行った。
「無事か?」騎士の足音が聞こえなくなった頃を見計らって、ミコトは二人に声を掛けた。「ごめんな、二人から離れるべきじゃなかった」
「僕、平気だよ!」薄闇の中で、クルガが精一杯の笑顔を覗かせる。「だって、レンがいたもん! 今は、ミコトもいるから、もっと平気!」ふんふんと鼻息荒く、ミコトを見つめている。
「ミコトこそ大丈夫だった……?」心配そうにミコトを見上げるレン。「あんたの事だから、暴れてないか心配で心配で……」
「心配掛けて済まん。取り敢えず暴れてないから安心してくれ」ポン、とレンの頭を優しく撫でるミコト。「……マナカの話は聞いたか?」
「えぇ……次期国王、マシタだっけ? に暴力振るった挙句、姫様攫って逃走中……って言ってたわね」難しい表情でミコトを見やるレン。「あたしはその……正直、マナカならやると思う。でもね、それは悪い事として、じゃなくて、きっとマナカなら、マナカの正義と、信念をもって、やったんだって、あたしは思う」
 真剣な表情で見つめるレンに、ミコトも同調するように首肯を返す。傍でクルガもコクコクっと必死に同意見である事を主張していた。
「……俺の想像に過ぎないが、あのマシタって奴の性格を鑑みるに、恐らくマナカと偶然、衝突したんだ。姫様を連れて城を出て行ったって事も含めるなら……マシタが姫様に暴力を加えた所を、或いは加えようとした所を、マナカが姫様を助けるべく、ぶん殴ったって考えるのが、一番妥当な所か」
「……何て言うか、ありありと想像できるシーンね、それ……」疲れ果てた溜め息を落とすレン。
「マナカ、悪い事しないもんね」うんうんと頷くクルガ。「僕も、そうだと思う!」
「だとしたら、今すっごい不味い状況じゃない?」瞑目して俯き、額を押さえるレン。「このままマナカが捕まったら、マシタに言い包められて、四人仲良く処刑されちゃうんじゃ……」
「……あぁ、マナカに助け舟を出したくても、ここからじゃ全く手が出せないからな」顎を触りながら俯くミコト。「あのやり手の騎士がいる以上、言論の場でマナカに勝ち目はねぇ。それに今は、王様は寝込んでて、この国の指揮は今、マシタが執ってるようだしな……最悪、申し開きの場も設けられずに、即処刑って事も有り得る状態だ」
「嘘でしょ……」顔を上げられずに肩を落とすレン。「考え得る中で最悪の状況ね……」
 沈黙が、地下牢に満ちる。
 重苦しい、沈鬱な世界に、「でも、僕ね、」と、不意にクルガの呟きが混ざった。
「こんな事、思ったらダメって思うんだけど、僕ね、処刑、あんまり怖くないよ」ミコトに向かって、微笑を見せるクルガ。
「クルガ……?」
 ミコトが不思議そうにクルガを見返すと、彼は恥ずかしそうに、けれど真剣に、己の想いを言の葉に載せて、告げた。
「僕ね、ミコトと一緒に死ねるなら、それでもいいって、思う」
 笑顔で、噛み締めるように、ミコトに伝わるように、クルガは告げた。
 そんなクルガに、ミコトは一瞬惚けた表情を覗かせた後、歯を食い縛って、クルガを抱き締めた。
 クルガが不思議そうに「ミコト?」と囁く。
「……そうだな。そんな事言っちゃダメだ、クルガ」
 苦しそうに、辛そうに、ミコトは囁いた。
 ――己の寿命は、もう一ヶ月もせずに尽きる。
 けれど、クルガは、その先も生きていく、生きていかねばならない。
 こんな所で、己の道連れになるべきじゃない。そんな事、分かりきっている事だし、当たり前で、当然で、彼が死ぬのは絶対に避けねばならない事で、彼の未来を守るために行動しなくてはならなくて――――
 ……分かっているのに。クルガがそんな事を言うのは間違いだって、理解しているのに。
 クルガにそんな事を言わせる己が大馬鹿野郎だと、分かっているのに。
 クルガの言葉が、あまりにも嬉しくて、響いて、切なくて。
 ミコトは、震えそうになる喉を懸命に堪えて、クルガを抱き締めた。
「ミコト、苦しいよ」
 クルガのくすぐったそうな声に、ミコトはすぐには答えられなかった。
 ゆっくりと、力を緩めて、クルガを正面から見据えたミコトは、震えそうになる声を抑えて、慎重に言葉を選びながら、口を開いた。
「……クルガ。正直に言うが、俺は今のクルガの言葉を、すげぇ嬉しく感じた。それは、確かだ」クルガの肩を握り締めたまま、彼の両眼を射抜くように、ミコトは続ける。「でもな、俺はクルガに生きて欲しい。俺がいなくなっても、俺がいない世界でも、クルガには、クルガの幸せを、生きて欲しいんだ。だから……もうそんな苦しい事、言わないでくれ。……頼む」
 正面から、視線を逸らさずに、言い聞かせるように、ミコトは言い終えた。
 クルガの想いは、ミコトの心を砕く程に、嬉しく、柔らかく、優しい温もりを帯びていたが、それを甘受してはいけないと、ミコトは思った。
 彼の未来の幸せを、己の不幸で閉ざしてしまってはいけないから。
 クルガは困った様子でミコトを見上げていたが、やがて情けない表情を浮かべて、目端に雫を滲ませた。
「い、嫌、だ……ミコトの言う事でも、僕、聞けないよ……」フルフルと、首を振るクルガ。「僕っ、死ぬなら、ミコトと一緒がいい! ミコトと一緒じゃないと、嫌だ! ミコトと一緒に死ねるなら、僕は……っ、うぅ、うぅぅ!」
 ミコトの胸に蹲り、クルガはポカポカとミコトの胸板を叩き始めた。声を殺して泣きながら、クルガはミコトに、全身全霊で、抵抗していた。
 その隣でレンは、歯を食い縛って俯き、ポタポタと落涙の跡を冷たい地下牢の床に刻んでいた。
 ミコトはその二人をそっと抱き締め、奥歯を噛み締めて、ジッと耐えた。
 きっと、残された時間はとても少ない。己に出来る事なんて高が知れている。けれど――それでも、クルガとレンには、未来を紡いで欲しいのだ。
 こんな所で、己と一緒に処刑されるなんて、絶対に有ってはならない未来だ。
 ミコトは、考える。打てる手を。打開する術を。何でも良かった。己の身を犠牲にしてでも、己の残り僅かな未来すら賭してでも、二人が、そしてマナカが、生き存えられる未来が有るなら、それに全てを託しても良かった。
 神でも、悪魔でも、何でも誰でもいい。誰か、助けてくれ――――ッ!
 微かな泣き声が響く地下牢に、その夜、光が差す事は無かった。
 やがて朝が来る。陽の射さない地下牢でも、平等に時計の針は回る―――

■残りの寿命:20日

【後書】
 やり手の騎士、シュンのターンです。
 地下牢でのクルガとミコトのやり取りは、わたくしの意図したシーンではないのですが、いつの間にかクルガがすんごい成長しておりまして、作者自身の瞳を潤ませる事を言い始めて、お前…そんなつらい事考えてたのか…ってだいぶしんどい感じです。
 明るい兆しの無いまま、夜が明けてしまいますが、ミコト君の絶望も、クルガちゃんの泣き顔も、晴れる事を信じて――次回、第37話「台本戦争〈1〉」…一人じゃどうしようもない戦いも、仲間がいれば、家族がいれば、“相棒がいれば”、きっと…! お楽しみに!

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