2018年7月12日木曜日

【余命一月の勇者様】第33話 迷走の夜想曲〈1〉【オリジナル小説】

■あらすじ
「やりたい事が三つ有るんだ」……余命一月と宣告された少年は、相棒のちょっぴりおバカな少年と旅に出る。
※注意※2017/11/20に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り

■第33話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/26306

第33話 迷走の夜想曲〈1〉


「今日は夕食に出席して頂いた事、まずはお礼を言わせてください。誠に感謝致します、ミコト様」

 盛大な会食の会場になったホールの中央で、ミコト達四人は、国王・終世マツゴに改めて頭を下げられていた。
 マナカは構わずテーブルに並べられている料理――主に肉――に次から次へと手を付けては「これうめーぞミコト! 無くなっちまう前に早く食べようぜ!」とミコトの肩を叩いている。
 ミコトはグラスに注がれた果実のジュースを口に含みながら、マツゴに対して「感謝されるような事じゃないだろ。寧ろ俺達の方こそ、招いてくれて感謝したい程だぜ」と苦笑を返した。
 元はダンスホールだったであろう場所には無数の丸テーブルが並べられ、色取り取りの料理が運ばれてくる。見た事も無い色の野菜のサラダや、見た事無い大きさのこんがり焼けた鶏肉、果実酒の入ったグラスで作られた塔など、今までの生活からは考えられないような豪奢な会食だ。
 クルガとレンは一緒になって、料理を少しずつ皿に盛っては、二人で試食するようにちょこっとずつ食べ合って、感想を言い合っている。
「ミコト様は、寿命があまり残されていないと、ネイジェ=ドラグレイの手紙にも記されておりました」
 マナカが美味しそうに料理をがっつく様を眺めながら、ぼんやり果実のジュースを口に運んでいたミコトに、隣で一緒にグラスを傾けていた国王が、ふと思い出したように、口を開いた。
 横目で見やると、マツゴは「立ち入った話をしてしまって、申し訳無い。ですが余には、ミコト様の心情を幾許か理解できるのです」と、穏やかな表情で呟いた。
 マツゴの背後に控えていたオルナが一瞬眉根を持ち上げたが、諫言を口にする事は無く、黙って彼の背後から、ミコトの側へと歩を進めた。
「余は、もうじき齢七十を迎えます。臣民の平均寿命から言っても、いつ天に召されてもおかしくありません。にも拘らず、余の唯一の世継ぎがあの体たらくでは、まだ召される訳には参りません。国のためにも、臣民のためにも、何より、マシタのためにも」
 静かに語るマツゴの独白に、ミコトは、彼が己の何と重ね合わせているのか、何と無く理解が及んだ。
 いつ死んでもおかしくないと言うのは、彼自身が己の寿命がもう尽きかけている事を自覚している証拠で、残された時間があまりに短いと言う事を承知している事の表れ。
 ミコトのように明確な終わりが見えていない分、余計に、殊更に、その焦燥感は身を焦がすのだろう。己がいなくなる前に、己がいなくなってもいい環境を整えねば。
 問題点は、すぐには解決しないし、進展も今すぐにとは行かない。限られた時間で、精一杯の成果を出す。その繰り返しを求められるのは、何も人生に限った話ではない。
 ミコトは半分ほど残ったグラスをテーブルに戻して、国王陛下に視線を改めて向けた。
 穏やかな風貌の老爺は、優しい瞳をしていた。
 トカナ――己の父親よりも、よっぽど父親らしい目だと、感じた。
「王様は、マシタにどうあって欲しいんだ」
 率直な意見を、何の装飾も付け加えずに、ぶつける。
 それは、己に対しての自問でもあるように思えた。
 俺は、マナカに、クルガに、レンに、どうあって欲しいんだ。そんな問いかけが、脳裏を過ぎる。
 マツゴは蓄えた白い髭を撫で、「そうですな……」と神妙な態度で溜め息を落とすと、この場にはいないマシタを思い浮かべているのか、瞳を眇めて遠くを見つめるように、囁く。
「マシタには、次代の王として、守るべき臣民を導ける存在として、余を継いで欲しいと、考えております」言葉を選ぶように、慎重に言の葉を舌に載せるマツゴ。「……ですが、それは余の一方的な願望でも有ります。余の目から見ても、はっきり分かります。マシタは、王の器ではない、と」
「陛下……」思わずと言った様子で呟きを漏らすオルナ。
「それでも、継がせねばならない、継いで貰わなければ、この国は立ち行かないのです。余にはもう、世継ぎを残せる程の力は有りませんし、妻にも先立たれてしまいました」目を伏せて、噛み締めるように告げるマツゴ。「無いものねだりをしても始まりません。そう思って、マシタに王としての在り方を、王としての作法を、王としての接し方を、時間を掛けて、余の最後の責務だと思って、説いてきました」
 そこでマツゴはミコトを見つめ直し、改まった表情で、真剣な色を塗布し、まるで神様に許しを乞うように、小さな声で、――呻いた。
「余は、間違っていたのでしょうか」
「……」
 ミコトは情けない表情で沈鬱に尋ねるマツゴに、即座に声を掛ける事が出来なかった。
 勿論、ミコトには彼を救う言葉など見つけられなかったし、何より彼が吐露したその言葉は、己が今為そうとしている事そのものに、抉るように突き刺さる鋭利さが有った。
 自分が間違った事をしていた、と言う自覚は無いし、今以て、認識する事は出来ない。
 けれど、己が為そうとしている事――
 マナカには、自分のいない世界でも、途方に暮れず生活を続けて欲しい。
 クルガには、自分のいない世界でも、自分の力で生きる力を得て欲しい。
 レンには、自分のいない世界でも、一人前の盗賊として過ごして欲しい。
 ――その想いで行動している事が、彼らにとって、“合わない”としたら。
 マシタは、何れ国王を継いで、オワリの国を導く存在になるのだろう。それは、避けられない未来だ。
 けれど、その未来を不安視するのは、ミコトでも分かる。不安視どころか、このままでは国の存亡にすら係わってくるかも知れない、それ程に重大な問題が、徐々に、しかし確実に、刻一刻と、迫っている。
 問題は解決せねばならない。方法は限られている。その少ない選択肢から選んだ道が、悲しみに染まっていたら。
 ミコトは、初めてその時、訪れる未来に恐怖を懐いた。
「……俺には、王様が間違った事をしているなんて、思えないし、……思いたくない」
 出てきた返答は、あまりに小さく、震えていた。
 それは、己の指針を否定されたくないがために吐いた虚勢とも言えた。
 マツゴが為してきた事を否定するのは即ち、己がこれから為す事の否定になるのだと、そう思えて。
 ミコトは、助けを求めようと、マナカの姿を探した。
 マナカならきっと、答を導き出せると信じて。
「――マナカ?」
 ぐるりとホールを見回しても、あの大きな人影が視界に留まる事は無かった。
「ん? マナカならさっき、顔洗いに行くって出て行ったけど」
 辺りを見渡すミコトに気づいて、オルナが声を掛けてきた。
「そうか、ありがとな、オルナ」
 今すぐにでも、マナカと話して落ち着きたかったミコトは、咄嗟にホールを出てマナカを探しに行こうかと思案したが、足は動かなかった。
 胸のざわつきが収まらないまま、ミコトは改めてグラスを手に取ろうとして、気づいた。
 グラスの中身が零れる程に、手が震えている事に。

◇◆◇◆◇

「やべーなー、迷っちまったぞ」
 王城の一角に、途方に暮れた様子のマナカの姿が有った。
 洗面所までは騎士が付き添ってくれたのだが、洗面所から出る頃には騎士の姿は無く、仕方なく一人でホールに戻ろうと歩き出したのがそもそもの間違いだったのだが、マナカは特に気にした様子も無く、のんびりと王城の中を散策していた。
 通廊には騎士の甲冑が飾られ、夜間である事も有って、ライトアップされたそれらは威圧感を伴ってマナカの瞳に映った。
「こえーけど、カッコいいよなー、これ」
 銀色の光沢を放つ甲冑に素手でべたべた触りながら感嘆の吐息を漏らすマナカだったが、揺らした影響で兜がぽろっと落下し、けたたましい音を立てて転がって行った。
「やっべ、怒られるかな?」慌てて兜を拾おうと手を伸ばした瞬間、怒号が弾けて「ごめんなすわーい!」と兜をお手玉のように頭上に投げ飛ばして跳び上がるマナカだったが、怒号の主の姿は視界に入らなかった。「あれ?」
 落ちてきた兜を手に持ったまま、怒号の音源――廊下を駆る足音を辿って行くと、曲がり角から飛び出してきた小さな人影がマナカの胸に突っ込んで来た。
「いてっ」「きゃっ」
 マナカの厚い胸板にぶつかったのは、十代半ばと思しき、そばかすが浮かんだ少女だった。王城には似つかわしくない、質素な服装に身を包んだ少女。上背もマナカの胸に届く程度の小柄な娘で、マナカを視界に捉えた瞬間、恐怖で顔を強張らせると、慌てて来た道を引き返そうとして――二人の前に、一人の少年が映り込んだ。
「逃げてんじゃねえよ、アァ!? 俺様から逃げられると思ってんのかァ……?」
「あっ、お前!」
 少女を追い駆けてきた少年――マシタを指差して声を上げるマナカ。
 マシタはその時マナカの存在に気づいた様子で、「手前は昼間のドブネズミ!!」と対抗するようにマナカを指差す。
「お前何してんだこんな所で?」怯えた様子で縮こまっている少女の前に立ち開かると、マナカは苛立ちを露わにした表情でマシタを捉える。「女の子苛めてんじゃねえだろうな?」
「何だってドブネズミの分際で俺様の前に立ち開かってやがんだ、アァ!?」怒号を張り上げるマシタ。「良いからそこ退けゴミムシがァ!! そこの女は俺様のモンだ、とっとと消えろカス!!」
 マナカの表情に“醒め”が混じった瞬間、その右拳はマシタの顎に突き刺さり、次の瞬間には白目を剥いて伸びているマシタの姿が通廊に落ちていた。
「あっ、やべー、またやっちまった」思わずと言った様子でマシタに駆け寄るマナカ。「おーい、無事かー? 気ぃ失っちまったけど、これどうっすかなぁ。オルナに言えば何とかしてくれっかなぁ」と、遠慮無くペシペシとマシタの頬を叩き始める。
「お、お主は……何者じゃ……?」
 言葉を失ってる様子でマナカを見据える少女に、彼は「俺か? 俺はマナカ! 追瀬マナカだ! 宜しくな!」と屈託無い笑顔で少女に手を差し伸べた。
「よ、宜しく……」戸惑った様子で握手を交わす少女。「お主も、王族の人、なのか……?」
「オウゾ食う人? オウゾって何だ? お雑煮の親戚か?」腕を組んで不思議そうに小首を傾げるマナカ。「てかお前誰だ? こいつに苛められたのか?」
「お、お主、ワシの事を知らんのか……?」驚きに目を瞠る少女。
「知る訳ねーじゃん、今初めて逢ったんだからよ」ケラケラ笑うマナカ。「変な事言う奴だなお前」
 その時、通廊の遥か彼方から大声が上がった。重なり合うように聞こえる声は、悲鳴のようでも怒号のようでもある。
 マナカは、「ん? 何か遭ったのか?」と音源を辿ろうと歩き始め――手を掴まれて一瞬体が仰け反った。「おう?」
「お主が何者か知らんが、次期国王を張り倒して無事で済む訳が無かろう! ワシと一緒に逃げるぞ!」そう言って少女はマナカの手を力一杯引っ張るが、マナカは微動だにしなかった。「う、動かんぞ! 何をしておる!? 早く逃げるんじゃ!」
「何で逃げるんだ? こいつ放っておいたらダメだろ」白目を剥いて動かないマシタを指差すマナカ。「ちゃんとここの奴らに、お前が苛められてたって言わないといけないしな!」
「ああもう違うんじゃ! そうじゃないんじゃ! えぇと、えぇと、」少女はマナカの前にやってくると、グイグイと肩でお腹を押していたが、ピクリとも動かないマナカの前で息を切らし始めた。「そ、そうじゃ! ワシ、追われとるんじゃよ! 悪い騎士に!」
「悪い騎士!? よし分かった!」パンっと拳を突き合わせるマナカ。「見てろ、今から俺がぶっ飛ばしてやるからな!」
「ダメなんじゃって! そうじゃないじゃろ!? 何でお主はそんなに血の気が多いんじゃ!? 相手騎士じゃぞ!? お主は一体……ああもうそんな事言うとる暇は無いんじゃ!」ずんずん突き進んで行くマナカに引っ張られる形で絨毯を滑って行く少女。「そうじゃ! お主、ワシを王城の外へ連れてってくれぬか!?」
「おう? いいぜ!」グッとサムズアップするマナカ。「でも俺、このお城の出口どこか分からねえんだけど」
「ワシが知っておる! ワシに付いて来い!」そう言って駆け出す少女。「早うせい! 捕まったら……じゃなかった、急がんと大変なんじゃ! 早う走れ!」
「よく分かんねえけど急げばいいんだな!? 任せとけ!」と言って少女をお姫様抱っこするマナカ。「どっちに行けばいいんだ!?」
「な、何をする馬鹿者! 下ろせっ、下ろさんか!」マナカの腕の中でバタつく少女。
「急ぐんだろ!? だったらこっちの方が早ぇって! で、どっちに行けばいいんだ!?」駆け足の状態で少女に尋ねるマナカ。
「何なんじゃ此奴は……ッ! ええいもうっ、あっちじゃ! あっちへ走れ!」マナカの腕の中で顔を真っ赤に染めて、通廊の先を指差す少女。
「あっちだな!? よっしゃ、全力で走るから掴まってろよぉぉぉぉっ!」
 その後、少女の悲鳴がドップラー効果で通廊を駆け抜けていく姿が、無数の騎士の目に留まったと言う。

【後書】
 ミコトとマナカと謎の少女の長い長い夜が始まりました!
 ミコト君と王様のシーンですが、このシーン実は予定に無いシーンで、王様が勝手にミコト君と己を重ね合わせ始めて、わたくし自身がビックリしている次第ですw ともあれそのお陰でミコト君の内面に変化が出て嬉しさで一杯ですが!
 マナカ君はマナカ君で大変な事態に見舞われておりますが、マナカ君だと危機感が蒸発してしまうんですよね!w 絶対不味い状況だって客観的に分かるんですが、「マナカ君何してんのww」ぐらいの危機感で収まってしまう感覚です(笑)。
 と言う訳で次回、第34話「迷走の夜想曲〈2〉」……緊急事態を告げる騎士が現れて、歯車が加速していきます! お楽しみに!

0 件のコメント:

コメントを投稿

好意的なコメント以外は返信しない事が有ります、悪しからずご了承くださいませ~!