2018年7月19日木曜日

【余命一月の勇者様】第35話 迷走の夜想曲〈3〉【オリジナル小説】

■あらすじ
「やりたい事が三つ有るんだ」……余命一月と宣告された少年は、相棒のちょっぴりおバカな少年と旅に出る。
※注意※2017/12/18に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り

■第35話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/29723

第35話 迷走の夜想曲〈3〉


「――誰かと思えば、マナカ君じゃないか」

 マナカとミツネの元に、二人の男が近寄る気配が有った。
 ミツネが一瞬警戒の色を点し、マナカが「ん?」と不思議そうに振り返ると、暗がりに沈んだ街路に、見覚えの有る青年が佇んでいた。
「あれ? お前……えーと、ほら、アレだよアレ」思い出そうと頭を捻くり回すマナカ。「冒険者のー……偉い奴のー……えーと、何だっけ……そう! 馬車に乗せてくれた奴じゃねえか!」
「ん~、そこまで思い出しても名前は出てこなかったかぁ」苦笑を禁じ得ない様子の青年は、マナカからミツネに視線を転じて、恭しく礼を見せた。「失礼、姫様。申し遅れました、僕はサボ、桶雲(オケグモ)サボと申します。冒険者ギルドの纏め役を務めている者です」
「冒険者ギルドの、纏め役とな?」ミツネが怪訝な表情でサボを見やる。「マナカと、知り合いなのか?」
「おう! こいつ馬車に乗せてくれた良い奴なんだぜ!」グッとサムズアップするマナカ。「お前こんな所で何してんだ? またミコトの事、探してたのか?」
「マナカ君、積もる話は有るが、まずは場所を変えよう」ポン、とマナカの肩を叩くサボ。「姫様をこんな所に放っておく訳にも参りませんからね」とウィンクをミツネに見せると、近くに佇んでいた老爺――ホシに声を掛ける。「ホシ、馬車の手配を。早急にだ」
「そう仰ると思い、既にこちらに一台向かわせております」スッと胸に手を当てて頭を下げるホシ。「間も無く到着するとの事です」
「そうか、相変わらず仕事が早いなホシは」満足そうに頷くサボ。「さて、姫様。予め僕の立場を明確にさせて頂きますと、」突然ミツネに向き直り、真剣な表情で語り始めた。「“僕は王族側ではありません”。それだけは、予めお伝えしておきたいと存じ上げます」
「……!」ミツネの表情が驚きに変わったのも束の間、彼女はマナカの腕を引っ張った。「……マナカ。この男は、信用に足る相手か?」
「おう? サボは悪い奴じゃねーぞ、馬車に乗せてくれたしな!」と腕を組んでうんうん頷くマナカ。
「「……」」サボとミツネの白い目がマナカを貫いた。
「……あの、マナカ君。僕の事を信頼してくれているのは嬉しいが、もう少し言葉を考えてくれないだろうか」頭痛でもするのか、頭を押さえて溜め息を吐き出すサボ。「それではまるで、僕には馬車に乗せた以外に信用できる点が無いと言っているようなものなんだが……」
「ワシもそう受け取らざるを得ないんじゃが……」呆れ果てた様子で呟くミツネ。
「そんな事言ってもよう、俺、お前の事よく知らねえんだよなー。冒険者ギルドの偉い奴って事ぐらいしか知らねえぞ」困った様子で小首を傾げるマナカ。「あと、アレだ! ネイジェを探してるって事ぐらいだ!」
「ネイジェ……?」不思議そうに反芻するミツネ。「ネイジェ=ドラグレイの事か?」
「なッ」今度はサボが言葉に詰まる番だった。「姫様が何故その名前を……?」
「サボ様。馬車が現着致しました」
 ゴトゴトと音を立てて近づいてきた豪奢な馬車に三人の視線が向く。
 サボは改めてマナカとミツネに振り返り、馬車の扉を開けて礼をするホシの横を抜けて、「中で話そう。我々冒険者ギルドは、姫様を丁重に扱う事をお約束致します」と、微笑んで手を差し伸べた。
 ミツネは未だに不審そうだったが、マナカは「不安か?」とミツネの顔を覗き込むと、「何か遭ったら、俺があいつぶっ飛ばしてやるから、心配すんなって!」と快活に微笑んだ。
 ミツネは笑顔のマナカに胸を高鳴らせた後、醒めた表情になって、「ワシ、今の自分の状況よりもお主の今後が心配じゃよ……」とマナカの額をピンッ、とつつくと、馬車に乗り込もうとして――
「その馬車、わたくしも同乗させて頂きたい」
 不意に、暗がりからメイド姿の女が、まるで影から生まれるように、するりと現れた。
 闇に沈んでいるかのような、真っ黒のメイド服である。眼鏡を掛け、冷酷に思えるような、冷え冷えした瞳に、感情の無い相貌。
 一瞬、サボとホシの表情に緊張が走るも、ミツネが「ニメ! やはり忍んでおったか!」と嬉々とした声を上げたのを見て、敵性人物ではないと認識し、胸を撫で下ろす。
「姫様のお知り合いですか?」馬車の中から声を掛けるサボ。「でしたらどうぞ、ご同席して構いませんよ」
「ワシの近衛じゃ」と言って、ニメと呼ばれたメイドを示すミツネ。「土院(ドイン)ニメと言う。ワシが絶対の信頼を置く世話役じゃ」
「ニメって言うのか! 俺はマナカ! 追瀬マナカだ! 宜しくな!」と言ってニメに握手を求めるマナカ。
「……」マナカの握手に応じ、固く握り返すニメ。「マナカ様。貴方には、深く感謝しております。後日、正式な場で、改めて礼を言わせて頂きたい」
「おう? 俺、お前に何かしたか?」不思議そうに小首を傾げるマナカ。
「貴方には、我が姫君の窮地を救ってくれた恩義が有ります」マナカの手を握り締めたまま、真剣な表情でマナカを見つめ続けるニメ。「このニメ、人を見る目が有ると自負しております。貴方は、他の者とは異なる、“成せる”人物だ」
 ニメの真剣な宣言に、サボとミツネは瞠目し、マナカは「ナセル……? 茄子が訛った奴か?」と一人不思議そうに小首を傾げていた。

◇◆◇◆◇

「――事情は、大体分かりました。やはりと言いますか何と言いますか、次期国王の不義が原因でしたか……」
 馬車に乗り込んだマナカ、ミツネ、ニメの三人は、相対するサボから、「ここでの発言は全て非公式です。ですから、ご自由に仰って頂きたい。冒険者ギルドの纏め役として、出来る範囲で力を貸したいのです」と宣言を受け、マナカでもミツネでもなく、ニメが、今まで起こった事態を事細かに説明した。
 ミツネが部屋で休んでいたところに、マシタが現れた事。
 マシタは己の獣欲を満たすために、ミツネに襲い掛かった事。
 ニメには、マシタに逆らうだけの権利が与えられていなかった事。
 止める事が出来ず、ただミツネが凌辱される様子を見ている事しか出来なかった事。
 ミツネがその事態に恐ろしくなり、からがら逃げ出して、その途中、マナカと遭遇した事。
 マナカが、マシタを殴りつけて止めた事。
 ミツネに頼まれて、マナカがミツネを城の外に連れ出した事。
 マナカは事情をよく分かっていないのかも知れないが、ミツネの恩人である事を、丁寧に、詳細に、的確に、ニメは語った。
 それを聞き終えたサボは、両手の指を合わせて、ミツネに視線を向けた。
「姫様の事情は、僕の耳にも入っております。旱魃に見舞われたソウセイの国の飢饉を救うべく、マシタが食料を貸し与える代わりに、姫様の身を差し出せと、要求してきたのでしょう?」
「……その通りじゃ」神妙に頷くミツネ。「このまま王城に戻れば、……いや、戻らなくとも、もうこの関係は修復できまい。マナカは、次期国王を殴打したのじゃ、死罪になってもおかしくない……ワシが、逃げ出さなければ、こんな事には……」
「ん? 資材になるって、俺木とか石になるのか?」不思議そうに小首を傾げるマナカ。
「死ぬほどの罪と書いて、死罪です、マナカ様」こそりとマナカに耳打ちするニメ。「つまり、マナカ様は罪を犯した事で、殺されてしまう事になります」
「まじか!? 困るなぁ、俺ミコトと一緒に迷宮に潜らねえといけねえからな、それが終わってからでもいいかなぁ?」うーん、と腕を組んで頭を捻るマナカ。
「……のぅ、サボとやら。此奴はその……何かおかしくないか?」ひそひそとサボに囁きかけるミツネ。「この動じなさは、人間として大事なモノが欠けておるように思えるんじゃが……」
「……えぇ、僕も同じ感想を懐いていますが、伝承に残された人物ですら認めた相手ですから、その認識は強ち間違っていないのかも知れません」ひそひそとミツネに囁き返すサボ。
「って、今お主、何て言った?」思わずと言った様子で顔を上げるミツネ。「迷宮に潜る? お主がか?」
「おう!」ドンッと胸を張るマナカ。「ミコトのさ、迷宮に挑むって願いを叶えてやるんだ! 後さ、迷宮の奥にいる、何だっけ、何とかドラゴンって奴に逢うんだ! それがもう一つの願いでさ、あと一つがー、そうそう、姫様に逢いたいって言っててさ!」
 マナカはニカッと微笑んで告げた瞬間、「ん?」と真顔に戻り、わなわなと震えてミツネを指差し始めた。
「な、何じゃ?」怪訝な表情でマナカを見やるミツネ。
「お前、姫様じゃねーか!!」素っ頓狂な声を上げるマナカ。
「今更!? 今更気づいたのかお主!? てか言ったよねワシ!? 何で!? 何で今やっと気づいたかのような反応なのお主!?」感染するように素っ頓狂な声を上げるミツネ。
「いやー、すっかり忘れてたんだよ、ナハハハ!」ポンポン、とミツネの頭を叩いて呵々大笑するマナカ。
「……いやぁ、僕自身、ここは非公式の場って言ったけどさ、そこまで馴れ馴れしく姫様に接せられるマナカ君はやっぱり尋常じゃないって確信したよ……」仏のような顔になっているサボ。
「ミツネ! 頼む! ミコトに逢ってやってくれよ!」パンっと手を合わせて頭を下げるマナカ。「ミコトの願いなんだ! 死ぬ前に、姫様に逢うってのが、願いなんだよ!」
「死ぬ前にって……そんな高齢なのか? その、ミコトとやらは」
「――寿命がもう一ヶ月も無いんだ」
「……何だって?」
 マナカの真剣な言葉に、真っ先に反応したのはサボだった。
 ミツネも驚いている様子だったが、構わずサボはマナカに顔を寄せる。
「病気でも、患っているのかね? あんな健勝そうな姿からは、病魔は全く感じ取れなかったが」
「親父さんがよ、賭博で負けたんだよ」視線を落として、悲しそうに呟くマナカ。「その賭け事で賭けてたのが、寿命だったんだってよ。それでミコトの奴、自分の寿命も賭けられてて、親父さんは死んじまって、ミコトの寿命も、無くなっちまって……」ゆっくりと、顔を上げて、サボを見やる。「俺の寿命一ヶ月を、ミコトにやったんだ。だからミコトは、一ヶ月だけ生きていられるんだ。それが終わっちまえば、ミコトは……。それでミコト、死ぬ前にやりたい事が出来てさ、それが、迷宮に行く事と、ドラゴンに逢う事と、――姫様に逢う事、なんだよ」
 ゴトゴトと、低速で市内を巡る馬車の中は、沈鬱な静寂に浸された。
 サボは瞑目して両手の指を合わせたまま、ゆっくりと口を開いた。
「……聞いた事が有る。魔法賭博、と言う賭け事だろう」瞳を開き、マナカを見やるサボ。「寿命を賭け金に使う、賭博の一種だが、正式には認められていない、違法性の有る賭博として、取り締まりの対象の筈だが……」
「よく知らねえけど、それでミコトの寿命は、えーと、もうあんまり残されてねえんだよ……!」グッと拳を固め、マナカは歯を食い縛った。「俺は、ミコトの相棒として、ミコトの願いを叶えてぇんだ。なぁミツネ。ミコトに、逢ってやってくれねえか……?」
 捨てられた仔犬のような瞳で見つめられ、ミツネは一瞬胸が高鳴るも、すぐに真剣な表情で、マナカの手に手を重ねた。
「……ワシは、お主に助けられた身。お主は言わば、ワシの恩人じゃ。恩人の願いを、それもそんな易い願いを叶えずして、何が姫じゃ」ニコリと、ミツネはマナカに微笑みかけた。「――逢ってやろう。その、ミコトとやらに。それだけでは、お主にまだ借りを返した事にはなるまいがな」
「まじか! ありがとな、ミツネ! お前やっぱ良い奴じゃん!」ブンブンとミツネの手を握り締めて振り回すマナカ。「ありがとな! ありがとな! これでミコトも浮かばれるぜ……!」
「いやいや、勝手にミコト君を殺さないようにね? マナカ君?」おいおい、と手を伸ばすサボ。「……おほん、脱線したが、話を戻そう。ニメさんの話が正確ならば、次期国王のマシタ様は今頃ご立腹にも程が有る状態だろう。さっきも言ったように、マナカ君は死罪になっても何ら不思議じゃない」
「な、何とかマナカだけでも、オワリの国から逃げ出させる事は出来ぬじゃろうか……?」青褪めた表情でサボに問いかけるミツネ。「そうじゃ! ソウセイの国に落ち延びれば、命だけは助かるじゃろう! それが良い!」
「それは困るぜ! 俺、これから迷宮に挑まなくちゃならねえし、ミコトと一緒にいてえし!」憤懣やる方ないと言った様子で反発するマナカ。
「お主の命が掛かっとるんじゃぞ! そんな事を言うておる場合では……!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」馬車の中で喧嘩が始まりそうな予感を察して、二人の肩に手を置くサボ。「一つ提案が有るんだが、いいかね?」
「提案?」「テイ餡?」「マナカ君、君の発音おかしくない?」
 ミツネが怪訝な表情になり、マナカが未知の餡子に想いを馳せ、マナカの様子に仏の表情になりつつあるサボが空咳をして、徐に人差し指を立てた。
「僕は、冒険者ギルドの纏め役だ。王族同士のいざこざには、正直興味も関心も無い。――けれど、王族に恩義を売れるチャンスであると言うのなら、話は別だ」ニヤッと、悪そうな笑みを覗かせるサボ。「僕は王族に借りを作れて、マナカ君は死罪を免れて、姫様は何事も無かったかのように王城に戻れる。そんな作戦が有るんだけど、聞いてみないかい?」
 マナカとミツネ、そしてニメは顔を見合わせてから、改めてサボに視線を向けた。
 サボは小悪党の笑みを浮かべて、マナカにも伝わるように、ゆっくりと語り始めた。

【後書】
 久方振りの再登場となったサボさんでした! 何故このタイミングで登場できたのかって、そりゃもう、姫様が大脱走したって話をどこからか入手して都中を駆け回っていたに違いないからです(笑)。
 夜もだいぶ更けて参りました。マナカ君の大暴走がサボさんと言う希望を見つけるに至りましたが、残されたミコト君は……? 次回、第36話「迷走の夜想曲〈4〉」……動き出した夜は、次回でひとまず終幕です。お楽しみに!

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