2019年3月18日月曜日

【余命一月の勇者様】第53話 不退天命〈2〉【オリジナル小説】

■あらすじ
最後の、夢。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】の二ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
■第53話

第53話 不退天命〈2〉


「――――ミコト……」

 目が、覚めた。
 レンは、自身がベッドの中にいる事を理解するまでに長い時間を要した。夢の中で見たミコトの姿が、ふわりふわりと溶けていく事実に恐怖を感じて、再び目元に涙が溜まっていくのを感じ――己がどれだけ眠っていたのか、一瞬臓腑を締め上げる程の緊張感に襲われた。
 布団を跳ね上げて部屋を一望すると、気を失う前の日に就寝した部屋――ミコト、マナカ、そしてミツネやオルナとも一緒に眠りに就いた大部屋のベッドに、己が臥しているのだと察した。
 部屋の中にはメイド服の双子――ニメとサメが控えていて、誰かの看病をしている様子が見受けられた。
 誰か、など。看護を受ける相手なんて、現状、一人しかいないのに。
「ミコト――ッ!」
 慌てて跳ね起き、ベッドの中で瞑目しているミコトに駆け寄るレン。
 ニメとサメはそんなレンを見つめると、「安心してください、命に別状は御座いません」「大丈夫です、ミコト様は眠っているだけです」と交互に声を掛けてきた。
 そんな二人の優しい掛け声に、レンは緊張した面持ちを一瞬崩し、疲弊しきった嘆息を落とした。
 確かに、ミコトの肉体には随所に打撲の痕などの生々しい傷痕が刻まれていたが、その呼気は安定していて、顔色も悪くない。本当に、ただ眠っているだけ……否、意識を失っているだけなのだろう。
 レンはそんなミコトの姿を真剣に見つめた後、ふと総身を締め上げる恐怖に襲われ、メイド服の二人に必死な視線を向けた。
「あ、あたし――どれだけ、眠ってた、の……?」
 ニメとサメは合わせ鏡のように同時に微笑むと、二人一緒にレンの手を握り締めた。
「約一日です、レン様。ミコト様の寿命は、残り四日有ります」
「今、マナカ様とオルナ様をお呼び致します。どうかご安静に」
 そう言ってニメがパタパタと部屋を出て行ったのを見送ると、サメがレンの傍に跪き、静かに言葉を続けた。
「レン様が不安がるのも無理は有りません。ミコト様の残された時間が、もう残ってないと思われたのでしょう」
「う、うん……」震えそうになる喉を、ゆっくりと上下するレン。「あと、四日……四日しか、ないの……?」
 どれだけ顔色が良くても。命に別状が無くとも。あと四日で、ミコトはこの世を去ってしまう。そんな恐ろしい現実を、あと四日も耐え……そして、四日後には、更なる虚無感を懐いたまま過ごさねばならないなど、レンは想像さえしたくなかった。
 これが運命なのだとしたら。ミコトに、何の恨みが有るのだと、エンドラゴンに詰め寄りたい気分だった。
「――レン様」そっと、サメがレンの手に己の手を重ねた。「我が主、ミツネ様も今、懸命にミコト様を延命する手段を捜索しております。どうか、お気を確かに」
「……延命する、手段……?」感情が消え失せそうな表情を持ち上げ、サメを見つめるレン。「で、でも、エンドラゴンに願いを叶えて貰えなかったら、もうそれ以外に手段なんて……」
 惚けた様子のレンを見つめるサメの顔には、優しい微笑が点っていた。
「それが、見つかったのです。ミコト様を延命する、恐らく唯一の方法が」

◇◆◇◆◇

「レン~! 目ぇ覚ましたか! 良かったぜ~!」
 大部屋に戻ってきたマナカが心底嬉しそうな表情でレンの肩をバシンバシン叩き始め、レンが「痛い痛い!」と悲鳴を上げた。
「そ、そんな事よりマナカ! ミコトの寿命が延びる方法が見つかったって本当なの……!?」マナカの肩を鷲掴みにして大声を張り上げるレン。
「そうなんだよ! 見つかったんだよ!」パァーッと顔を華やがせるマナカだったが、すぐに眉根を顰めると、「だけど、まだ見つかってねえんだ……」と付け加えた。
「み、見つかったけど……」ゆっくりと首を捻るレン。「見つかって……ない?」
「それに就いては俺が説明しようか」マナカの肩を叩いて声を掛けたのはオルナだった。「レンちゃんが眠っている間にな、俺とマナカ、そしてミツネ様、あとニメとサメの五人で話し合ったんだ。ミコトの寿命を延ばす方法は、エンドラゴンに願いを叶えて貰う以外に無いのかって」
「そ、それで……?」ゴクリ、と生唾を呑み込むレン。
「結論から言うと、寿命を延ばす方法は、――――“有る”」レンの表情が明るくなった瞬間、オルナは“まだ話は終わってない”と手で制すると、神妙な面持ちで続けた。「寿命を延ばす方法は、有るには有るが、俺達はその方法を“知らない”……いや、“見つけられてない”んだ」
「ど、どういう事なの……?」レンの頭の上に疑問符が生じる。
「そもそも――ミコトが寿命を一月に定められた、と言う部分にワシは疑問を懐いての」オルナの背後からミツネがゆっくりと歩み寄りながら声を掛けた。「その事を、マナカに問い質した際に、一つ可能性が湧いたんじゃよ」
「可能性……?」レンは未だに理解に辿り着けない様子で、反芻するだけで精一杯だった。
「ミコトはよ、親父さんがギャンブルで負けたのが原因で、寿命が無くなっちまったんだけどさ、」マナカが真剣な表情で語り始めた。「それが……えーと、魔法賭博、って言う……えぇと、お金じゃなくて、寿命を……賭ける、ギャンブルなんだ」
 マナカがそこまで説明して、レンはようやっと――光明を見出したと言わんばかりに、両眼を見開いて想いを吐き出した。
「じゃ――――じゃあ、その魔法賭博をミコトにやらせれば……!?」
「そう、ミコトの寿命が戻る……いや、取り戻せるかも知れねえ、って寸法だ」パチンッ、と指を鳴らすオルナ。「方法は見つかった。だが――その魔法賭博をやる賭博場を目下、捜索している所って事さ」
「魔法賭博は元来違法じゃからの。魔法賭博を表立って運営している賭博場など、そもそも無いんじゃ」真剣な表情でミツネが引き継ぐ。「故に、捜索は難航を極めておる。今現在、ワシもソウセイの国に風ノ音鳥を飛ばして全力で捜索せよと命じた。マナカとオルナも今朝、オワリの国の臣民に同じ内容のお願いをしたところでな、後は……時間との戦いじゃ」
「……ミコトの寿命が尽きるのが先か、魔法賭博の場所が見つかるのが先か……」
 レンの呟きには、まだ解決できていない部分も含まれていた。それは――そもそも、ミコトが魔法賭博と言うギャンブルに“勝てるか否か”と言う点だ。
 魔法賭博の場所が見つかったとしても、勝てなければ寿命は戻らない。寧ろ、即寿命が消費され、命日を待たずにこの世を去る可能性とて、否定は出来ないのだ。
 ミコトの願いは、一月を迎える前に三つ全て叶った。それは、とても喜ばしい事だ。彼にとっては、最後の最後で夢を叶えられたと言っても過言ではない、幸福が有るだろう。
 けれど――ミコトを愛する者達は皆、諦めていない。それどころか、ミコト自身だって、まだ諦めていないのだと、夢の中であれ彼は宣言した。
 最後の最後まで、希望を捨てない。
 ギリギリまで、足掻き抜いてみせる。
 レンは己の頬を張り飛ばすと、力を込めた眼差しで一つ大きく頷いた。
「泣いてなんか、いられないわね! あたしにも手伝わせて! あたしでも出来る事が有るなら、何だってやるわ!」
 先刻までの憔悴しきった姿からは考えられない程の意気に、一同はつい数時間前までの己を思い出さずにはいられなかった。
 最早打つ手無しと言っても過言ではない状況下でも、マナカが必死に方法を考え、足りない語彙で説明しようとしている時に、ふと浮かんだミコトが寿命を失った経緯からの、発想の転換……ここにいる皆が、そこから息を吹き返し、再び活動を再開したのだ。
 現状が如何に絶望的か、分からないほど認識力が足りない訳ではない。けれど、絶望的だからと言って諦められるほど割り切る事など出来なかった。
 ミコトがいてくれたから、変わった者。
 ミコトが一緒だから、救われた者。
 ミコトがいなければ、ここに来られなかった者。
 ならば今度は、自分がミコトを助ける番だと、そう決意して。
 最後の最後。本当に最後のチャンスをもぎ取るべく。
 最後の挑戦が――始まった。

◇◆◇◆◇

 それは、とても慌ただしい時間だった。
 オワリの国の書物と言う書物を読み漁り、手掛かりの一つかも知れないと思う事柄が一行でも有れば確認し、臣民と言う臣民に話を聞いて回り、賭博場に関する情報が一言でも出れば調査する。
 焦燥感や緊張感が絶え間なく神経を削ぎ落としていく。圧倒的に不足している制限時間を如何に効率よく消費していくか。確認作業とて人手が足りなくてはそもそも間に合わない。臣民の力を借り、騎士の力を借り、王族の力を借り、行商人の力を借り、あらゆる所に助力を乞い、魔法賭博の場所を特定する。
 それは、本当に四日間で熟せる作業量ではなかった。人員も足りない。情報量も足りない。時間も勿論、足りない。
 それでも――それでも、最後まで諦めるなと。ギリギリまで希望を捨てるなと。ミコトを、何としてでも救ってやるのだと。そう、懸命に律し、奮い立たせ、ガムシャラに走り続けて――――
 刻限が、やってきた。

◇◆◇◆◇

「……レン」
 泣きながら消え去ったレンを見送ると、ミコトは青臭さを感じる程の濃厚な新緑に満たされた空間で、一人佇んでいた。
 この空間には、誰もいない。死の世界とは、そもそもそういう空間なのだろうかと、そんな感慨に耽る。
「ミコト! お嫁さんを泣かせるなんてもう! 母さんガッカリだよ!」
 ――不意に。
 湖畔の隅に、ミコトの亡き母・イメの姿が、映り込んだ。
 目尻を釣り上げ、睨み据えてくるイメに、ミコトはばつが悪そうに頭を掻く。
「……ごめん。レンには後で、謝っとく」
「そうしなさい! ったく……せーっかく試練で綺麗に送り出してあげたって言うのに、ミコトったら……」
「……ごめん」
 悄然と肩を落とすミコトに、イメはポン、と優しく頭を撫でた。
「マナカ君の事は、母さんね、よくやった! って言うよ」優しく微笑むイメに、偽りの色など絶無だった。「ミコトは、強い子だもん。きっと、そうしてくれるって、母さんは思ってた」
「……」
「……母さんは、きっと酷い事を言ってるんだろうね。自分の子を犠牲にしてでも、他人の子を生かせだなんて、そんな事を言う母親は、母親失格だ」ミコトの頭に手を置いたまま、イメは沈んだ声で続けた。「だけどね、母さんは母親失格だとしてもね、ミコトの選択が誇らしいんだよ。だってミコトはさ、あのタイミングで――――マナカ君も、“自分も”、生きている未来を想像したんでしょ?」
 マナカを助ければ、ミコトが死ぬ。
 ミコトを助ければ、マナカが死ぬ。
 エンドラゴンに、そう試されたのだろう。己を生かすために、友を見殺しにするか。友を生かすために、己を犠牲にするか、と言う。
 その試練の意図を、ミコト自身、あの場で理解した訳でも、掌握した訳でもない。ただ――何と無く、思ったのだ。
 マナカはこのまま放っておけば、すぐに死んでしまう。けれど、己の命は、まだ五日も猶予が有る。
 可能性に賭けるのであれば、どちらを選ぶかなんて、単純明快に尽きると、ミコトは思ってしまったのだ。
 故に逡巡も後悔も躊躇も無く。ミコトは、マナカを救った。
 そしてマナカを救った己が犠牲になる未来など、きっと来ないと言う確信も、確かに有った。
 マナカなら、大丈夫。マナカがいれば、きっと己は、目が覚める。
 だからこそミコトは、この幻想の森の中で、ただ時間が過ぎ去るだけの時間を、不安も心配も無く過ごせていた。
 諦めていない。信じている。言葉にすれば、たったそれだけの事でしかなく、あまりに不確定で、あまりに現実性の無い文言で、決意だが――それだけでミコトは、明日を夢見る事が出来た。
「……ミコト。最後のピースは、ミコトなの」
 イメの言葉が、どこか遠い。世界が、緩やかに失われていく感覚に、ミコトは気づいた。
「さぁ、最後の戦いが始まるわ。母さんは見守る事しか出来ないけど……信じてるから」
 イメの言葉は、最早聞こえない程に、世界は光に満ちていた。
 ――だってミコトは、母さんの自慢の――――
 ミコトは、嬉しそうに微笑み、「分かってるよ、母さん」と優しい声を呟き、――世界が、収束する。
 それが最後の夢。
 ミコトの、最後の日が始まる。

■残りの寿命:1日

【後書】
 いよいよ、ここまで来ました。最後の一日、最後の一瞬までお楽しみ頂けますように…!
 ところで、この最後の希望でもある今回の展開ですが、これアレなんですよ、一話を読んだ読者さん看破されてたって裏話が有ります…w 当初からこの予定で綴っていただけに、「そんな分かり易い展開だったか…!w」とモダモダしてたりしましたww
 だからと言って展開を変えたい~って訳でもなく。元々この物語とこの展開はセットでしたのでね、特に看破された事に思う所が有った訳でもないのですが、流石にビックリしたと言うだけのお話です(笑)。
 最終回まで残り二話! クライマックス直前の次回も、とってもお楽しみに~♪

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    遂に…遂に来てしまいました。最後の一日…
    今まで頑張ってきた者たちに最後の審判が下される日。
    それが皆の望んだ結末であることを祈らずにはいられません。
    最後まであきらめないで!

    レンちゃんとミコトくんのリンク(?)している夢
    イメさん登場で我慢していた涙腺大決壊!どうしてくれんのよ~ヽ(`Д´)ノプンプン

    今回も楽しませて頂きました!
    次回も楽しみにしてますよ~vv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      遂に…遂にここまで来てしましましたよ…!
      「最後の審判が下される日」と言うのがまさにそれでして。
      この「最後の審判が下される」その瞬間まで諦めなければ…!
      きっと、素敵な結末に辿り着けると信じて…!

      いやーそこで涙腺大決壊して頂けたのでしたら最高にやったぜって感じですね!w 最終話に向けて、こう、テンションアゲアゲで参りますよう!w

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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