2018年5月31日木曜日

【余命一月の勇者様】第24話 雨呼びの狼〈1〉【オリジナル小説】

■タイトル
余命一月の勇者様

■あらすじ
「やりたい事が三つ有るんだ」……余命一月と宣告された少年は、相棒のちょっぴりおバカな少年と旅に出る。
※注意※2017/06/19に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り

■第24話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/10616

第24話 雨呼びの狼〈1〉


「――あたしも聞いた事が有るわ。“呼雨狼”……吠えると雨を呼ぶ狼。でも、こんな人里に下りてくるなんて珍しいと思うわ。深い森や谷底で群れを成して行動してるって聞いてたけど……」

朝を迎えてもシマイの町は空一面の灰色に加えて、少し声を大きく張らないと聞こえない位の大雨に見舞われていた。
ミコトとクルガは宿に帰って、改めて風呂で体を温め直し、朝まで寝直したお陰で風邪を拗らせる事は無かったが、少しだけ体調が思わしくなかった。
ミコトとクルガは一緒に鼻をかむと、丸めた鼻紙を屑籠に放る。
「俺は聞いた事がねーぜ!」胸を張るマナカ。「コウロウって、何なんだ?」
「だから今あたしが説明したでしょ!?」パシィンッ、とマナカの頭を叩くレン。「雨を呼ぶ狼の事よ!」
「俺も宿の女将さんから少しだけ話を聞いた」鼻の下を小さく擦りながら呟くミコト。「普段、呼雨狼を見かける事は有っても、そして雨を呼ぶ事は有っても、四日以上降り続けるのは、今回が初めての事だそうだ」
「そうでしょうね。本来呼雨狼って農家の人にとっては恵みの雨を齎してくれる吉獣だもの。作物が元気よく育つためには、呼雨狼の来訪が無い事には始まらない、ってあたしは聞いてるわ」
ざぁざぁと降り頻る雨を窓越しに見つめていたクルガは、「どうして、狼さん、悪い事をするんだろう」と悲しそうに呟きを落とした。
「俺思うんだけどよ、そのコウロウ? って狼さん、別に悪い事してるつもりねーんじゃねえの?」不思議そうに、腕を組んで首を傾げるマナカ。「だって、雨を呼ぶ狼なんだろ? 雨を呼ぶ狼が、雨を呼んだだけなんだから、別に悪い事じゃなくね?」
マナカの疑問符がたくさん載せられた発言に、三人は首肯して黙り込んでしまう。
「……そう言われれば、そうよね。呼雨狼は、雨を呼んだだけ。別に何も不思議な事じゃないわ。……でも、四日以上降り続けるのは、四日以上雨を呼び続けるのは、おかしい事……なのかしら」
顎を摘まんだまま眉根を顰めるレンに、クルガは「何で、狼さんは、雨を呼ぶんだろう?」と同じ表情で腕を組んだ。
「実際に訊いてみないと分からないな」ポン、と膝を叩いて立ち上がるミコト。「クルガ、今日は改めてクルガの力を借りたい。呼雨狼――雨を呼ぶ狼さんの元まで連れてってくれないか?」
「うん、分かった!」ピッと敬礼を返すクルガ。「ついてきて!」と言って部屋を飛び出して行く。
三人はそれを追って温泉宿の玄関に辿り着くと、今回は全員合羽をしっかり着て、装備を固めてから外に出る。
土砂降りの宿場町は灰色に染まっていた。人通りも少なく、通りは閑散としている。
クルガは合羽の下に隠れているフサフサの耳をぴくぴくと小刻みに震わせながら、シマイの外を出て、昨夜も訪れたシュウ川へと辿り着く。
橋は崩れ落ち、今も土石流が囂々と音を立てて下流に走っている姿が目に飛び込んで来た。
「何だこりゃ、橋壊れてるじゃねーか」マナカが驚いたように呟く。「これじゃ向こう岸に行けねえな」
「クルガ、もしかして橋の向こう側に狼さんがいるのか?」しゃがみ込んでクルガの顔を覗き込むミコト。
「うん……あっちにいる」シュウ川の向こう側を指差すクルガ。
川の向こう側は雑木林になっているのか、雨も重なって見通しが悪い。川の幅は二十メートルほどだが、白雨が霧のようになって、景色は白く染まっていた。
狼――呼雨狼の遠吠えは、確かに霧の向こう側、川の対岸から聞こえてくる。
「やっほー、ミコト君、クルガちゃん」
不意に背中を叩かれて気づいたが、いつの間にかトワリが四人の背後に立っていた。
昨夜は気づかなかったが、綺麗な紅色の蛇の目傘を差した亜人族の娘は、マナカとレンを見つめて、「あれ、君達は昨日いなかった子だよね? 初めまして、わたし、トワリ。トワリちゃんって呼んでね♪」と握手を求めてきた。
「おう! 俺はマナカ! 宜しくなトワリ!」と握手を返すマナカ。
「トワリちゃん、でいいよっ♪」ニッコリ微笑むトワリ。
「じゃあ俺はマナカ君でいいぜ!」グッと親指を立てるマナカ。
「うん、じゃあマナカ君!」マナカを指差すトワリ。
「おう、じゃあトワリちゃん!」トワリを指差すマナカ。
「フフフ」「ふへへ」二人して悪そうな微笑を見せ合うトワリとマナカ。
「……マナカと波長が合う人って意外と多いのね……」呆れた様子で見つめていたレンだが、遅れて手を差し出す。「あたしはレン。宜しくね、トワリ……ちゃん」
「宜しくね、レンちゃん♪」レンと握手を交わすトワリ。「また川を見に来たの?」と言ってミコトに視線を向ける。
「呼雨狼に逢いに行こうと思ったんだが、どうやら川向こうにいるみたいなんだ」白く靄の掛かった対岸を示すミコト。「渡りたくても、橋がこれじゃな」
「うんうん、商隊の人達も困ってたよ~。橋が渡れないとシュウエンに商売に行けない~って」腕を組んで大儀そうに首肯するトワリ。「呼雨狼の討伐の依頼も出されてたね」
「えっ!?」クルガの表情に焦りが生じる。「ミコト、どうしよう!? このままじゃ、狼さんが……!」
「そうだな、まだ狼さんが悪いと決まった訳じゃないのに、懲らしめられるのは困るな」ポン、とクルガの頭を撫でるミコト。「二手に別れよう。レン、マナカを連れてこの宿場町の冒険者ギルドに顔を出して、その依頼を受けてきてくれないか?」
「あ、あたし?」驚きに瞬きして自分を指差すレン。「それは別に良いけど……ミコトはどうするの?」
「俺はクルガと、あとトワリちゃんを連れてこの川を上流に向かって歩いてみる。もしかしたら杣人達が利用する、小さな橋が残ってるかも知れないしな」ポン、とレンの頭を撫でるミコト。「依頼が受理されたら、一旦待機しててくれ。もし夜までに俺達が戻らなかったら……」
「戻らなかったら?」心配そうに見上げるレン。
「マナカを連れて、全力で探してくれ」ニコッと微笑むミコト。「頼めるか?」
「……ミコトも偶に無茶苦茶言うわよね……」はぁーっと重い溜め息を吐き出すと、レンはミコトの眼前に人差し指を突きつけた。「絶対に無理はしない! これだけは約束して?」
「あぁ、約束する」重く頷くミコト。
「なら良し! じゃあマナカ、行くわよ!」と言ってマナカの背中を叩くレン。「あたし達も宿場町の方で情報収集してみるから、期待しててよね!」
「あぁ、頼んだ」手を挙げて二人を見送るミコトだったが、それを興味深げに見つめる視線に気づき、トワリに振り返る。「どうした?」
「ううん、しっかりした子だなーって思って」フフフ、と猫のような笑みを浮かべるトワリ。「ミコト君も隅に置けませんなぁ?」
「何の話だ?」不思議そうに小首を傾げるミコト。「ところでトワリちゃん、上流に橋が在るって情報は知らないか?」と言いながら上流に向かって歩き出すミコト。「無ければ無いで、渡れそうなところを探すしかないが」
「こんな濁流を渡ろうとするなんて、ミコト君は命知らずだねぇ」呆れているのか驚いているのか判然としない表情で呟くトワリ。「ミコト君が頑張らなくても、いつかきっと冒険者さんが何とかしてくれるよ?」
「いつかきっとじゃ困るんだ。今俺達がやれば何とかなるかも知れないなら、俺はその可能性に賭けたい」土砂降りに負けない声調で、ミコトは告げる。「それに俺は、クルガが“困ってる人を助けたい”って思った気持ちを、大切にしたいんだ」
クルガはミコトの前を跳ねるように歩いている。ミコトの声が届いていないのか、土石流を見つめてはぶるぶると体を震わせて、再び川上を目指して跳ねるように歩いて行く。
トワリはそんなクルガを見つめるミコトを見やり、「……なるほどねぇ」と優しい表情を覗かせると、ミコトの前に躍り出て、くるっと振り返った。「ミコト君は優しいね。亜人族の子を、気に掛けてくれるんだ?」
「優しさに人族も亜人族も関係無いだろ?」不思議そうに眉根を寄せるミコト。「勿論、魔族も関係無い」
ミコトの発言に、トワリは瞠目して驚きを表現した。再びくるっと反転し、歩調を合わせてミコトの隣に立つ。
「ミコト君は変わってるね? 人族なのに、魔族にも優しく出来るの?」隣を歩きながら、囁くような声量で尋ねるトワリ。「人族と魔族が敵対してるって、もしかして知らない?」
「知ってるし、思い知らされたよ」思わず苦笑が滲んでしまうミコト。「知ったからこそ、余計にだ。人族も魔族も、序でに言えば亜人族も、皆仲良く出来るのに、損な考え方をしてるから、仲良く出来ないだけで、皆損してるんだ」
ミコトの歩調に合わせて歩いていたトワリだったが、不意に肩を震わせて「あはは、うんうん、そうだね、その通りだね!」と大笑し始めた。
「トワリちゃんも、分かってくれるのか」
ミコトが振り向くと、トワリは涙すら浮かべる程に笑い転げていた。
「あははは、はは、はぁー……」抱腹が落ち着き、目元を拭いながらトワリはミコトに向き直る。「うん、ミコト君の考え方は、素敵だね。皆そう考えてくれたら、きっと皆友達になれるんじゃないかな」
「皆俺と同じ考えだったら、気持ち悪くないか?」怪訝な感情が浮かぶミコト。「友達になれない奴だっているさ。俺だって、嫌いな人族ぐらい、いるさ」
「へぇ、ミコト君でも、嫌いな人っているんだ」再び驚きに目を瞠るトワリ。「てっきり、ミコト君ぐらいになると、嫌いな人っていないのかと思っちゃったよ」
「俺を何だと思ってるんだ」苦笑を見せるミコト。「……厳密には、嫌いな人じゃないけど、好きになれない人が、いたよ」
ミコトの語り方で何かを察したのか、トワリは問いかける事も無く、「……そっか」と小さく呟くに留めた。
嫌いな人じゃないけど、好きになれない人が、いた。
もう今はいないし、もう好きになる必要が無いと分かっていても、どうしても好きだと言い張りたかったし、嫌いだとも思いたくなかった、人。
死んでしまった今になっても、どうしても好きになれないくらいには、ミコトの心に悲しみを植え付けてしまった、亡き――父を想い。
ミコトは、暗い表情を落とす。
「……俺は、別にその人の事を悪く思いたい訳じゃないんだ」
独白するように、ミコトは呟きを落とした。
それはもしかしたら、自分に戒めていた言い訳なのかも知れないと思いながらも、ミコトは吐露を止める事が出来なかった。
「俺のせいで、その人は俺を嫌ってしまった。それでも俺は、その人を好きでいようと思って、俺だけはその人を見捨てたくないって思って、……思ってたけど、思えば、最期まで報われなかったんだなって気づいたら、……俺は本当にその人に好きだったって伝えられてたのかな、その人も俺から嫌われてるように感じてたのかなって、……分からなくなってきた」
母を亡くした罪を背負って、父からの愛を受けられなくて。
それでも母を想い、父の面倒を見続けて、それで得た対価が、残り一月の余命。
だからこれはもしかしたら、母を亡くした罪と、父の面倒を確り見れなかった罰が、一緒くたに呪いとなって表れたのかも知れないと、そんな暗がりがミコトの脳裏を過ぎり、
「……ミコト君は、凄いね」
――トワリの言葉で、視界が開けた。
振り向くと、瞑目して立ち止まるトワリの姿が映った。
「君は、運命を愛せる人なんだね」
そう呟くと、トワリはちょんっ、とミコトの鼻の頭を人差し指で撫でると、楽しげにスキップしてクルガを追い駆けて行く。
ミコトは呆気に取られてその後ろ姿を見送っていたが、やがて聞こえなくなっていた雨音が蘇り、世界は雨に閉ざされた。
一瞬だけ見えた晴れ間、確かに消えた雨の世界、そこにミコトは、両親の幻が映った気がして、……気のせいだろうと苦笑して、二人を追い駆ける。
雨は止まない。遠くに、狼の鳴き声が木霊する。

【後書】
どこかで聞いたお話ですが、人を好きになる事よりも、人を嫌いになる方が難しい、と言う相手って、想像してみると多くはいないでしょうけど、少なくとも一人ぐらいは、思い当たる人がいると思います。
家族だったり、友達だったり、同僚だったり。どれだけ嫌な事をされても、どれだけ詰られても、どれだけ遠ざかっても、どうしても、嫌いになれない人。
きっとミコト君にとって父親は、そういう人だったんじゃないかなって、想いはすれど、作者の私ですら、ミコト君にその気持ちを吐き出して貰うまでは、分かりません。
でもいつか、彼なりの答えが見つかる事を信じて、私はこの物語を書き進めていくのです。
次回、25話「親切の選択〈3〉」……私は報われて欲しいと、願いました。お楽しみに!

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