2018年5月7日月曜日

【夢幻神戯】第11話 冥朝【オリジナル小説】

■タイトル
夢幻神戯

■あらすじ
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ。対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」冒険者ロアは理不尽な死を迎え、深紅の湖の底に浮かぶ少女と契約を交わした。それは、世界を滅ぼすゲームの始まりであり、長い長い旅路の幕開けだった。
※注意※2017/12/01に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公

■第11話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/27615

第11話 冥朝


「旦那、もしかして、あたしに気を遣ってくれてるのかい?」

牢獄を出て、左右に同じような扉が並んでいる通路を走るロアに、背後からユイの声が追従してきた。
二人の恰好は今、鶏の頭のような兜を被り、白と赤の制服で覆われている。実際はそんな恰好をしていないのだが、そう“見せかけている”。
〈擬装〉の力。“イケニエヲ”のダンジョンで手に入れた、特殊な力。
特殊な力を有する者は、その力を手にした瞬間、力の使い方を“理解する”。それは元から備わっている手の動かし方や歩き方とは異なり、自転車の乗り方や、箸の使い方を心得ている感覚に近い。
未だかつてそんな技能を有していなかったにも拘らず、力を会得した瞬間、全身にその技能の“記憶”とでも言うべき感覚が宿り、一度として使った事が無くても、どう扱えばどういう結果を生むのか、知識として、記憶として、感覚として、体は、頭は、意識は“理解”しているのだ。
〈擬装〉の力は、見せかけの力。他人に異なる外装を“見せかける”力。
故に、本来はロアもユイも元の恰好から着替えてはいない。牢屋を出て、牢番をしていた鶏官隊を気絶させ、その恰好を具に視覚素子に映像記憶として取り込んだロアは、倒れて泡を噴いている鶏官隊の恰好を忠実に再現した姿を、己とユイに施したのだ。
「お前さんが捕まるとワシまで累が及ぶじゃろ」
「旦那、苦労してるねぇ」
「お前さん程じゃないがのう」
通路を駆けて行くと、鶏官隊の集団とぶつかった。
「あっ、おいお前! 牢番はどうした!?」鶏官隊の一人が思わずと言った様子でロアの肩を掴む。
「どうしても交代して欲しいと言われて交代してきました!」サッと敬礼を返すロア。「ところでこの警報、何事ですか?」
「侵入者だ侵入者! お前は朝礼を聞いてなかったのか!?【燕帝國】を脅かさんとする者の話を!」苛立ちを隠し切れない様子で溜め息を吐き散らす男。「戦極群とか名乗る、あの無法者達だ! 奴らの一派が、ここ鶏官隊【黒鷺】支部を襲撃しておるのだ!」
――おいおい冗談じゃないぞ、またあの人間兵器と矛を交えるなぞ。
「敵襲はどこからでありますか!?」慌てた仕草をして男を見つめるロア。
「正面入り口から堂々と来て、もう二十人以上負傷してホールは血の海だと報告が来ておる! 我らも急ぐぞ!」
「御言のままに!」敬礼を返し、ロアはユイの耳元で囁く。「敵影を確認するが、刺激するなよ。そ奴らは、ワシを狙っておる可能性が有る」
「ひゅ~、旦那モテモテだねぇ」楽しげに口笛を吹くユイ。「分かったよ、攻勢には出ない、旦那に従うぜ」
鶏官隊の集団が通路を駆け抜け、やがて広間が見えてきた。
玄関ホール。普段なら鶏官隊の受付業務が行われているそこは、確かに血の海と化していた。粉砕された人間の成れの果てが無残に打ち捨てられ、臓物臭で脳髄が悲鳴を上げ始める。
その只中に一人の男の姿が視認できた。
秋風シスイではない。一目見て知れる。
黒いバンダナを巻き、手斧を肩に載せて煙草を吸っている、細身の男。顎髭が無造作に伸び、上半身はごわごわの胸毛を晒した素肌に紅いチョッキだけを纏った軽装。
黒い眼帯で右目だけが炯々と辺りを睥睨している。
二十人以上の鶏官隊に囲まれているにも拘らずふてぶてしい態度を崩さず、空いている左手で煙草を摘まむと、紫煙を盛大に吐き出した。
「タダで済むと思うなよ賊めがァ!」鶏官隊の男が大声を張り上げる。「総員、突撃ィィィィッッ!!」
『ケェェェェッッ!!』
鶏のような掛け声を上げて突貫する、【燕帝國】が誇る戦闘集団に対し、バンダナの男は掛け声も無く、気合いを入れる事も無く、静かに、動き出した。
襲い掛かるあらゆる攻撃を手斧一本で防ぎ、返す刃で確実に命を絶っていく様は、流麗と言って差し支えない程に、鮮やかな手並みだった。
一人一人確実に、殺害していく。絶えず四人以上の人間の攻撃を受けながらも、全方位に利く視野でも有しているのかと見紛う程に的確に攻撃を躱し、受け、斬獲していく。
三十秒ほど時間が流れただろうか。駆けつけた三十人のうち、二十人は物言わぬ骸と化してしまった。地獄のような光景が、たった今、一人の男の手によって現出した。
バンダナの上から頭を掻くと、男は襲い掛かってくる人間がいない事を確認し、煙草を摘まんで、再び気持ち良く紫煙を吐き出した。
「――ここに、葉凪ロアって男はいるか?」
男の、第一声。
その落ち着き払った、凍える程に冷たい声に、ロアは呼吸困難に陥るかと錯覚した。
鶏官隊が何の事を言われたのか分からないと言った態で狼狽えている様を確認した後、男の視線が、――ロアに向く。
咄嗟に、視線を逸らせなかった。
“不味い”――――そう、確信した。
「――ユイ、依頼変更じゃ、全力で逃げるぞ」
「あいよ、旦那」
全力で入り口に向かって駆ける。ユイはそれを追走し、横目に男を視認して、楽しそうに、こう呟いた。
「狩り甲斐、有りそうなのになァ」
入り口を飛び出ると、夜の闇に沈んだ【黒鷺】が虚ろに佇んでいた。
警報を聞きつけて出てきたのだろう、住民が不審げな眼差しを詰め所に注いでいる。
その一切を無視して、ロアは駆ける。体力に自信は無いが、今全力を使い果たさないで、いつ使うのかと言い聞かせて、足をひたすら回す、回す、回す。
やがて【黒鷺】の外れまで走り抜けると、倒れ込んで荒い呼気を吐き出した。眩暈がする程に全力疾走したのは久し振りで、視界に火花が散っている。
「旦那、一つ質問いいかい?」
「な、なんじゃ……?」
「“本当に逃げ切れると思ってるのかい?”」
その質問の意図を判じられる程の元気が、ロアには残っていなかった。
起き上がり、ユイが向ける視線の先を辿ると、煙草の煙を燻らせる、真っ赤な手斧を下げた男の姿が視界に映り込む。
「チクショウ、何なんじゃ……ワシが何をしたと言うんじゃ……」
最早哀愁を漂わせる苦言しか出てこない。笑いそうになる膝を叩き、無理矢理立ち上がって男を正視すると、手斧を肩に載せた男は、冷たい眼差しで見返してきた。
「話も聞かずに逃げるとは、どういう了見かねぇ」眉根を顰め、ふぅーっと紫煙を吐き出す男。
「あの状況で逃げない奴がおるとは正気の沙汰とは思えんがの」
「ちと大事になっちまったが、俺は手前に危害を加えるつもりは無い事を、先に言っておく」
「あれだけ鶏官隊を膾切りにしておいて、信じられると思うか?」
「俺はただ、葉凪ロアと言う人物はいないかと問うただけだ。それで殺されそうになったら、殺し返すのが道理じゃないか?」
「そんな道理聞いた事も無いわい」はぁーっと溜め息を落とすロア。「で、お前さんはワシに何の用じゃ? 仲間にはならんと言うたぞ」
「シスイからの伝言だ。“やはり貴方は強かった。けれど、一旦は勧誘を諦めます。貴方の力を見誤った僕の落ち度です。貴方に相応しい役職が決まり、僕が貴方を迎え入れるだけの力を得次第、また勧誘に参ります。それまでどうかご健勝に”……以上だ」
そう言って男は煙草を咥えると、気持ち良さそうに紫煙を吐き出した。
「用事はそれだけだ。じゃあな」
「……は?」
呆気に取られているロアに構わず、男は何の未練も無く背を向けて歩き出してしまう。
「そ、その言伝を伝えるためだけに、あの地獄絵図を作り出したのか? お前さんは……」
「? そうだが?」
不思議そうに振り返る男に、ロアは力を失ったかのようにその場に崩れ落ちた。
「旦那、大丈夫かい?」ユイが手を差し出してくる。
「狂っとる……お主らは、本物のイカレよ……」
「お、そうだった」と言って男は振り返って、足早に近づいてきた。
まさかまた殺陣を始めるのか――とロアが全身に緊張を漲らせると、男は腰に手挟んでいた短剣を放り投げてきた。
ロアの私物――いつの間にか消えていた魔剣だった。
「シスイから預かってた物だ。確かに返したからな」と言って紫煙を吐き出すと、やはり何の気負いも無く立ち去ってしまう。
「なぁ、おっさん」そこにユイが声を掛ける。「名前、聞かせてくれねえかな?」
「――ストラ。貫己(ツラヌキ)ストラだ」振り向きもせず小さく手を振る男――ストラ。「じゃあな」
「ひゅ~、本当に戦極群の人間かよ、やっぱ旦那に付いて来て正解だったなァ」そこでロアからの反応が無い事に気づき、ユイが振り向くと、ロアは倒れて気絶していた。「ありゃ、旦那こんな所でおねむかい。どうすっかなァ……」

◇◆◇◆◇

「――爺ちゃん!」
耳元で弾けた大声に、ロアはベッドから飛び起きた。
眩暈がして、ふらっと再び枕に頭を埋めると、視界にユキノの難しい表情が映り込んだ。
「爺ちゃん、心配したんだよ? お風呂から突然いなくなっちゃうし、公園で倒れてたかと思えば鶏さんみたいな恰好の……あれって何だっけ?」ユキノが視線を背後に向ける。
「鶏官隊(けいかんたい)。【燕帝國】の警察機構であり、最大戦力でもある、国営の武人集団です」答えたのはトウだった。「鶏官隊に捕縛されて、詰め所に連れて行かれましたので、事情を聴くと町中で戦闘行為をしていたと言うではないですか。それで朝に改めて詰め所に赴こうとしたら……」
「詰め所でテロが起こったって聞いたよ? 鶏官隊の人が五十人以上も亡くなったって」心配そうに眉をへの字に曲げ、ユキノは手近に有った椅子に腰掛ける。「町の中は上を下への大騒ぎでさ、爺ちゃん大丈夫かなって心配したんだからね?」
「……」眩暈がする想いで額を押さえるロア。「もう夜は明けたのか」
「うん」開いたカーテンの先に見える、晴天に視線を向けるユキノ。「ユイお姉さんが連れて来なかったら、わたし、詰め所に飛び込んでたかもだよ~」
「……」聞き逃せない単語が耳朶を打ち、渋い表情になっていくロア。「……その姉ちゃんは、今どこじゃ」
「呼んだかい?」扉を開け放って入ってきたのは、昨夜の恰好のまま――狼の毛皮を被った、上半身がサラシだけの、軽装の女――ユイだった。「取り敢えず宿屋にーって連れてきたら、旦那の仲間だって言うから、介抱任せたんだけど、不味かったかい?」
「いや……」頭の中が整理されていない部屋の中の様相を呈していて、ロアは重苦しい溜め息を吐き出して、少しずつ頭の機能を駆動させていく。「ちょっと待っとくれ、常軌を逸した事態が起き過ぎて、吐き気が納まらん……」
「お水持ってこようか?」と言って立ち上がるユキノ。
「済まんが頼む……」小さく手を挙げて頷くロア。
「うん、分かった! ちょっと待っててね!」
パタパタと部屋を出て行くユキノを見送ると、ロアはトウに視線を向けた。
「……何故、ワシが、“ワシじゃと分かった?”」
感覚で、分かる。今己の状態がどうなっているのか、己の力が働いているのか否か、理解が先に来る。
擬装は解けている。ここにいる少年は、亞凪ハロではなく、“葉凪ロア”だ。
にも拘らず、トウもユキノも、全く違和感無くロアに接している。
別人を見つけて、別人を介抱して、今別人と話している彼女らに、ロアは疑念以外の感情を持ち合わせていない。
トウは壁に凭れ掛かっていた姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「トウ……?」
「申し訳ない。私も、ユキノさんも、然る方からの説明を受けて理解した身です。半信半疑ではいましたが、今貴方の発言で確信した次第です」
頭を下げたまま告げるトウに、ロアは暫く黙って見つめていたが、やがて視線を落とした。
申し訳ないのは、どちらか。
「……そうか」小さな吐息を落として応じると、「騙してて、済まんかったの」と、掠れた声が漏れ出た。
「お爺様は、御身を隠さねばならない事情が有ったのでしょう。その事情を顧みる事無く赤の他人から伝い聞いては、面目次第も御座いません」頭を下げたまま、トウは続ける。「どうか、ご無礼をお許し頂きたい」
「よいよい、頭を上げとくれ」面倒臭そうに手を振るロア。「面倒に巻き込んでしまった責任はワシに有る。謝られても困るだけじゃ」
「ひゅ~、旦那は優しいねぇ」口笛を挟むユイ。「その赤の他人って奴、誰か気にならないのかい?」
「……知っておるのか?」
その時になって、ロアは違和感を覚えた。
忌々しいあの女声が、未だに聞こえない事に。
ユイが愉しそうに口を開いた瞬間、扉が開き、「ただいまー! 爺ちゃん、お水持ってきたよ!」とユキノが入って来て、話が途絶すると思ったのも束の間、ロアの両眼が見開かれる事になった。
「やぁやぁロア君、お加減いかが~?」
トコトコと、平然と歩いて現れたのは。
恰好こそ違えど、見間違えようが無い。
「……アキ……!?」
実体化した禍神が、下卑た笑みを浮かべて、手を挙げる。
夜が明けても、悪夢は終わらない。ロアはそう確信と共に、諦観を意識するのだった。

【後書】
やっと長い長い一日が終わって朝を迎えました!
目まぐるしい展開で思考が忙しいですが、戦極群が常軌を逸した集団である事、そしてその構成員は常軌を逸した感性を有している事を、この第1章を通して綴って参りましたが、わたくしの体感、まだまだこんなの常軌を逸してないなぁ、と言う感覚なので、次にまた彼らが登場する際は、もっと描写を頑張りたいと思います!
と言う訳で次回、第12話「逃始」……次話にて第1章が終着です! 第2章(第13話)よりファンティアでのみ月一更新で有料配信して参りますので、何卒宜しくお願い致します~!

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