2018年5月3日木曜日

【余命一月の勇者様】第9話 ヨモスガラの山林〈4〉【オリジナル小説】

■タイトル
余命一月の勇者様

■あらすじ
「やりたい事が三つ有るんだ」……余命一月と宣告された少年は、相棒のちょっぴりおバカな少年と旅に出る。
※注意※2016/12/05に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り

■第9話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/9007

第9話 ヨモスガラの山林〈4〉


「ちッ――!」「――ッ!」

 一瞬の事とは言え、気勢が削がれたマナカは咄嗟に制止を掛け、オワリグマの反撃を喰らう前に刃圏を離脱――ミコトはそれを確認すると声の元に視線を投げる。
「どうしたクルガ!」大声を張り上げ、そのまま注意を逸らさないように警戒しつつ後じさりする。
「オ、オワリグマさんと、話をさせて!」
 クルガがトテトテと走り寄って来る姿を見て、ミコトは最悪の事態を想定したが、可能な限り彼の言葉に従おうと、マナカにアイコンタクトを出す。
「クルガ、お前オワリグマと話せるのか!?」驚天動地だと言わんばかりに唾を飛ばすマナカ。「すげーなおい!」
「出来るんだな?」目の前までやって来たクルガに声を掛けるミコト。
「う、うん。あのね、」何事か説明しようとしたのだろうが、すぐにフルフルと首を振ってミコトを見据えるクルガ。「――ううん、り、理由は、あ、後で、話すね」
「分かった、頼むぞ」ポン、とクルガの頭を撫でるミコト。
 一か八か。失敗した時は、クルガを連れて一時離脱――最悪、狩猟を諦めてヨモスガラの山林を逃げ出さなくてはならないが、それも含めて、ミコトはクルガの賭けに乗る決意をする。
 クルガは真剣な表情でオワリグマを見据えると、小さな声を舌に載せる。
「――――」
 それは言語化できない、不可思議な音だった。
 歌とも、動物の鳴き声とも異なる、異質な音。
 ミコトとマナカが生唾を呑み込んで推移を見守っていると、オワリグマは先刻までの昂りを納め、ゆっくりと四つん這いになり、クルガを見つめて口を開いた。
「――――」
 普段のオワリグマの鳴き声とは異なる、空気の抜けるような音。それを聞いた瞬間、ミコトとマナカは顔を見合わせた。
 こんなオワリグマを見るのは初めてだった。気性の荒い、人族を見るや問答無用で襲い掛かって来る猛獣の、穏やかで円らな瞳。敵意や害意の無い、純真無垢の眼差しは、確かにクルガを向いている。
「――――」
 クルガが何事か喋ると、オワリグマは落ち着いた様子でその場に座り込み、ミコトに視線を投じた。
「……俺に用事が有るのか?」不思議そうにクルガに尋ねるミコト。
「あ、あの、ミコト。このオワリグマさん、子供達にご飯を上げたかったのだけど、ご飯が見つからなくて、困ってた、みたい。だからね、僕、塩鮭を上げようと思って……」しどろもどろになりながらも懸命に説明するクルガ。「塩鮭を上げる代わりに、帰って貰う約束したの。しちゃ、ダメだった……?」
 ミコトは瞠目したまま、オワリグマに視線を投じる。左肩から鮮血を流しながらも、ミコトを見つめる瞳は優しく、穏和な色をしている。
「……分かった。ちょっと待ってくれ」袋を漁り、塩鮭を有りっ丈取り出すと、それを別の袋に詰め替え、オワリグマの元に歩み寄る。
 間近で見るオワリグマはやはり巨大で、恐ろしい存在に思えた。けれど彼に敵意は無く、ミコトが手を差し出すと、オワリグマも応じるように手を差し出す。
 ぽす、と袋を渡すと、オワリグマは小さく「ボゥ……」と呟きを落とし、瞳を柔らかく笑みの形に変えた。
「あ、有り難うって、言ってる」慌てた様子で告げるクルガ。
 クルガが呟いた後、のそのそと帰ろうとしたオワリグマに向かって、ミコトは「待ってくれ」と声を掛けた。
 オワリグマは立ち止まらず、のそのそと森の奥へ戻って行く。
「クルガ、あいつに待ってくれと伝えてくれないか?」
「え? う、うん」すぅ、と酸素を取り込むと、「――――」再び異質な音を吐き出すクルガ。
「……?」不思議そうにオワリグマは立ち止まり、のそのそと戻って来た。
「えぇと、クルガ。俺の言葉をオワリグマに翻訳して伝えてくれるか?」咳払いし、ミコトはオワリグマを正視する。「お前には悪い事をした。森の奥に帰る前に、せめてその怪我を治させてくれないか?」
 クルガがそのセリフをどう翻訳して伝えたのか分からないが、オワリグマは穏やかな表情のまま、ゆっくりとミコトの元まで来ると、ペタリと頭を伏せて傷口を見せた。
 ぱっくりと割れた肉を見て、ミコトは昨日世話になった痛み止めを手に取り、「ちょっと沁みるが、我慢してくれ」と呟くと、傷口に丁寧に塗っていく。
「ボォ……ウ……」
 痛みを感じているのだろう、時折プルプルと震えるオワリグマ。
「ど、どうなったの……?」
 クルガが戻ってこない事を不信に思ったのだろう、レンが恐る恐ると言った態で三人の前に現れた。
「丁度良い所に来てくれた」痛み止めを塗り終えたミコトはレンに顔を向ける。「悪いが、このオワリグマに治癒の魔法を掛けて貰って良いか?」
「……は? このオワリグマを退治しに来たんじゃないの……?」意味が分からないと言った表情で小首を傾げるレン。
「クルガが説得してくれたんだ。俺達の塩鮭と交換に、森の奥地に帰るってな。それで、このまま帰すのはあまりに忍びないから、怪我を治してやりたいんだ」
「……クルガって、本当は凄かったんじゃない」驚きに目を瞠りながらも、ミコトの説明で納得したのだろう、レンはミコトの隣に立ち、オワリグマの傷口に手を添えた。「癒しの火よ、点れ――」
 レンが唱えた瞬間、温かな淡い橙色の光がオワリグマの傷口に点り、ふわりふわりと音も無く傷が癒えていく。十秒もしない内に傷口は半分以上塞がったが、その時点でレンが意識を失ったように倒れ込んでしまった。
「お、おい、レン?」思わずミコトが抱き起こすが、レンは全身から汗を噴き出し、息も絶え絶えと言った風情で反応は返ってこなかった。
「ボゥ……」
 傷口が無くなった事を、自分の舌で感じたのだろう、オワリグマは頭で小突くようにミコトの体を押した。
「有り難うって、言ってる」はにかみ笑いを浮かべて呟くクルガ。
「お互い様だ、気にするな。……って伝えてくれ」微笑を浮かべてクルガの頭を撫でるミコト。
「ウォウ……ォウ……」
「な、何かお礼がしたい、って言ってるよ……?」
「オワリグマからお礼されたいなんて初めてだな!」興奮した様子で喚くマナカ。
「お礼か……」レンを負ぶさり、ミコトは悩ましげに吐息を吐き出した後、苦笑を浮かべてクルガに向き直った。「じゃあ、魔族の医者の居場所を知らないか? って聞いてみてくれるか?」
「ま、魔族の医者の居場所……?」驚いた表情で反芻するクルガ。
「知らなかったらそれでいいんだ。知ってたら教えて欲しいと尋ねてみてくれ」
「わ、分かった」
「ミコト、レンの様子はどうなんだ?」
 クルガとオワリグマが話し合いを始めた頃、マナカがミコトの背で意識を失っているレンの頭を撫でる。
「分からん。俺は魔族に就いても魔法に就いてもほぼ無知だからな。どういう状態になっているのか、見当も付かん」
「俺もだ、これって医者に見せた方がいいんじゃないか? あー! でも、この辺に魔族を見てくれる医者っていないよなぁ」
「そうだな、だから今オワリグマに縋ってみている訳だが……」
 二人の視線の先のクルガは驚いた表情を浮かべて、オワリグマから離れて戻って来た。
「ま、魔族の医者は知らないって」
「そうか」「くそー、どうするよミコトぉ?」
「で、でも、魔族に詳しい人なら、知ってるって」
「まじか」「やったじゃねーか!」
 オワリグマはゆっくりとした動きで森の奥に戻って行く。それを追うようにクルガがペタペタと駆け出し、「つ、付いて来て、って言ってる!」と手招きを始めた。
「ミコト、あれってどう考えても森の奥地行きだよな」
「あぁ、ここまで来たらもう行くしかねえだろ」
「だよな! あぁー楽しみだなぁ! 森の奥地ってどうなってるのか見た事ねえもんなぁ!」
 ウキウキと気分が高揚している様子のマナカの後を、レンを負ぶさって追うミコト。
 人族が踏み入ってはいけない領域に、四人は向かって行く。

◇◆◇◆◇

「……何か、あんまり風景変わってなくね?」
「奥地も山林には違いないからな、風景が変わるほどの変化は無いだろうさ」
 オワリグマの後を追ってヨモスガラの山林の奥地へと足を踏み入れた四人だが、それまでに魔獣の襲撃を受ける事は一度も無かった。遠巻きに幾つかの魔獣や猛獣の姿は視認できたが、決して向こうから襲い掛かって来る事は無く、ただ興味深そうにこちらを見つめているだけだった。
 レンは高熱を出しているのか、背負っているミコトですら汗を掻くほどに背中が熱かった。急いで医者に見せなければ不味い事になるのではないか、と言う危惧が頭の中を巡り、ミコトはこの先にいるであろう魔族に詳しい人物が、魔族の治療の術を知っている事を願うばかりだった。
「あ、あれだって、言ってる」
 オワリグマが鼻の先で示すモノは、山林の中に忽然と現れた山小屋だった。絶壁を背にした、二階建ての木造建築。オワリグマがここだと示さなければ、風景と同化していて気づかなかったであろう、古い小屋だ。
 どれだけ歩いたのか時間の感覚が薄れそうになっていたが、頭上から照り付ける陽光はまだ昼間である事を示している。ただ、その小屋は丁度影になっていて、昼間にも拘らず陰気な印象を与えていた。
「カッコいいな! 隠れ家っぽくてカッコいいなアレ!」テンションが上がった様子でマナカが小屋を指差す。「早く行こうぜミコト!」
「そうだな、早くレンの容態を見せねえとな」
 そう言って坂を上り始めようとした時、クルガが「オワリグマさん、ここでお別れって言ってる。ばいばい」と手を振ってオワリグマを見送っているのが見えたミコトは、「助かったよ、ありがとな」と同じように手を振る。
 オワリグマは不器用そうに手を振り返すと、のそのそと森の奥に消えて行った。
 小屋に振り返り、坂を上りきると、小屋の扉の前に立つ。木製の扉は半分壊れているのか、割れ目から中が覗けるようになっていた。先に辿り着いたマナカが「どんな奴が住んでんだ~?」と勝手に隙間から小屋の中を覗いていた。
「ごめん、誰かいないか?」どんどん、と強めに扉をノックするミコト。
 反応は何も返ってこなかった。
「る、留守なのかな?」悄然と呟くクルガ。
「困ったな。一刻も早く容態を見せたいんだが……」悩ましげに扉を睨むミコト。
「ごめんくださーい! 誰かいませんかぁー!? 誰かぁーっ!! いないのかぁーっ!!」ガンガンガンガンと扉をノックしまくるマナカ。
「おい、それ以上叩くと――」バキャァッ、と扉が奥に吹き飛んでいった。「壊れるよな、うん」
「やっべぇ! どうしようミコト!? またやっちまったよ俺!? 怒られねえように今から扉作って来る!!」と言って手近な樹木を見やり、「これを切り倒すか! オラァッ、オラァッ!」と大剣を振り被って切り倒し始めた。
「ミ、ミコト……扉、壊れちゃったね……」青褪めた表情で倒れた扉を指差すクルガ。「怒られちゃうかな……?」
「怒られるかもな」レンを背負い直し、小屋の中に入って行くミコト。「だったら、勝手にお邪魔した事も後で一緒に謝るか」
「い、良いの……?」おどおどした様子でミコトの後を追って小屋に入るクルガ。
「緊急事態だ。怒られたら俺が纏めて責任を取るさ」
 小屋の中は乱雑に荒れ果て、書物がでたらめに散らばっている。本棚に収まっている物も有るが、大半は床に置き去りになっている。二階へ続く階段が奥に見える。一階は一つの大きな部屋になっているようで、本棚とキッチン、机と椅子、そして恐らくは来客用と思しきソファが見える以外に家具は見当たらず、それを補って余り有るほどに書物がばら撒かれている。
 取り敢えずソファの上にばら撒かれている書物を退かし、レンを寝かしつける。高熱を出している事が一目で分かるほどに顔が赤く、発汗も酷い。苦しげに喘ぐ姿からも、不味い状態である事は瞭然だ。
「何かやたら騒がしいと思ったら、人族の客人とは珍しいな」
 破壊された扉を退かしながら小屋に入って来たのは、亜人族と思しき青年だった。
 顔と右腕が竜のような、灰緑の鱗で敷き詰められた半竜半人の青年。茶色の眼鏡を掛け、右袖が肩口から破れて存在しない、黒色の人民服を纏っている。
「こんな辺境に何の用だ? と言うか、よく俺の棲み処を突き止められたな。何者だ?」
「あんたが魔族に詳しい奴か……?」
 半竜の青年に向き直り、ミコトは頭を下げた。
「頼む、そこの娘を診てやって欲しい」
「……ほう?」半竜の青年は興味深そうに瞬きし、散らかっている部屋の中を突き進むと、レンの様子を間近で観察し始めた。「お前は人族だよな? こいつは魔族だぞ」
「だから何だ?」不思議そうに尋ね返すミコト。「頼む、急いで治療してやって欲しい。そいつ、凄い苦しそうなんだ」
「お、お願いします……」ミコトの隣でペコリと頭を下げるクルガ。
「……」
 半竜の青年は二人の様子を興味深そうに見つめた後、再びレンに視線を戻した。
「……そうだな。この小屋の後ろに有る崖、あの上に咲いている花を採って来て貰おうか」青年は立ち上がると、散らばっていた書物の一冊を拾い上げ、ページを繰って一枚のイラストを示した。「“火の花”と言う薬草だ。これを一輪摘んで来い。そしたらそこの娘を診てやろう」
「分かった、この花だな?」確認した後、クルガの頭を撫でるミコト。「クルガ、お前はここで留守番しててくれ。すぐ採って来るから」
「わ、分かった」コクコクと頷くクルガ。
「じゃ、行ってくる」
 そう言って小屋を飛び出して行くミコトを見送ったクルガが振り返ると、半竜の青年が二階へ上がって行くところだった。
「……レン、大丈夫……?」
 トテトテとレンに歩み寄り、汗だくになっている額を手で拭うクルガ。
 苦しげに寝息を吐き出す以外の反応を見せないレンに、クルガは段々と不安になってきて、涙目になりつつあった。
「レン……っ」
「おい、泣くなよ? 本が濡れたら承知しないぞ」
 半竜の青年が一階に戻りながらクルガを指差す。クルガはビクッと体を強張らせて、「あ、あうぅ……」と頭を押さえて蹲ってしまう。
「心配しなくてもそいつは死なないよ」半竜の青年が持ってきたのはタオルだった。「あの人族を信じてやれ」
 タオルでレンの汗を拭き始めた青年を見て、クルガはパチパチ瞬きすると、コクコクっと再び頷いた。
「わ、分かった、僕、ミコトを信じる!」
「……良い子だ」
 ポン、と頭を撫でる半竜の青年の左手は、柔らかくて、ミコトの温もりを思い出さずにいられないクルガなのだった。

【後書】
 今回は物語の本筋と関係無いお話を少し。
 この「余命一月の勇者様」と言う物語に主題歌付けるとしたらこれかな~と妄想しておりまして。アニメ「テイルズ オブ ゼスティリア ザ クロス」のEDテーマである「calling」と言うミュージックが一番しっくりくると言うか、寧ろこのミュージックを聞いてこの物語の構想が浮かんだんじゃないかって想いを懐いております。
 このミュージックには「吟遊詩人が語り継いできた或る英雄の物語」と言うイメージが私にはありまして、何と言うか、ミコト君の冒険がいつしかこんな風に語られるんじゃないかなーって、そんな風に拝聴している次第です。機会が有れば一聴して頂けると嬉しいですにゃー。
 さてさて、物語の方はと言えばまた不思議な人物が登場して参りました。今回で「ヨモスガラの山林」編は終わり、次回より「深き森の半竜」編の始まりです。お楽しみに!

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