2018年5月3日木曜日

【夢幻神戯】第6話 リスタート〈3〉【オリジナル小説】

■タイトル
夢幻神戯

■あらすじ
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ。対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」冒険者ロアは理不尽な死を迎え、深紅の湖の底に浮かぶ少女と契約を交わした。それは、世界を滅ぼすゲームの始まりであり、長い長い旅路の幕開けだった。
※注意※2017/08/15に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公

■第6話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/15554

第6話 リスタート〈3〉


「ご馳走様です……」

 静かに箸を箸受けに戻し、畏まって礼をする貴族のような出で立ちの娘――トウに、ロアは彼女の前に山積している茶碗の山を見るように視線で誘導するも、彼女は気づかない様子だった。
「美味しかったね爺ちゃん!」ロアの隣で、満足そうに腹を撫でている巫女のような冒険者のような姿の娘――ユキノが、何かを思い出したようにパンッ、と手を叩く。「ご馳走様でした! ご飯の神様には、しっかりお礼を言わないとね!」
「……」財布を取り出して、中身を確認してから、メニュー表を開き、中を検めた後、ロアの口から魂が抜けようとし始めた。
「ニャハハハ! ニャハハハハ!」頭上では禍神が笑い転げている。
「本当に、お世話になってしまいました」改まってロアに頭を下げるトウ。「この御恩は、必ずお返しさせてください。一飯の礼は、必ずお返ししたいのです」
「お前さんに一体何の礼を期待すればええんじゃ……」がっくりと肩を落としながら、ロアは座敷から立ち上がってレジに向かって歩いて行く。「礼などせんでええわい、薬屋まで案内してくれたらそれで」
「何と器の大きい御方なのですか……」感嘆した様子で吐息を落とすトウ。「併し、私も淑女として、礼もせずに立ち去るなど、恥晒しも良い所。何かお役に立てる事が見つかれば良いのですが……」
「いや、じゃから薬屋に案内してくれればそれでええんじゃが……」
「――良い事を思いついたよロア君!」
 途方に暮れそうになっているロアの背後から、すぅ、と顔が覗き込んできた。アキが楽しそうに笑いながら、ロアを半透明の体で抱き締める。
 そんなアキの挙動に驚きながらも、表情には出さないように咳払いするロア。視線だけで話を促すと、アキはトウを指差して、「私が先に願いを言おう」と宣言した。
「……ちと済まん、トイレに行ってくる」
 そそくさと二人の娘を置いて厠へ向かうと、追従してきたアキを見上げて、眉根を顰めるロア。
 そんなロアに、アキはニヤニヤと笑いかけるだけだった。
「……ワシの願いを叶える前に、お前さんの願いを叶えろ、――と?」
「前借りだよぉ。私のルールは、君の願いを叶える代価に、私の願いを叶える……だったら、私の願いを先に叶えてくれれば、君は代価を一つ前借りして、後から自由に、私に願いを叶えさせる事が出来る」ふわりとロアの眼前に顔を伸ばすアキ。「君にとっては、魅力的なルールだと思うけど?」
「……」
 アキの発言に破綻は無いし、確かに願ったり叶ったりの話である。ロアが願いを叶えて貰った後は、アキの願いを叶えなければ次の願いを叶える事は出来ない。逆に、アキの願いを先に叶えておけば、後で好きなタイミングで願いを叶えて貰える。
 ただ、この禍神は頭が回らないように見えて、その実何を考えているのか掴めない。魅力的な願いには、それだけ彼女に利する裏が潜んでいる事を考えなければならない。
「――いいじゃろう、お前さんの次の願いは、何じゃ?」
 尤も、その願いとて、ロアの意志を蔑ろにするものであれば却下が可能なのだ。如何な悍ましい願いであっても、ロアの意志に反するものであれば、自由に断れる。
 新たなルールが刻まれているのだから、臆する事は無い。ロアは強気に、そう判じた。
 アキは嬉しそうに、邪な笑みを隠そうともせず、口唇を釣り上げた。
「――“無迷トウ”の願いを、一つ叶えてあげてよ」
 数瞬、沈黙が二人の間に蟠る。
「……それが、アキの願いか?」
「そうだよぉ、これが私の新しい願い。嫌かい?」
「……」
 ユキノの件がつい今し方悪い方に働いたばかりである。憂慮するのは仕方ない事とは言え、ロアは逡巡した。
“易い願いだ”――故にこそ、逡巡する。
「因みに問うが、何故そんな事を願うんじゃ? お前さんは、世界を滅ぼしたい……いいや、世界を滅ぼすゲームにワシを参加させたいんじゃろ? それと、どういう因果が有る?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」不思議そうに両目を見開くアキ。「私はねぇ、面白い事が大好きなんだ。面白くなければ、生きてる価値は無い。だからね、私は何事も面白くしたいんだ!」愉しげに口唇を三日月に反らせ、パンッ、と手を鳴らす。「確かに君にはゲームをして欲しい。でも、それとこれとは、“別問題”。そういう意味では、私が一番叶えたい願いは、“既に叶っている”んだよ」
「……」
 ――“既に叶っている”。
 それが真実である確証は無い。虚実であれば、これから叶えられていく彼女の願い次第で、世界は滅びたり滅ばなかったりするのだろう。
 けれど、アキが叶えたい最大の願いが、既に叶っているとすれば、それは……
「……分かった、お前さんのその願い、“トウの願いを一つ叶える”――叶えてやろう」
 アキの正体が禍神で、あの真っ赤に染まった池の底で邂逅した時に、全てが定まっていたのなら。
 恐らく――いや、確実に、ロアがどう行動しても、どう選択しても、忌避できない未来が訪れる。
 それを愉しむために、それを貪るために、アキは存在する。
 だったら、ロアはロアで利を貪り、己を豊かにするために考えるだけだ。

◇◆◇◆◇

「――願いを一つ叶える?」
 丼屋を出て、薬屋へ向かう道すがら、ロアはトウに告げた。
“願いを一つ叶えてやる”――と言う、本日二度目になる、言の葉を。
 トウは驚きに目を瞠り、ユキノも興味深そうに二人を見つめていた。
「爺ちゃんって、人の願いを叶えるお仕事してるの?」不思議そうに尋ねるユキノ。「何か、カッコいいね! 正義の味方って感じじゃなくて、こういうの、何て言うんだろう? 神様?」腕を組んで唸り始めた。
「お爺様は、私のような赤の他人の願いを聞いて、何の益が有るのですか?」
 トウの、不審な……と言うより、純粋に疑念を覚えている様子の視線に、ロアは欠伸を噛み殺しながら視線を逸らす。
「益は無いのう。ただ、そんな気分だっただけじゃ」
「気分で、人の願いを叶える……確かに、神様と言っても、過言ではありませんね」微笑みを覗かせるトウ。
「まぁの。ワシ、神様みたいなもんじゃし」
「爺ちゃん神様だったの!? 凄いね! じゃあ拝めば御利益有るかな!? 爺ちゃんって何の神様なの!?」ロアに向かって「なむなむ!」と手を擦り合わせ始めるユキノ。
「悪い神様じゃよ、邪神とか悪神とか呼ばれる類いの」ニヤ、と悪い笑みを見せるロア。
「悪い神様かぁー。じゃあ悪い事を祈ればいいのかなぁ?」
「――では、私の呪いを解いてくれませんか?」
 ユキノが悩ましそうに呟いたのと同じタイミングで、トウが真剣な表情でロアを見つめて、宣言した。
 ロアは眉根を顰めて、改めてトウに向き直る。
「呪いを解け、とな?」
「はい。私には、或る呪いが掛かっていまして……それをぜひ、解いて欲しいのです」
「無理じゃ」
 即答で応じるロアに、アキがふわりとロアの眼前に立ち塞がった。
「無理でもやるんだ、それが君に課せられた願いだろう?」
「……ワシには解呪の力は無い。他の願いは無いのか?」
「“ダメだ”。願いは既に発せられた、変更は利かないよ」
「……」
 アキが邪悪に染まった笑みを覗かせてロアの眼前に立ち塞がる。
 舌打ちしそうになる衝動を堪え、一瞬歯を食い縛った後、無念そうにしょぼくれるトウの肩を叩いた。
「済まん、願いを言えと言ったのはワシじゃ。確かに承った。お前さんの願い、叶えてやるわ」
「し、併し、解呪の力が無いと今……」不安そうにロアを見つめるトウだったが、その言葉を呑み込んで、柔らかな微笑を見せた。「――有り難う御座います、お爺様。ですが、私の呪いは、その……特殊でして……」
「呪いって時点で特殊もへったくれも無かろう。言うてみぃ、ワシも智識だけはその辺の学士より上じゃ、もしかしたら知っとるかも知れんし」
「……〈元戻〉の呪いです」神妙に告げるトウ。
「モトモドリの呪い……?」反芻したのはユキノだった。
「はい、元に戻る呪いです」コックリ頷くトウ。
「……何が元に戻るんじゃ?」要領を得ない説明に眉根を顰めるロア。
 ロアの視線を受け止め、トウは彼を正視して、応じた。
「記憶以外の、全てです」
 数瞬の沈黙が挟まる。
 温かな風が一陣吹き込んだ後、ロアは徐に口を開く。
「……まさか、お前さん……」
 トウは神妙な面持ちで、小さく頷いた。
「私は、毎晩零時に、記憶以外の全てが元に戻る……つまり、強くも、弱くも、老いも若返りも、死にも、しません」
 時の進まない肉体。
 記憶だけが毎日刻まれ、肉体の変化は一切なく、傷つけられても、どころか、殺されても、深夜零時になった瞬間、全ては“元に戻る”。
 それは、貴族や学者が追い求めたであろう、延命の極致――不老不死そのもの。
 それを体現する呪いに掛かった娘の願いは、“不老不死を解く”事。
 ロアは目元に手を置き、天を仰いで呻いた。
 碌でもない事態は刻一刻と進展する。より碌でもない方向に向かって。
「宜しくお願い致します、お爺様」
 礼儀正しく、しっかりとした礼を見せるトウに、ロアは返す言葉を持たなかった。
 そんな受難に見舞われる少年を、禍神は嗤う。思惑通りだから――ではなく、“より面白い事になったから”――アキは楽しくて仕方ないと、笑い転げるのだった。

◇◆◇◆◇

「――これはまた、惨いな……」
 青年の声が誰もいない空間に響く。
 場所は“イケニエヲ”のダンジョンの最奥。何のギミックも無く最奥まで道が開いていた場所を、何の苦労も無く辿り着いた青年は、粉砕された人間の遺体が散らばっている空間で、立ち往生していた。
 青年は広間をうろつきながら、ブツブツと呟く。
「トラップでも有ったのかと思ったが、ただの行き止まりのようだしな……」
 やがて広間から戻り、真っ赤な湖に視線を向ける。
「“生け贄を”入れたからこんなに真っ赤なのかねぇ。問題は――」
 青年の視線は、もう一つの通路に向けられていた。
「誰かが正規のルートを辿ってる事なんだよねぇ……」
 通路の先に在る祭壇には、何も残されていない。
 それを確認した青年は再び湖の元まで戻り、――溜め息。
「流れの冒険者の仕業だとしたら厄介だけど……“この二日間、ダンジョンを訪れた人間は、僕を含めて四人”なんだよなぁ」
 青年の瞳――右目の黒瞳から火花が散った瞬間、右手で閉じるように押さえる。
「葉凪ロアって人、どんな冒険者なんだろうねぇ」
 そう言ってダンジョンを出ようとした青年の前に、冒険者と思しき一団が現れる。
 三人組の男は、青年を見据えて驚きに表情を彩らせるも、すぐに下卑た笑みを覗かせた。
「攻略したのか? 報酬は何だった?」
「もう踏破済みでしたから、無駄足でしたよ僕も」
 ひらひらと手を振って立ち去ろうとした青年の肩を掴む男。
「まぁ待てよ。折角だから金目の物ぐらいは置いて行かないか?」
 男達が一斉に得物を抜き放つのを横目に、青年は肩を竦めた。
「あぁ、物取りでしたか。済みません、僕金目の物って何も持ってないんですよ」
「安心しろよ、それは殺してから確認するからよ」
 そう言って何の躊躇も無く両手斧を振り薙ぎ、青年の体を両断――する前に、青年は跳躍――からの飛び蹴りを、男の顔面に叩き込んだ。
 軽い動きだったにも拘らず、男の顔はごっそりと抉れ、とてもではないが正視できる状態ではなくなっていた。
 蹴りを一撃受けて顔を失った男は、声を上げる事も出来ずに崩れ落ち、頭部から大量の血液を流して、動かなくなった。
 顔を失った男を見下ろすと、青年は額を叩いて、「あー、済みません、殺すつもりは無かったんですが、いつもの癖でやってしまいました、本当に済みません」と疲れた溜め息を落とし始めた。
 残った二人は何が起こったのか理解できない様子で、顔を失った男を見下ろしていたが、次の瞬間には二人の頭は失われ、首から噴水のように血液が噴き出した。
 男達が倒れたのを見届けて、青年は足を下ろすと、欠伸を浮かべながらダンジョンを出て行く。
「ふわぁ……あーあ、葉凪ロアって人、強い人ならいいなぁ……」
 呟きながら、青年はダンジョンの外――【黒鷺】に向かって歩き出す。

【後書】
 父さんの呪い、そして追跡者の出現……コメディもシリアスも呑み込むヴァイオレンス異世界ファンタジー、少しずつ彩りが増して参りました!
 と言う訳でこの足技のお兄さんは、中二病患者なわたくし大歓喜の「触れた対象を削ぐ」とか言う常軌を逸した能力みたいなイメージで見て頂ければ幸いです。
 つまりこのお兄さんが壁を蹴ると、蹴った部分だけ消失しますので、つまり足でコンクリの壁に空白の絵が描ける的な感じのアレです。
 まぁ何にせよヤバイ奴って事です(雑な纏め方)。
 と言う訳で次回、第7話「薬屋・病木」……そのまま音読すると、まぁその、近寄り難い薬屋ですけど、そうじゃなくても、近寄り難い薬屋ですね! お楽しみに!

0 件のコメント:

コメントを投稿

好意的なコメント以外は返信しない事が有ります、悪しからずご了承くださいませ~!