2018年6月9日土曜日

【夢幻神戯】第16話 猟竜の棲む森〈4〉【オリジナル小説】

■タイトル
夢幻神戯

■あらすじ
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ。対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」冒険者ロアは理不尽な死を迎え、深紅の湖の底に浮かぶ少女と契約を交わした。それは、世界を滅ぼすゲームの始まりであり、長い長い旅路の幕開けだった。
※注意※2018/04/16に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公

■第16話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/49176

第16話 猟竜の棲む森〈4〉


――【翡翠の幻林】。
【燕帝國】の東部に位置するこの場所は、約三十ヘクタールの土地面積を有する原生林で、未開の地とまでは言わないが、土地の半分以上が魔物の巣窟……人間の立ち入りを厳禁とする禁制区として国から定められている。
 翡翠色に輝く葉脈が特徴的な“輝翠樹(キスイジュ)”が主な樹木として林立する、幻想的な樹海である事から、【翡翠の幻林】と称されている。
 その異様な景色が目に見える場所まで狼車が進んだ辺りで、車窓を眺めていたユキノから「わぁ……! 凄い幻想的な景色だよ爺ちゃん! 見て見て!」と物見遊山かと見紛うような声が飛んできた。
「実物は初めて見ましたが、これがクエストで無ければのんびり眺めていたい、心奪われる景色ですね……」ほう、と和んだ声を漏らすトウ。「あの幻想的な只中に、その……猟竜・ハウンドラゴンが徘徊している……そうでしたね?」
「そうじゃ」幻林には視線を向けず、持ち込んだ薄い書物に視線を落としながら応じるロア。「幻林は最早奴らの狩場と化しておるじゃろうよ」
「爺ちゃんはさっきから何読んでるの?」ぴょこんっと窓から視線を下ろしてロアの前に飛び降りるユキノ。「えっちぃ本?」
「何でクエスト前にそんなもん読まなアカンのじゃ!」薄い冊子の角でユキノの頭を叩くロア。「これはパンフレットじゃよ。【翡翠の幻林】のな」
「パンフレット?」不思議そうにロアから薄い冊子を受け取るユキノ。開くと、確かに地図や名所が記された文面が出てくる。「えっ、【翡翠の幻林】って魔物の棲み処なのに、観光スポットになってるの?」
「厳密には、観光スポット三割、魔物の棲み処七割と言った所じゃ」素早く訂正の声を上げるロア。「お前さんらはあの景色を見て、風流じゃ、明媚じゃ、と感じたじゃろう? じゃったらそこで稼ぎをするのが人間じゃろう。見目麗しき物には概して俗物が寄り集まるものじゃ」
「なるほど、花見と同じ原理ですか」顎に拳を添えて頷くトウ。「併し、魔物が近隣に湧くと言うのに、危機意識が低いのではないでしょうか。美しさとは比較にならない恐ろしさが内在しているように感じますが……」
「弁明しとくが、【燕帝國】の人間が【竜王国】や【中立国】と比較して頭が沸いておる訳ではないぞ」とは言うものの、ロアはその考えが満更ではないと言った態度だった。「【燕帝國】には冒険者とは別に、鶏官隊と言う、国直属の軍隊がおる。そ奴らが普段、警護ないし魔物を撃滅しとるのよ」
 鶏官隊。【燕帝國】が古来より有する、冒険者よりも歴史が長い軍隊。
 敵対する組織・国家に対する暴力機関であると共に、国内の治安維持・犯罪抑止の象徴でもある彼らは、【燕帝國】内外から恐れられる存在である。
 ……尤も、先日【黒鷺】の鶏官隊の支部が戦極群によって全壊したのは記憶に新しいが。
 お陰でその後、ロアは鶏官隊の支部長に呼び出され、半日に亘る尋問を受ける事になったのだが、支部長にアキの存在が明るみになった時、彼は神妙な面持ちになり、今回の件でロアの逮捕ないし留置に関しては不問とした。
 彼がどういう意図を以て不問と処したのか、今以て分からないが、あの時はロア自身、尋問の過程が長過ぎて意識が混濁していたため、殆ど記憶が無い。故に、ロアはあっさりとその話を“忘れる事にした”。
 ユキノやトウはその話に関してもそうだが、積極的にロアのその“忘れる行為”に触れる事は無かったが、不思議には感じているようだった。
 ロア自身、己がそうである、と自覚している訳ではないのだが、少なくともユキノやトウ、そしてユイから見て、ロアは物事に頓着が無い。寧ろ“積極的に過去を捨て去って行く”思想であるように映っていた。
 普段からよく書物を読み漁っていて、その知識は博識と呼ぶに相応しいのだが、彼自身の過去に関して触れる度に、彼は本当に記憶が無いかのように「知らぬ」と応じるのである。
 それ故、ユキノからは「本当にボケたお爺ちゃんみたいだね!」と悪意無く詰られた事も有ったが、ロア自身その事を憶えているのか否かすら、最早あやふやなのだ。
 記憶は無いが知識は有る。そういう人物なのだと、三人娘の中ではイメージが定着しつつあった。
「鶏官隊って地域にも寄るらしいじゃない、戦力って」今まで寝ていたのか、座席で横になっていたユイが欠伸交じりに声を掛けてきた。「実際、【黒鷺】の鶏官隊の実力はさもありなんだったでしょ、たった一人の戦極群に全壊させられてるんだからさぁ」
「戦力に於ける地域差は仕方あるまい。平和ボケしとる地域と現在進行形で戦場と化しとる地域では雲泥の差になる。【翡翠の幻林】にしてもそうじゃ。ここは確かに魔物の巣窟ではあるが、強度はそう高くない。新米冒険者が素材採取に訪れる事も有るぐらいじゃからのう」
 そんな場所に突然猟竜と言う、新米冒険者や新兵の鶏官隊では手に負えない魔物が出現したからこそ、こうして冒険者後進の育成に宛がわれた、と言う背景が有る。
 これで新米冒険者や鶏官隊の新兵に戦闘としての自信が付けば万々歳で、討伐自体は二の次……と言うより、討伐に関しては、参列する熟達の冒険者や鶏官隊の幹部に任せておけばまず問題無い、と言う認識であろう事は想像するに易かった。
 狼車が緩やかに速度を落としていく。目的地である【翡翠の幻林】の入り口に到着したのだろう。
 三人に目配せすると、ロアは停止した狼車から一番に降りて行く。
 視界一杯に広がるのは、巨大且つ広大な原生林。約五十メートルの樹高を有する輝翠樹が立ち並ぶ光景は圧巻に尽きる。大地は木の葉の翡翠色に輝く葉脈が枯葉でない事を証明するように明滅し、一帯は曇天の夕暮れにも拘らず翡翠光で賑やかだ。
 その手前――幻林から五十メートルほど手前に多数の人影が確認できた。数にして約三十。うち五人が鶏官隊である事を示す、鶏の頭のような兜――通称“鶏冠兜(トサカブト)”と、白と赤の制服を身に纏っている。
「ようこそ、戦場へ」ロアの前に一人の男が歩み寄って来た。「ギルドカードを拝見しても?」
 男は鶏冠兜こそ被っていないが、白と赤の制服を纏っている事から鶏官隊である事が分かる。鶏冠兜の代わりに被っているのは赤色のベレー帽。鼻の下に黒々とした髭を蓄えた、四十代に見える、細身ながら枯れ枝ではなく鉄骨の印象を与える、壮年の男。
「……どうぞ」
 ロアは手早く済ませようとギルドカードを男に手渡す。男は瞳を眇めてザっとギルドカードを確認すると、「亞凪ハロ、ご本人で相違無く?」と顔を上げずに声を漏らした。
「えぇ、そうですが」
「――結構」スッとギルドカードを返却する男。「【黒鷺】の冒険者ギルドからの通達とも一致しますな。改めてようこそ戦場へ、亞凪ハロ殿」優雅に腕を広げて、男は悪辣に笑んだ。「某、この戦場を取り仕切る鶏官隊一等佐官、鮮木(アザキ)ヘイゾウと申す。以後お見知り置きを」
「……宜しくお願いします」ぺこりと頭を下げるロア。
 ――何でまた、一等佐官なんぞがこんな僻地に出張って来とるんじゃ……?
 鶏官隊の中でも上流階級……トップにも等しい階級の人物がギルドカードを検めていた事に、今更ながらに背筋が凍り付きそうになるロア。
 ヘイゾウはその後、ロアの後からやって来たユキノ、トウ、ユイのギルドカードも検め、「これにて通達の有った冒険者二十四名、総員集結と相成りましたな」と満足そうに頷いて、ロア達の元から離れて行った。
「爺ちゃんより爺ちゃんっぽい人だったね」ひそひそとロアに耳打ちするユキノ。「イケメン~って感じの爺ちゃんだね!」
「そりゃワシがイケメンじゃないと言うとるんか」
「そんな事無いよ~! 爺ちゃんはほら、爺ちゃん、って感じの爺ちゃんだから!」
「訳が分からん……」
「急な招集にも拘らず、お集まり頂いた事、誠に感謝致す」凛とした声を張り上げたのは、先刻の男――ヘイゾウだ。「改めて自己紹介仕る。某、この戦場を任されし鶏官隊一等佐官、鮮木ヘイゾウと申す。貴殿ら冒険者には、予め通達してあった通り、戦場【翡翠の幻林】に巣食いし魔物、猟竜・ハウンドラゴンの討滅に精を出して頂く」
 透き通るような声の持ち主だな、とロアは感じた。朗々とした声は、普段から檄を飛ばしている者である証左にもなる。一等佐官と言う階級まで上り詰めただけの実績が、彼には備わっているのだろう。
 ヘイゾウは腕を背中に回したまま空に響く大音声で、冒険者全員に伝わるように喉を震わせ続ける。
「此度の依頼に関しては、鶏官隊からの依頼として扱い、戦場に立ち行った全ての者に報酬を用意致した。また、討滅対象の強度を鑑み、冒険者一群れに対し、高位の冒険者、または警官隊下士官を一人同伴させる旨、どうかご理解頂きたい」そこで一旦区切ると、ヘイゾウは背後に直立不動で佇んでいた鶏官隊の五人に目配せした。「あくまで彼らは貴殿らの行動を制限するものでなく、補佐する者としての同伴であり、貴殿らは貴殿らのやり方で猟竜・ハウンドラゴンを仕留めて欲しい。その数、三十。全て葬り去った瞬間より、【翡翠の幻林】の結界を解く。――最後に、冒険者全員に通信機を装備して頂く」
 五人の鶏官隊が散り散りになって走り出し、冒険者に小さな耳当てを配り始めた。
「どうぞ、無くさないようにしてください」とロアにも通信機を手渡す鶏官隊の男。
「通達は以上。これを以て猟竜討滅作戦を開始する。――解散!」
 ヘイゾウは語り終えたからか満足そうに翻ってその場を後にしていくが、残された冒険者の大半が戸惑った様子で、その場に留まっている。
「爺ちゃん、これどうしたらいいの?」ロアの背中をツンツンと刺して尋ねるユキノ。「もう森の中に入って良いのかな?」
「高位の冒険者か、鶏官隊の下士官が就くと言っておったろう」軽く肩を竦めるロア。「それを待ってから作戦開始じゃ」
 そうロアが説明している間に、冒険者の群れがぞろぞろと動き始めた。
 三~五人程度の塊となって動いて行く人間の群れに視線を注いでいたロアの隣に、ユイがガムを咀嚼しながら笑みを零して歩み寄って来た。
「……いるのか?」端的に尋ねるロア。
「“本物は、一人いた”」愉しそうに囀るユイ。「あの小っちゃいガキだよ、憶えといて損は無いと思うぜぇ」
 冒険者の集団に交じって歩いている少年。濃緑色の着物を纏った、小柄な男の子だ。よほど貧乏なのか、武器らしい武器を持たず、服も体も傷だらけ。にも拘らず、その表情だけは異様に明るかった。
 愉しくて愉しくて仕方ないと思える程に、口唇が凶悪に歪み、ともすればいつ哄笑が吐き出されてもおかしくないほどの笑顔。
「……」
 彼が“庭師”であるなら、警戒するに越した事は無い。余計な戦闘に巻き込まれたくないし、トラブルも起こしたくない。ロアはそっと胸の底に彼の姿を焼きつけて、しまっておいた。
「おい、貴様らの同伴者は私だ」
 ロアが少年に視線を注いでいる間に近づいてきたのは、鶏官隊の恰好をした男だ。
 歳は二十代後半だろうか。フルフェイスの鶏冠兜を被っているせいで表情は掴めないが、声質で若い男である事は分かる。背中に携えた長槍は使い込まれている事が一目で判るほどに汚れ、傷だらけになっている。
「射剣(イツルギ)テンセイと言う。今回は宜しく頼む」礼儀正しく頭を下げるテンセイ。
「……亞凪ハロです、宜しくお願いします」小さく会釈を返すロア。
「わたし、天羽ユキノって言います! 宜しくお願いしまーす!」ピッと可愛く敬礼するユキノ。
「無迷トウと申します、宜しくお願い致します」深々と頭を下げるトウ。
「糸ヶ谷ユイ、宜しくね~」小さく手を挙げるユイ。
「む。愛らしい女性ばかりだな」ポツリと零す鶏官隊の下士官――テンセイ。「これは普段以上に気を引き締めて掛からねばならんな」
「……」
 大丈夫かこいつ……と思わずにいられないロアなのだった。

【後書】
 と言う訳で長い長い前置きが終わりまして、いよいよ猟竜の棲む森へとやって参りました!
 新たな登場人物も増えて深みが増していきますが、果たして無事にこの幻林を出る事は叶うのか!
 次回、第17話「猟竜の棲む森〈5〉」…遂に幕を開ける魔物と冒険者の“狩り”…お楽しみに!

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