2018年7月26日木曜日

【余命一月の勇者様】第37話 台本戦争〈1〉【オリジナル小説】

■あらすじ
「やりたい事が三つ有るんだ」……余命一月と宣告された少年は、相棒のちょっぴりおバカな少年と旅に出る。
※注意※2017/02/26に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り

■第37話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/39954

第37話 台本戦争〈1〉


「……コト、ミコト! 起きてくれ、ミコト!」

 硬い床の上で、クルガとレンを抱き締めたまま眠りに就いていたミコトは、決して大きな声量ではない、けれど必死な語調の囁き声に、うつらうつらと瞼を抉じ開けた。
 ひんやりとした空気が満ちた、薄闇に落ちた世界。鉄格子で閉ざされた視界の先に、騎士の恰好をした男が、こちらを見つめて声を掛けていた。
 銀甲冑を纏っているが、兜は被っていない。暗がりに沈んでいても、それが誰なのか、ミコトにはすぐに分かった。
「……オルナ……?」少しずつ意識が覚醒していく。「助けに来てくれたのか……?」
「……」苦虫を噛み潰した表情を浮かべると、オルナは小さく頭を否と振った。「今の俺の権限じゃ、ミコトをここから出してやる事は出来ねえんだ、本当に済まねぇ……お前の味方だっつぅのに、こんな体たらくで……って、そんな俺の情けねえ話をしに来たんじゃねえんだ。さっ、こっち来てくれ!」
 そう言って鉄格子から距離を取り、オルナが道を譲った相手は、メイド服を纏った女だった。
 真っ黒なメイド服に、眼鏡を掛けた、二十代と思しき女。感情らしい感情の塗布されていない相貌に、冷え切った瞳は、一瞬あの無慈悲な大柄な騎士――シュンを連想させた。
「あんたは……?」目元を擦りながら尋ねるミコト。
「サメと申します」メイド服の裾を摘まみ上げて恭しくお辞儀をするメイドの女――サメ。「ミコト様。率直に申し上げます。マナカ様は、サメの双子の妹、ニメが随従しておりまして、現在冒険者ギルドで身柄を保護されております」
「冒険者ギルド……?」一瞬話が繋がらず小首を傾げてしまうミコト。「何でそんな所に?」
「冒険者ギルドの纏め役である、サボ様がマナカ様の相識であると仰っておりましたが」ミコトの瞳を真正面から見つめるサメ。「――サボ様の狂言ですか?」
「――サボが?」やっと意識と記憶が繋がった感覚に満たされるミコト。「いや、知り合いだ、間違いない。……そうか、サボが手を貸してくれたのか……有り難ぇ……」
 ほーっと、安堵の溜め息を吐き出して胸を撫で下ろすミコトに、サメは小さく咳払いすると、「……そのサボ様から、マナカ様の事、そしてミコト様一同の今後に就いては、任せて欲しい、と申し出が有り、サメにその伝言役を頼まれました」と告げ、深刻そうに視線を落とすと、「……我が姫君の問題に巻き込ませてしまい、本当に申し訳ありません。我が姫君に代わり、お詫び申し上げます」深々と頭を下げた。
「姫君……姫様が問題を起こして、マナカは今城の外にいるのか?」事情が上手く呑み込めないミコト。
「掻い摘んで説明致しますと、マシタ様に凌辱されそうになった我が姫君を、マナカ様が御救いになり、我が姫君の頼みで城外へ我が姫君を連れ出した……と言うのが顛末になります」頭を下げたまま説明するサメ。「サメはオルナ様にその旨をお伝えして、今こうしてミコト様への面談が叶った次第です。ご報告が遅れ、本当に申し訳ありません」
「……やっぱり、マナカは悪い事をした訳じゃなかったのね」
 不意に視界の下からレンの声が聞こえて、「起こしちゃったか」と彼女の頭を撫でるミコト。
 レンは「それよりも! やっぱりあのボケナス次期国王のせいなんじゃないの!」憤慨した様子で起き上がると、鉄格子に駆け寄ってサメを見上げた。「そうなのよね!?」
「はい、サメは確かにこの目で目撃致しました」レンの勢いに負けず、しっかりと首肯を返すサメ。「併し……」
「併し?」こと、と小首を傾げるレン。
「――サメちゃんの目撃情報は、恐らく揉み消されちまう」サメの言葉を引き取ったのはオルナだった。険しい表情を浮かべて煙草を咥えると、マッチで火を点けた。「マシタ様は、――いや、シュンは、お前らを処刑しようと画策している」
「シュン?」反対側に小首を傾げるレン。「誰それ?」
「樹樽(キタル)シュン。近衛騎士の一人……つまり俺の同僚なんだが、こいつはその……騎士の中の騎士っつーか……」ガリガリと頭を掻き始めるオルナ。「ぶっちゃけると、あの次期国王が今も次期国王でいられるのは、このシュンって騎士のお陰なんだよ。それぐらい、頭が回る奴っつーか、騎士を統率している切れ者っつーか……とにかく、やべー奴なんだ」
「な、何でそんな奴にあたし達は処刑されそうになってる訳……?」訳が分からないと顔に書いてあるレン。「マナカが無礼を働いたから……?」
「……マシタ様に目ぇ付けられたって話はしたよな?」紫煙を吐き出しながら、深刻な表情でレンを見つめるオルナ。「シュンは言っちまえば、マシタ様の傀儡なんだよ。マシタ様が消せと言った相手は、あらゆる手を尽くして、命どころか社会的に抹殺してみせる、それだけの権限と権力を有する騎士様なんだよ、あいつは」
「……ヤバい奴だって実際に逢った時に感じたが、そんなやべぇ奴だったのか」思わず唸り声を上げてしまうミコト。「そんな状況で、サボは一体何を始めるつもりなんだ?」
“ミコト達の今後を任せて欲しい”と言う伝言を頼む程だ、よほどの上策である事は分かるのだが、騎士としての権限・権力を保有するシュンに敵うのかと問われたら、疑問視せざるを得ないのが実情だった。
 今し方、サメの目撃情報を“揉み消す”とオルナに明言されたばかりで、ミコトの胸中には不安の曇天が敷き詰められたままだ。
「あぁ、詳しい話は俺も聞かされてねえんだが、どうやら……」口元を手で押さえて囁き声で続けるオルナ。「……王城じゃ誰が聞き耳を欹ててるか分からねえからって判断らしい」そこで鉄格子から顔を離し、苛立たしそうに煙草を口から離す。「全く遺憾も甚だしい事だが、俺はそのサボって奴の判断には全面的に賛成だ。もっと言えば、この王城でミコト達に味方できるのは、俺だけと思って良い」
「……虎穴の中のような状況なのね……」暗い表情で嘆息するレン。「でも、オルナがいてくれるだけでも心強いわ。話が通じる騎士がいてくれて、本当に良かったわ……」
「……お、おう。こんな状況で煽てても、俺何も出来ねえからな? 言っとくけど?」照れ隠しにそっぽを向くオルナだったが、即座にミコトに向き直り、真剣な表情でその瞳を正視する。「――いや、訂正。シュンを止められなかった咎は俺にも有るからな、俺に出来る事が有ったら何でも言ってくれ。ミコト達にこんな所で処刑されたら、この国始まって以来の最低最悪の惨事になる。それだけは避けてえ」
「あぁ、助かる」小さく目礼したミコトは、「オルナには助けられてばかりだな」と、オルナを見つめてフッと微笑を浮かべた。
 余裕さえ覗かせるミコトの態度に、オルナはばつが悪そうに頭を掻くも、「まぁ、何だ。俺ってば、冒険者にも愛される騎士様目指してっから? このぐらいやらねえとな!」と、ミコトを正視して微苦笑を返した。
「実はサボ様からの伝言は続きが有りまして、」こほん、と小さく咳払いして注目を集めるサメ。「本日、サボ様はマナカ様と我が姫君を連れ立って謁見を申し出る予定です。そこでこの問題を決着させるつもりです」
「謁見って、今王様は寝込んでるんだろ?」怪訝な表情を滲ませるミコト。「無理なんじゃないか?」
「――そこで、オルナ様とミコト様に、お願いしたい事が有ります」
 そう言ってサメは二人に己に近づくようにと手招きすると、小さな声で囁くのだった。

◇◆◇◆◇

 王城の前に豪奢な馬車が音を立てて停車すると、御者台から降り立った老爺――ホシが、門番である騎士の男に手を挙げて近づて行く。
「お忙しい所失礼致します。国王陛下との謁見をお頼み申し上げたいのですが」
「国王陛下との謁見? どこの貴族だ?」兜越しに無遠慮にホシの顔を覗き込む騎士。「謁見の予定は入っていないが、名を聞かせて貰おう」
「馬車におわす方は、冒険者ギルドの纏め役、桶雲サボ様です」言いながら懐から名刺を差し出すホシ。「喫緊で申し上げたき儀が御座いまして。お目通り願えませんか?」
「冒険者ギルドの纏め役……」名刺を受け取った騎士は、隣の騎士と目を見合わせると、改めてホシに向き直った。「冒険者ギルドの纏め役が一体何用か? 喫緊の仕儀と申されても、陛下は今……」
「――“ネイジェ=ドラグレイの件でお話が”」こそりと、騎士に耳打ちするホシ。
「なッ」騎士は見るからに狼狽えると、隣の騎士に「ネ、ネイジェ様のお話が有るとッ」と小声だが緊迫した様子で告げると、隣の騎士が一瞬跳ね上がり、「し、暫し待たれよ!」と慌てふためいた様子で通用口から王城に入って行き、見えなくなった。
 その様子を馬車の中から窺っていたマナカは、「おう? ネイジェの話するんだっけ?」と不思議そうにサボに視線を移した。
「ネイジェの話“も”する。だから嘘ではないね」肩を竦めて応じるサボ。「そんな事よりマナカ君、昨夜話して、今朝も話した事は憶えているかな?」パキンッ、と鳴らした指でマナカを指差す。
「おう! 俺は黙っていればいいんだろ? 楽勝だぜ!」
「いやいやどう考えても一番の難関じゃろそれ……」呆れ果てた様子で隣に座すマナカを見上げるミツネ。「サボよ、本当にお主の策は上手く行くんじゃろうな……?」
「そうですねぇ、マナカ君の反応次第と言った所ですが、勝率は八割と言った所でしょうか」両手の指を合わせて微笑むサボ。「絶対に勝てる戦とは言いませんが、僕は負け戦をしに行くほど暇では有りませんので」
「イマイチ信用できんが……」怪訝な表情で溜め息を吐き出すミツネ。「マナカが信じると言ったんじゃ、ワシも腹を据えるかの」
「えっ、腹って座るのか? どうやるんだそれ!? 面白そうだから俺にも教えてくれよ!」ミツネをキラキラした瞳で見つめるマナカ。
「……」「……」サボとミツネの視線が噛み合い、心の中が((不安だ……))と一瞬同期した。
 そうこうしている内に通用口から慌てふためいた様子の騎士が駆けて来て、ホシの前で通用口を示した。
「お、お待たせ致しました! どうぞこちらへ!」
「忝い」スッと騎士にお辞儀を返すと、馬車の扉を開けて、「どうぞ、姫様。お手を」と、ミツネの手を取って馬車から降ろす。
「えっ?」「はっ?」騎士の二人が同時に間の抜けた声を上げた。
「……」ミツネは騎士の二人を一瞥するも、小さく目礼するだけで声も掛けずにホシにエスコートされて通用口に入って行く。
「よっ! 昨日はどうもな!」ポン、と騎士の肩を叩いて通用口に入って行くマナカ。
「……えっ?」「……ほぁ?」騎士の二人が遅れて、再び間の抜けた声を上げた。
 続いて馬車から出てきたサボは、そんな二人の騎士を見やって微笑を見せると、「お仕事ご苦労様」と、軽く声を掛けて通用口に入って行く。
 騎士の二人は暫く呆気に取られた様子で四人が吸い込まれて行った通用口を眺めていたが、やがて「こ、これは一大事なのでは?」「お、おう、ど、どうしようか?」と顔を見合わせて、通用口に駆け込もうとして、――最後に馬車から降りてきたニメに首根っこを掴まれ、止められてしまった。
「お待ちください騎士様」首根っこを掴んだまま、真っ黒のメイドは二人に声を掛ける。「先に、馬車を厩舎までお運び願えますか?」
「なッ、何だ貴様は!?」「メイド風情がッ、はっ、離さんかッ!」ジタバタともがく二人の騎士だが、ニメは二人の首根っこを掴んだまま兜を衝突させて沈黙させると、馬車に放り込んでから勝手に御者台に上り、気を失った騎士を連れて門から離れて行くのだった。
 その様子を眺めていた周囲の人間は「何だこれ?」と不思議そうに曲がり角に消えて行く馬車と、正門前から誰もいなくなった景色を眺めているのだった。
 ――それを鐘櫓から眺めていた騎士が、緊急事態だと察して鐘を鳴らし始めたのは、次の瞬間だった。

【後書】
 作戦開始です!
 シュンさんの本名が明らかになりましたが、この作品の登場人物の名前には全て意味が有ると言いますか、言葉遊びが過分に含まれた名前になっております。頭の体操に持ってこいですね!w
 そんなこったで次回、第38話「台本戦争〈2〉」…いよいよ謁見です。マナカ君とマシタの噛み合わない話にご期待ください!(笑)

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