2018年12月13日木曜日

【空落】09.今とても幸せだなって思ってさ【オリジナル小説】

■あらすじ
――あの日、空に落ちた彼女に捧ぐ。幽霊と話せる少年の、悲しく寂しい物語。
※注意※2016/05/05に掲載された文章の再掲です。本文は修正して、新規で後書を追加しております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、【ハーメルン】、【小説家になろう】の四ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
ファンタジー 幽霊


カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054887283273
小説家になろう■http://ncode.syosetu.com/n2036de/
ハーメルン■https://syosetu.org/novel/78512/
■第9話

09.今とても幸せだなって思ってさ


「――――危ないッ!」

盛大に掻き鳴らされるクラクションの喚声に驚き、思わず振り返る。振り返った先――ついさっき男の子の幽霊と別れたばかりのその場所では、俺の目にも見える、実態の有る少年が横断歩道の近くに倒れ込み、訳が分かってない様子で過ぎ去っていく大型トラックを見送っていた。
傍らには主婦と思しき三十代ほどの女性。男の子を抱き締めて「大丈夫!? 怪我は無い!?」と頻りに男の子の体をぺたぺた触っている。
交通事故が未遂で終わった現場のようだった。俺は男の子が怪我らしい怪我をしていない事を遠目に確認して安堵したが、隣の六道の様子がおかしい事にその時気づいた。
血の気が引いたような、青い顔。強張ったその表情に思わず驚いていると、俺の反応には構わず駆け出した。
「お、おい、六道?」
何を焦っているのか分からなかったが、その後を追う。先刻幽霊と話したその場所まで戻ってきた六道は、交通事故に遭いかけた少年を見下ろし、「大丈夫だった?」と優しく、だがぎこちない様子で、声を掛けた。
「う、うん……」男の子は今更恐怖を感じたのか、カタカタと小刻みに震え、主婦……母親だろう相手に縋りついた。「怖かったよぉ……」
「もう、勝手に道路に飛び出さないでね」安堵のせいか、母親の声にも優しさが混じる。「さ、帰りましょう」
「あの、済みません」立ち去ろうとしていた親子に声を掛ける六道。「あの、何が遭ったのか、その、詳しく聞かせて頂けませんか……?」
「え?」怪訝な様子で六道を見やる女性。「貴方は……?」
「えぇと、その……前にもここで交通事故が遭ったんで、何が原因だったのか話を伺おうと思いまして……済みません、野次馬ですね、済みません……」ペコペコと必要以上に頭を下げる六道。
女性は怪訝な様子で六道を見つめていたが、どう思ったのか嘆息を一つ落とすと、小学校低学年と思しき男児を見据えて、難しそうな表情で言葉を紡ぎ始めた。
「……この子、突然引っ張られるように車道に飛び出して行ったのよ。たぶん私の勘違いだと思うけど。この子、何か有るとすぐ走り出す子だから……これで良いかしら?」
「……あ、えと、はい、お話し聞かせて頂いて、有り難う御座いました。お時間取らせて済みません、有り難う御座います」ペコペコと頻りに頭を下げる六道。
「さ、行くわよ」と言って男児の手を引っ張って歩き出す女性。「もう危ない真似しちゃダメよ?」
「違うよう、何か手ぇ引っ張られたんだって、ほんとだよう!」
親子が頻りに喚く姿が、遠くに消えた後。六道は血の気の引いた顔で、ゆっくりとしゃがみ込んだ。気分が悪いのは、目に見えて分かる。その原因は、今の話で、鈍感な俺でも理解できた。
「……ねぇ、あの子の手を、引っ張ったりした……?」
虚空に話しかける六道。その返答は、俺には聞こえない。聞こえないが、六道の「……ダメだよ、そんな事したら……!」と言う、泣きそうになっている声で、全て伝わった。
「ああいう事をしたら、お祓いの人に成仏させられちゃうかも知れないんだよ? そしたらもう、ここにはいられなくなるんだよ?」泣きそうな表情で、必死に想いを伝えようとしている六道。その意志は、痛いほど俺には伝わってくる。「……うん、だから、二度とこんな事はしちゃダメだよ? 良いね? 僕と約束できる? ……うん、じゃあ約束だよ?」
話が終わったのだろう、立ち上がって俺に視線を向ける六道。その顔には、恐怖や怯えと言った暗い感情が色濃く浮かんでいた。何を恐れているのか、何に怯えているのか、俺には分からなかったが、その体が震える程の感情は、嫌と言うほど伝わってくる。
「……」
六道は、何も言わずに歩き出した。俺も、掛けるべき言葉を見つけられず、黙ってその背を追う。
――不意に、視線を感じた。
振り返った先は、少年の幽霊がいる横断歩道。俺には見えないだけで、幽霊が俺を見つめているのだろうか。何故か悪寒がしたように産毛が逆立ち、六道を追う歩みが加速するのだった。

◇◆◇◆◇

「……誰やそいつ?」
帰宅して早々、りっちゃんが怪訝な表情を浮かべ、玄関で仁王立ちしていた。
僕はすぐにりっちゃんの肩を触り、日清水君に見えるようにする。
「うおっ」驚いた様子でりっちゃんを見据える日清水君。「ここにもいたのか」
「あん? 当たり前やろ、ここはうちの城やで? うちがいて当たり前やろ」メンチを切り始めるりっちゃん。
「……六道、こいつもしかして怒ってるのか?」ひそひそと僕に耳打ちしてくる日清水君。
「何をひそひそ話しとんねんそこ!」日清水君を指差して吼えるりっちゃん。「それで!? けいちゃん、誰やねんなそいつ!」
「え、えと、僕の友達……です……」消え入りそうな声になってしまった。
「友達? ……ほほー、何やねん、自分友達おらんとか言いながら、ちゃんと友達おるやん。で、名前は?」日清水君の目の前でメンチを切り続けるりっちゃん。
「日清水だ。日清水天馬」動じない日清水君。「お前は?」
「天馬か。じゃああんたはてんちゃんやな!」日清水君を指差して宣言するりっちゃん。「うちは鐘嶋律子。りっちゃんでええで?」
「六道、こいつはお前の家族か何かなのか?」りっちゃんを無視して尋ねてくる日清水君。
「んな訳あらへんやろボケ。苗字知らんのか? 六道と鐘嶋がどうしたら家族になんねん、あほか自分? あほなんか?」あー? と大口を開けて喧嘩を売り始めるりっちゃん。
「――鐘嶋。俺に喧嘩を売ってるつもりなら無駄だぞ」りっちゃんを正視して告げる日清水君。「幽霊と喧嘩できる程、俺は怖いもの知らずじゃない」
……変な間が有った。
「けいちゃん。自分も大概変わっとる思とったけど、あんたの友達も大概やな? 類は友を呼ぶとはまさにこの事やんな?」日清水君の肩を叩いて顔を覗き込むりっちゃん。「気に入ったわ、しゃーなしで部屋に上げたる。感謝しぃや、けいちゃんの友達やから入れたるんやで?」
「あぁ、感謝するよ」苦笑いを浮かべて部屋に上がって行く日清水君。
そんな二人を眺めている事しか出来なかった僕は、ひとまず二人が喧嘩しなかった事に安堵して、靴を脱ぐ。
「てんちゃん、それ何? 何買ってきたん?」ベッドに腰掛けて尋ねるりっちゃん。
「六道が、折角だから皆で夕食会を開きたいと言ってな、即席の鍋を買ってきた」と言って、スーパーのビニール袋から取り出したのは、小さめの即席鍋だった。
「まじかぁ! けいちゃん、グッジョブやで自分! そろそろ冬も近なっとるし、こんな時は鍋やろ鍋~! はよ準備しぃ! はようはよう!」
ベッドから跳ね上がってちゃぶ台の前で正座するりっちゃんを見て、僕は思わず胸が弾みながら「待ってて、今準備するからね」と即席鍋をちゃぶ台で温める準備を始める。
即席のコンロを用意して、プラグをコンセントに。ガスがしっかりと出ている事を確認して、着火。
暫くすると、即席の鍋がグツグツと煮え立つ音と共に、香ばしい臭気を放ち始める。
「ん~♪ もうええやろ? もう食べてええやろ!?」箸と小皿を手に持って興奮した様子のりっちゃん。
「まだ早くないか? もう少し煮えるのを――」「頂きまーす!」「聞いてないな人の話を」
日清水君の制止を振り切って鶏肉を摘まみ、ごまだれの入った小皿に盛ると、すぐに口の中に放り込むりっちゃん。「んん~♪」と至福の表情で、感極まった声を奏でるりっちゃんを見てたら、僕も釣られてそんな表情を浮かべてしまう。
「ほら、六道もそろそろ良いぞ」と言って白菜とネギを小皿によそってくれる日清水君。
「あ、有り難う」小皿によそわれた白菜からごまだれを少し落として、口の中へ。「……うん、美味しいね。ホクホクだ」
「せやろ!? ほら、てんちゃんも女子力見せつけとらんと食え食え! そんなでかい図体しとんのやったら、肉食わな力出ぇへんで!」と言いながら肉ばかり鍋から啄んでいくりっちゃん。
「おい、俺の肉を残しておいてくれよ。このままじゃ野菜しか残らないぞ」慌てて鍋を浚うも、肉の感触が無かったのだろう、白目を剥いている日清水君。「おい……お前肉ばかり食べ過ぎだろ、自重しろよ」
「あん? 何やねん自分、男のくせに女々しい事言うなや。こういうのはな、先に自分の分を確保しとくもんやで? それを怠った自分が悪いんや、分かるか?」小皿の鶏肉をモリモリ食べるりっちゃん。「うまうま♪ この鶏肉まじ美味いで! ほれ、けいちゃんに一つ上げたる」と言って小皿の鶏肉を僕の小皿に載せる。
「え、良いの?」思わずと言った様子で声を上げてしまった。
「当然やん、自分まだ肉食うてないやろ? 一つぐらい食わな! せやろ?」にんまりと笑うりっちゃん。
「おい待て、俺も一つも食ってないぞ」不平をぶつける日清水君。
「自分は図体でかいんやから我慢しぃや、野菜食え野菜」しっしっ、と箸で追い払う仕草をするりっちゃん。
「さっきと言ってる事が違うぞお前」苦笑いを浮かべる日清水君。
「え、じゃあ僕のをあげようか?」と言って鶏肉を渡そうとすると、すぐさまりっちゃんが「あーアカンアカン! それはうちがけいちゃんに上げたもんやから、けいちゃんが食わなアカン! てんちゃんは野菜食うから大丈夫や! な? そうやろ?」と箸で制止する。
「……ったく」呆れた様子で肩を竦める日清水君。「だそうだ、それはお前が食え、六道」
「う、うん」口の中に入れると、鶏肉が自然と解れて、煮立った鍋の味がじんわりと口の中一杯に広がる。「美味しいねぇ……」
「せやろー? うちが見繕ったんやから間違い無しや!」ふふん、と胸を張るりっちゃん。
「鍋を選んだのは俺なんだがな」苦笑を滲ませる日清水君。
「何や自分? うちに何や文句でも有るんか? 言うてみぃ」再び日清水君にメンチを切り始めるりっちゃん。
「……ふふ、ふふふ……」
二人の様子を見てたら、不意に笑声が零れてしまった。
笑い声は中々止まず、二人が怪訝な様子で僕を見つめている事に中々気づけなかった。
「ふふふ……あぁ、ごめん、何か、今とても幸せだなって思ってさ……」笑い過ぎて涙が出ていたみたいで、それを拭いながら呟く。「それがとても嬉しくて、何か笑っちゃってたみたい」
「幸せなら笑ってもええんやない? 別に不思議な事や無いやろ」微笑を浮かべて頷くりっちゃん。「けいちゃんが幸せなら、うちも幸せやで?」
「鐘嶋の言う通りだ。六道が幸せなら、俺も幸せになる」そう言ってスープに口を付ける日清水君。「気にする事じゃない」
「そうだね、……そうかも知れないね」
三人で、笑い合う。僕は今、確かな幸せを感じていた。
幽霊と話せるようになってから久しく感じていなかった、幸せ。僕は幽霊と話す事で幸せを感じていると思っていたけど、ちょっと違っていたように、今なら思える。
こんな当たり前の日常が、今までとても遠かった。小学生の頃に何気無く自分の世界を覆っていた日常は、実はとても尊くて、大切で、素敵なものだった事に、今更のように気づく。
ただそれは、気づくのが遅くても別に良いんだと、僕は思う。気づけたのなら、その時からそれを大切に思えば良いんだって、そう感じた。
僕は、この二人がいればもう後は何も必要無いと、思ってしまった。僕の幸せには、きっとこの二人がいれば問題無いって、そんな夢のように甘い事を。
夢のような、いつか醒める事を、本気で願ってしまっていたんだ…………

【後書】
この物語ではだいぶ貴重な幸せシーンです。当たり前の日常って、失われて初めて尊かったんだなって、気づくものですよね…
隠し切れない程の不穏を抱えて、小さな小さな幸せを掻き抱いて、――――空へ。参りましょう。
…次回もお楽しみに!

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    三人のほのぼのシーン良いですね。
    そして文末の三行…

    やっぱり……きついです。

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      貴重なほのぼのシーンですからね! ここでたっぷりほのぼの成分を摂取してくだされ…!
      そして文末の三行は、うん、そういう事ですよね…!

      予め結末を知っているがゆえの苦悩と言いますか、つらみを感じているご様子…! 無理しないでくだされほんと…!

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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