2019年3月15日金曜日

【春の雪】第8話 夏の始まり【オリジナル小説】

■あらすじ
春先まで融けなかった雪のように、それは奇しくも儚く消えゆく物語。けれども何も無くなったその後に、気高き可憐な花が咲き誇る―――
※注意※2009/01/14に掲載された文章の再掲です。タイトルと本文は修正して、新規で後書を追加しております。

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■キーワード
青春 恋愛 ファンタジー ライトノベル


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■第8話

第8話 夏の始まり


 時間が流れるのはあっと言う間だった。
 夏休み前日。その日は終業式だけが有る、午前で終わる一日だった。
「えー、よく聞けお前ら。夏休みが始まると言ってもだな、お前らにとっては最後の夏休みであると同時に、今年は就職・進学も有るんだ、ちゃんと登校日忘れんなよ? 来ない奴は私が直々に家庭を訪問してやろう。感謝しろ? では、――解散!」
 わっ――と教室に歓声が弾け、各々の休みのプランを実行すべく教室を後にしていく生徒達。浮き足立つのも無理は無い。これが最後の夏休みになる奴だって少なくないんだから。
 斯く言う俺も楽しみじゃない訳が無かった。今年の夏休みは、咲結がいる。それだけで以前の夏休みとは全く違う、別種の存在に変わってしまっていた。
 殆ど何も入っていない鞄を肩に載せて咲結の席へと向かおうとして、
「おい、二位は残れ。お前には話が有る」
 オニセンが俺を見据えて何事かほざきやがった。
「あァ? 何で俺だけ。ざけてんじゃねえぞオニセン」
「ふざけてんのはどっちだ二位。お前だけだぞ、進路が決まってないのは。夏休み前に進学か就職かくらいは決めとけと言っただろう」
 厳かな口調で告げてきやがるオニセン。くっ、うるせえ野郎だ……!
 ……つか、進路とか。俺には関係ねえ話だろ、と思いつつも今後の事を考えて、オニセンの後を付いて教室を出る。
「取り敢えず進路指導室に来い。来ないと分かってんだろうな?」
「はいはい、行くから黙ってろ」
「それが教師に対する態度か? 二位」
「心配すんな、テメエに敬語を使う気は一切無い」
 吐き捨ててる内に、進路指導室に到着。中に入るとものの見事に誰もいなかった。簡素な造りの部屋で、俺はよくオニセンに呼ばれて来ていた。最近はあまり来なかったためか、懐かしさを覚えた。長卓の上に活けられている花こそ別の物になっているが、それ以外は何の代わり栄えもしない部屋だ。外の喧騒が届かない分、時間が止まっているように錯覚する、小さな部屋。
 奥のソファに腰掛けるオニセンに続き、俺もオニセンと対面の長椅子――手前の奴に腰掛ける。――瞬間、オニセンが唐突に噴き出した。
「なっ――? ンだコラ、何笑ってやがんだよ」
「はっはっは! いや何、二位も随分と丸くなったと思ってな」
 ははははは、と笑い続けるオニセン。……何だこいつは。人を呼び出しといて勝手に爆笑たぁ良い度胸だぜコノヤロウ。
「話がねえなら帰るぞ、おい」苛立ちを表面に刷き、徐に立ち上がろうとする俺。
「はっはっは! ……まあ待て。私は嘘を言ったつもりは無いぞ。お前は確かに最近、何と言うか……全体的に良くなってきているのは間違いないんだ」
「何の話だよ?」怪訝に問いを重ねる。
「お前、自覚が無いんだろう? 最近頓に変わってきてるぞ、お前の雰囲気」
 澄んだ微笑を浮かべて俺を見据えるオニセン。……気味が悪い。こいつにこんな風に見られたのは初めてだ。
「お前、恋純と付き合ってるんだろう?」
「――――」
「隠す事は無い。何より、それはお前にとってとても良い影響になっているに違いないのだから。同時に――恋純にも良い影響が出ている」
「……、咲結にどんな影響が出てるってんだよ?」
「ほう? もう名前を呼び捨てか? ……まあ良い。お前が知ってるか知らんが、彼女は以前、苛められていた。公然とではないが、陰湿なイジメを受けていたと聞いている。私も何とか力になりたかったんだが……自己申告が無ければ、教師としては手の打ちようが無いのが現実だ。あまり不用意に踏み込めば、苦汁を味わうのは私ではなく苛められている本人と言う事も有る。それを、何だ。お前は自覚が無いようだが、イジメは無くなったぞ」
「――――え」
 ……俺も、何と無く咲結がイジメを受けていたのは、気づいていた。
 咲結に逢うまであまり教室に顔を見せてなかったから知らなかったが、美森に聞いて知った。あいつ、今までずっと苛められていたらしい。
 だけど、最近それが無くなったのは知らなかった。確かに、俺の眼の届く範囲で、あいつが嫌な想いをした場面には一度も遭遇していないが。
「でも、俺は別に何もしてねえぞ?」
「いや、お前は確かに活躍した。――恋純を強くした、とでも言うべきか。あいつの弱かったメンタルが、今じゃ大分回復しているじゃないか。聞いたぞ? 何でも、紀原と三人で昼休みにずっと話し合ってたそうじゃないか」
 ――咲結が強くなった。
 それは多分違うんじゃないか、と即座に感じた。あいつは元から弱くは無かったんだ。――弱っていた、って言った方が近い。あいつは、イジメを受けても耐えて忍んで、今まで堪えてきた。それだけ強靭な精神を宿していた。その頃からあいつは強かったんだ。
 俺はただそれを引き出しただけ。他は何もしていない。あいつが自然でいられるように、ちょっとアドバイスをしてやっただけ。
 咲結は、自分の力で自分を取り戻したんだ。
「私から一言言わせてくれないか? ――本当に感謝しているんだ、二位。それに、お前も随分と教室に顔を出すようになったじゃないか。あれほど授業を嫌っていたお前が、今じゃ静かに教師の話に耳を傾けている」
 素晴らしい進歩じゃないか、とオニセンは告げる。
 ……違う。あれは単に、咲結の前ではマジメに授業を受けようと思ったに過ぎない。あんな無意味な話、聞いても眠くなるだけだ。かと言って有意義に過ごすやり方を知らない俺は、やっぱり教室に戻ってくる。何より、咲結に逢うために。
「……何だよ、今日は豪く俺の事、褒めんじゃねえか。何拾ったんだ?」
「ふっふっふ、実は競馬で……じゃなくて、純粋に私はその事を言いたかっただけだ。やれば出来るじゃないか、二位も」
「……別に。お前に言われる筋合いはねえよ」
「ふん、可愛くない奴め。そんな奴は連れて行かないぞ」
 ……は? いきなり何の話に飛んだんだ、今?
 訝ってオニセンを見やると、逆に不思議そうな顔を見せつけられた。
「何だ、星織から聞いてないのか? 明日――」
「失礼しまーす」
 ガラガラ、と指導室の戸が開くと、廊下から空冴が入って来た。背後には美森と咲結の姿もバッチリ確認できる。
 何事だ? と思って振り返り――
「あ、笑美ちゃん! ニイ君に話した? 話したっ?」
「笑美様と呼べ。……じゃなくて、まだ話してなかったのか? 予定じゃ明日だぞ?」
「えっへっへ、それはほら、サプライーズ! ニイ君を驚かすためにはこうするしかなかったのですよー♪」
「……さっきから何の話してんだお前ら? 訳分かんねえぞ」
「えっと、ですね……」咲結が何かを言おうとして、
「実はな一非。明日、――海に行くぞー!」腕を思いっきり突き上げて空冴。
「ぞー!」同じく美森。「ぞー……」小さく咲結。「……と言う訳だ」纏めるオニセン。
「どんな訳だ!?」激しく動揺する俺。
「実はさー鬼野ティーチャーが明日の海行き、運転役を買って出てくれたんだよ~♪」
 空冴が得意気に話す。ムカついたんで思いっきり脛を蹴り砕く。
「――――ッッ」無言の絶叫を上げる空冴。
「分かったか二位。分かったなら感謝しろ。靴を舐めさせてやっても良いぞ」
「ぶっ殺すぞオニセン! 何で休みにまでテメエのツラ拝まなきゃならねえんだ!」
「はっはっは! 私に逆らうなど百年早いわ小童が! ――で、だ。明日、迎えに行くから準備しとけよ。遅れた時点で三者面談開始だ」
「ざっけんなクソティーチャー! お前色々職権乱用し過ぎだろ!? 訴えたら俺マジメに勝てる気がするぞグルァ!」
「落ち着きなよニイ君~。明日には咲結ちゃんの水着姿が拝めるんだ・か・ら・さ♪」
「み、美森ちゃぁん……」
 赤くなって小さくなる咲結。咲結の水着姿……ちょっと想像して、顔が熱くなる。
「あ、やーらしーんだー? ほら見て咲結ちゃん、ニイ君ってば咲結ちゃんの水着姿想像して赤くなってるぞぅ♪」ニマニマ笑いながら指差す美森。
「い、一非君……」恥ずかしげに訴えかけてくる咲結。
「ち、違う。違うからなっ。つか美森、テメエもぶっ殺すぞゴルァ!」
「あはははは! 慌てるニイ君も可愛いねぇ~♪」
「テメエ……」
 そうして、楽しくも短かった一学期は終わった。
 そして明日からは――もう二度と来る事の無い、夏休みの始まりだった。

◇◆◇◆◇

「ただいまー」
 帰宅して、すぐにシャワーを浴び、居間に着く。小さな卓袱台と、二人分の座布団しかなく、テレビすらない質素過ぎる部屋だ。俺は少し不満だったが、今となっては気にする事も無く、必要と感じる事も無くなった。電気屋で見ても、心がときめく時代は既に過ぎ去った後なのである。
 そんな事をぼんやりと考えて呆としていると、エプロン姿の親父が両手に皿を持って入って来た。
「お帰り、一非君。食器を運んでくれるかな?」
「オッケ」
 二人で夕飯の載った皿を運び、親父がエプロンを脱いで食卓に着く。今日の夕飯もシンプルだった。鮭の塩焼きに卵焼き、茄子のお浸しにネギと豆腐の味噌汁。それに白米と沢庵という比較的オーソドックスなメニュー。
 合唱し、適当に箸を動かして食事を始める。いつもの薄い味付けの料理に、俺は少しだけ不満が有るが、文句を言う程でもないので、黙して食す。
「あ、親父。明日、俺ちょっと出掛けてくる」
 視線を上げると、柔らかな微笑を浮かべた親父が俺を見てキョトンとしていた。
「どこに出掛けるんだい? また彼女とデート?」
「ちがッ、てか何で知ってんだよそれ!?」
「ふふっ、お父さんは何でもお見通しだよ。……今度、早い内に家に連れて来なさい。お父さんも見てみたいよ、一非君の可愛い彼女」
 ……完全にからかわれてる。でも、いつか連れて来たいと思ってたのは確かだ。俺は気恥ずかしそうに頷く。
「で、明日はどこに行くんだい?」
「ああ、それがな。あのオニセン同伴で、海」
 暫らく間が有って、……親父、何故か失笑。
「そこ笑うトコかぁ?」
「いや、ははは、先生同伴で海ってのも初めて聞いたからさ。ははは……あぁ、本当に一非君は面白い」
「そこは俺が面白いとは言わないと思うぞ」
「明日はめいっぱい楽しんできなさい。若い内は死ぬ位にはしゃいだ方が良いに決まってるんだから」
 穏やかな微笑を浮かべて親父はそう告げた。
 ……俺はそれに苦笑を返していた。言葉の裏に有る事情を察して、苦笑以外浮かんでこなかった。
 でも、確かに親父の言う通り、明日は限界に達するまで遊び尽くそうと思う。もう二度とこんな夏が来るとは思えないしな。
「――そうだ。一非君、明日は遅くなっても構わないよ。何なら泊まって来てもいいし」
「……いや、ちゃんと帰ってくるよ。親父一人残すと、逆に怖いしな」
 ははは、と笑ってやると、親父は「参ったなぁ」と頭を掻いて苦笑を浮かべていた。
 ……いつまでこんな幸せが続くんだろう、って不意に不安に駆られて、――俺は即座に考えを打ち切った。そんな気持ちじゃダメだ。今の俺は幸せで、そんな事を考える必要は全く無い。
 俺は、幸せなんだ。

【後書】
「こんな先生がいたら良いな~」って妄想を具現化したかのように思えるじゃないですか??>オニセン
 実際こんな先生にお世話になった中学時代です(^ω^) ほんと今でも恩師と思っていて、未だに年賀状などでやり取りが続いていたりしますw
 と言う訳で夏休み編の開始です! 一非君の意味深発言で締め括られておりますが、この意味が明らかになるのは次の章からなので、今はモリモリ幸せを噛み締めよう!!(意味深)
 そんなこったで次回もお楽しみに~♪

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    遅くなりましたm(_ _)m

    お話のそこかしこでなんとなく気になる不穏なワード。
    以前先生とフロンティアでチャットしていた時に仰っていた
    ”何せ「空落」の後番ですからね”
    という不穏な発言。
    とても嫌な予感がするのですが、今はモリモリ幸せ!

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      いえいえ~! お待ちしておりましたぞい!┗(^ω^)┛

      そうなんですよねw あちこちに不穏なワードが埋められてて、且つ「空落」の後番と言う最大級の不穏さ!w
      まぁアレですよ、当時ネタの段階で号泣したわたくしですからね、きっと大丈夫ですよ!w(何が!?w)
      今はこの幸せを噛み締めましょう…!ww

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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