2018年4月28日土曜日

【夢幻神戯】第1話 願いの対価、大禍の願い〈1〉【オリジナル小説】

■あらすじ
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ。対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」冒険者ロアは理不尽な死を迎え、深紅の湖の底に浮かぶ少女と契約を交わした。それは、世界を滅ぼすゲームの始まりであり、長い長い旅路の幕開けだった。
※注意※2017/06/04に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/9335
■第1話

第1話 願いの対価、大禍の願い〈1〉


「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ」

少女の声が虚ろに響く。
空が波を打ち、紅色の光が差し込む、空虚な空間で、白い無地のワンピースを纏った少女が、妖艶に微笑む。

「勿論、“無償で”とは言わないよ? 対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」

ボロボロに朽ちた椅子の上で足を組み直した少女は、上下逆さまに立っている少年――否、今頭上の水面から緩やかに降下している少年に、楽しげに囀る。

「……いいじゃろう。乗ろうか、その話」

少年の茫洋とした、併し確たる意志の付随した返答に、少女は小さく手を叩き、口の端を吊り上げる。

「じゃあ――――ゲームを始めようか!」

◇◆◇◆◇

――――時は半日遡る。

「なぁなぁじーちゃん。本当にじーちゃんって、昔の字が読めるのか?」

大陸三大国家の一つ、【燕帝國(エンテイコク)】の地方都市、【狛鳥(コマドリ】。
その貧民街の一角に、葉凪(ハナギ)ロアと言う少年の住処が在った。
今年で十八歳になるロアは、勿論孫がいる訳ではない。十八歳で老爺扱いされるほど早死にする世界にいる訳でもない。
「そうじゃよ、ワシは天才じゃからな!」
単純に喋り方が爺臭いため、貧民街の子供達から「じーちゃん」の愛称で呼ばれているに過ぎない。
廃材が放置されている路地裏の隅で、ロアは読み漁っていた文献から視線を上げると、目の前で自分を見上げていた少年に対して踏ん反り返る。
昼を少し回った頃の廃材置き場に人気は無く、ロアと少年以外に人影は見えない。
朽ちたパイプから滴り落ちる汚水の音が、静かに反響している。
少年はロアの反応を見てから、小さな紙の切れ端を見せた。
古めかしい紙片で、陽に焼けてセピア色に染まり、端はボロボロに擦り切れている。確かに文字が記載されているが、すっかり印字が擦れて見難くなっていた。
「これ、読める?」紙片を手渡しながら、少年は瞳を輝かせてロアを見上げる。
ロアは紙片を受け取ると、矯めつ眇めつして「これはアレじゃな、昔の紙幣じゃな」と呟く。
「しへい?」不思議そうに首を傾げる少年。
「紙のお金じゃよ」紙片――紙幣の一部分に指を当てながら告げるロア。「この文字をよく見とくれ。これを今の言葉に表すと、エン……一円、二円の、お金の単位じゃな」
「じゃあこれ、えーと、」紙幣を覗き込んで眉根を顰める少年。「百円なの?」
「そうじゃな」紙片を少年に返しながら頷くロア。「百円札、と言う、紙のお金じゃよ。……ところでお前さん、こいつをどこで拾ったんじゃ?」
「ダンジョン」あっけらかんと言い放つ少年。
「ダンジョンには近寄るなとあれほど言うとったのに……」はぁーっと重い溜め息を落とすロア。「まぁ、お前さんらなら、近寄るなと言われれば言われるほど近寄りたくなるもんじゃろうし、土台無理な話か」
「じーちゃんばっかりダンジョン潜るの狡いじゃん!」膨れっ面で口唇を尖らせる少年。「俺だってダンジョン潜って、財宝ザックザック手に入れて、大金持ちになるんだ!」
「そりゃまた、大層な夢じゃのう」
ロアは苦笑交じりに少年の頭を撫でる。
――ダンジョン。
いつから存在するのか分からない、謎の建造物。ロア自身、冒険者として活動しながら様々な文献を漁っているが、ダンジョンに就いての正確な情報は見た事が無かった。
世界各地に点在する謎の建造物、ダンジョン。中が迷宮のように入り組んだ造りのものばかりではなく、単純にワンフロアしかないダンジョンも存在する。
構造自体はダンジョン毎に違っているが、一つだけ同じ要素が有る。
“ルールが決められている”――と言う事。
例えば――“音を立ててはいけない”と言うルールが決められているとする。そのルールを破ると……つまり音を立ててしまえば、ダンジョンの外に放り出されたり、罠が起動したり、最悪、命を落としたりする。
ルールを守って最奥まで辿り着いた者には何らかの報酬が入る。そのため、冒険者ならダンジョンに潜る事が多くなるのは必然と言えた。
富、栄誉、名声、或いは特別な力を得るため、冒険者はダンジョンを見つけては、命を顧みず果敢に挑戦する。
ロア自身、一冒険者としてダンジョンに潜った事は有るし、その時々で特別な報酬を得た事も有ったが、特別ダンジョンに潜る事だけを仕事にしている訳ではない。
冒険者は確かにダンジョンに潜る事も有るが、基本的には「困っている人を助ける」のが主な仕事だ。
村や町の広場に設置されている掲示板に貼り出された依頼を受け、それを熟し、日銭を稼いで日々を過ごす。それが冒険者の日常であり、ダンジョン探索がメインの冒険者は少数派だ。
【燕帝國】は遥か昔……千年以上も昔の話だが、三大国家の【中立国】、【竜王国】の二国に同時に戦争を挑み、惨憺たる敗北を喫し、それ以降、没落の国として今なお零落の一途を歩み続けている。
それでも千年の歴史を歩んで、今なお国として在り続けられるのは、元は奴隷だった者達が冒険者として活躍し、国の内側から変えていったからだ、と言い伝えられている。
「……お前さんも、大きくなったら冒険者になるのか?」
読書に戻ってもなおロアの元を離れず、読めもしない活字に視線を落としている少年を見かねて尋ねると、少年は「ったりめえじゃん!」と表情を華やがせる。
「時代は冒険者を求めてんだぜ!? 俺さ、冒険者になったらここにいる奴らにご飯奢ってやるって約束してんだ!」
誇らしげに語る少年に、ロアは「やっすい約束じゃのう。せめて家を買ってやるぐらい言えんのか」と苦笑を浮かべてしまう。
「家~? 家か~、家な~」少年は顎に指を添えて俯いてしまった。「家か~……良いな! 家、在った方が、きっと皆喜ぶよな!」
「そうじゃな、いつまでも屋根無しじゃ困るじゃろ」書物に視線を落としながら鼻で笑うロア。「まっ、精々頑張るんじゃな。……言っとくが、字も読めんような奴が冒険者になれると思うなよ?」
「えっ!? 字ぃ読めなかったら冒険者になれねーの!?」思わずと言った様子で立ち上がる少年。「なぁじーちゃん、俺に字ぃ教えてくれよ! 頼むよぉ!」
「ワシ今忙しいから後でな、後で」しっしっ、と手で払う真似をするロア。
「じ~ちゃぁ~ん!」
少年にじゃれつかれながら読書に精を出していたロアだが、そこに別の少年が「じーちゃーん、お客さーん」と声を上げながら走ってきた。
「客? ワシに?」不思議そうに本を腰のバッグに戻すロア。「珍しい事も有るもんじゃな」
「何だっけ、“コゴ”っての読める人を探してる、って言ってたよ」
少年が指差す方向には、銀色の甲冑を着た上背の有る男と、灰色の外套を纏った短身の女の二人が佇んでいた。
ロアは「おう、分かったわい、字の勉強はまた今度の」と少年の頭を撫でると、二人組の方に歩み寄る。
改めて近づくと、銀甲冑の男の大きさが分かる。ロア自身、身長は百六十センチと小柄な体躯だが、男は百九十センチはあろうかと言う長身で、銀甲冑自体も大きく、威圧感が強かった。
女の方はロアと同じほど……百六十センチほどの上背で、狐のような顔立ちをしているのが印象に残る。
「ワシに何の用じゃ?」銀甲冑の方は首が痛くなるため、狐顔の女に視線を向けるロア。「ワシ、忙しいんじゃけど」
「貴様が古語を解読できる冒険者か」返答は銀甲冑の兜の奥からだった。「貴様には我々と共にダンジョンに潜って貰う。異論は認めない」
「断ると言ったら?」銀甲冑を観ずに尋ねるロア。
「そこのガキ共を殺す」
――ロアの瞳に初めて敵意の炎が点った。
銀甲冑を睨み据え、「……ここまで粗暴な依頼は初めてじゃなぁ。冒険者ギルドに通告すれば、貴様らがどうなるか、分かっとるんじゃろうな?」と口の端に邪な笑みを覗かせて告げるロア。
「あぁ、分かっているとも」応じたのは狐顔の女だった。「君が断れば、代人を立てるだけ。君が死んでも、代わりは幾らでもいる。“今までもそうしてきたし、これからもそうだからだ”」
慄然とする声で、狐顔の女は告げる。
併しロアは動じず、重苦しく溜め息を吐き出して、改めて睨み据えた。
「ガキ共に手を出すと言った以上、お前さんらと手を組むつもりは無い。帰れ」
「――“じゃあまず、右腕から”」
狐顔の女が右目を開いた瞬間、ロアの背後から少年の絶叫が弾けた。。
驚いて振り返ると、紙幣を持った少年の右腕が、“落ちていた”。
ロアが瞠目して駆け出そうとした瞬間、足が地面に縫い付けられたように動かなくなった。
「君も冒険者の端くれなら知っているだろう? ダンジョンを攻略した者には報酬が、“特別な力が与えられる”――と」狐顔の女の、楽しげな声が耳朶を打つ。「君が、無碍に断る事自体、“私は構わない”。その時は、このスラムに暮らすクソガキ共を諸共膾切りにして、新たに古語を読める冒険者を探すだけだからね。それで――“君は断ると言ったんだったかな?”」
――正気の沙汰ではないのう。
ロアは確信した。この二人は、普段目にする粗野な冒険者とは一線を画す、常軌を逸した連中である事を。
こんな事をすれば冒険者ギルドとて黙ってはいまい。賞金首として張り出され、冒険者の中でも犯罪者や賞金首を狙う“狩人”と呼ばれる者達に昼も夜も関係無く狙われ続ける事になる。
その事を知らないだけだとしたら、どれほど救われたか。そうではない事を、ロアは嫌と言うほど確信していた。
貧民街とは言え、真昼間から殺人を犯そうと言う人間が、“今までもそうしてきたし、これからもそうだからだ”と宣言しているのだ。手慣れている仕草からも確信を以て言える。
――狩人すら容易に殺せる戦力を有する組織に属しておるのか……!
「……ッ、」歯を食い縛るも、すぐに笑顔を覗かせて二人に振り返った。「断る訳が無いじゃないですか~! 受けさせて頂きますよ、えぇ勿論!」ペコペコと頭を下げて胡麻を擂るように手を擦り始めるロア。
「――それでいい」
銀甲冑の男が尊大に応じると、背を向けて歩き始めた。狐顔の女も右目を閉じ、「じゃあ行きましょうか」と平然とロアに背を向けて銀甲冑を追い駆ける。
「……」振り返り、右腕が切り裂かれて阿鼻叫喚を奏でる少年を見据えると、「……済まん」と呟いて二人を追い駆けるロア。
少年の悲鳴を背に負いながら、ロアは二人を睨み据える。
この二人をどうにかして冒険者ギルドに叩き出さねば、己と同じような被害者が増え続ける事になる。それだけは、絶対に阻止せねばならない。
殺してでも、止めなければならない――
併しロアはこの時気づいていた筈だった。狐顔の女の力に対抗できる術を持たない、己の無力さに。
それを半日後、身を以て思い知る事になる。

【後書】
どうも、日逆孝介です。半年ぶりくらいに新連載を引っ提げて参りました!
本来は半年前くらいに連載を始める予定だったんですけどね、色々な事情が絡み合って、半年もの時間が経過してしまいました。申し訳ないです……!
今回は後々有料配信に切り替えていく前提で投稿しているので、Blog【鎖錠の楼閣】とファンティア【日逆孝介の創作空間】でだけ配信して参ります。悪しからずご了承くださいませー!
と言う訳で、【夢幻神戯】。物語の方向性が定まるまでに時間が掛かり過ぎた、久方振りに書き出しが難産だった物語です。ようやく定まっても何かちゃうーわっちの綴りたい物は何かちゃうーとネタの時点で七転八倒しまくりでした。
そうして約半年の月日が流れ、「もうこれで行ったろ!」と書き出したのが、この物語になります。因みにこの【夢幻神戯】に込めた想いは、「冒険者の日常」と、「血腥い殺し合い」、そして「惨たらしい展開」です。
【戦戯】以上の残酷さ、そして【神戯】を上回る“日常”を、今回は綴って参ります。……誤字ではないですよ?
異世界ファンタジーの冒険モノは幾度と無く綴っておりますが、幾度綴っても飽きない位に大好きなので、今回も最後まで存分に愉しみ尽くして参ります。
予定では月刊連載になる筈です。当分は無料配信で投稿していきますが、何れは有料配信になりますので、また何卒宜しくお願い致します。
それでは次回、第2話「願いの対価、大禍の願い〈2〉」……魔的な少女と出逢う時、世界を滅ぼすゲームは始まる。お楽しみに!

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