2018年5月5日土曜日

【夢幻神戯】第8話 イクサキワミノムレ【オリジナル小説】

■タイトル
夢幻神戯

■あらすじ
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ。対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」冒険者ロアは理不尽な死を迎え、深紅の湖の底に浮かぶ少女と契約を交わした。それは、世界を滅ぼすゲームの始まりであり、長い長い旅路の幕開けだった。
※注意※2017/09/30に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公

■第8話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/20491

第8話 イクサキワミノムレ


「――ロア君は甘いねぇ。つくづく、甘い」

頭上からの楽しそうなお節介の声に、併しロアは何も返さずに陰険な眼差しを宵闇に沈む街の外に向ける。
場所はロアが宿泊する宿屋の屋上。本来は客が立ち入れる場所ではないのだが、ロアは勝手に上り、今はそこで夜風を愉しんでいた。
「それとも、新米の冒険者に蜜を吸わせてあげたいのかにゃぁ?」
アキがふわりと舞い降り、愉しんでいた夜景を阻害するように立ち塞がる。ロアは鬱陶しそうに手を振り、溜め息交じりに囁いた。
「七面倒な事じゃが、お前さんのせいで、あの能天気な新米と、自称淑女を世話せにゃあならんからの」
「世話をしろなんて願いは無かったよぉ? それなのに率先して世話をしたがるなんて、君は随分と女の子に甘いんだねぇ? 見惚れちゃったのかなぁ?」
「――では訊くがの、あやつの願い、“冒険者として一緒に切磋琢磨する仲間が欲しい”――それも“ずっと”。この願いは、あの小娘が死んだ時点で反故になる――違うか?」
鋭い眼差しで睨み据えるロアに、アキがとても楽しそうに口唇を歪めた。
「お察しの通り、天羽ユキノが死んだ時点で、一生その願いは達成されないねぇ」
「そうなった瞬間、ワシはどうなる? お前さんの願いを一つ、一生叶えられないのじゃぞ? お前さんに願いを叶えて貰えなくなる、“だけではない”――そんなリスクを払ってまで、あやつを放置など出来るか、戯け」
あくまで推測の領域であって、確証は無い。
けれど――けれど、もし仮にアキの願いを叶えられない環境に陥った時、己自身に何か“良くない”事が起きるのであれば、それは忌避したい。
何せ相手は過去、この世界を滅ぼそうとした張本人でもある神様なのだ。代償が重くない筈が無い。
アキはニヤニヤと笑むだけで、答を告げない。それこそが、最悪の顛末を想像させるには充分な答になっていたが。
「それともう一つ問うがの、お前さん、“トウの願いを叶えられるのではないか?”」
遠くに沈んだ太陽の残滓が完全に消え失せた宵闇の空に、星々が瞬き始める。
視線を地上に下ろせば、【黒鷺】の冒険者が一仕事終えて帰ってきたのだろう、銘々に声を上げながら、宿の入り口へと吸い込まれていく。
牧歌的な光景を見下ろしながら、ロアはアキからの返答を待った。
「“叶えられるよ”、勿論」
果たして得られた返答は、ロアの望んだ回答だった。
故に、ロアは無機質な瞳を階下に落としたまま、沈黙を返す。
「〈元戻〉の呪い、だったね。よゆーよゆー、一瞬で解呪しちゃうよ」ケラケラと笑いながら続けるアキ。「でも君は、そんな残酷な事はしないよねえ? 不老不死なんて叡智を体現した超人を、まさか凡人に堕としてしまうなんて惨たらしい事、君は出来ないよねえ?」
「……」
アキの嘲弄に、併しロアは何も返せなかった。
アキの言い分も、理解できない訳ではなかったからだ。
トウは不老不死の呪いに掛かっている。本人はその呪いから解放されたいと願っているが、その在り方はロアから見れば歪だ。
人間が求めて止まない永久の命を手放したいと考える者など、俄かには信じ難い。
命を冒涜している、とは思わないが、トウの思想をバッサリ切り捨てれば、彼女はつまり、死にたがっていると言う事。
呪い……不老不死の状態を呪いと言うのは些か不思議な話だが、彼女が呪いと言うのであれば、その呪いから解放された彼女が為す行為など、容易に想像が出来る。
――自死。理由は不明だが、彼女は命を捨てたがっている。
そう考えるのが自然だが、ロアはその思考が正しいとは即座に判断できなかった。
彼女は確かに死を求めているのかも知れない。けれど別の理由が、不老不死を呪いたらしめている――そう、ロアは感じた。
「爺ちゃん上がったよー! 爺ちゃん? あれ? 爺ちゃんどこー?」
「お爺様なら先程出掛けて行きましたよ。一人になりたいのだとか」
「そうなんだ。散歩かな? 夜の散歩って、ドキドキするよね!」
「淑女が夜道を歩くのは危険ですよ。次からは、私もお供しますからね?」
「父さんも女の子なんだから、一人で勝手に出歩いちゃダメだよ?」
階下から聞こえてくる黄色い笑い声に、ロアは人知れず溜め息を漏らしていた。
何の苦労も知らない、貴族の小娘と、行き倒れの自称淑女。先が思いやられるどころの騒ぎではない。
「良いよねぇ、惨たらしい事を知らなさそうな子って」ロアの頭上で、アキが愉しそうに口唇を三日月に刻む。「これからどんな地獄を見せてあげようかって考えるだけで、濡れてきちゃうよねぇ」
「神と言うても、下種と然して変わらんのじゃな」鼻で笑うロア。「いや、下種が退化すると禍神になるのかのぅ」
「ニャハハハ! 禍神だって元は人間だもの、君と然して変わりは無いよ」嬉しそうにロアの周りを浮遊するアキ。「次に願いを告げるのは君の番だぜ? 何を叶えて欲しい?」
「願いはまだ言わんよ、その時が来るまでのう」と言って、ロアは欄干から離れ、立ち入り禁止の札が下げられた扉から、階下へと戻って行く。「お前さんがいると、考え事をしたくても纏まらんわい、ちと黙っとれ」
「神託に対して黙れとか、信心深い人が聞いたら殴り殺されそうだよねぇ」
二階の一室、本来そこがロアが宿泊する部屋だったのだが、急遽四人部屋を借りて、そこにユキノとトウを放り込んである。
トウは【黒鷺】に来て日は浅いものの、ロアとユキノよりも生活している時間が長く、宿屋も別に取っていたのだが、ユキノが今日【黒鷺】に来たばかりで、且つ宿も取っていないと言う話から、三人で活動するなら宿も一緒の方が良いだろうと提案し、この形に落ち着いた。
ロアの観点で言えば、二人が勝手な行動をして別れる事になった時点で、願いを叶える術が無くなるため、それをなるべく回避したくて取ったアクションなのだが、ロア自身はこの選択を快く思っていなかった。
誰かと群れるのは好まない。今まで一人で活動していたのは、特定の人物と親密になりたくなかったからだ。
併しその理想は崩れ去り、否応にも二人の信頼を得なければならなくなった。生きていくには、己の利を貪るためには。
「あっ、爺ちゃん! お風呂上がったよ! わたしが最後だったから、今頃男風呂になってるんじゃないかな!」
湯上りである事が一目瞭然の上気した顔で、ユキノが手を挙げる。ロアは「分かったから大声を出さんでくれ、お前さんの声は通り過ぎて、外にまで聞こえとるぞ」と疲れ果てた様子で手をヒラヒラ振るに留めた。
「えっ、わたしの声大きかった!? ごめーん! 爺ちゃん、耳が遠いかと思って、ついうっかり大声に!」
「……いや、だからの? ワシ、口調は確かに爺臭いかも知れんが、お前さんらと大して変わらん歳じゃからな? 言うとくけど」ジト目でユキノを見据えるロア。
「えっ、そうなの!?」「すぐにその事実を忘れそうになりますね……」
ユキノの素っ頓狂な反応と、トウの感慨深い溜め息に、ロアは呆れ果てた様子で、部屋から着替えを取ると、何も言わずに部屋を去った。

◇◆◇◆◇

宿屋の一階の奥には、小さいながらも浴場が在り、そこは時間帯と客の入りで、女風呂と男風呂に分けている。
暖簾を見て、今は男風呂になっている事を確認したロアは、脱衣場で服を脱ぎ、――ようやっと違和感に気づいた。
「……何で昨日、気づかなかったかのぅ……」
昨日から着ていた服には、“一切の傷痕が付いていない”。
アキと遭遇する事態になった、あの悪夢を思い出す。
不可視の攻撃を受けて、真っ赤な湖に落とされた、あの事件を。
その不可視の攻撃は、少年の腕を切り落とす程に鋭利で、且つ暴力的な脅威だった筈だ。
そんな悍ましい攻撃が直撃したからこそ、ロアは湖に叩きつけられて、――死んだ、筈なのだ。
アキの力で復活を遂げたのは、理解できる。この禍神と名乗る、己以外の人間にとっては不可視の存在であるアキの力が、それだけ尋常ならざるものである事は、叶えて貰った願いからも、察せられる。
「おい、アキ。ワシの体は今、どうなっとるんじゃ……?」
ズタズタにされた筈の服は、傷一つ無く。
体を破砕した筈の攻撃の痕跡は、肉体にも確認できず。
全てを復元したのであれば、それは一時的なものか、“永久的なものか”。
そう思って呟くも、返答は得られなかった。
「アキ……?」と反芻して周りを見回すも、彼女の姿は見受けられなかった。
あれだけ口喧しくロアの周りを飛び回っては嘲り笑う悪魔が、今はいない。
それを訝しく思うのも数瞬だった。
同じ脱衣場に、もう一人の客の姿が見えた。
二十代に見える、長身の男。細身だが、引き締まった筋肉がシャツの上からでも分かる。
右目が、火花を散らしていた。
「済みません、お話し、良いですか?」
男は柔らかな物腰で、そう尋ねてきた。
ロアはその時点で既に察していた。この男は、“不味い”と。直感が、本能が、告げている。
「……何のお話し、ですかね?」
怪訝に、けれど不審がらせないように、懸命に声を震わせないように、問い返す。
男は穏やかな表情を浮かべたまま、距離を縮める事も、測る事も無く、脱衣場の入り口の辺りに立ったまま、話を続けた。
「“イクサキワミノムレ”、って、知ってますか?」
「知りません。聞いた事も無いです」即答するロア。
「あー、そうですか、まだ知名度もそんなですしね、うんうん」一人で納得したように首肯を始める男。「では、――“ギンジ”と“ヨウ”……って、知りませんか?」
「知りません。聞いた事も無いです」
抑揚を付けずに、先刻同様の素っ気無さで、ロアは即答した。
内心、緊張感で脂汗が酷かった。この男は、不味い。こんな早くに捕捉されるなど、どういう事なのか。そんな事ばかりが脳裏を過ぎる。
男はロアの即答に違和を感じなかったのか、「あー、そうですか。“名前を知らずに殺してしまう人でしたか”」と、淡々とした口調で呟いた。
ロアは鉄面皮を崩さず、「名前を知らずに、殺してしまう……?」と怪訝な表情を作って、問い返す。
「もしかして、記憶が無いんですか?“名前も変えられたようですし、記憶を改竄されたのかなぁ”」悩ましげに俯いた後、改めてロアに視線を向ける男。「“葉凪ロア”さん、でしょう?」
――これ以上、隠し通せる気はせんのう。
ロアは一つ溜め息を落とした後、相手が即座に襲い掛からない事を確認してから、作っていた表情を解いて、睨み据えた。
「……何者じゃ、お主」
「僕はイクサキワミノムレ……えぇと、“戦を極める群れ”と書いて、“戦極群(イクサキワミノムレ)”って言うんですけどね、その集団の幹部の一人で、名を秋風(アキカゼ)シスイと言います」軽く会釈をする男――シスイ。「たぶんもうお察しだと思いますが、あなたが殺害したお二人……火瑞(ヒズイ)ギンジ、暴雷(アバライ)ヨウは、僕と同じ幹部だった人でして」
「……復讐、か?」
パンツ一丁の今、唯一の武器である魔剣は脱衣籠の中であり、恐らくそれでは歯が立たない相手である事も明白。
万事休すと言った状態だが、シスイは小さく首を振って、在ろう事か仇であろうロアに笑いかけた。
「いえいえ、僕にはあの二人を殺された事に対する憎悪は有りません。寧ろ感謝の念すら覚えます、不謹慎ですけどね」
「……同胞を殺された割には、おかしな事を言うのう」
「えぇ、そうですね。恐らく僕以外の仲間は、多かれ少なかれ憎悪を懐くでしょうけど、あの二人はその……」苦笑を浮かべ、頬を掻くシスイ。「戦極群の中でも、問題児でしたから……」
「……その点に関しては、全く同意じゃな」
容赦なく子供に手を掛け、ダンジョン攻略のためなら他の冒険者の犠牲も厭わない、暴力の化身とも呼べる二人を思い出し、げんなりと溜め息を吐くロア。
その気苦労を慮ってか、シスイは「いやはや、仲間の事ながら、申し訳ないです」と小さく頭を下げた。
「それで、その問題児の同志を成り行きで喪ったお前さんは、最後に遭遇したワシを探し出して、一体何をさせたいんじゃ?」
復讐を遂げたいのであれば、既に屍を晒していてもおかしくない。併し、そうはならなかった。確認の確認を経ても、すぐに襲い掛かる様子を見せないシスイに、ロアは不審の眼差しを向ける。
シスイは、あの問題児二人と同じ組織の人間とは思えない程に穏やかで、且つ優しげな表情で、言い聞かせるように、ゆっくりとした語調で応じた。
「――あなたに、仲間に――戦極群の一人に、なって欲しいのです」

【後書】
アキさんは全知ではないですけど全能の神と言う認識で殆ど間違ってないのです。彼女の力が有れば、名の通り“何でも叶う”。それぐらい、この世界の最高位に位置する神って事なのです!
と言う訳で遂に接触を果たした群れのお兄さん! 通称キックお兄さん!!w 彼の申し出にロア君は……! 次回、第9話「群れの勧誘」……ざわめく夜はまだまだ始まったばかり! 次回もお楽しみに!

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