2018年5月4日金曜日

【夢幻神戯】第7話 薬屋・病木【オリジナル小説】

■タイトル
夢幻神戯

■あらすじ
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ。対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」冒険者ロアは理不尽な死を迎え、深紅の湖の底に浮かぶ少女と契約を交わした。それは、世界を滅ぼすゲームの始まりであり、長い長い旅路の幕開けだった。
※注意※2017/09/06に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公

■第7話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/17964

第7話 薬屋・病木


「ところでお前さんは何でまた薬屋なんか行く途中だったんじゃ?」

 薬屋への案内を改めてお願いし、ロアはトウの後を付いて歩きながら、ふと疑念となったその質問を発した。
「お前さん、元に戻る呪いに掛かっとるなら、そもそも薬は必要とせんじゃろ?」
 不老不死に等しい彼女なら、一晩経てば言葉通り元通りなのだから、薬に因る治療は必要無い――そうロアは思って尋ねたのだが、トウは「お恥ずかしい話なのですが……」と照れ臭そうに頬を掻き始めた。
「一晩で元に戻るのは確かにそうなのですが、どうしても痛い時は即効性の有る薬を使わないと、痛みで狂いそうになるんです」困ったように眉をハの字に下げ、前を行くトウ。「死ぬほどの怪我をしても、死んだとしても、翌日にはいつも通り目覚めるのですが、出来る事なら死なないように過ごしたいですからね」
「お前さんは一体どんな生活を普段送っとるんじゃ……」
“死なないように過ごしたい”と言う言葉の端々に漏れる血腥さに、ロアは思わず敬遠するようにトウから距離を取る。
「そうだよねぇ、死なないって分かってても、死にたくないよねぇ」顎に拳骨を添えながらうんうん頷くユキノ。「死ぬほど痛い目に何度も遭いたくないもんねぇ。父さんって、凄い苦労してるんだねぇ」
「お前さんが言うと何故か呪いがふわふわしたものになってくるのう」仏のような微笑を浮かべてユキノを見やるロア。「じゃが、確かにそうじゃの。一晩経てば確かに元に戻るかも知れんが、それまで痛覚はそのままで、死んだとしても次の日には元通りともなれば、不老不死もちと考え物じゃのう」
 そもそもそんなに死に瀕する事態に見舞われる時点で不老不死もへったくれも無い気がするが、とロアは思っていたが、それ以上は口に出さなかった。
「ここです、薬屋」
 トウが指差す先には、木造の小ぢんまりとした店舗が見えた。
 立て看板には“薬屋・病木”と記されている。
「“クスリヤ・ビョウキ”と読むのかのう」冷めた視線で看板を見やるロア。「マトモな薬屋じゃない雰囲気がひしひし伝わってくるわい」
「病の木と書いて、“ヤミキ”って呼ぶんだそうですよ」ロアを振り返って訂正の声を上げるトウ。「病木(ヤミキ)ミクさんのお店ですから」
「誤解されそうな名前じゃのう」
 げんなりと肩を落としながらも、薬屋の扉を押し開いて中に入るロア。
 中は外より明度の落ちたような暗さを保持しており、カウンターの他には来客用のものだろう、丸いテーブルと一対の椅子が用意されている。棚には薬品が入っているであろう小瓶が並び、カウンターの奥には眼鏡を掛けた女が分厚い書物を手に、カップのコーヒーを飲んでいる姿が見えた。
「いらっしゃーい」扉が開いた音で反応したのだろう、こちらを見ずに声だけが飛んできた。
「雑な応対じゃのう」正直に呟くロア。「お前さんが依頼主のミクか?」
「ん? 依頼主?」単語に反応して書物を閉じると、眼鏡のブリッジを押し上げて改めてロアに視線を向ける女。
 白衣姿の、貧相な体つきの女。サイズが合っていないのか、すぐにずり落ちる眼鏡を再び押し上げ、ボサボサの髪を掻いてフケを落とすと、ロアの手に有る依頼書を見て、ポン、と手を打った。
「依頼、受けてくれるのかい?」顔を華やがせる女。
「そうじゃが、お前さんがこの薬屋の主のミクとやらか?」
「そうそう、あたし。あたしがミク、病木(ヤミキ)ミク」自分を指差してにへー、と笑う女――ミク。「良かったぁ、困ってたんだよ、依頼を受けてくれる人がいなくてさぁ」と言いながらカウンターの奥に戻って行く。
「確かに依頼を受けられなさそうな奴じゃわい」カウンターには向かわず、来客用の椅子に座るロア。「実入りは良さそうじゃが、受けられないのは、お前さんの態度にも問題が有るんじゃろ」
「爺ちゃん! 初対面の人に対して、失礼だよ!」ロアの眼前に人差し指を突きつけるユキノ。「態度が悪くても、態度が悪いって言っちゃいけないんだよ!?」
「お前さんも自覚が有るのか無いのか知らんが、ズバズバ言うのう」苦笑を禁じ得ないロア。
「ははは、ごめんねぇ、あたしマイペースでさぁ、他人に興味無いから、いつもこんな感じなの、ごめんねぇ、へへへ」にへーと笑ったままカップのコーヒーを啜り始めるミク。「あぁ、で、依頼だったね。火消草を探してきて欲しいんだけどね、三十個で二万ムェンって書いてあったでしょ?」
「数次第で追加報酬も考えるとあったのう」
「あんまり採取し過ぎると、次に採取する時に大変になっちゃうからさ、数じゃなくて、場所を変えて欲しいんだぁ」飲み干したのか、カップをカウンターに置き、ペタペタとスリッパを鳴らして、奥の部屋からポットを持って来て、カップに湯気の立ち上るコーヒーを注ぐミク。「火消草ってね、日陰に生えてる事が多いんだけど、【黒鷺】の近場は、困った冒険者が粗方採取し尽くしちゃってさ、無いんだよ」
「悪い冒険者もいるんだねぇ」ロアの向かいに腰掛けて頬を膨らませるユキノ。「あっ、爺ちゃん、悪い神様だったね! 悪い冒険者を何とか懲らしめられないかなぁ?」
「悪い神様が悪い冒険者を懲らしめるのか?」不思議そうにユキノを見やるロア。「それは善い神様にお願いしたらどうじゃ」
「では、【黒鷺】から離れた地域で火消草を採取してくればいいのですか?」薬品の入った小瓶の並ぶ棚を見つめていたトウが不意に呟いた。
「待て待て、お前さんは関係無いじゃろ」思わず話を遮るロア。「これはワシと姉ちゃんの依頼じゃ、お前さんまで連れて行くつもりは無いぞ」
「何を仰いますか」ロアに向き直り、胸に手を添えるトウ。「私の呪いを解くと約束してくれたのですから、私はそれに報いる行動をしたいのです。どうか、私の呪いが解けるまでは、一緒に行動させてください」
 ――また面倒臭い事になってきたのう。
 解呪の約束はしたが、それに厳密な期限は無い。ロアとしては、のんびりと時間を掛けて取り掛かる事案であり、今すぐどうこう、と言う気はサラサラ無いのである。
 故に、彼女とはここで一旦別れ、また改めて解呪の方法が判ったら連絡を……と思っていたのだが、トウの熱い眼差しは、断れそうに無い事象である事を克明に示していた。
「分かった分かった、じゃあお前さんも手伝ってくれ、言っとくが報酬は等分じゃぞ」やれやれと肩を竦めるロア。
「報酬まで分けて頂けるなんて……! お爺様、貴方はやはり神様としか……!」救われたような表情で拝み始めるトウ。
「君、若そうに見えるけど、お爺ちゃんなんだね」コーヒーを啜りながら呟くミク。「冒険者が増えるのは構わないけど、報酬は増えないからねー」
「数次第で増えるんじゃなかったのかのぉ」冷めた視線を向けるロア。
「んー、じゃあ五十束で三万ムェン増やそうかぁ」明後日の方角を見ながら呟くミク。
「やる気が無い上に適当じゃのう」見てると欠伸が伝染り始めるロア。「まぁええわい、初めての面子でのクエストじゃしの、あんまり気負わずに行こうか」よっこいしょ、と掛け声を上げて立ち上がるロア。
「あっ、火消草ってどんな見た目してるか知ってる?」棚に寄りかかりながらロアに視線を向けるミク。「知らないなら本見せるけど」
「ワシは現物を見た事が有るからの、現地で二人に教えるわい」振り返らずに店を出て行くロア。「五十束でプラス三万ムェン、しっかり聞いたからの?」
 ロアの視線には挑戦的な感情が含まれていたが、ミクは小さく手を振るだけで、反応らしい反応は無かった。

◇◆◇◆◇

「爺ちゃん、どこ行くの?」
【黒鷺】の外に出て早速採取の冒険に出発――と言う事は無く、ロアが向かったのは【黒鷺】の商店区だった。
 様々な店が立ち並んでいるが、どれも木造で、頼りない見た目をしている。強風でも吹き荒れた日には、倒壊してもおかしくない、とは言い過ぎだが、それくらいに古びた、如何にも崩れそうな見た目の店舗が多い。
 客の殆どが冒険者で、冒険の準備のために道具を買い揃える者や、貯蓄するために素材を購入する者、稀少な素材を売却に来る者など、様々な用事を理由に訪れている。
 ロアは或る店の軒先に入ると、二言三言言葉を交わし、すぐに出てきて「あっちじゃ」と二人を先導して商店区を進んでいく。
「ねぇねぇ、冒険に行かないの?」ロアの服の袖を引っ張るユキノ。「このままじゃ日が暮れちゃうよ?」
「出発は明日じゃ、今日は準備だけに専念する」目的地に着いたのか、ロアは軒先に入り、店主に声を掛ける。「筒袋を一つ用意したいんじゃが」
「おう、大きさはどれくらいだ?」店主の大柄な男がロアに振り向いた。
「この姉ちゃんに合うサイズで頼む」と言ってユキノを示すロア。
「ん? わたし?」自分を指差すユキノ。
「姉ちゃん、見慣れねえ恰好だが、冒険者なのか?」不思議そうに見つめた店主だが、「ちょっと待ってな、その服に合う筒袋を今、見繕ってやっからよ!」と店の奥に行ってしまった。
「お嬢さんの恰好は、冒険者の中でも稀有な雰囲気ですよね」トウが顎を摘まみながらまじまじとユキノを見つめる。「巫女のような格好でも有りますし。【中立国】の装束にも似ています」
「あっ、やっぱり分かる?」クルっとその場でターンを踏むユキノ。「これね、【中立国】の神事でさ、奉納の舞ってのが有るんだけど、その時に着る服を、冒険者用に縫い直したの! 可愛いでしょ? えへへ」
「とても可愛らしいです」コックリ頷くトウ。「お嬢さんにとても似合っていますよ」
「えへへ、ありがと!」照れ臭そうに頭を掻き始めるユキノ。
「……ちょっと待て」眩暈を覚えたのか、ロアが目元を押さえて俯く。「【中立国】の神事の、奉納の舞で着る服……? お前さん、まさかとは思うが……奉納の舞を踊る、舞姫……ではない、よな?」
「そうそう、それそれ」ロアを指差してコクコク頷くユキノ。「わたし、舞姫なんだけど、お姉ちゃんに無理言って、今は冒険者してるの!」
「……冗談じゃろ……」呆れ果てて言葉が出てこない様子のロア。「お前さん、お嬢様ってもんじゃない、上流階級の中でもその更に上級、【中立国】の生ける国宝じゃねえか……」
【中立国】では、毎年夏の終わりにお祭りが行われる。
“神災慰霊祭”と名付けられたそのお祭りでは、神事として“奉納の舞”が行われる。これは過去、禍神に世界を滅ぼされかけた事から、もう二度と禍神に滅ぼされないように、舞姫が舞を踊って、禍神を愉しませよう、と言うのが起源とされる神事である。
 舞を踊れるのは、奉納の舞を受け継いできた一族だけ、と聞かされていたが、まさかその一人が眼前にいる少女だと、誰が想像できただろうか。
 照れ臭そうに頭を掻いているユキノから視線を逸らし、ちらっとアキを見やるも、彼女はどこ吹く風と言わんばかりに、ニヤニヤと悪い笑みを覗かせてロアを見下ろしている。
「何だってそんな深窓の令嬢みたいなお前さんが、冒険者なんて危険な生業しとるんじゃ」訳が分からないと言った様子でユキノを見やるロア。「大事な神事ほっぽりだしてするもんじゃあねえだろう」
「わたしね、困ってる人を助けたいの!」ロアを見つめて、ニパッと笑むユキノ。「わたしはそのために冒険するの! それに、奉納の舞を踊れるのは、わたしだけじゃないからね! お姉ちゃんが二人いるんだよ!」
「困ってる人を助けたい、のう」
 冒険者の殆どは、そんな綺麗な夢を懐いて活動している訳ではない。
 莫大な富を手に入れるため、名声・名誉を得るため、強大な力を宿すため……己の欲を満たすために、一番手っ取り早い職業が、冒険者だっただけ。
“困ってる人を助ける”ために冒険者になる人間など、ロアは初めて見る。
 ……それぐらい、この世界は今、腐っているのだとも、言える。
「素敵な心掛けですね」トウが穏やかな微笑を浮かべて頷く。「困ってる人を助けたいと言う想い、私も同じ想いで活動していますから、淑女の理念にも通じます」
「……」
 ――お前さんが困ってる側の人間だったがの。
 と、ツッコミを入れたくて仕方なかったが、ロアは呆れ果てた表情を見せるだけで、何も言わなかった。
「だからわたし、爺ちゃんは凄いと思ってるの!」グッと拳を固めてロアを見据えるユキノ。「見ず知らずの人にご飯を奢ってあげるだけじゃなく、願い事まで聞いて、叶えようとするなんて、そうそう出来る事じゃないよ! 見習いたいよ!」
 ふんふん、と鼻息荒く語るユキノに、ロアは鬱陶しそうに溜め息を落とした。
「ワシはそんな出来た人間じゃない。悪い神様の言う通りにやってたら、そうなっただけじゃ」
「それ、悪い神様なの? 本当に?」不思議そうに小首を傾げるユキノ。「善い事してくれてるんだから、善い神様じゃない?」
「……」
 ユキノの発言には応じずに、チラッとアキを見やると、彼女はするりと近づいて来て、呟いた。
「良い子だねぇ? うっかり縊り殺したくなっちゃうよぉ♪」
「……」
 ――これが善い神様だったら、悪い神様って何じゃろなぁ。
 そんな事を思いながら、段々と表情が仏のような悟り顔に近づいていくロアなのだった。

【後書】
「困っている人を助けたい」と言える冒険者がこの世界では少数派に入ると言う設定ですが、ユキノちゃんとトウさんはその少数派の人間と言う設定なので、ロア君含めて世にも珍しいパーティなのですな!
 と言う訳でまずは最初のクエストと言えば! 採取クエストでしょ!!(モンハン脳) 冒険者もハンターも一緒です、まずは簡単なクエストからコツコツ地道に信用をうんたん。
 と言う冒険者としての活動に専念したいのは山々ですが、ロア君には悪神が憑いてるんだなぁ。次回、第8話「イクサキワミノムレ」……不穏な影が無くては面白くない! お楽しみに!

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