2018年5月26日土曜日

【夢幻神戯】第14話 猟竜の棲む森〈2〉【オリジナル小説】

■タイトル
夢幻神戯

■あらすじ
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ。対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」冒険者ロアは理不尽な死を迎え、深紅の湖の底に浮かぶ少女と契約を交わした。それは、世界を滅ぼすゲームの始まりであり、長い長い旅路の幕開けだった。
※注意※2018/02/12に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公

■第14話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/33644

第14話 猟竜の棲む森〈2〉


「旦那。依頼の話と、あたしの主からの話、どっちから聞きたい?」

 ユキノとトウに猟竜討滅の依頼を出した時より二時間ほど時間は遡り、まだ日も昇っていない時間帯から活動を始めたロアの元に、ユイが姿を見せた。
 いつもの狼の毛皮を纏った姿にも見慣れてきたが、ロアは昨夜冒険者ギルドから貰ってきた依頼書の写しの束から視線を上げると、「お前さんの、主?」と眉根を顰めた。
「お前さん、やはり誰かに雇われておったのか」
「旦那、もしかして疑問に思ってなかったのかい?」ロアの隣――ベッドに腰掛けながら、不思議そうに眉を持ち上げるユイ。「あたしがあのタイミングで、旦那の前に現れたって、本気で偶然だって思ってたのかい?」
「……」瞳に険をくべるも、ロアは小さく吐息を吐き出して応じた。「お前さんの言動も、アキと同じじゃ。どれを信じても馬鹿を見そうでな」
 そう前置きすると、ロアはユイに冷酷な視線を注ぎ込んだ。ユイは動じる事無く、それをニヤニヤした笑みで返す。
「寧ろお前さんからその話をしてくるたァ思わんだがね。――まずは、お前さんのご主人の話から聞こうかの」
「ははっ、旦那は話が早くて助かるね」嬉しそうに口角を釣り上げ、ガムを風船のように膨らませるユイ。「旦那とアキ――禍神の事を、主は“庭師”、或いは“剪定者”と呼んでるんだけどね、どういう意味かぐらいは、旦那も判ってるんだろ?」
「――人類を滅ぼす行為を剪定に例えるとは、中々洒落の聞いた名詞じゃの」呆れた風に鼻息を落とすロア。「ワシには人類のような巨木を伐採する程の力は無いがのう」
「あたしの主は、旦那と同じ庭師さ」
 ロアの瞳が見開かれる。ユイは愉しそうに口笛を吹いた。
「そうそう、それそれ。あたしは旦那のそういう顔が見たかったのさ」
「……つまり、ユイ、お前さんも不老不死……なのか?」
「答はノーだ。あたしは普通の人間。あたしは禍神には仕えてないが、あたしの主は庭師。……と言えば、流石に分かるだろう?」
「……そうじゃな、禍神とその下僕が同じ思想を有するとは限らんしのう、――ワシみたいに」ククッ、と苦笑を浮かべるロア。「それで? その庭師の主が、一体ワシに何の用が有る? 共闘しよう、とでも申し出るつもりか?」
「この二ヶ月間、旦那の傍で観察していたけれど、旦那、禍神の力を一度も行使しなかったろう?」ユイの瞳に鈍い輝きが差す。「禍神の力を使う事は、世界の理を逸脱する行為だからさ、世界が歪むんだ。うちの主が上手く世界を観測できなくなる。だから困るのさ、そもそも旦那の存在がね」
「……何が言いたい? ワシが優等生だから禍神の力を使わなかった賞でもくれるのか?」
「その力、人類のために使う気は無いか? ……って、主が訊けって煩いのさ」
 小鳥の囀る、平和に満ちた声が聞こえてくる。
 外は日が照り始め、日の出を迎えたばかりにも拘らず、もう気温が上昇を始めていた。
 古びた冷房設備がゴトゴト唸る音を背景に、ロアは瞑目していた瞳を開き、ユイに視線を向けた。
 ユイは、真剣な表情でロアを見つめている。
「ワシはこの力を、人類とか、世界とか、そんな御大層なものに使うつもりは、“無い”」
 はっきりと、断言する。
 これ以上尋ねるなと、言外に込めて。
 ユイは真剣な表情を崩すと、反動をつけてベッドから立ち上がり、いつものようにガムを咀嚼し始めた。
「旦那の面白い所はさ、どう考えても本物だろって話が偽物で、どう考えても偽物だろって話が本物な所だよなァ」ケラケラ笑いながら、ユイはテーブルに腰掛けて、ロアを正視した。「旦那はやっぱり人類側の人間だよ、今改めて確信した」
「ワシの願いはワシのためだけに使う。当然じゃろう、一度殺された分、ワシにはこの現実を愉しむ権利が有る」ニヤッと口角を釣り上げるロアだったが、途端に疲れ果てたような溜め息を覗かせた。「ユキノとトウがおらなければ、もっと自由じゃったんじゃがな」
「旦那は自由じゃないか」パッと手を広げるユイ。「神様の力でやりたい放題し放題! 願いを言えば叶うんだぜ? なのに――何で、二ヶ月も何も叶えないのさ」
 願いを言えば叶う。それは思うままに世界を変質させ、改革させる力だと言う認識は有った。己の欲望のままに世界を変えられる事に、誘惑を感じなかった訳でもない。
 ただ、悪夢の少女が、その行動を極端にセーヴしていた。
 支配者としての業。神としての業。そういう不可視の枷が、ロアの行動を徐々に徐々に、制限していく。
 もっとザックリ言えば、ロア自身認めたくは無いが、恐ろしくなってきたのだろう。
 世界を滅ぼすゲームに参加してしまっている現在、迂闊に願いを消費して、いざと言う時に地獄を見るのは、恐ろしい。
 備えとしての、沈黙と言えた。
「願いの無い人間はいないんだぜ、旦那。願いを言えない人間も、いないんだ」
 ユイの、独り言のような呟きに、ロアは再び瞑目した。
「……庭師じゃからな、人間じゃアない」
「あたしが訊きたかったのは、うちの主の指示に従えるか否かだったからね、その話はもうやめとくよ、偽物ばかりになりそうだし」
 退屈そうに欠伸を滲ませるユイに、ロアは不貞腐れたように「あ、そう」と溜め息を吐き出した。
「依頼の話」人差し指と親指を立てて、拳銃のようにロアを指差すユイ。「猟竜討滅作戦に参加して欲しいんだってさ」
「猟竜? 新米冒険者三人に猟竜とはまた、難儀な事を言うのう」
「旦那は経験済みだろう?」
「さて、どうじゃったかな」
「冒険者ギルドに納められている葉凪ロアの冒険記録は全部閲覧済みだよ、旦那」ニヤァ、と悪い笑みを覗かせるユイ。「尤も、旦那が冒険者を始めた四年前より以前の話は追えてないけどね。言っても聞かせてくれないと思うけどさ」
「聞かせる過去なぞ無いわい。ワシには今しかないからのう」
「――それだよ」パチンッ、と指を鳴らすユイ。「旦那には過去が無い。何でこれが本物なのか、あたしには興味が湧いて仕方ないんだ。旦那。旦那には、本当に過去が無いのかい?」
 真贋を見極められるが故の関心。
 過去が無い人間がいるのかと言う疑念。
 ユイの感覚でどう捉えられているのか分からないが、ロア自身の記憶に、過去は存在しない。
 厳密に言えば、五年前――冒険者として活動を始めるより更に以前、冒険者として活動を始めるちょっと前より以前の記憶は、一切残っていない。
 にも拘らず、どう行動すれば冒険者として登録できるのか、己は何に長け、何が劣っているのか。冒険者としてどう立ち回れば楽が出来るのか。全て知っていた。
 己の歳がその時十四だったと言う事も、知りはしなかった。行き倒れの己を拾った魔導士が、ロアの体内に眠る魔力を見て、そのぐらいの年齢だろうと推察したに過ぎない。
 己を証明する物は何も無く、ただ、魔剣だけが一緒に落ちていたらしい。
 何の力も無い、魔剣と言われてきたが。
 その力は、秋風シスイを霧散するだけの力を内包していた。
「興味が無いからのう」自然と視線が魔剣に落ちていたが、意識的に魔剣から切り上げるロア。「過去がどうであれ、ワシはワシじゃ。今のワシには何の足しにもならん」
「大罪を犯したとか、転生したとか、そういう過去だったとしても?」
「それで今のワシは腹が膨れるか?」
 吐き捨てるように応じるロアを、ユイは興味深そうに眺めていたが、やがて諦めたのか毛皮の裏地から依頼書を抜き取り、それをロアに手渡す。
 中身をザっと改めたが、先刻ユイが告げていた、猟竜討滅の依頼書のようだった。
「新米冒険者を募って、先達には教育の場を、新米には習練の場を、と言う奴か。確かにユキノには丁度良い頃合いかも知れんのう」顔を上げると、ユイが嫌な笑みを浮かべていた。「――訳アリか」
「旦那はさ、魔物ってどうやって生まれるか知ってるか?」
「……諸説有るが、最近では“禍異物を生み出す存在がいる”……そう目されとるらしいのう」
「それ、庭師の仕業らしいんだよねぇ」
 ロアの顔に驚きが広がった。
「……強ち通説は間違っとらんかったと言う事か」顎に拳を当てながら沈思に入るロア。「禍神の指揮で現出する異形であるなら納得じゃ。禍異物の、人間に対する残虐性・攻撃性。人類を滅ぼそうとしての仕儀なら……」
「この猟竜討滅作戦には、うちの主曰く、“可能性が有る”んだとさ」
 ブツブツと独り言を続けようとするロアに、ユイは口を挟み込む。
 ロアが怪訝な面持ちで顔を上げるのと同時に、ユイはおもむろに口を開いた。
「“庭師が一堂に会する”、可能性が、ね」
 庭師。禍神と契約を結んだ者が、――“一堂に会する?”
 まるで、“定員が決まっている”かのような物言いに、ロアは無言で話を促す。
 ユイは毛皮の裏地から新たな板ガムを取り出すと、包装紙を剥がして口に放り込んだ。
「あたしも詳しくは知らないよ。ただ、あたしは依頼人である庭師の指示に従って、この猟竜討滅作戦には参加しなくちゃいけない」ユイの視線はロアではなく、冷蔵庫に向かっていた。「この依頼も、勿論強制じゃない。旦那に情報を明示して、旦那がどう動くのか、うちの主はそこに関心が有るんだとさ」
「……」
 ユイの主である庭師の情報だけでも既にお腹一杯だと言うのに、更に別の庭師……恐らくは、ロア、ユイの主を含めて、四人の庭師が集うとされる、この依頼の話は、きな臭さで一杯だった。
 禍神の使い魔、或いは使い魔の使い魔が集まるのだ、碌な事にはなるまい。当然、碌な目に遭わないためには忌避すべき依頼だ、冒険者としての勘も正しく警報を鳴らしている。
 ――が、ロアにはこの依頼を断れない理由が有った。
「……ユイ。お前さん、ワシがこの二ヶ月間、願いを叶えていないと言ったが、ワシは願いを既に一つ、叶えて貰っとるんじゃよ」
 ロアの告白に、今度はユイが驚く番だった。
 瞠目してロアを見据えるユイに、彼はしてやったりとした顔で続ける。
「じゃから、ワシはこの依頼、受けるぞ。それが、新たな対価じゃからな」
「ちょっと待ってくれよ旦那」依頼書をテーブルに投げ出してベッドの上で横になるロアを見下ろして、ユイは声を上げる。「うちの主は、禍神の力が現実に干渉した時、“禍神の力で感知できる”んだぜ? 旦那が願いを叶えたなら、現実はそれだけ歪んだ筈なのに、それが感知できないなんて事は……」
「問うが、ワシが世界を歪曲させた回数は何回じゃ」
 ロアの問いかけに、ユイは怪訝な面持ちで彼を見やる。
「……戦極群の二人を爆殺した以外に願いは叶えられていない筈だぜ?」
「――カッ。お前さんの主の力とは、名の通り、現実に影響が出たものだけを観測すると言う事か」愉しげに嘯くロア。「つまり、“現実に影響が出ない禍神の願いはカウントされない”――そういう事じゃよ」
 愉しそうな面持ちで起き上がると、依頼書を持って部屋を出て行こうとするロアだったが、扉を閉める前にユイに振り返ると、醒めた微笑を覗かせた。
「恐らくじゃがの、お前さんの主、うちの禍神に行動を見透かされとるぞ。アキの新たな願いは、“ユイからの依頼を受けろ”じゃったからのう。……腹立たしい事じゃが、受けぬ訳にはいかんからの」
 そう言って扉が閉まると、ユイは風船のようにガムを膨らませて、破裂させた。
「……だってさ、“導師様”。案の定筒抜けだってよ」
 独り言が部屋に溶けると同時に、姿無き人の声が、ユイに下りてきた。
「何も心配有りませんよ、ユイ。“全ては予め観測していた通り”です」柔らかな女声は、ユイにだけ聞こえる。「貴女は予定通り、彼の傍に」
「はいよ」
 姿無き声は大気に霧散し、何ら変わらぬ静寂が部屋を包んでいる。
 全てが予定通りである事に、些かの不満も無い。彼女には、“全てが観えている”のだから。
 予定を粛々と熟すべく、ユイも部屋を後にする。
 庭師と導師、そして禍神。誰が一枚上手に立ち回るのか、ユイは愉しそうに妄想しながら廊下を進む。

【後書】
 冒険者らしくドラゴン討伐に向かうのかと思いきや! こんな裏があったんですな~(他人事)。
 人類を剪定する庭師。この中二溢れる感じがわたくしの作品と言った感じがしてドキドキしますね!(そこなのか!)
 猟竜の棲む森編はもう暫く“始まりません”。モンハンの二次小説をお読みで有れば分かるかと思いますが、本編が始まるまでめちゃめちゃ長いのがわたくしですゆえ(笑)。
 と言う訳で次回、第15話!「猟竜の棲む森〈3〉」…いよいよ【翡翠の幻林】に向かう爺ちゃん一行の旅路、その道中をお届け致します。お楽しみに!

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