2018年5月6日日曜日

【夢幻神戯】第9話 群れの勧誘【オリジナル小説】

■タイトル
夢幻神戯

■あらすじ
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ。対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」冒険者ロアは理不尽な死を迎え、深紅の湖の底に浮かぶ少女と契約を交わした。それは、世界を滅ぼすゲームの始まりであり、長い長い旅路の幕開けだった。
※注意※2017/10/18に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公

■第9話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/22311

第9話 群れの勧誘


「戦極群は、戦闘のエキスパート集団……みたいなものです」

 五人も入れば肩をくっつけねばならない程の、小さな浴槽。そこにロアとシスイは肩を並んで湯船に浸かっていた。
 頭にタオルを置いて、惚けた表情をしているロアの隣で、シスイは説明を続ける。
「僕達の長、神堂(シンドウ)ミカって言うんですけどね、彼女は、世界最強の“群れ”を作りたい……そう願い、実現しようと奮闘しています」
「その願いを叶えるためならば、子供の腕が斬り落とされようが、無辜の冒険者が犠牲になろうが厭わん――と?」瞑目したまま皮肉を吐き出すロア。
「必要ならば厭いません、必要ならばね」頭の上に載せたタオルで顔を拭うと、シスイは小さく吐息を漏らした。「……ギンジとヨウは、限度を知らない。強くなるためなら、誰であろうと躊躇無く犠牲にする精神の持ち主でした。だから僕は、彼らを好きにはなれなかった」
「お前さんは違うとでも?」
「どうでしょうね。群れの一匹になった時点で、同族と言えるかも知れません」力無く微笑むシスイ。「僕とて、世間一般で見れば、殺人鬼。現に昨日今日で、五人殺害しました」
 ロアは瞑目していた瞳をゆっくり開き、横目でシスイを睨み据えた。
 シスイは湯船に浸かったまま、気持ち良さそうに吐息を漏らしている。
 この男が、殺人鬼。ギンジとヨウならば、即座に理解し、納得できる。それだけ粗野で、仁義も倫理観も有さない蛮族と言うイメージが、彼らは雰囲気からして纏っていた。
 だがこの男は――シスイは、彼らとは異なる印象を含んでいる。
 一見、虫も殺せないような風貌をしていながら、雰囲気を纏っていながら、その言質が正しければ、昨日今日だけで、五人の人間を殺害している……尋常ではない、狂気の沙汰だ。
 そんな殺人鬼と、のんびりと話し合いに興じ、風呂で気持ち良さそうに吐息を漏らしている男の姿を、ロアには即座にイメージとして繋げる事が出来ない。
「僕は、僕に危害を加えようとする者に容赦はしません」ロアの視線に気づいているのかいないのか、シスイはゆっくりとした語調で続けた。「狩る者は、狩られる覚悟が無ければ務まらない。……手に掛けようとしたのなら、自身が手に掛けられても、文句は言えない……そう思いませんか?」
「ワシには、抵抗したら殺すぞ、と言う風にしか聞こえんがの」
「ははっ、済みません、そんな意図は無かったんですが」
 周囲にアキの姿は見えない。こんな肝心な時に姿を消すなど、何を考えているのかさっぱり分からない。
 だが、もしかしたら――とロアは思考を巡らせる。
 彼は、アキにとって何らかの意味を持つ相手なのでは――と。
「戦極群の人数は、僕を含めて、現在十一人です」シスイはロアに視線を向ける事無く、続ける。「ギンジとヨウが死にましたからね。本来、十三人で、群れは完成形、と言う事になってます」そこまで言うと、シスイの瞳が――火花が散る右目が、ロアを向いた。「貴方が加われば、十二人になりますが」
「……ワシは戦闘のエキスパートなどではない」関心が無さそうに、ロアは鼻息を落とす。「あやつらは、勝手に死んだだけじゃ。ワシは関与しておらん」
「はぁ」気の無い返事を吐き出すシスイ。「僕には嘘を見抜く力は無いんですがね、“数を計る”力を有しているんですよ」
「数を計る……?」不思議そうにシスイを見やるロア。
「例えば――“イケニエヲ”のダンジョンに入った人物は何人だ――とか。ダンジョンを出た人間の数は何人だ――とか」火花の散る右目が、ロアを捉える。「“ギンジとヨウを殺害した人物は何人だ”――とか」
 ロアは息の詰まる想いで、シスイを睨み返し続けた。
 この世界には様々な力が存在する。ロアが“イケニエヲ”のダンジョンで獲得した〈擬装〉の力もその一つだ。
 そしてこの男――秋風シスイの力は恐らく、“計数”の力。視認した物の数を正確に把握する、使い方次第で如何様にも汎用が利く、図抜けた力。
 ロアは観念しながらも、併し彼が、己の全てを把握している訳ではない事を“祈り”、小さく首を振る。
「ワシを疑ってるのかも知れんが、ワシにはそんな力は無い。そもそも、そんな力が有るなら、お前さんを疾っくに殺しとるとは思わんのか」
「思いませんねぇ。僕から話を聞き出すだけ聞き出して、用が済んだら……」手をパッと広げるシスイ。「だからこそ僕も、真摯に相手をしているんです。無礼を働いたら、その時点で殺されるかも知れませんからね」
「そんなリスクを負ってまで、何故ワシに仲間になれと?」
「貴方が、問題児でありながら排斥不可と言われた二人組を殺害してのけたからですよ」
 滴が滴り落ちる、瑞々しい音が聞こえる。
 静かな浴場の只中で、ロアは小さく首を否と振った。
「二度は言わん。ワシはお前さんらの仲間になる気は無い」
「そうですか、残念です」
 サッと湯船を出て、脱衣場に向かって歩いて行くシスイの潔さに、ロアは驚いてしまった。
「どうしても、と言う訳じゃないんじゃの」
「えぇ、今この場では、“確認と説明だけが目的”でしたから」
 パタン、と脱衣場と浴場を区切る扉が閉められ、ロアは一瞬惚けた後、嫌な予感を知らせる脳内の警鐘が掻き鳴らされ始めた事に、頭痛でも覚えたように頭を押さえ、慌てて浴場を後にする。
 急いで着替え、あの喧しい声が聞こえない事からもう察していたが、部屋を確認して眩暈がしそうな程に溜め息を吐き出した。
 宿屋の一室。ロアが宿泊する四人部屋。そこには二人の小娘の姿は無く、一枚の便箋がテーブルに置かれていた。
 中には端的に、こう記されている。
“広場へ来い”
「……クソったれめェ……ッ」
 便箋を握り締め、宿屋を飛び出すと、ロアは広場に向かって駆け出し――足を止める。
 辺りは宵闇に沈み、古びた街路灯がじりじりと音を立てて灯りを落としているだけの光源しかない。
 勿論人通りはそれなりにある。夜間と言えど、街の中に魔物が出没する訳でも、殺人鬼が彷徨っている訳でもない、治安が良いとは言えないまでも、不審者がうろつかない程度には秩序の取れた街だからだ。
 この只中を、小娘二人拉致して行ったとは、とてもではないが考え難い。何らかの力を有しているのか、それとも――
「やぁやぁ、お困りのようだねぇ、ロア君」
 不意に頭上から、ニヤニヤと下卑た笑い声が下りてきた。
 振り向かずとも知れる。アキが愉しそうにロアを見下ろしている。
「……どこに行っとったんじゃ、このタイミングで……!」
 怒りさえ滲ませるロアの呟きに、アキは悪びれた様子も無く彼の眼前に降り立つと、「ごーめーん、仕方なかったんだよぉ、彼はさ、キーパーソンだからさ」とニヤニヤ笑いかける。
「重要な人物……?」
「そう! 世界を滅ぼすゲームで、重要な位置に立つ存在なんだよ、彼は」愉しそうに笑みを浮かべ、アキはロアの周りを浮遊する。「彼は、人類側から見れば、正義の味方、かな。人類の護り手だもの、英雄って言ってもいいかもね♪」
「殺人鬼が英雄か。皮肉にも程があるわい」吐き捨てるように応じるロア。「――問うが、あやつを“願いで殺せるか?”」
「勿論!」即答するアキ。「君の願いは絶大無比さ、君が叶えて欲しければ、何だって叶う。私はそれぐらい万能な神様だからね!」
「……」
 アキは告げた。彼は、“正義の味方”だと。“人類の護り手”だと。
 自分に危害を加える人間を容赦無く殺害してのける彼が、英雄とまで言われるのは、あまりにも得心の行かない話だが、もし彼を今ここで、アキに殺せと願えば、世界を滅ぼすゲームがどういう展開を迎えるのか。
 アキは言っていた。自分の叶えたい一番の願いは既に叶っていると。今ここに到り、ロアは理解した。アキが愉しもうとしているゲームの参加者を、己が篩に掛けるのか、――と。
 人類を滅ぼされたくないなら、あの狂った殺人鬼を生かさねばならないのだろう。人類が滅んでも良いのなら、あの殺人鬼は今ここで死んでも構わないと言う事になる。
「考える時間は有るのかい? 何か急いでいたみたいだけどぉ?」
「クソッ!」
 忌々しい禍神の忠告に苛立ちを隠し切れないロアは、結局考えの纏まらないまま駆け出した。
 二人がどこに消えたのか分からないまま。
 秋風シスイと名乗る男を殺すべきか否か決められないまま。
 広場に、辿り着いてしまう。
 今朝立ち寄った時のままの広場が、宵闇に潰されている。
 冒険者の数は少なくなってはいるものの、今も数人の人影が窺える。
 そこに、彼の姿が有った。
「仲間想いなんですね、貴方」
 ベンチに腰掛けていたシスイが、嬉しそうに眼を細めて、拍手をしている。
 ロアは周囲を見回して、二人の姿が無い事を確認すると、シスイを睨み据える。
「どういうつもりじゃ?」
「“力の強い者を集めろ、そして、より力の強い者を集めろ”……それが僕達の長、ミカの下知でしてね」ベンチから立ち上がり、シスイは笑いかける。「貴方は強い……そう確信しているんです」
「ワシにはそんな力は無いと言わなかったか?」呆れ果てた様子で応じるロア。「買い被り過ぎじゃ」
「僕より弱いのなら、死ぬだけですが」
 そう言って、軽やかなステップでシスイは肉薄してきた。
 ――まさかこんな街中で殺し合うつもりか、こやつ!?
 正気の沙汰ではない。すぐにこの街を守る“鶏官隊”が駆けつけて逮捕――ないし、斬殺されるだけだ。
 そんな躊躇すら許さない速度で、シスイは大きく右足を振り被る。
 蹴りが来る。受け止めなければ――
 そう思って、左腕でガードしようとして、――足が滑った。
 転倒する――と思った次の瞬間、防御に宛てた左腕が、シスイの右足に触れた瞬間、“ぞりっ”と、何の抵抗も無く削げた。
「ぐッ、アァッ!?」
 思わずもんどりを打つも、すぐさま立ち上がってシスイから距離を取る――つもりが既にシスイの右足は眼前に迫っていた。
 バックステップを踏む――のが、一瞬遅れ、鼻の頭が、“ぞりっ”と、やはり何の抵抗も無く、削げ落ちる。
 パタタッ、と音を立てて血液が大地を汚していく。
 眩暈がしそうだった。
 左腕は肘から先が消失し、鼻の先端はピンク色の肉を外気に晒している。
 その時になって、ようやく周囲がざわめき始めた。「喧嘩か?」「血が出てるぞ」などと、銘々に騒ぎ始めている。
 その只中でもシスイは意に介していないのか、ロアから視線を逸らさず、とんとん、と爪先で地面をノックし、不思議そうに呟く。
「反撃、しないんですか?」再び、軽やかなステップで刃圏に踏み入ってくるシスイ。「これでも手加減、してるつもりなんですけど?」
「――――ッ!」
 マトモに受け止めたら、死ぬ。
 その恐怖がロアの全身にブレーキを掛けていたが、血液を流し過ぎたのだろう、少しずつ、緊張感が抜け、現実感が希釈し始めていた。
 訳の分からない事態に巻き込まれて、死にかけるのは、昨日と今日で、もう二回目だ。
 どこで運命の歯車が狂いだしたのか知らないが、何だってこんな惨たらしい事態に、二度も遭遇しなければならないのか。
 ――違うな。これで、“三度目”か。
 無事な右手で、短剣を――魔剣を、抜き放つ。
 何物も斬れない、平べったく、分厚い剣身。それを構え、思考の途絶えた先で、ロアは振るう。
 襲い掛かる右足と、魔剣が衝突した時、シスイの体が“霧散した”。
 短剣を振り抜いた形で、ロアはその場に転倒し、そのまま意識を失った。
 何が起きたのか分からないが、最早考える余裕も無く、混濁した闇の世界に、ロアの意識は旅立っていく。
 遠くから声が聞こえる。姦しい小娘の、叫び声が――――

【後書】
 強襲! キック兄さんの回でした。
 今更ですけどわたくし、能力者同士の戦いとか、魔法を絡ませ合う戦いとか、そういう二次元的と言いますか、幻想的な戦闘がめたくた大好きでしてな! 大体考え付く力の設定がおかしいせいで戦闘にならない事が殆どなのですけど、今作でもこういうシーンをモリモリ描写したいんですな~!
 と言う訳で倒れてしまったロア君は一体どうなってしまうのか! 霧散してしまったシスイさんは! 次回、第10話!「牢夜」……冒険者って何だっけ? 感が深まりつつありますが、次回も冒険者とは程遠い展開が待ち受けております!(笑) お楽しみに!

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