2018年5月6日日曜日

【余命一月の勇者様】第12話 深き森の半竜〈3〉【オリジナル小説】

■タイトル
余命一月の勇者様

■あらすじ
「やりたい事が三つ有るんだ」……余命一月と宣告された少年は、相棒のちょっぴりおバカな少年と旅に出る。
※注意※2017/01/02に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り

■第12話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/9103

第12話 深き森の半竜〈3〉


「おあー、久し振りにお腹一杯になったぜぇー、うっぷ」

満足そうに床に寝転がって腹を摩っているマナカを見やり、「ちょっと、あんた流石に寛ぎ過ぎじゃないのそれ……?」とレンが苦情を放つ。
「構わんさ。俺の本が破れたら承知しないが」
苦笑を浮かべて食器を片付けるネイジェを見て、ミコトが隣に立つ。
「何だ?」不思議そうにミコトを見やるネイジェ。
「いや、食器洗うのなら手伝おうと思って」と言って水を勝手に流し始めるミコト。「二人の方が早いだろ?」
「……お前は何て言うか、親切心の塊みたいな奴だな」苦笑を禁じ得ない様子でミコトを見やるネイジェ。「確かに二人の方が早いし助かるが、客人に皿を洗わせたって話が広まったら俺の面目が立たない。座って待っててくれ」
「そんな話、誰も広めないさ。ほら、その皿を取ってくれ」
「まるで俺の方が客人になった気分だ」思わずと言った様子で笑みを零すネイジェ。「ありがとな、助かるよ」
そう言って二人は黙々と皿を洗っていく。
「普段から親の手伝いをしてたのか?」皿を洗いながらポツリと零すネイジェ。
「生きてた頃はな」顔を上げずに端的に返すミコト。
「きっと嬉しかっただろうな。お前みたいな子を持って」
「どうだろうな。俺、親父には嫌われてたんだ」
数瞬の沈黙が生まれ、水の流れる音だけが響く。
「お前みたいな子が嫌われるとはなぁ……悪く言って済まんが、お前の親父さん、人を見る目が無いな」
「俺が母さんを殺した仇みたいに思えたんだろうな」
水を止め、洗った皿を立てていくミコト。
その様子を黙って見つめていたネイジェは、真剣な表情で手を拭く。
「……良かったら、その話も詳しく聞かせてくれないか?」
「俺の話か?」不思議そうにネイジェに振り返るミコト。
「あぁ、俺はお前に今とても関心が有る。お前がどうしてそんな人物に育ったのか、どんな親の元で育ったのか。是非聞かせて欲しい」
タオルを手渡し、ネイジェは部屋の中央に有るソファへと戻って行った。
ミコトはタオルで手を拭くと、タオルを元の場所に戻し、四人の待つソファへと戻る。
ミコトとレンが一つのソファに、マナカとクルガが地べたに座り込み、対面のソファにネイジェが座ると言う構図で、再び座談会は幕を開けた。
「あたしもあんたの、ミコトの話を聞きたかったの」真っ先に声を上げたのはレンだった。「あんたみたいな人族、今まで見た事無かったもの。どんな過去だったのか、気になるじゃない」
「と言われてもなぁ……」首の後ろを掻きながら明後日の方向に視線を向けるミコト。「まぁ、夕飯をご馳走になったし、レンを診て貰った礼も有る。面白くなくてもいいなら、話すぜ?」
「あぁ、聞かせてくれ」「うん、話してよ」ネイジェとレンが同時に頷く。
「……何から話したらいいか……」顎を摘まむように指を添えるミコト。「俺の母さんは、何て言うか……何でもする人だったんだ」
「何でもする人?」クルガがきょとんと小首を傾げる。
「万屋みたいなもんだな。頼まれたら何でもする。小猫探し、引っ越しの手伝い、家事全般、見合いのセッティング、産婆もやってたかな」
「本当に何でも出来たんだな」感嘆の吐息を落とすネイジェ。
「何でも出来た、ってのとはちょっと違うと思う」自分の手に視線を落として呟くミコト。「母さんは、困ってる人がいたら手を差し伸べずにいられない人だったんだ。本当は出来る事なんて高が知れてるのに、出来ない事も出来るって言って、何でもかんでも首を突っ込んで行く人だった」
「親切心の塊みたいな人なのね」ミコトの脇を突きながら呟くレン。「誰かさんにそっくり」
「母さんの口癖その一。“頑張ってる人は報われなくちゃいけない”」人差し指を立てて高らかに宣言するミコト。「母さんがいつも言ってたんだ。頑張ってる人には手を貸してやれって。頑張ってる人が報われないのは、とても悲しい事だから、もしお前が応援してやりたいと思った人は、全力で手伝ってやれってさ」
「俺もミコトから何回も聞いたなぁそれ」うんうん頷くマナカ。「頑張ってる奴が喜ぶところ見るの、大好きだもんな!」
「母さんの口癖その二。“自分が相手だったらどうする?”」中指を立てて高らかに宣言するミコト。「俺自身が頑張ってる時に応援されたり手伝ったりされると、嬉しいからな。だったら俺も、頑張ってる奴を応援したり手伝ったりしたいんだよ」
「お前の母さんは素敵な口癖を持ってたんだな」ネイジェが楽しげに呟く。「それでお前もそれを受け継いだ訳か」
「受け継いだ……」ネイジェの言葉を反芻するも、ミコトは納得が行かない様子で視線をここではないどこか遠くに投げる。「そう、だったのかな……俺は、母さんを受け継いでいた……のか」
「違うのか?」
ネイジェの不思議そうな問いかけに、ミコトは瞑目して沈思に入った。
「……俺は、十歳の頃に病気を患ったんだ。熱が下がらない病気でさ、ずっと寝込んでて、それを心配した母さんが薬草を探しに出たんだ。それで……その帰りに事故に遭ってさ。死に目にこそ逢えたけど、母さんは助からなかったんだ」
深、と静まり返る部屋の中で、ミコトはゆっくりと瞼を開け、テーブルの上に視線を置いた。
「俺はその時母さんに言われた言葉を、ずっと守ってるだけなんだ」
それはともすれば呪詛のように思えるかも知れない。人生を縛り付ける程の文言。己の生き方さえ変えてしまうような言の葉。最愛の人から賜ったそれは、呪いと言い換えても良い、戒め。
「母さんの口癖その三」ミコトは親指を立てて、呟く。「“誰かから貰った恩義は、本人に返さなくてもいい、誰にでも分け与えろ”……俺は、母さんからたくさんの事を教えて貰った。だから俺は、母さんに返せなかった分の恩義を、頑張ってる人に分け与える生き方をしてるんだ」
暫く部屋の中は静寂に包まれていた。それを見かねたミコトが小さく笑声を落とし、顔を上げる。
「済まん、気分が沈むような話はしたくなかったが、俺の話なんてこんなもの位しかないんだ」苦笑を見せるミコト。「俺は母さんを尊敬してるし、今も一番信じられる道標は、母さんが遺した言葉だけだ。今までも、そしてこれからも、それは変わらないだろう」
「……それであんた、あたしみたいな盗賊見習いにも恩義を押し付けてる訳……?」
隣に座すレンの震えた声に、ミコトは顔を向ける事も無く、「あぁ、レンは頑張ってるって思えたから、俺はその手伝いがしたくなった、それだけさ」と小さく微笑を口唇に浮かべる。
「……じゃああんたは、……あんたはそれで、幸せになれるの……?」
気づくと、レンがミコトをジッと見つめていた。一切の虚偽を見逃さないと言わんばかりに穴が空くほど見つめられ、ミコトは一瞬困惑の表情を覗かせる。
「俺は、……俺は、……いや、俺の幸せは、もう終わってるんだ」
レンから視線を逸らし、再びテーブルの上に視線を座らせるミコト。
「俺は、母さんの代わりに今ここにいて、母さんの代わりに頑張ってる奴を報わせてる。だから、俺にこれ以上の幸せは、必要無いんだ」
「そんなの……あたしは認めない」
ミコトの手を握り、レンは彼の顔を覗き込むように、体を寄せた。
間近に迫ったレンの顔は泣きそうで、でも怒っているようで、歯を食い縛っていて、とても悔しげだった。
「頑張ってる人が報われなくちゃいけないって言う話は、素敵だと思う。きっと嬉しいし、喜べると思う。でもそれで、手伝ったあんたが報われないのは、あたしは嫌だ」目元に涙を浮かべて、レンは告げる。「もしあたしが本物の盗賊になったって、あんたが報われてなくちゃ、あたしは喜べない。あんただって、頑張ってるんだよ? 頑張ってる人を手伝って、応援して、あんた自身がそうやって頑張ってるのに、あんた自身が報われないんじゃ、そんなの……あたしは嫌」
ポロポロと、遂に大粒の涙が頬を伝い、レンはそれを拭おうともせずにミコトをまっすぐ見つめ続ける。ミコトはそんなレンから目を逸らす事が出来ずに、困惑した表情のまま見つめ返す事しか出来なかった。
「あんたは、魔族であるあたしを敵対視しないって言った。あたしが本物の盗賊になるまで見守るとも言った。あたし、嬉しかったよ。そんな事言ってくれる人、今まで誰もいなかったんだもん。でも、そんなあんたが、誰かのためにだけ生きて、自分の人生は母さんの代わりなんて、そんなの、あたしは嫌なの。あんたも、自分の人生を生きてよ。あんたも、幸せになってよ。あんただけ何も無いなんて、あたし、絶対嫌だから……っ」
ミコトに凭れ掛かって、そのまましゃくり上げ始めたレンに、彼はその背を撫でてあやし始めた。
「……レンは優しいんだな」レンの背中をポンポンと撫でながら、静かに呟きを落とすミコト。「レンが心配しなくても、俺は今、俺のためにしたい事が有って、そのために頑張ってる所なんだ」
「……何を、頑張ってるのよ……?」ミコトの胸に顔を埋めたまま、小さく返すレン。
「この際だから言うけど、俺の寿命はもう一ヶ月も無いんだ」
ミコトの胸の中で、レンが瞠目する。クルガも、そしてネイジェも驚きに目を瞠り、穏やかな表情のミコトをまじまじと見つめる。
「親父がさ、魔法賭博って奴に手を出したみたいで、寿命を賭けて負けたんだ。そのとばっちりで、俺も寿命が無くなったんだ」レンの背中を撫でながら、瞳を伏せて続けるミコト。「本当はもう死んでる筈だったんだが、マナカのお陰であと一ヶ月だけ生きられるようになったから、その一ヶ月の間に、色々見て回りたいと思ったんだ」
レンがゆっくりと顔を上げ、赤くなった泣き顔をミコトに向ける。ミコトは涙でぐしゃぐしゃになったレンの顔を、服の袖で拭った。
「やりたい事は五つ有る。一つ、ドラゴンに逢う事。二つ、お姫様に逢う事。三つ、迷宮を攻略する事。四つ、クルガが一人で生きていけるようになるまで見守る事。最後の一つは、レン、お前がちゃんと盗賊になれるようになるまで見守る事。俺は俺のために、この五つのやりたい事をやり遂げて、満足してこの世を去りたいんだ」
服の袖で綺麗に拭ったレンの顔を見て、微笑みかけるミコト。まるで聖母のような慈しみを湛えるミコトの顔を見て、レンは再び目元に涙を蓄え、くしゃっと泣き顔に歪めた。
「どうして……どうしてあんた、そんな事……っ」
ミコトの胸に顔を埋めて、胸板を小さく叩くレン。
「ミコト、死んじゃうの……?」不安そうな表情で、トテトテとミコトの元に近寄るクルガ。「僕、やだよ……ミコトがいなくなるなんて、僕、やだよ……っ、あうぅ……っ」ミコトにしがみつき、ポロポロと涙を零し始めた。
「今すぐ死ぬ訳じゃない。だから大丈夫だ、クルガ」クルガの頭をポンポンと優しく撫でるミコト。「俺はどこにも行かないし、いなくならないさ。だから、泣かないでくれ」
レンとクルガがしがみついて泣いているのを見て感化されたのか、マナカも近づいてきた。三人纏めて抱き締め、「嫌だよなぁ!? ミコトがいなくなるなんて、俺も嫌だぁ!! うわああああっっ!!」号泣し始めた。
「……ネイジェ、助けてくれないか?」
三人に抱き着かれて動けなくなっているミコトの困り果てた声に、ネイジェは微苦笑を浮かべて小さく首を否と振った。
「お前はそれだけ愛されてるって証拠だ。……いや、お前がそれだけそいつらを愛してるって証拠でもある、か」微苦笑を覗かせ、手摺りに凭れ掛かるネイジェ。「愛を存分に受け止めろ。お前は、三人にとってそれだけ大切な奴になっちまったって事だ」
三人が泣き続ける中で、ミコトは穏やかな表情のまま、三人の背を代わる代わる撫でるのだった。
夜は更け、外が暗闇に落ちるまで、泣き声が止む事は無かった。

【後書】
「頑張ってる人が報われる」って言うのは、当たり前のようで、実際社会に出ると殆ど起こり得ない事であると気づかされます。
どれだけ頑張っても、苦労しても、辛い目に遭っても、報われない事が有る。それが現実だ、と言われたらそれまでですし、実際そういうものなんでしょうけど、私はそんな現実が嫌いで、頑張ったら頑張った分だけ報われる世界であって欲しいと願っております。
と言う訳で2017年最初の更新は【余命一月の勇者様】から始まりました。今年も胸が苦しくなるような幸せを提供できたらいいなーと思います。次回、深き森の半竜編最終話、どうかお楽しみに!

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