2018年5月6日日曜日

【夢幻神戯】第10話 牢夜【オリジナル小説】

■タイトル
夢幻神戯

■あらすじ
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ。対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」冒険者ロアは理不尽な死を迎え、深紅の湖の底に浮かぶ少女と契約を交わした。それは、世界を滅ぼすゲームの始まりであり、長い長い旅路の幕開けだった。
※注意※2017/11/18に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公

■第10話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/25994

第10話 牢夜


「この世界は、神に支配されているんだ」

 ロアが本を読んでいると、顔の無い少女が乾いた声で、そう呟いた。
 ロアが視線を落としている書物は白紙で、顔の無い少女はロアの隣で、ブランコに揺られていた。
「ワシは無宗教じゃから、よう分からんの」小さく首を振るロア。
「人が人と殺し合うのは、そう定義されてるからだよ」
「神がそう定義したと?」
「人は何も決められないからね」
 ブランコが、きぃ、きぃ、と揺れている。
 周囲には鮮やかな黄色い菜の花が咲き乱れ、空は曇天で敷き詰められ、景色はクレヨンで描いた落書きのように灰色と黄色で塗りたくられていた。
 顔の無い少女はブランコを揺らしながら、隣に座しているロアに語り続ける。
「人は、愚かだから争うんじゃない。神がそうしろと言ったから、そうしてるだけさ」
「それを愚かと言うんじゃないのかのぅ」
「ルールに従う事が愚かだと、君は言うのかい?」
「愚かな規則に従うのは阿呆のする事じゃと言うとるんじゃ」
「ルールに賢愚は無いよ。勿論、善悪も無い。ルールが無ければ万物は働かないからね。ルールに従わなければ、ただ単純に機能不全を起こすだけさ。有り体に言えば、絶える事になるだけの話だね」
 顔の無い少女は、嘲りも蔑みも感じさせない、透き通る声で囁く。
 きぃ、とブランコが揺れる度に、曇天から天使の梯子が下りてきた。
 目覚めが近いと、そんな予感をロアに与える。
「君は、支配者の力を得たんだよ」
 少女はブランコから飛び降りると、地面に着地した瞬間、まるで全身がゼリーで出来ていたかのように、ぐしゃりと、全身を砕いて、大地に溶け合わさった。
「君が、ルールを作るんだ」
 砕けたゼリー状の塊が、囁く。
 天使の梯子がロアの元に下りてきた。頭上を見上げると、太陽ではなく、真っ赤な月が、水面のように撓んでいた。

◇◆◇◆◇

 瞼をこじ開ける。
 酷く、瞼が重かった。まるで鉛でも入ってるのではないかと思わせる位に、目を開くまでに時間が掛かった。今見ていた不気味な夢を引き摺らせたいのかと思わせる程に。
 ゆっくりと、体を起こす。全身が寝汗でぐっしょりと濡れていた。上半身は裸で、ズボンを穿いている。
 左腕を、動かす。
 窓から差し込む、淡い月光が、己の左腕を克明に映し出す。
 怪我一つ無い、ロアの左腕を。
 重苦しい溜め息を吐き出し、ロアは右手で己の頭を支えた。
「お目覚めかい?」
 不意に、耳元で女声が囁く。
 全身の産毛が逆立つ想いで身震いしてしまったので、背後の悪魔に負けたような気分にされ、居心地が悪かった。
「随分と楽しい夢を見ていたようだったけれど?」
「……正義の味方とやらは、どうなったんじゃ」
 周囲に視線を巡らせると、宿屋の中ではない事が分かる。ベッドのマットレスは硬く、背骨が痛む。格子状の窓と、簡素な扉が有るだけの、小さな部屋。留置場の類いである事は、即座に知れた。
 ロアの眼前に漂ってきたアキは、「どうなったと思う? さァ、考えてみよう!」と満面の笑みで腕を広げた。
「……人間だったのか、あやつは」
 意識が断絶する直前の映像が蘇る。ロアの魔剣に接触した瞬間、彼は文字通り霧散した。血液をばら撒くでも無く、水が瞬間的に沸騰して蒸発するように、一瞬で気化した。
 ロア自身、あの魔剣の力に関しては未知だったが、今まであんな結果を見た事が無いため、そう尋ねる他無かった。
 アキは不思議そうにロアを見下ろし、中空で寝そべって、退屈そうに応じた。
「彼は――秋風シスイは歴とした人間だよ。人類を守護する英雄が人間じゃなかったら、おかしいと思わないかい?」
「今まで人間が霧散する瞬間を見た事が無かったでの」
「あの魔剣、どういう力が宿ってるんだい?」
「お前さんも知らんのか?」
 思わずアキに視線を転ずるも、彼女は不貞腐れたように視線を逸らした。
「言っとくけど私、この世界の事、なーんにも知らないよ。私はただ、感知できるだけ。誰がどういう役割を担う可能性が有るのか、って、その情報だけが可視化されてるだけだもの」
「何じゃ、万能の神様が聞いて呆れるのう」呆れ果てて溜め息すら出ないロア。
「ニャハハ、私は興味の有る事しか知ろうと思わないもの。面白いモノだけが私の全て。私が面白いと感じる観点は、何がこの世界を揺るがすか、それだけさ」
 アキはケタケタと笑いながら空中を漂っている。
 彼女の言質は今一つ信用ならないが、残念ながら彼女は今まで嘘らしい嘘を吐いていない。信用は出来ないが、虚実だと断じても現実は変わらない。
 ロアはその時になって気づく。己の魔剣がこの場に無い事を。
「ここは、鶏官隊の詰め所かの」ゆっくりとベッドから足を下ろし、首を回し始めるロア。「流血沙汰になって、留置されとる、と言った所じゃろうか」
「もしかしたら戦極群の牢獄かもよ?」ニヤニヤと笑いかけるアキ。「このままじゃ殺されちゃうカモ! 逃げ出さないといけないネ!」
「ワシにどれだけの罪を被せたいんじゃこの下種は」辟易した様子で吐き捨てるロア。「あとお前さん、ワシにとんでもない改造を施してくれたようじゃの」
「何の話だい?」分かっているにも拘らず、下卑た笑みを覗かせるアキ。
「ワシの体、不死になっておるのではないか?」
 ヨウに破壊された肉体。
 そして、シスイに破壊された肉体。
 どちらも、完璧な形で修繕されている。鼻の頭を恐る恐る触れても、痛みは無い。
 ――アキは、世界を滅ぼすゲームに参加して欲しいと願った。
 そのゲームは、今までの経歴から鑑みるに、世界を守る側、世界を滅ぼす側の人間を、生かしたり殺したりする事で、バランスを調整し、世界を滅ぼすか、生き存えさせるか、ロアに判断させる――そんな意図を感じさせる。
 そのためには、ロアは長く生きなければならない。滅ぼす側と守る側の衝突が起きるその時まで。滅ぼす側、守る側、どちらも常人ではない事は確かだ。世界の存亡を左右する程の存在が、マトモである訳が無いからだ。
 そんな人物を、己の判断で消すか残すか判断する。となれば、先刻のような流血沙汰は必然的に発生して然るべきだ。狂人と遭遇して、話し合いだけで解決する訳が無いと、今し方身を以て理解したばかりだ。
 そんな事態に幾度も巻き込まれて、滅ぼす側と守る側の衝突まで生き存えられるとは思えない。そのための装置としての、不死。
 ロアには、そんな推測が脳裏を巡っていた。
「禍神って言うのはね、そもそも存在が不死なんだ」
 アキは嬉しそうに語る。夢見る乙女のように、純真で、純粋な、御伽噺を、言の葉に載せる。
「その禍神に憑かれているって時点で、君の不死は約束されてる。憑かれてるって言い方はおかしいね! 君と私は、一心同体なのさ! 同一存在と言い換えても良い! 君は私で、私は君! 君が死ねば私は死に、私が死ねば君が死ぬ。私は存在が不死だから、君も存在が不死になった。嬉しいだろう? 悠久を生きる神になった気分は最高なんじゃないかい?」
「そうじゃのう、お前さんをこの手で三枚おろしにしたいぐらい嬉しいわい」
 ――不死。
 シスイと衝突する前に、そんな予感は薄っすらと覚えていた。
 宿屋の浴場で初めて気づいた違和はそれだった。恐らく禍神の不死性は、己の肉体のみに付与されるものではない。
 己の存在を構成する全て――纏っている衣服にすら適用される、それぐらい強力無比な力だと、ロアは考える。
 今、上着を纏っていないのは、破られた、破壊された訳ではなく、脱がされたためによる結果であるから、復元が行われなかった……と考えるのが自然だろうか。
 不意に、左腕を削り取られた瞬間の映像がフラッシュバックし、強烈な嘔吐感に襲われた。
 肉体が幾ら自由に復元すると言っても、その時に感じた痛覚、そして記憶が抹消される訳ではない。それを、痛烈に理解する。
 今まで冒険者として活動していた間には、確かに怪我は多かった。冒険者ゆえに、危地に赴く事も少なくなかったし、魔獣と遭遇すれば戦闘は避けられない。幸い、命に係わる怪我まではしなかったが、腕の骨を折ったり、指を切断された事も有る。
 それでも今この場に五体満足でいられるのは、癒術の発展が大きい。人を癒す聖なる力。その普及により、冒険者の中にも扱える者が少なくなく、大抵の病気や怪我は癒術の行使により回復する事が出来る。
 勿論、癒術が使えない者は病木のような薬屋や、医者を頼る事になる。癒術とて万能ではないし、扱える者が増えても、怪我人や病人に適材適所の癒術を行使できる者はまだまだ少数派だ。
 その癒術と呼ばれる奇蹟を遥かに凌駕する不死性。指を再生したり、骨を固着するようなレヴェルではない、人間の根本を復元する業。
 こんな事を繰り返し利用していたら、肉体は無事でも精神が持つまい。ロアは強くそう感じた。命を落とす怪我や病気を何度も繰り返して保てる精神など狂人以外有り得まい――と。
「お隣さん、神様でも見えてるのかい」
 不意に、壁の向こうから明瞭な声が聞こえてきた。
 ロアは迂闊だったと舌打ちする。こんなに薄い壁を隔てた先に誰かがいる事を考慮しないなど、迂闊にも過ぎる。ここまで会話を続けておいて独り言と言い繕うのは無理だろう。
「……あぁ、ワシには見えるんじゃ、神様がのう」
「へぇ。どんな神様だい? あたしの知ってる神様と言やぁ、この世界を滅ぼそうとしたって言う、救世人党(キュウセイジントウ)が掲げる教義の中に出てくる、禍神って奴だけ、だけどねぇ」
 相手は若い女のようだった。ガムでも噛んでいるのか、会話の端々にくちゃくちゃと咀嚼する音が混ざり込んでいる。
 ロアは視線をアキに向けるも、彼女はニヤニヤと楽しげに漂うだけで、反応は見せない。
 アキが突然いなくならない事と、口を挟もうとしない点から、この壁向こうの女は世界存亡に係わる存在ではない事が判別できる。……あくまで、推測の域は出ないが。
「ちッ、お前さんが話しかけるせいで見えなくなっちまったぞ、どうしてくれるんじゃ」憎悪を込めて舌打ちし、ロアはベッドに凭れ掛かるように座り込んだ。「お前さんは何やらかしたんじゃ、ワシのように神様でも見えるのかい?」
「あたしかい?」ヒヒ、と楽しそうな笑声が食み出る。「あたしは仕事をしただけさ。真面目に、直向きに、一途に、仕事に励んだら、豚箱行きさ」
「そりゃご愁傷様じゃの」欠伸を浮かべ、ベッドの上で横になるロア。「豚箱を出たら、真っ当な仕事に就くんじゃな」
「真っ当な仕事だったさ、今までも、“これから”もね」コツン、と壁越しに何かがぶつかる音がした。「なぁ、お隣さんよう。あたしに依頼を出してくれないかい?」
「依頼? この豚箱の中でか?」思わず笑声が出てしまうロア。「お前さんより処刑までの時間を長くしてくれ、とかか? アホらしい」
「そんなくっだらねえ依頼で良いなら受けてやってもいいよ」コツン、と再び小石が壁にぶつかるような音。「あたしさ、ハンターやってたんだぁ。こう見えて、仕事には熱心だったんだよ。依頼は必ず遂行する。勿論、その分の金銭を要求するけどね」そこで、声が止まった。
「……依頼人でも、殺したのか?」憐れむような、ロアの声。
「いいや? 依頼人からは、前金を頂いてる。前金分は、しっかり働く。報酬は、あたしの頑張りに応じて、依頼人が決めるものだ、あたしは報酬に関しちゃ文句は何も言わない」
「じゃあ何でこんな所にいる?」
「依頼を、達成しちまったからかねぇ」
 不意の沈黙に、ロアは既に嫌な予感で頭の中は一杯だった。
 どうしてこうも碌でもない人間が四六時中朝晩問わず現れるのか。一体どこから運命の歯車は狂ってしまったのか。
 運命の女神を撲殺したであろう禍神を睨み上げると、彼女は退屈そうに欠伸を浮かべて耳を穿っていた。
「そんな危ない人間に依頼できるか。別の阿呆に頼めばいいじゃろ」
「お隣さんの秘密のお話聞いてたらさ、あたし、滾ってきちゃって」
 こつん、と小石がぶつかったと思った瞬間、ガラガラと壁が崩れ、牢獄が繋がってしまった。
 驚きの表情で空いた壁の穴を見やると、穴の奥――狼の毛皮を纏った、軽装の女がロアをぼんやりと見つめていた。
 狼一頭丸ごと毛皮を剥ぎ取り、その刳り貫いた頭蓋を被り、腰に届く程の毛皮を背中に覆った、上半身はサラシだけの、涼しそうな女。右膝を立てて座り込んでいる女の手には、じゃらじゃらとビー玉が無数握られていた。
 十代後半と思しき女は、虚ろな眼差しをロアに投げかけ、薄っすらと笑みを口に刷く。
「正義の味方? 人間が霧散する? 不死? ――万能の、神様? そんな子供でも口にしないような単語を誰もいない空間に話しかける奴ってのは、狂人か、バカか、――本物か」女はビー玉を捏ね繰り回しながら、陰惨に笑う。「あたしはね、ハンターやってる内に身に付いた技能でさ、分かるんだよ、“本物か、贋物か”ってのが。あんたは――あたしが付いて行きたいと望む、依頼人だ」
 警報が鳴り響く。この狂った世界は未だに己の命運をとことん堕とす所まで堕とさなければ気が済まないらしい。
 ロアはベッドから起き上がると、ハンターを名乗る女を、睨み据えた。
 女は立膝を突いたまま、ロアを見上げる以上の反応を見せない。
「ワシはこう見えて生粋の善人でな、ハンターのような人殺しとは縁遠い人間だと自負しておるが、お前さんがどうしてもと言うなら、依頼を出してやってもいい」ゆっくりと立ち上がり、ロアは女を見下ろす。「人を一人も殺さず、警報を止めろ」
「あいよ。お安い御用さ、旦那」
 狼の毛皮を被った女ハンターが立ち上がると、その上背に驚く事になった。優に百八十センチは有ろうかと言う長身で、ロアを見下ろしてくる。
「あたしはユイ。糸ヶ谷(イトガヤ)ユイ。これから宜しく頼むぜ、旦那」
「その呼び名はこの窮状を何とかしてから言うてくれ」
 警報が鳴り響く牢獄。ユイは陰惨な笑みを刻んで、「旦那の言う事にゃ従うよ、何せ依頼人だ、丁重に扱わねえとな」とビー玉を指で弾くと、――接触した扉がガラガラと崩落した。
 その様子を呆気に取られた様子で見ていたロアに、ユイは狼の頭蓋を親指で持ち上げると、得意気に笑った。
「仕事を始めるぜ」

【後書】
 意味深な夢。そして新たな登場人物、ユイ姐さん。
 ロア君がとことん大変な目に遭う物語ですが、それこそがこの物語とメインと言いますか、最早わたくしの手を離れてロア君が勝手に大変のどん底を駆け抜けて行ってるのが実情です(笑)。
 そんな訳で次回、第11話「冥朝」……いよいよ第1章も後半戦です。ロア君は果たして無事にユキノちゃんやトウさんと再会できるのか! お楽しみに!

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