2018年5月6日日曜日

【余命一月の勇者様】第13話 深き森の半竜〈4〉【オリジナル小説】

■タイトル
余命一月の勇者様

■あらすじ
「やりたい事が三つ有るんだ」……余命一月と宣告された少年は、相棒のちょっぴりおバカな少年と旅に出る。
※注意※2017/01/16に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り

■第13話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/9103

第13話 深き森の半竜〈4〉


「――日記か?」

 夜がとっぷりと更け、部屋の中は月明かりだけが照らす、青白い色に満ちていた。
 三人は泣き疲れてそのまま寝てしまったようで、レンとクルガはソファの上で丸くなり、マナカは床で寝そべっている。
 ネイジェは二階で眠っているのかと思いきや、再び一階に戻って来たようで、テーブルに向かって筆を銜えたまま固まっているミコトを見咎めて近づいて来た。
 ミコトは筆を口から離し、「あぁ、ただ、何を書けばいいのかで悩んでる」と言ってネイジェに顔を向けた。
「楽しかった事、嬉しかった事を書け」ネイジェはミコトの隣……床に座り込み、持っていた茶碗の中身を啜る。「それだけでいい」
「楽しかった事、嬉しかった事、か」再び小さな用紙に向き直り、首の後ろを掻くミコト。「ありがとな、少しは筆が進みそうだ」
「気にするな」
 ネイジェが見守る中、月明かりだけを頼りに筆を走らせるミコト。
 静寂に包まれた夜の帳の下で、ミコトは筆を止める事無く、併しゆっくりとした所作で、小さな用紙に文字を認(したた)めていく。
 楽しかった事、嬉しかった事。それだけをピックアップして綴るのであれば、内容はすぐに思いつく。
 やがて今日……否、もう日付は変わっているだろうから、昨日の分まで綴り終えたミコトは、小さな用紙を紐で纏めながら「助かった、これから日記を綴るのも楽になりそうだ」とネイジェに微笑を見せた。
「それは良かった」茶碗をテーブルに置きながら、すまし顔を覗かせるネイジェ。
 数瞬の沈黙が二人の間に落ちた。
 ホウ、ホウ、と遠くから野鳥の声が聞こえる、静かな夜。月明かりが満ちる部屋に佇むネイジェは、まるで御伽噺の中から出てきた人物のように幻想的に映った。
「……まだ話し足りないのか?」
 ネイジェの顔を覗き込みながら、苦笑を浮かべて尋ねるミコトに、半竜の青年は思わずと言った様子で肩を竦めた。
「約束を違える訳には行かないから、今の内に伝えておこうと思ってな」ネイジェは懐の中にしまっていた小さな封筒をミコトに手渡した。「これを、オワリの国の都・シュウエンに持って行け」
「シュウエンか。確かヒネモスの街から歩いて三日ほどの距離だったか」頭の中の地図を紐解くミコト。「場所は聞いた事が有るけど、実際に行くのは初めてだな」
「そこで国王に謁見してこい。ネイジェ=ドラグレイの使いだ、と言えば伝わる筈だ」
「国王に? 何でまた」
「ドラゴンに逢うためだよ」
 くつくつと笑みを浮かべるネイジェに、ミコトは不思議そうに小首を傾げる。
「国王がドラゴンなのか?」
「はは、違う違う。今からお前が逢おうとしているドラゴンは、迷宮の最奥にいるんだ。で、その迷宮は国の許可が無いと探索できない規則になってる。お前は国王にその許可を得てから、迷宮に向かい、ドラゴンに逢えばいい」
「迷宮の最奥にドラゴンが」
「そうだ。お前のやりたい事が、もしかしたら一気に片付くかもな」
 ミコトのやりたい事。一つ、ドラゴンに逢う事。二つ、お姫様に逢う事。三つ、迷宮を攻略する事。この三つが一度に叶うかも知れないと思い、ミコトはネイジェに改めて向き直った。
「一ヶ月じゃ無理かも知れないと思ってたけど、あんたのお陰で何とかなりそうだ。助かるよ、ありがとな」
「それだけお前は運も味方に付けてるって事だろう」肩を竦めて微笑を滲ませるネイジェ。「それに、言っとくがオワリの国に姫様はいないぞ」
「そうなのか?」きょとんと返すミコト。
「国王、終世(シュウセイ)マツゴの子は三人いた。第一王子は数年前に病死、第二王子は生まれてすぐに事故死、今は第三王子の終世マシタが世継ぎになるのでは、と言う噂だが、女の子には恵まれなかったようでな」
「王家って壮絶な環境なのか?」
 王子が二人も亡くなるなんて、不幸にも程が有るだろうと思ってミコトは難しい表情を刷いたが、ネイジェは「王家にも色々有るって事だ」と苦笑で返した。
「第三王子も随分な問題児らしくてな、オワリの国だけに、もう終わりかもなぁ、って専らの噂だ」茶碗を掴んで、中身を揺らすネイジェ。「そういう訳で、お姫様に逢うのだけは、難しいかもな」
「そうか」特段残念そうでもなく、淡々と応じるミコト。「ドラゴンに逢うのと、迷宮を攻略するのが一緒になっただけでも万々歳だ、恩に着る」
「……そのポジティヴ思考を誰かに見習わせたいぜ、全く」
 苦笑を浮かべて茶碗の中身をちびりと舐めるネイジェ。ミコトはそれを黙って見つめていた。
「……亜人族のおチビ、いや、クルガと言ったか」茶碗をテーブルに戻して、立膝を突くネイジェ。「あいつは、お前達をよっぽど信頼しているんだろうな」
「そうなのか?」突然変わった話題に、ミコトは一瞬惚けた表情を見せたが、反応はすぐだった。
「亜人族には特殊な力が宿っている。魔族の魔力とは別種の力だ。だがそれは、決して人族や魔族に見せる事は無い、生涯を通して隠し通す秘術でも有る」ミコトに視線を転ずるネイジェ。「亜人族は、そういう風に育つモノなんだ」
「皆が皆、そうとは限らないんじゃないか?」
「……そうだな、そうかも知れない」皮肉っぽい笑みを口唇に載せるネイジェ。「ただ、普通はそうじゃないんだ。だから俺の見立てでは、クルガはお前達にすっかり懐いているんだな、って思える訳だ」
「……そっか。だったら、嬉しいな」
 ソファの上で丸まっているクルガを見つめて、優しく笑むミコト。
「あいつ、人族不信になってたと思うんだ」ポツリと零すミコト。「あんなに小さいのに傭兵斡旋所で働いてて、周りから役立たずだの、ゴミだの言われて、マトモな食事も与えられず、暴力まで受けて……それでも俺達に少しでも心を開いてくれたのなら、こんなに嬉しい事は無いな」
 クルガの頭を優しく撫でると、彼はくすぐったそうに笑みを弾けさせて、ムニャムニャと小さく寝言を吐き出した。
 そんなクルガを慈しみを湛えた表情で眺めていたミコトは、再びネイジェに視線を向け直す。その表情は、真剣そのものだった。
「なぁ、あんたさえ良ければ、俺の寿命が尽きた後、クルガを預かってくれないか」
「……どうして俺に?」ミコトを見つめる視線に剣呑さを載せるネイジェ。
「あんたになら、亜人族のクルガでも、安心して預けられると思ったからだ」
「……」
 二人が黙って視線を交わした後、先にネイジェが嘆息を落とした。
「お前には悪いが、その頼みは断らせて貰う」視線を逸らさずに、ネイジェは告げる。「お前が責任を持って最後まで見届けるべきだ。それに、昨日今日逢ったばかりの人物に預けるなんて、無責任じゃないか?」
 ネイジェの意地悪な発言に、ミコトは参ったと言いたげに顎を掻いた。
「俺はネイジェなら信頼しても良いと思ったんだ。あんたは、この世界の事にも詳しいようだし、ちゃんとレンを診てくれた。それに、無知な俺達に分かり易くこの世界に就いて教えてもくれた。俺は、あんたが良い奴だって、そう信じてるんだ」
 真正面からぶつけられた本音に、ネイジェは呆れた風に乾いた笑みを刷いた。
「……お前は、本当にまっすぐな奴だな」視線を逸らし、そのまま寝そべるネイジェ。「そんな事を言える奴は中々いないぞ。お前こそ、この世界では稀な位に、良い奴だよ」
「そうなのか?」不思議そうに小首を傾げるミコト。
「そうだ。だからお前の周りには、良い奴が集まってくるんだろう」
「ネイジェみたいな奴がって事か?」ニヤリと笑むミコト。
「……あんまり持ち上げないでくれ、流石にくすぐったいぞ」むず痒そうに寝返りを打つネイジェ。
「本当の事だから仕方ないだろう」
「……そうかよ」
 恥ずかしげで、そして嬉しげなネイジェの反応に、ミコトも穏やかな微笑を浮かべる。
「……オワリの国が所有する迷宮にいるドラゴンは、エンドラゴンと言うドラゴンでな、」世間話でもする風に、ネイジェが不意に口を開いた。「逢えた時、もし奴の気分が良かったら、一つだけ願いを叶えてくれる筈だ」
「願いを叶えてくれるのか」背中を向けて寝ているネイジェを見つめながら、反芻するミコト。「ドラゴンって凄いな」
「或いはお前の寿命の問題も、それで解決できるかも知れないと思ってな」小さく笑声を落とすネイジェ。「お前は自分が思っている以上に、運が良いと思うぞ。だから、きっと、……大丈夫だ」
 何が、とは問わないし、どうして、とも訊かなかった。
 ミコト自身、己の運が良いとは考えていなかったが、ネイジェがそう言うのなら、きっとそうなのだろうと、あっさりと認めてしまったからだ。
 今までの経験を振り返っても、自分の運が良かったと思える出来事は幾つも数えられる。
 熱の下がらない病気を患った時、母が命懸けで摘んできてくれた薬草のお陰で九死に一生を得た事。
 義父が魔法賭博で負けて己の寿命が無くなった時、マナカとアヤツのお陰で一ヶ月も延命できた事。
 毒虫のせいで腕が爛れて瀕死になった時、自分が魔族である事を露呈してでも治癒の魔法を掛けてくれたレンが傍にいてくれた事。
 レンが魔法を使い過ぎて倒れてしまった時、クルガがオワリグマと話せるようになった事、そしてネイジェの元まで辿り着けた事。
 途轍もない奇跡の連続が、今までの人生を彩っている。だからきっと、自分は運が良かったのだろうし、周りの人に恵まれていたのだろう。
 そしてそれは、きっとこれからもそうなのだと、信じて。
「……そうだな。俺も、そう思う」
 ネイジェの確信を肯定して、ゆっくりと床に寝そべるミコト。
「――久方振りに人と話が出来て楽しかったよ、ありがとな、ミコト」
 遠くから聞こえてきたネイジェの声に、ミコトは反応が出来なかった。
 既に思考は夢の世界の扉を開け、微睡みの海に浸っていた。
 だから心の中で、喋ったつもりになって、ミコトは返答を吐き出す。
(俺の方こそ、有り難うと言わせてくれ。あんたのお陰で、俺は……)
 虚ろな思考すら、やがて茫洋たる無意識の海に沈み込む。
 体に何か柔らかなモノを掛けられた感触が、とても遠い。
 静かな月明かりが差し込む部屋の中で、ミコトは穏やかな表情のまま、眠りに就いた。
 ミコトの体にタオルを掛けたネイジェは、その安らかな寝顔を見た後、音を立てずに部屋を出て、幻想的な青白い森に溶けて行った。
 野鳥の鳴き声と、柔らかな風の音色だけが奏でられる夜の森は、朝を待つようにひっそりと蒼い月を見上げている。

■残りの寿命:27日

【後書】
「幻想的な夜」と言うのはどう考えてもサモンナイトからの影響です本当に有り難う御座いました。
 こういうふんわりした情景の夜がわたくし大好きでして、物語でちょくちょく綴るのですよ。そうだ、サモンナイト2を配信しよう(唐突)。
 と言う訳でこれにて深き森の半竜編は終幕です。悲観すべき未来に希望の光明が差し込んだと思えたのなら、それはとっても素敵な事なのです。次回、彼の成したい事、彼女の成したい事〈1〉……お楽しみに!

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