2018年5月8日火曜日

【夢幻神戯】第12話 逃始【オリジナル小説】

■タイトル
夢幻神戯

■あらすじ
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ。対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」冒険者ロアは理不尽な死を迎え、深紅の湖の底に浮かぶ少女と契約を交わした。それは、世界を滅ぼすゲームの始まりであり、長い長い旅路の幕開けだった。
※注意※2017/12/22に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公

■第12話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/30165

第12話 逃始


「……人の死が、お前さんの力の源、と言う訳か」

 場所は【黒鷺】を離れ、【狛鳥】との境に位置する、街道を逸れた先の森林地帯に、ロア達五人の姿が有った。
 ユキノが真新しい筒袋を大事そうに抱えて、草場の陰になっている辺りを観察し、丁寧に枝葉を掻き分け、火消草を採取している。
 その様子を遠目に眺めながら、ロアが確認するように呟いた。
 眼前には青いジーンズに白のポロシャツ姿のアキの姿が有る。彼女は退屈そうに欠伸を交えながら「そ。厳密には、人が死んだ時に弾ける生命力、かなぁ」と適当に相槌を打つ。
「確かにあの時、五十人以上の亡者が生まれたからねぇ。それが原因で、神様が受肉したって事かい」愉しそうにアキの隣でガムを噛んでいるユイ。「本物って言っても、大して人間と変わんないんだねぇ。もっと禍々しい気でも感じるのかと思ってたけど」
「私だって元は人間だもの、禍々しい気配とかそんなの幻想だよ幻想」ふわわ、と欠伸を浮かべてユイを見やるアキ。「寧ろ君の力の方が素敵だよ? 真贋を見抜く力。それはきっとロア君に必要な力だ」
 嬉々として談義を繰り広げているアキとユイから視線を逸らし、ユキノとトウに視線を転じる。
 二人は昨日受けた依頼である火消草の採取に勤しんでいる。怠け者の三人を放置して、黙々と。
 ――アキは、あらゆる情報を四人に漏洩していた。
 アキが禍神である事。ロアは一度死んで、アキと契約を結んだ事。ロアが不死である事。アキの願いを叶える代償に、ロアの願いが叶う事。世界を滅ぼすゲームに参加している事。洗い浚い、全てだ。
 どこまで彼女らが信じているのか定かではないが、ユキノの「とにかく! 依頼をほっぽっちゃいけないから、今すぐ依頼を熟しに行こうよ!」と言うやる気に満ち充ちた台詞と共に、ここまでやってきた一行である。
 上手く話をはぐらかされたと言う想いは拭えないが、それでも構わなかった。面倒な事は、したくない。常に楽な方へ転がってきたロアにとって、今の状況は好ましいモノに相違無いからだ。
 上空を見上げると、緑の天蓋から覗く青空はまだ陽が高い。木漏れ日は温かく、辺りはじっとりと汗を掻くぐらいに気温が高い。
【燕帝國】は初夏に入ろうとしている。もう二週間もすれば、灼熱の日差しが辺りを照らし、蜃気楼が見え始めるだろう。
「爺ちゃん!」
 不意に視線を下ろすと、眼前にユキノの顔が有った。怒っているのか、膨れっ面でロアを見つめている。
「何じゃ?」不思議そうに眉根を上げるロア。
「依頼受けたんだから、ちゃんと採取しないと! サボってないで動く動く!」グイグイとロアの背中を押し始めるユキノ。「働かざる者、食うべからずって諺、知らないの!?」
「分かったから押すな押すな」ユキノの手から逃れ、首をグリグリと回すロア。「ちゅうか、よくアキの話を聞いた後で依頼を熟そうなどと思うよな、お前さんも」
「だって、よく分かんないし」膨れっ面で呟くユキノ。「世界を滅ぼすゲームとか、そんな事言われても、よく分かんないよ。だったら、今出来る事をちゃんとした方が、良いと思うの!」
 ニコッと微笑むユキノに、ロアは呆気に取られた様子で口を開けて見つめる。
「ユキノさんの言う通りですよ、ロアさん」ユキノの肩を叩きながら告げたのはトウだった。「私達は冒険者、依頼を全うして初めて生計を立てられる者です。真面目に依頼を熟さなくては、ギルドからお叱りを受けてしまいますよ」
「だってさ、旦那」ガムを風船のように膨らませて笑いかけるユイ。
「……分かった分かった、依頼を受けたのはワシじゃし、真面目にやるからそんな目で見んとくれ」やれやれと肩を竦めて、草葉の陰に跪くロア。「……冒険者、か」
 そんな当たり前の事ですら、思考からも意識からも消え失せてしまいそうな程の出来事が、連続で起こった。
 平静を保っているつもりでいたが、疾っくの昔に冷静ではなくなっていたのかも知れない。世界を滅ぼすゲームへの参加、己の死、不死としての蘇生、左腕を破壊されてからの復元、戦極群、殺戮の饗宴……
 昨夜の詰め所での地獄絵図が、鮮明にフラッシュバックする。
 口元を押さえ、必死に嘔吐を堪えた。あんな亡者のパレードを、これから幾度も目にする事になるなど、まっぴらごめんだ。
 ごめんだが……きっと、忌避できない。敷かれたレールから外れる事は能わない。既に地獄行きが確定した片道切符を握り締め、ロアは車窓に映る煉獄を眺める客として、この場に佇んでいる。
 死と言う最終手段である逃避も叶わない。どこまで行っても、どこまで逃げても、地獄は追ってくるし、“そこに在る”。
「愉しそうだねぇ? そんなに嬉しい顔をして、何を考えてるんだい?」
 背後から、邪悪な声が聞こえる。
 禍々しい気を感じない? 冗談だろうとロアは鼻で笑いたかった。彼女ほど禍々しい存在を、ロアは知らない。
 背後から首筋を撫でられ、産毛が逆立つ。ロアは吐き気が急速に引いていく想いに気づきながら、ゆっくりとアキに振り返る。
 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるアキは、ロアの心境などお見通しだと言わんばかりの眼差しで、続ける。
「君が良識に囚われている間は、きっとこの世界は悪夢さ。地獄って言ってもいい。でもね、」手を広げ、挑発するように口唇を歪めるアキ。「君が振り切った時、“支配者になる”。それだけの力が、君には有るんだよ、ロア君」
 言われずとも、分かっているつもりだった。
 夢の中の情景が、視覚素子に悪戯する。
 顔の無い少女。ゼリー状に砕けていく。その壊れた口が嘯く。
「君が、ルールを作るんだ」
「――ワシにそんな度胸は無いわい」頭を振って、幻聴から逃れようと抵抗する。「楽をして生きる以外に力の使い道は無いわ。ワシは根っからの怠け者じゃからな」
「フフフ、そうだね」愉しそうに囀ると、アキは木漏れ日の射す光と戯れるように、小さくステップを踏んだ。「君が常人であればあるほど、私は嬉しいんだ。振幅は、大きければ大きいほど魂の輝度が高まる」立ち止まり、ロアに視線を向ける、その瞳には、常闇が蹲っていた。「私はね、ロア君。君にはどちらの才覚も有ると確信してるんだよ」
「才覚なぞ、ワシにはないじゃろう」
「世界を滅ぼす才、人類を滅ぼす才、どちらも、――ね」
 ケタケタと笑い、再びユイの元に戻って行くアキを見送ると、ロアは薄ら寒い感情を覚えた。
 アキは、壊すつもりだ。世界でも、人類でもない。
 この、己を。

◇◆◇◆◇

「わー、ありがとー、これだけあれば充分だよー、助かったぁ~」
 黄昏に沈む【黒鷺】に、五人は充分な量の火消草を持って帰還し、早速薬屋に納品にやって来ていた。
「てか、昨日は三人じゃなかったっけ? いつの間にそんな大所帯になったの?」不思議そうにロアを見つめるミク。
「まぁ、成り行きじゃよ成り行き」肩を竦めて応じるロア。「ところで火消草じゃが、ここの森林地帯で採取したぞ。数はそれなりに有ったが、乱獲するとまたすぐ消える位の量じゃ、新しい地域を開拓した方がいいかものう」
 地図を広げて説明を始めたロアに、ミクは「あー、ここももうそんな感じかぁ。うぅ~ん……だったらもう【空栖(カラス)】辺りまで遠征しないとダメっぽいなぁ。情報ありがと、助かるよぉ~」と柔らかな微笑を浮かべて応じた。
「爺ちゃんって、サボってた割には依頼以上の事を熟してるの、凄いよね!」ロアを指差して歓喜の声を上げるユキノ。
「ちゃんと仕事しとったじゃろが」憤懣やるかたないと言った様子のロア。「ともあれこれで依頼は完遂じゃろ。報酬を頂かんとな」
「はいはーい、じゃあギルドに通達しておくから、報酬貰っておいてね~、ありがとー」と言ってカップを持ってカウンターの奥に戻って行くミク。
「相変わらずやる気の感じさせない店じゃわい」肩を落として店を立ち去ろうとしたロアに、ふと視線が集中している事に気づいた。「な、何じゃ?」
「爺ちゃん、この後どうするの?」ワクワクした様子でロアを見つめるユキノ。「冒険者は、常に依頼を受け続けないと、金欠で野垂れ死にしちゃうって聞いたよ!」
「私に罹った呪いの解呪もまだですし……」微笑を浮かべてロアを見つめているトウ。
「あたしは旦那が行くとこならどこでも付いてくだけさ」ピンッと毛皮の頭を弾くユイ。
「私はロア君と一心同体だから、君が望むままにすればいいよ! 愉しくやろうぜ、相棒?」下卑た笑みを浮かべて肩に腕を回してくるアキ。
「……お前さんら、一体ワシの何に期待しとるか知らんがな、」はぁーっと溜め息を落とすロア。「今日は店仕舞いじゃ。帰って寝る。明日の事は明日考える。冒険者は、楽できる時に楽せんと」と言ってアキの腕を振り払い、薬屋を後にした。
 黄昏に沈む町並みに、ロアは遠い目を向ける。
 面倒になったら逃げる。今までそうやって生きてきたし、これからもそうやって生きていく。
 世界を滅ぼすゲームに参加する事になっても、その指針は変わらない。禍神ですら欺いて、己を抹消して生きる。
 ――はて、ワシは一体何から逃げてきたんじゃったかな。
 ふと、過去に想いを馳せようとして、何も無い事に気づく。
 過去が思い出せない訳ではない。思い出すだけの過去が無いのだ。
 今まで何度も、逃げて、捨てて、堕としてきた人生。その果てが、ここ。
 だったら変わらない。今回も逃げて、捨てて、堕とせばいい。
「ロア君、君は時折、酷く醒めた表情を浮かべるね」
 不意に掛かった声に、ロアは思わず自分の顔に手を触れてしまう。
 笑っているのか、泣いているのか、定かではないが、口角は釣り上がっていた。
「……お前さんは、ワシの過去が覗けるのか?」
「いいやぁ。過去も未来も、今だって私には興味は無いよ。面白くなければ、ね」
 隣に立つアキに、ロアは冷たい眼差しを注ぎ、「……そうじゃの、ワシも同感じゃ」と鬱陶しげに頷いた。
「へぇ、私と同じ想いを懐く常人は、久し振りに見たかも」愉しそうに笑うアキ。「君は常人の中では破綻側にいるんだねぇ。だったら君は、私の力が嬉しいんじゃないかい? 世界を自由に出来る力なんだよ? 君の思い通りに、出来るんだよ?」
「君が、ルールを作るんだ」
 アキの台詞と、幻聴が同期する。
 視覚素子は、幻視する。顔の無い少女が、そこに佇んでいる。
 見覚えの有る少女だ。けれど、顔が無い。それは、ロアの記憶にいないからだ。
「君は、支配者の力を得たんだよ」
「……アキ。これはお前さんが見せる幻覚か?」
 吐き出されたのは、呻き声だった。
 アキは不思議そうにロアを見つめていたが、「何の事?」と小首を傾げるだけで、マトモな返答は無かった。
 顔の無い少女はロアを見上げていたが、やがてノイズが走るように、黄昏に霞んで消えた。
 ドッと、脂汗が浮かぶ。呼気が荒い。心臓が跳ね馬のように駆けていた。
「……へぇ、君も呪いに罹ってるのかな?」愉しそうに、アキはロアの顎に指を添えた。「“それ”は、私の力じゃない。君も難儀だねぇ、生き難くて仕方ないんじゃない?」
「……喧しい」
 宿屋に向かって、足を進める。
 忘れてしまったもの、過ぎ去ってしまったもの。全ては逃げて、捨てて、堕としてしまったのだから、己にはもう、関係は無いし、考える必要も無い。
 あの顔の無い少女もきっと、そういう事なのだ。
 現在進行形で起きているこの狂った事態とて、時間が経てばそうなる。何も変わらない。全ては、日常に帰化する。
 ロアの足取りは軽かった。何も知らないからこそ、何も知らない“としてきた”からこその、身軽な意識。
 そう己が信じた安全圏が、この日から失われた事に気づかないまま、ロアは嗤う。取り返しの付かない日常は、そうして一旦幕を下ろす。

 これより長い長い付き合いになる冒険者との遭遇は、斯くして締め括られた。
 彼らが演じる夢幻神戯の始まりは、徐々に、徐々に、幕を開けていく。

■第1章 ロアとアキ――――了

【後書】
 と言う訳で第1章、完結と相成りました!
「冒険者の日常とは?」って小首を傾げられてしまいそうな作品に仕上がっておりますが! 断固としてわたくしは「冒険者の日常を綴ったらこうなった」と言う事を全面に主張し続けて参ります!(笑)
 今作は「冒険者の日常」と言うのもテーマの一つになってる訳ですが、この物語では「戦極群」のような常軌を逸した武闘派集団や魔物との戦闘行為、国家が抱える闇、人跡未踏の領域・ダンジョンなどの攻略、そして禍神の因縁や幻想絵巻などの詰め込みたい要素が盛りだくさんなので、少しずつ少しずつその辺を解き明かしつつ、愉しんで綴って参ります!
 そして第2章からはファンティアでのみ、月一更新で“有料”配信して参ります。突然2ヶ月後から始まる第2章では、猟竜・ハウンドラゴンと呼ばれる魔物の討伐依頼が出される所から始まります。ぜひ1月からの配信を楽しみにお待ち頂けたらと思います!
 次回、第13話「猟竜の棲む森〈1〉」……また新たな悪夢が幕を開ける準備を始めます。お楽しみに!

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