2018年5月19日土曜日

【夢幻神戯】第13話 猟竜の棲む森〈1〉【オリジナル小説】

■タイトル
夢幻神戯

■あらすじ
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ。対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」冒険者ロアは理不尽な死を迎え、深紅の湖の底に浮かぶ少女と契約を交わした。それは、世界を滅ぼすゲームの始まりであり、長い長い旅路の幕開けだった。
※注意※2018/01/15に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公

■第13話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/33644

第13話 猟竜の棲む森〈1〉


「この世界には、神様がいるの」

 ――あれから、幾度も同じ夢を見るようになった。
 ロアの眼球に映る世界は、いつも同じ。曇天の空、痩せ細った一本の樹木、その枝に掛けられたブランコ、顔の無い少女、そして手元には白紙の冊子。
 顔の無い少女が、支離滅裂な言葉の羅列を語り掛けるだけの、無味無臭の悪夢。
 ロアにとって、その少女は悪夢の象徴であり、逃避せねばならない相手だと言う事以外、何も分からない。
 逃げたい、隠れたい、避けたい。そんな想いが胸中一杯に広がっても、夢の中のロアは、何も記されていない冊子のページを捲り、相槌を打つように鼻息を落とすだけだ。
「この世界は、神様に支配されているのよ」
 顔の無い少女は、少しずつブランコに反動を付けて、振幅を大きくしていく。それは夢の終着駅に辿り着くための儀式であり、悪夢を悪夢たらしめる準備でも有る。
 ロアにはこの夢の結末が分かっている。判っているからこそ見たくなかったし、今すぐ跳ね起きて、この悪夢を忘れ去りたかった。
 けれど、夢の中のロアは、まるでその結末を知らないかのように、平然とした面持ちで、白紙のページを捲り続ける。
「貴方が、支配するのよ」
 顔の無い少女が、ブランコから跳び上がる。
 それを、書物から顔を上げたロアの視線が捉える。
 顔の無い少女は緩やかに弧を描き、着地した部位から粉々になり、グチャグチャになった肉塊と化した彼女の、ズタズタになった口が、蠢く。
「貴方が、神なのだから」

◇◆◇◆◇

「――いつもの悪夢かい?」
 聞き馴染みの有る声が、ロアの鼓膜を叩く。
 布団を跳ね飛ばして上体を起こしたロアは、心臓が跳ね馬のように脈打っている感覚を意識して、全身に帯びている寝汗を拭うように、身動ぎした。
 場所は【黒鷺】に在る宿屋の一室。ここに来て二ヶ月経つのだから、見慣れた景色になりつつあった。
 シングルの部屋であるため、ベッドは一つしかない。にも拘らず、部屋にはロア以外の人影が確認できる。
「……不法侵入も、これで何回目じゃ?」
「さてねぇ。数えてないから分からないなぁ」
 テーブルに腰掛け、置いてあった果実酒をビンごと煽る女狩人――ユイを一瞥した後、ロアは溜め息を零してベッドから下りた。
 部屋を横断するように備え付けの冷蔵庫へと向かい、飲料水を手に取ると、一口含んで、ゆっくり飲み下す。
 毎晩見る訳ではない。けれど、見る頻度が多い、悪夢。細部まで憶えている訳ではなく、頭が嫌悪感と不快感を訴えている事から悪夢と判断しているだけで、実際は見慣れてしまった、記憶の残滓として認識している。
 現実には有り得ない場所で、有り得ない存在が、肉体を崩壊させる夢。少女に見覚えは無いし、己と一心同体の禍神でも無い、らしい。確信できないのは、アキの言動を全て信頼している訳ではないからだ。
 アキに夢の事を話した時、己ではないと彼女は明言した。だからと言って、それが真実である確証は無い。何せ相手は、世界を滅ぼそうとしている禍神なのだから。
「旦那って昔は何してたんだい」
 ユイが、空になったビンを振りながら呟いたのが聞こえた。
 飲料水を冷蔵庫に戻しながらユイを見やったロアは、疲労感を滲ませる動きで手を小さく振り、ベッドに戻って行った。
「禍神に見初められるような冒険者って、過去に何をしてたのかって、気になるだろう?」
「……」
 瞑目した瞬間を見計らって紡がれるユイの質問に、ロアは鬱陶しそうに寝返りを打つ。
「……何もしとらんよ、ワシは平凡な冒険者じゃ、今も昔も無いわい」
「そんな分かりきった偽物、力を使わなくても分かるぜ?」
 ――真贋を見極める力。
 ユイの前では嘘は通じない。……否、嘘は通じる。真贋を見極められる彼女は、その発言が事実と異なるか否かを、判断する事が出来るだけだ。
 絶対の価値観。絶対の審美眼。そんな物で測られては、あらゆる欺瞞も偽善も成り立たない。
 ロアはユイに背を向けたまま、瞑目して小さく応じた。
「ワシに、過去は無いんじゃよ」
 その言葉をどう受け取ったか、ロアには分からなかったが、ユイからの返答は無かった。

◇◆◇◆◇

「あっ、爺ちゃんおはよう!」
 野鳥が遠くから羽ばたく音が聞こえる位の、静かな朝。
【黒鷺】の広場には、まだ冒険者の姿は少ない。ロアが顔を出した時には、ユキノとトウ、それ以外では二人の冒険者と思しき男しか姿が見えなかった。
 ユキノが嬉しそうにぶんぶん手を振っているのに対し、ロアは欠伸で目元に涙を滲ませながら適当に手を振り返す。
 二人の元に辿り着いたロアは、手に持っている書類を見せた。
「なにこれ?」不思議そうにロアから書類を受け取るユキノ。「ってこれ、ギルドからのお達しだ! なになに……? 【翡翠の幻林】にて猟竜・ハウンドラゴンの出現が確認された、冒険者は一丸となってこれの討伐に当たるべし……ドラゴンだってドラゴン! 爺ちゃん、ドラゴン狩りに行くの!?」書類から顔を上げてぱぁぁっ、と瞳を輝かせ始めた。
「ワシだけじゃなくての、お前さんらも行かぬか? と言う下知じゃよ」ユキノと一緒に書類――指令書を覗いていたトウに視線を向けるロア。「【翡翠の幻林】は【黒鷺】に程近い、魔物の領域じゃ。猟竜は腕の立つ冒険者なら、慢心せねば問題無く討伐できる竜じゃが、今回ワシらに白羽の矢が立ったのは、」「腕を認められた、と言う事でしょうか」「――そういう事じゃ」ロアの説明をトウが先回りして呟いたのを、彼は首肯で返した。
「そうなの? でもわたし達、薬草取りに行ったり、ゴブリンを追い払ったりぐらいしかしてないよ?」不思議そうに頭の上に疑問符を載せるユキノ。「まだ魔物の討伐って、した事無いよ?」
「した事無いからやってみぃ、と言う話じゃろう」書類をクルクルと丸め、丸めた書類で肩を叩きながらユキノを見据えるロア。「先に言うておくが、絶対に受けねばならん下知ではない。腕試しにどうじゃ、と言う下知じゃからの。もっと冒険者としての腕を磨いてから挑みたいのあれば、断りを入れてくるが?」
「ハウンドラゴンは、その、えーと、【翡翠の幻林】にいると、不味いの?」ロアを指差して眉根を顰めるユキノ。「ただいるだけで、脅威なの?」
「竜種の中では気性が荒く、現状既に近隣の村を襲い始めておる」ユキノの顔を正視するロア。「魔物……古くは“禍異物(マガイモノ)”と呼ばれるこれらはの、禍神の使いとして人間に害を為すために存在する、と言い伝えられとる。猟竜も例外ではないぞ。奴らの出現は、直接的に人間を害する」
 ――魔物。
 過去の文献によれば“禍異物”と呼ばれる、千年以上昔にはいなかったとされる、数百年ほど昔から唐突に様々な文献に散見されるようになった謎の生命体。
 出現する条件、不明。人間に害を為す理由、不明。生態系、不明。
 前触れも無く、唐突に出現しては、人間を殺戮するためだけに活動する、まるで人間の生態系を破壊するためだけに生み出されたような生命体。故に先人は、人類を滅ぼそうとして失敗し、この世界を去った禍神の遣いと言う意味合いを込めて、“禍異物”、或いは“禍遺物”と称するようになった。
 それがいつしか更に判り易い呼称として、魔物、と言う呼称に定着した。現代を生きる冒険者であれば、殆どは“魔物とは人間に害を為す謎の生命体”ぐらいの認識しかないだろう。
 ロアが禍異物と言う単語を知っているのは、単純に古い文献を漁った事が有るためで、普段そのような単語を使う者はいない。且つ、魔物にしても、冒険者であっても係わり合いになる事はあまり無い相手だ。
「――猟竜・ハウンドラゴン、ですか」二人の会話に割って入るように、トウがポツリと呟いた。「高位の冒険者であれば、確かに手こずる相手ではないかも知れませんが、ユキノさんには些か荷が勝ち過ぎるのではないでしょうか」
「わたしじゃ、力不足かな?」トウに向かって、眉根を下げて尋ねるユキノ。
「力不足じゃな」即断するロア。「だからこそ、この下知は来たんじゃよ」
 トウとユキノの視線がロアに向く。
「ギルドの思惑はこうじゃ。お前さんらに――当然ワシも含めてじゃが――、手っ取り早く冒険者として実績を積ませたいんじゃよ」書類を広げてぺしりと叩くロア。「猟竜討滅作戦には、近隣の都市から三十人規模で冒険者が駆り出される。そやつら馬の骨共を、高位の冒険者数名が統率して、猟竜を討滅したい、そういう筋書きじゃ」そこまで言って、改めてユキノとトウを見やる。「じゃから言うたろう。腕試しや、腕を磨きたいのなら、受けたら良いじゃろうて」
 ユキノとトウは改めて書類に目を通し始める。それを眺めながら、ロアは欠伸を浮かべた。
【黒鷺】に来て、ロアは、ユキノ、トウ、そしてユイの三人と協力関係を築いた。いつだって四人パーティで活動し、依頼を熟している。そのリーダーとしてロアは抜擢された。故にこそ、この書類はロアに届いた。
 ロアは厳密には新米の冒険者ではないが、書面上、この【黒鷺】にいるのは“葉凪ロア”ではなく、“亞凪ハロ”だ。
 葉凪ロアと言う人物の死亡届が出ている事は確認済みで、現在この世界には葉凪ロアと言う人物は存在しない事になっている。
 にも拘らず、ロアはこの【黒鷺】で擬装の力を行使する事は無く、平然と葉凪ロアの姿で闊歩している。
 端的に言えば、隠す必要性が無くなってしまったからだ。
 冒険者ギルドの受付嬢に、アキが勝手に事情を漏洩させ、こっ酷く怒られたのが二ヶ月前。併しその時には既に死亡届が受理され、且つ亞凪ハロと言う冒険者がギルドに登録されてしまっている。
 てっきり冒険者としての権利を剥奪されるのかと思いきや、受付嬢はロアの現在の状況・状態を鑑みた結果、黙認する英断を下した。
 理由は三つ有る。
 一つ。戦極群と言うテロリストに命を狙われている以上、書類上だけでも死亡した扱いにしておけば、“書面上では”葉凪ロアの事を、冒険者ギルドは黙っていられるため。
 二つ。禍神に憑かれていると言う特殊な状態の人間であるため、冒険者としての人物像を偽っていた方が、ギルドとしては、葉凪ロアが危険人物だと断定できた時に、冒険者としての権利を剥奪する手続きを踏まずに、“即、狩人の手でロアを殺害できる”ため。
 三つ。前述二つの理由に繋がるのだが、元が存在しない身分であるため、ギルドが扱いに困ればその時、正規の手続きを踏まず、これは偽装された身分だと正式に宣言し、即冒険者としての権利を無効化できるため。
 特異な扱いになるとは言え、受付嬢の一任でこれら全て決めてしまっているので、ロアには何も言えなかったし、都合が良かった面も少なからず有る。詮索されずに、扱いに困れば即切り捨てると言う方針には、好感が持てる程だった。
 斯くしてロアは【黒鷺】では亞凪ハロと言う架空の存在として、葉凪ロアの恰好のまま闊歩できる環境になったと言う訳だ。
「ユイはお前さんらが行くなら行くと言うとったから、後はお前さんら次第じゃ」立っているのがしんどくなり、近くに在ったベンチに腰掛けるロア。「結論は早い内にの。猟竜討滅作戦の決行は三日後。それまでに目的地、【翡翠の幻林】に辿り着いておらねばならんからの」
「ここから【翡翠の幻林】と言うと、狼車(ロウシャ)で一日と言った所でしょうか」即座に計算するトウ。「あまりモタモタしていられませんね。どうしますか? ユキノさん」
「挑んでみたい!」はいっ、と挙手するユキノ。「冒険者として活動するんだもん、いつかはこういう事をしなくちゃって思ってたんだ! ハウンドラゴンが、近隣住民を困らせてるんでしょ? だったら、退治しなくちゃ!」
「困らせとるどころではないぞ。――狩り殺すんじゃ、周囲一帯の人間を全てのう」
 淡々とした語調で語るロアに、ユキノはぶるるっと体を震わせる。
 それを見つめていたトウが、ユキノの肩をそっと叩き、ロアに視線を向けた。
「では、私もお供致しましょう。淑女として、住人の危機は見過ごせませんからね」
「父さん……!」ユキノの瞳がキラキラと輝く。
「――決まりじゃの。遠征の支度をせい、入念にの」と言ってベンチを立ち上がったロアは、「そうじゃった」と二人に振り返ると、「言うとくが、お前さんらが今から向かう場所は、“地獄”じゃぞ。正しい意味での」
 そう言ってロアは書類をユキノから返して貰うと、ギルドへと向かって歩き出した。
 残された二人は顔を見合わせて、想像する事しか出来ない未来に若干の恐怖を覚えるのだが、ロアが語る恐怖を本当の意味で理解するのは、もう少し先の話になる。

【後書】
 今回よりいよいよ【夢幻神戯】第2章の開幕です!
 第2章は冒険者らしくドラゴン討伐です! 異世界ファンタジーの冒険者って設定ですからね! やっぱりこういうドラゴンハンターっぽい事はしたいですよね!!(趣味丸出し)
 そんなこったで次回、第14話「猟竜の棲む森〈2〉」…空白の2ヶ月間のお話が始まります。お楽しみに!

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