2018年6月7日木曜日

【余命一月の勇者様】第25話 親切の選択〈3〉【オリジナル小説】

■タイトル
余命一月の勇者様

■あらすじ
「やりたい事が三つ有るんだ」……余命一月と宣告された少年は、相棒のちょっぴりおバカな少年と旅に出る。
※注意※2017/07/24に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公 コメディ 暴力描写有り

■第25話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881809096
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/13563

第25話 親切の選択〈3〉


「なぁなぁレン、あのトワリちゃんって人、何か懐かしい感じがしたな」

 冒険者ギルドが運営する集会所を探して宿場町を練り歩くレンの背後から、マナカの呑気な声が飛んできた。
 雨が降り頻る中でもしっかりと聞こえたマナカの呟きに、レンは「懐かしい……か、どうかは分からないけど、不思議な感じはしたわね」とマナカの歩調に合わせながら応じる。
「不思議っつーかさぁ、何か前に逢った事が有る気がするんだよ俺」腕を組んで、う~ん、と唸るマナカ。「でも逢った事ねーんだよなぁ……」
「……うぇーっと、ミコトならこういう時どう返すのかしら……」こめかみを指で押さえながら呻くレン。「逢った事が無いのに逢った気がする……? 懐かしい感じ……? ――それってもしかして、トワリちゃんみたいな人に逢った事が有るって事?」
「ぉお! それだよそれ! さっすがレン! 分かってるぅ♪」パチィンッ、と指を鳴らすマナカ。
「ミコトの偉大さを今噛み締めてるわ……」疲れ切った表情で溜め息を漏らすレン。「トワリちゃんみたいな人、ねぇ……と言う事は亜人族なのかしら」再び歩みを再開しながら、マナカに振り返る。
 マナカは「そこがなぁー、分からねえんだよなぁー」と腕を組んだままうんうん唸り始めてしまった。
「一番肝心な所が思い出せないってどうなってんのよ……」
 レンが思考を放棄しそうになっている間に、集会所が見つかった。レンガ造りのしっかりした家屋に、冒険者ギルドのエンブレムが入っている。
 中は外の雨脚が遠退いたのかと錯覚するほどの喧騒で満ちていた。冒険者が会議を開いている訳でも、受付嬢と依頼料の話で白熱している訳でもない。
 依頼人と思しき一団が受付嬢に対して声を荒らげていた。
「な、なにこれ……」殺気立った一団の怒号に思わず足が竦んでしまうレン。
「おーい、どうしたんだぁー?」その一団に不用意に声を掛けに行くマナカ。「何怒ってんだお前ら?」
「本物の勇者だわ……」それを遠くから白目を剥いて見つめているレン。
「ァア!? ガキには関係ねえ! 引っ込んでろ!」「部外者は黙ってろ!」「帰れ帰れ!」「さもねえとぶっ飛ばすぞ!!」
 男だけではない、女の怒号も混ざり合って凄まじい罵倒の嵐を受けたマナカを見ていたレンは、ふと二日前の出来事を思い出す。
 正気を失ったように、暴れちぎる彼の姿を。
「マ、マナカ……? あ、暴れちゃ……ダメ、よ?」
 怖くて足が竦みそうだったが、それでもマナカの元まで辿り着いたレンは、彼の服の裾を引っ張って、震える声で警告を投げる。
 青褪めたレンに対してマナカは「ん?」と不思議そうに振り返り、「暴れねえよ、こいつらただ喚いてるだけじゃん」と八重歯を覗かせて微笑んだ。
「「「「「ァア!?」」」」」大音声の怒号が弾けた。
「マ、マナカぁ……」すっかり体が竦んでしまい、動けなくなってしまうレン。
「おい、お前ら。レンが怖がってるから大声出すなよ。殴るぞ」
 真顔で呟かれたマナカの宣言に、客の集団は顔を見合わせた後、一人が先頭に立って向かってきた。
 よく見るとその男は、昨日、泥濘に捕まっていた馬車の男だった。
「あれ、あんた昨日の」男を指差すマナカ。
「手前は昨日の……? ……ちッ」舌打ちを発した後、男は途端に面倒臭くなったように後ろ頭を掻き始めた。「手前には関係ねえ事だ、とっとと失せろ」
「困ってるなら手ぇ貸すぜ?」ニカッと微笑むマナカ。「また馬車が泥濘に嵌まっちまったのか?」
「そうじゃねえよ!」怒鳴り返す男。「あぁッ、ったく、手前らの相手をしてる場合じゃねえんだよクソが!」ドンッ、とマナカを突き飛ばすと、マナカを指差して怒号を張り上げる。「そこの女も連れてって、帰って大人しくしてろクソガキ共!」
「――ちょっと!!」
 マナカの目が敵意に切り替わった瞬間、レンの怒号が集会所に鳴り響いた。
 マナカが驚いた表情でレンに視線を向けると、先刻まで青褪めて集団を見つめていたレンが、怒号を張り上げていた男の前に立ちはだかり、胸倉を掴み上げていた。
「な、何だ嬢ちゃん……?」突然の事態に上擦った声が漏れる男。
「――ミコトもマナカも、それにクルガも、“困ってるから助けた、お礼が欲しくて助けた訳じゃない”って言うけどね、あたしは納得いかない!」男を睨み据えて、噛み締めるように吼えるレン。「助けられたのに、手を差し伸べられたのに、苛立ちを返すだけの奴なんて、あたしは認めない、認めたくない!」
 集会所が、深、と静まり返る。
 その中でレンは、まっすぐに男を見据え、歯を食い縛って、宣告する。
「ミコトが、マナカが、クルガが、何て言っても、あたしはこいつが、嫌いよ!」
 そこで胸倉から手を離すと、マナカの元に向かったレンは、「マナカ、早く依頼を確認して行こっ。ここにいるだけで、ムカムカする」と、怒りに煮え滾った表情で呟いた。
 マナカはそんなレンの様子を見つめると、彼女の肩を叩き、改めて自分とレンを見つめる集団に向かって口を開いた。
「お前ら、レンを怒らせたら怖ぇんだぜ? あんまり怒らせるなよ? 俺も怖ぇんだから!」神妙な表情で囁くマナカ。
「聞こえてるわよ!?」マナカの耳を引っ張るレン。「急いで呼雨狼討伐の依頼を受けるんだから、こんな奴に構ってる暇無いのよ!」
「……は?」男の目が点になった。「お、お前、呼雨狼討伐の依頼を受けるって、冒険者だったのか……?」
 男が声を掛けた瞬間、レンは「あっ」と動きが固まり、恐る恐ると言った態でマナカに耳打ちする。「そうだった……あたし、冒険者登録してないの……盗賊見習いだったから、冒険者として活動は出来ないのよ……!」
「そうなのか?」きょとんとしているマナカ。「でも俺、冒険者だぜ?」
「そう、だから、あんたが受けるのよ! あたしは受けられないから!」
「そうなのか?」「そうなの!」
「ま、待ってくれ!」
 マナカとレンがひそひそと小声で話している間に、男が何を思ったのか大声を張り上げて、レンの前へと進み出てきた。
 一瞬レンは「あっ、もしかして冒険者じゃない事がバレた?」と血の気の引く想いで、咄嗟にマナカの影に隠れようとしたが、男が突然頭を下げた事に、動揺して動きが固まってしまった。
「い、今まで、済まなかった!」
「へ?」
 頭を下げたまま謝罪を口にする男に、レンとマナカは目を見合わせてしまう。
 男はゆっくりと頭を上げると、眉をハの字に下げて、申し訳無さそうに、目を合わせる事も出来ないまま、ぼそぼそと小声で弁明を始めた。
「その……済まねぇ、この雨のせいで、商売が成り立たなくて、八つ当たりしちまったんだ……本当に、済まねぇ」歯痒そうに、辛そうに言の葉を選んで口にする男。「本当は感謝してたんだ、馬車を泥濘から出してくれた時も、心配して声を掛けてきてくれた今も!」顔を上げて、レンを正面から見据える男。「でも今、それどころじゃねえんだよ! 俺のガキがいなくなっちまって……ッ! ガキがいた場所に、これが……ッ!」
 そう言って男が示したのは、獣の毛。青みがかった灰色の体毛のようだが、それを見て、レンの表情が変わる。
「これ、呼雨狼の毛……?」
「そうだ。俺のガキが、呼雨狼に攫われちまったんだよ!」悔しそうに歯を食い縛る男。「雨で商売をダメにするだけじゃ飽き足らず、ガキまで攫うなんて……ッ」
 泣き崩れそうになっている男を見て、レンの表情が険しくなった。
「大変じゃない! どうしてそういう事を早く言わないのよ!? マナカ!」マナカの肩を叩いて声を荒らげるレン。「手分けして探すわよ!!」
「おうっ、任せとけ!」ドンッ、と胸板を叩いてニカッと笑いかけるマナカ。
 そんな二人を、呆然とした表情で男は見つめていた。
「い、いいのか……? お前、今、俺の事が嫌いって……」
「あんたの事は嫌いよ!」男を指差して即答を張り上げるレン。「でも、困ってるなら、あたしだって手くらい貸すわよ! マナカなら、クルガなら、――ミコトなら、絶対そうする。だったら、あたしもそうするって、決めたの!」男を睨み据えて、険しい表情で、宣言する。「親切にしなかった事を、後悔したくないから!」
 親切を尽くしても、裏切られる事が有る事は、分かっている。
 どれだけ人のためと思って行動しても、報われない事だって有る。
 それでも――親切にしなかった事を、後悔したくないから。
 ミコトに、マナカに、――クルガに、そう教えられた気がするから。
 レンは、彼らと共に歩むと決めた。ならば、彼らと同じ生き方を、考え方を、共有したい。
 その想いが、レンの内側を、少しずつ、改変していく。

◇◆◇◆◇

「レン、お前やるなぁ!」
 レンの烈々たる宣告に、男は暫し二の句が継げない様子で固まっていたのだが、やがて思い出したように活動を再開すると、男――清塩(キヨシオ)ニウンと名乗った――は、己の嫡子である“コウノ”と言う子の特徴を告げ、呼雨狼討伐の依頼をマナカに出した。
 ニウン達はシマイの町の中を念のため捜索する事にし、レンとマナカは改めて宿場町を出て、ミコト達が向かった、シュウ川の上流へと向かっていた。
 その道すがら、マナカが感心したように笑った声に気づき、レンが、「どうしたのよ?」と不思議そうに振り返る。
 合羽を着たマナカは嬉しそうに、「いやー、レンって、やっぱりカッコいいよなぁ、って思ってよ!」と無邪気に笑うだけで、要領を得ない。
「……カッコよくなんて無いわよ」と否定的に呟くも、レンは八重歯を覗かせて、マナカに笑いかけた。「これからカッコよくなるのよ!」
「そうか! お前今よりもっとカッコよくなるのかよ! やべえなぁ~、俺ももっとカッコよくならねえとなぁー!」
 楽しそうに笑い声を上げるマナカに釣られて、レンも思わず笑みが食み出てしまう。
「って言うかマナカ。あんたさっき、暴れそうになったわよね?」
 ジト目でマナカを見やるレンに、彼は素直に「あぁ、暴れそうになったぜ!」とコックリ頷いた。
「“暴れそうになったぜ!”じゃないわよ! あんた暴れないって言った傍から暴れそうになるってどういう事なの!?」ガァーッ、と喚き散らすレン。「突き飛ばされたし、腹立たしい事も色々言われたけど、暴力はダメよ、絶対! そんな事したら、あの場はメチャクチャよ! 依頼も受けられなくなるし!」
「――でも、代わりにレンが怒ってくれたから、俺は暴れなくて済んだぜ!」
 ニカッと笑いかけるマナカに、悪意など、害意など、微塵も感じられなかった。
 レンの憶測だが、マナカはきっとあの時、突き飛ばされた事に対して怒りを感じたのではない。ニウンが“レンに対して暴言を吐いたから”、マナカは怒りに身を任せようとした、そう、レンは感じた。
 自分の事をバカにする奴には何も感じないマナカが怒るポイントは、その一点だ。盗賊団を壊滅させた時もそうだった。マナカ自身ではなく、“レンが暴力を受けた”事に対して怒りの沸点に到達し、歯止めが利かなくなって暴れた――レンはそう認識していた。
 マナカの昔話を聞く限りでは、自分の事をバカにする相手に対して暴力を振るっていたようだが、今は違う。彼は、他人を思いやり過ぎるあまり、仲間――違う、家族をバカにされる事に対して、沸点があまりにも低い。
「……ミコトもそうだけどさ、マナカも優し過ぎるのよ」呆れた様子で溜め息を落とすレン。「……感化されたあたしが言えた義理じゃないけどさ」
「俺、優しいか?」不思議そうに自分を指差すマナカ。「ミコトは優しいけどな! それは分かるぜ!」うんうん頷き始めた。
「……マナカって、優しくて、イケメンで、カッコいいのに、どうしてこう……残念な感じなのかしらね」
 苦笑を浮かべてしまうレンに、マナカが「ナハハハ! そんなに褒めるなよ~! ナハハハハ!」と大笑してしまう姿に、更に苦笑が強くなってしまうのだった。

【後書】
 マナカのこう、絶妙なカッコよさ加減が伝われば幸いです……!
“親切にしなかった事を後悔したくない”は、この物語を綴る上で記しておきたかった文言の一つになります。その前提を敷いた上でレンの発言は尤もだと思いながらも、旅に於ける恥と同じで、親切って掛け捨てだと思うんですよね。
 と言う訳で次回、第26話「雨呼びの狼〈2〉」……夕立の予感です。お楽しみに!

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