2018年6月2日土曜日

【夢幻神戯】第15話 猟竜の棲む森〈3〉【オリジナル小説】

■タイトル
夢幻神戯

■あらすじ
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ。対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」冒険者ロアは理不尽な死を迎え、深紅の湖の底に浮かぶ少女と契約を交わした。それは、世界を滅ぼすゲームの始まりであり、長い長い旅路の幕開けだった。
※注意※2018/03/12に掲載された文章の再掲です。本文と後書が当時そのままになっております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、Fantia【日逆孝介の創作空間】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公

■第15話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
Fantia【日逆孝介の創作空間】https://fantia.jp/posts/42508

第15話 猟竜の棲む森〈3〉


「――ワシの願いを言おう。“今後一切、ワシに虚偽の発言をするな”」

 そう、ロアは告げた。
 ロア、ユキノ、トウ、ユイ、そしてアキの五人で熟した火消草のクエストを終えて、数日経ってからの事だ。
 つまり、猟竜討伐の作戦が始まる、一ヶ月と少し前の話。
 宿から離れ、新たなクエスト――【黒鷺】周辺に現れたゴブリンを追い返してくれ、と言う住民からの依頼を受け、五人は【黒鷺】から程近い草原地帯に足を運んでいた。
 初夏の蒸した風が吹き抜けていく、その視線の先には、ゴブリン――魔物と称される、角の生えた人間の子供のような生き物が三頭群れている。
 衣服を纏わず、手には鋭い爪、額に一本の角、ギザギザの乱杭歯、赤茶けた肌と、人間の外装でありながら一目で人間ではないと判ずる事が出来る、異形。
 それを見てユキノが「あれが魔物……! あれを追い払えばいいんだったよね??」とトウの裾を引っ張って確認している。
 トウは「えぇ、殺さずとも、この周辺から追い払えばそれで構わない、と言う達しでしたね」と、小さく顎を引いて肯定を示している。
 そこから少し距離を置いた場所――なだらかな傾斜になっている丘の上に並んだロアとアキは、ゴブリンに向かって駆けて行く二人を眺めていた。
 残るユイはユキノとトウの反対側からゴブリンを挟み撃ちにし、ゴブリンを盛大に戸惑わせている。
「それが散々悩んだ挙句の、君の願いなのかい?」
 愉しそうに囀るアキには視線を向けず、ロアは小さく鼻で笑った。
「お前さんと今後も末永く付き合うには、必要な工程じゃと踏んだ」
「――“そんなつまらない願いでいいの?”」嘲笑をふんだんに塗りたくった顔で、アキは笑声を吐き出した。「まぁ、君が願ってしまった以上、私は問答無用で叶えるけどね。あーあ、貴重な願いを、そんなつまらない事に使っちゃうなんて、君も馬鹿だねぇ」
「つまりその発言はワシに対して虚偽が含まれてないと見做していいんじゃな?」
 アキを見ずに吐き出された確認に、彼女はやれやれと溜め息を吐き出した。
「そうだよ、君に対して私は虚偽の発言を出来なくなった。これで満足かい?」
「じゃあ問おうかの。――シスイは本当に、世界を滅ぼすゲームに於いて、重要な立場の人間なのか、否か」
 あの晩の出来事を蒸し返すロアの声に、感情は載っていなかった。
 アキはあの時、こう言った。
“そう! 世界を滅ぼすゲームで、重要な位置に立つ存在なんだよ、彼は。彼は、人類側から見れば、正義の味方、かな。人類の護り手だもの、英雄って言ってもいいかもね♪”
 ここに虚偽が含まれているのか否かを、ロアは確認したかった。
 正しければ正しいで、別に構わなかった。ただ、彼は恐らく……いや、絶対に再びロアの前に姿を現す。その確信が有ったからこそ、相手の正体を今一度見極めておきたかったのだ。
 願望を成就する形で彼を殺害するか、否かを。
 アキは走り回るゴブリンと、三人の冒険者を見下ろして、つまらなそうに唇を尖らせた。
「“知らない”」
「……つまり、あの時の発言は、出まかせじゃった。そういう事かの?」
「“そうだよー”」退屈そうに声を吐き出すアキ。
「では何故風呂場でワシの元を離れた?」
「“その方が面白くなりそうだったからだよ”」
 つまりこの禍神は、呼吸するように嘘を吐いていたと言う事だ。
 呆れ果てると同時に、早急にこの願いを告げておいて良かったと、ロアは確信した。
 このアキと言う禍神は、何の脈絡も無く、ただ己の欲望を満たすためだけに虚偽の発言を繰り、他人を騙して蜜を吸う存在だと、再認識した。
 侮れないのではない。信用に足る要素が一切合切欠けているのだ。
「つまり、お前さんには世界を滅ぼすゲームに於ける重要な人物と言うのは、誰であるか認識できない、そういう事じゃな?」
「“はーい、そーでーす”」嫌悪感を満面に浮かべて舌を出すアキ。「あーあ、つまんないの。君と一緒に遊びたいだけだったのに、これじゃあ尋問じゃない。思考と思考をぶつけ合う心理戦とか駆け引きとか、愉しみたかったのになー」重い重い溜め息を吐き出すと、石ころを蹴飛ばした。
「ワシはお前さんと遊ぶつもりは毛頭無いでな」嘲笑うように口唇を歪めるロア。「お前さんは、ワシの生活を豊かにする事でしか利用しないからのう」
「へーぇ」
 つまらなそうに、関心を失ったかのように、ロアから視線を逸らすアキに、ロアは真剣な表情で問いを続けた。
「世界を滅ぼすゲームは、いつから始まっておるんじゃ?」
「“もう始まってるよ”」
「明確な開始時刻を言ってくれんかの」
「“八百年前から”」
 アキはその場にあぐらを掻いて欠伸をし始めた。
 ロアはそんなアキを見下ろして、怪訝な表情を浮かべる。
「……そんな古くから行われておるのか?」
「“そうだよー”」
「禍神はお前さん含めて四人おるじゃろう。どんな奴なんじゃ」
「“一人は悪、一人は救済、一人は真実。因みに私は執着”」アキは不意に立ち上がると、ロアを指差した。「――面白くないから、私暫く家出する。先に私の願い、言っとくね。“糸ヶ谷ユイの依頼を受けろ”。それじゃーね」
「――は?」間の抜けた声を発するロアに構わず、アキは勝手に歩き出して、どんどん遠ざかっていく。「何じゃと?」
 振り返りもせず、アキはそのまま見えなくなってしまった。

◇◆◇◆◇

 それから一ヶ月と少し。結局あのまま姿を消したアキは一度もロアの元に姿を現す事無く、時間だけが過ぎ去って行った。
 それでどうなったのか、ロア自身にもサッパリ分からなかった。クエストをやる上で怪我をしたらすぐに怪我が治る訳でもなく、かと言って死ぬほどの怪我を負う事は無かったので不死性の確認も出来ず、まんじりとした日々が連なっただけだ。
 三人の娘にアキの所在を訊かれても、彼女は家出したと一貫して応じているが、三人ともよく分かってなさそうな反応しか返さなかった。
 そもそもロアとアキは一心同体の筈で、それはつまり互いに離れる事の出来ない関係なのだと、誰もが懐いていた共通見解が崩れたと言う事を意味する。
 故にこそユイは願いを叶えて貰わずに過ごしていたのだろうと認識したのだろうし、恐らくは目に見えない形でアキが近くに存在しているのだろう、と言う憶測でロアを見ているのだろう。
 併しながらロア自身、あの日以来アキの存在を知覚する事無く過ごしていて、更に言えば戦極群などと言う悍ましい連中が訪れる事も無く、今まで通りの平穏な冒険者ライフを送れて、本音を言えば充足していた。
 欲を言えばこの三人娘から解放されたいと言う意志が有ったが、どこでアキの願いが影響するか分からない以上、当面は彼女らと行動を共にするしかなかった。
 そうした日々が一ヶ月と少し続いた後に、不意に持ち掛けられたユイからの依頼に、アキが何故この件を先読みできたのか、それとも偶然だったのか、分からないままロアは準備を整え、【翡翠の幻林】行きの狼車に乗り込んだ。
 狼車。現代の交通手段の一つで、“野渡狼(ヤトロウ)”と呼ばれる、体長三メートルを有する大型の狼二頭に牽引させる、大型の犬ぞりである。客車は木枠で出来た車輪四枚で支え、前方に御者台が有り、客が乗れるスペースは詰めれば八人まで乗車できる。
 野渡狼は、体調次第ではあるが、時速五十キロを維持しながら、平野でも丘陵地帯でも沼地でも寒暖が激しい土地でも、関係無く走破する頼もしい獣である。
 移動中に襲い掛かる魔物にも応戦できるし、且つ人間に調教されているため、襲い掛かってくる人間……つまり賊以外には牙を剥ける事は無い。
 剥き出しの犬歯が恐ろしい形相に映る野渡狼だが、愛玩として飼う市井の者も少なくない。
「猟竜、ハウンドラゴンって、どんな魔物なの? 爺ちゃん」
 急ぎの便ではない狼車であるため、時速三十キロ程のペースで移動中で、隣に座していたユキノが話しかけてきた。
 ユイが持ってきた冒険者ギルドからの依頼書を眺めていたロアは片眉を持ち上げると、依頼書から目を離してユキノに視線を転ずる。
「名の通り、狩りを行う竜じゃ」
「狩りを行う竜?」よく分かってなさそうに小首を傾げるユキノ。「えーと、罠とか仕掛けたりするのかな?」
「狩猟……大型獣を狩る時、人間は集団を組むのが基本じゃ」依頼書の一文をなぞり、ロアは続けた。「猟竜も同じじゃ。人間を狩る時、猟竜は集団で襲い掛かる。理性的に、人間が取るであろう行動を先読みして、罠へ向かわせ、確実に仕留める」
「うぅ、そんな恐ろしい竜なのかぁ……」ぶるぶると体を震わせるユキノ。「わたし、ちゃんと戦えるかなぁ……」
「私が付いておりますし、ロア様とユイ様もお供しますから、ユキノ様も安心して腕を振るわれれば良いと思います」ユキノの隣で小さく微笑むトウ。
「うん、ありがとっ、父さん!」ニパッと快活に笑うユキノ。
「ワシらは新米冒険者じゃからの、今回はワシらよりもランクが上の、先輩冒険者の胸を借りてクエストを執り行う事になる」ユキノから視線を外し、再び依頼書に視線を落とすロア。「ワシらを指揮してくれる先輩冒険者がマトモな輩である事を祈っておれ」
「まるで先輩冒険者にマトモじゃない輩がいるような台詞だねぇ」ロアの正面に座すユイが口唇を皮肉に歪めた。「尤も、あたしみたいなハンター下がりの冒険者が言える義理じゃないけどさ」
「ユイ姉さんはめっちゃ頼りにしてるよ!」ふんすふんすと鼻息荒いユキノ。「いつも助けられてばっかりだけど、今回こそ、ユイ姉さんの役に立ってみせるからね、わたし!」
「おーう、期待してるぜぇ~」ニヤニヤと意地の悪い笑みを返すユイ。
「……まっ、冒険者自体、ピンキリじゃからの。実力さえ伴えば悪人ですら生業に出来る、何でも屋じゃからのう」
 故にこそ、戦極群のような狂れた存在を許容する事になるのだ、とロアは胸の内で毒を吐いた。
 戦極群自体、冒険者として認定されていない可能性は有るが、あの極悪非道な二人組とて、異質な力を会得していたと言う事は、ダンジョンを攻略した証拠……冒険者として活動していた時期が有ると言う事になる。
 容易く幼子の命を奪う真似をする者ですら、この世界では冒険者として生計を立てていける。
 それだけ緩い規律で、誰でもなれる生業だからこそ、ロアのような怠け者でも、ユキノのような上流階級のお嬢様でも、トウのような呪いを纏った者でも、ユイのような元ハンターでも、冒険者と名乗れて、生活に困らないのだから、言いたい文句は有っても、呑み込んでしまうのだ。
「爺ちゃんは、人の願いを叶えちゃう、凄腕冒険者だもんね!」
 ユキノの疑う事を全く知らない無垢の視線を受けて、ロアは苦笑を浮かべて肩を竦める。
「どうじゃろうな、もう願いを叶える事は無いかも知れんぞ」と言って、もう一ヶ月以上顔を見ていない禍々しい少女を思い出すロア。「願いを叶えるための神が、もうおらんからのう」
「アキさん、どこ行っちゃったんだろうね」座席に深く凭れ掛かって、ユキノは「うぅ~」と唇を尖らせた。「爺ちゃん、怒らせちゃったんだったら、やっぱり爺ちゃんから謝りに行かないと、ダメだと思うよ?」
「……そうじゃのう」
 謝るつもりは、意志は、全く無い。
 アキを不快にさせた理由は分かっているし、謝らなければならないのは己自身である事を、ロアは理解している。
 けれど――ロアは、これで良かったと、このままで良いと、アキと別れた瞬間から想いが変わる事は無かった。
 不死性が失われているのであれば、最低限の逃げ道を確保できているも同然。
 願いが叶えられなくなったとしても、それは人として当たり前の生を歩む道に戻ったと言う事で、問題ではない。
 禍神と係わり合う事の無い平穏な生活が戻ってきたのであれば、それは祝福されるべき幸運ではないだろうか。
 ――そう、納得し、理解している。
 にも拘らず、ロアは浮かない表情だった。
 心の底で、もしかしたら気づいていたのかも知れない。気づいていたのに、気づかないふりをし続けていたのかも知れない。
 あの禍々しい女神は、必ず再び己の前に現れる。その事実を認めたくないがために、今の平穏を、噛み締めていたのかも知れない。
 現に、アキがいなくても禍神に纏わる事象は動き続ける。ユイの主である庭師が依頼を持ち掛けてきて、これから向かう先の猟竜討滅のクエストでは、庭師が一堂に会するかも知れないとまで言われている。
 嫌な予感は拭えない。けれどロアは、現地で何が起ころうが構わなかった。
“また、逃げれば良い”と、考えていた。
 窓の外には平野が広がっている。空には灰色の雲が増えつつあった。空気は湿り、クエスト中に一雨来そうだな、とロアは思い、視線を客車に戻すと、瞑目する。
 もうじき【翡翠の幻林】だ。禍異物との殺し合いが始まる。

【後書】
 と言う訳でアキさんに愛想を尽かされて家出されてしまう爺ちゃんなのでした(笑)。
 アキさんが嘘つきなのも困り者ですが、何でもかんでも逃げようとする爺ちゃんも困り者です。あれ? この物語も困ったさんしかいない…?w
 そんなこったで次回、第16話「猟竜の棲む森〈4〉」…遂に現地に到着! そこでお世話になる先輩さんとは…!? お楽しみに!

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