2018年7月16日月曜日

【夢幻神戯】第17話 猟竜の棲む森〈5〉【オリジナル小説】

■あらすじ
「――君の願いを叶えてあげると言ったんだ。対価として、私の願いを、君が叶えるんだ」冒険者ロアは理不尽な死を迎え、深紅の湖の底に浮かぶ少女と契約を交わした。それは、世界を滅ぼすゲームの始まりであり、長い長い旅路の幕開けだった。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】の二ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公

■第17話

カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217

第17話 猟竜の棲む森〈5〉


「――皆、この地に踏み入るのは初めてなのか」

【翡翠の幻林】に侵入を果たしたロア一行に随伴する鶏官隊の下士官・テンセイの世間話のような声掛けに、ロアは反応しなかった。
 先頭を行くのはユイで、地面に降り積もった輝翠樹の光り輝く木の葉を踏み締めながら、辺りを警戒して進んで行く背中を、ロアは見失わないように追って行く。
 その背中を追うのが、世間話に華を咲かせているユキノとトウ、そしてテンセイの三人だった。
「名前しか聞いた事無かったんだけどね、とっても幻想的な場所だね!」テンセイの数歩前を、能天気に踊るように進んで行くユキノ。「神秘的って言うかー、何て言うかこう、ワクワクしてきちゃうよね!」
「もう夜半を迎えているのにこの明るさは、流石に体内時計が狂ってしまいそうですね」
 トウの呆然とした声に、ロアは肯定の意を示すように小さく鼻息を落とした。
 輝翠樹の放つ翡翠色の光は、昼夜を問わず放たれ続ける。故に、もう日没を迎えた現時点でも、頭上を枝葉の天蓋で覆われていても尚、世界は翡翠色の輝きに満ちていた。
 淡い輝きであるとは言え、全ての木の葉が光を放っているのである、時計が無かったら本当に日が暮れている事を失念させる程の明るさに包まれていた。
 色彩感覚の狂い、体内時計の狂い。何れも些細な感覚の狂いではあれど、ここが既に魔物の領域である以上、それはともすれば致命的な狂いとなる事も有り得る。
 ロアはそんな事を考えながらも、背後の三人の会話をBGMにして、ユイの背中を追い続ける。
 ユイは背後の三人の会話に全く関心が無いのか、ハンターとしての意識がそうさせるのか、或いは天性の猟人の血が騒ぐのか、ひょいひょいと身軽なステップで進んでは止まり、耳を澄ませて意識を研ぎ、そしてまた軽快な足取りで先に進む、と言う挙動を繰り返していた。
「父さん、今何時なの?」背後からまた呑気なユキノの声が聞こえてきた。
「もうやがて夜九時を差そうとしていますね」懐中時計を開いて確認するトウ。「外の世界は完全に夜を迎えていますよ、ユキノ様は眠たくありませんか? 良かったら私が負ぶってあげても構いませんよ」ニコ、と穏和な微笑を浮かべているのがありありと伝わってくる。
「ええー、いいようー、子供じゃないんだからぁー」ぷぅ、と頬を膨らませて膨れっ面になっているユキノの表情がありありと伝わってくる。「でもさ、お腹空いちゃったよね! そろそろお弁当食べない? ねぇねぇ爺ちゃん、そろそろお弁当~!」
「……」疲れ果てた様子で頭を支えるロアだったが、先にユイが「おっ、いいねぇ~、そろそろご飯休憩にしちゃうかい旦那~?」とぴょんぴょんと跳ねて戻って来た。
「ほら、姉さんもああ言ってる事だし、お弁当にしようよう爺ちゃん! 腹が減っては戦は出来ぬ、って昔から言うでしょ? 皆でご飯食べて、元気溌剌でクエストに挑もうよ! ね!?」
 ニパーッと屈託の無い笑顔を見せられて、最早返答すら出来なくなるぐらいに呆れ果てた様子のロアだったが、「分かった、分かったからそう騒がんどくれ、魔物に気づかれたら面倒じゃろ……」と、辛うじて注意の声を投げた。
「あっ、そうだね! ここはもう、魔物の領域だもんね! ごめんね爺ちゃん! わたし、気を付けるよ!」と、やっぱり大声で応じるユキノに、最早ロアは何も言い返す事が出来なかった。
「ハロとやら。貴様は苦労してるんだな。今完全に貴様の苦労を把握したぞ」
 ポン、とロアの頭を撫でるテンセイに、彼はげんなりとした顔で、「……把握したのなら、ワシを子供扱いせんでくれんかのう」と弱々しいツッコミの声を上げるのだった。

◇◆◇◆◇

「姉さんの作ったオニギリ美味しい~! 具のコマ切れ肉が、とっても美味しいよ~!」
 休憩と称して、【翡翠の幻林】の只中でオニギリをパクつく娘には違和感を禁じ得なかったが、テンセイが何も口を挟まない以上、ロアは黙してオニギリを胃袋に落として行った。
「テンセイ様は、鶏官隊として長いのですか?」
 先にオニギリを食べ終えたトウが、何気無く下士官に声を掛けた。
 フルフェイスの鶏冠兜を被ったままなので表情は掴めないが、「うーん」と唸り声を上げている事から、困った表情を浮かべているようなイメージを受けた。
「私は元々鶏官隊ではなかったのだが、二年ほど前に腕を見込まれて在籍を許されてな。故に、鶏官隊としての歴史は他の者より遥かに浅いぞ」困った反応を見せたかと思いきや、あっさりと公言していくテンセイに、ロアは微かな驚きを見せた。「それ故、礼儀や風儀とやらが未だによく分からんのだ。言葉遣いこそ、我が主を見習って改めておるが、それとて付け焼き刃よ」
「そうなんだ! でもテンセイさん……だから、えーっと、テンさん! テンさん、とってもしっかりしてる感じだよ! 何て言うか、うん、そう、アレだよ! しっかりさんって感じ!」テンセイを指差したり頷いたり手を打ったりと仕草が喧しいユキノ。
「はは、しっかりさんか」表情は読めなくても苦笑を浮かべている事がしっかり伝わってくるテンセイの渋い声。「ユキノ殿も、若輩の冒険者にしては肝が据わっていると言うか、怖い物無しと言った風情よな」
「えー? そうかなぁ」照れてるのか頭を掻き始めるユキノ。「えへへ、褒められちゃった」
 ――今の褒められたのか?
 とツッコミを入れそうになったが、ロアは咳払いするだけで何とか合いの手を呑み込んだ。
「併し――改めて変わった組み合わせよな」テンセイがぐるりと一同を見回す。「新米の冒険者として招集された割には、皆、新米の冒険者の目つきではあるまい。熟達の戦士としての鋭さを備えておるように見える」
 流石に鶏官隊として下士官を務めているだけの審美眼は有しているのだろう、とロアは胸の内で賛辞を送った。
 それもその筈、一人は【中立国】が誇る舞姫、一人は不死の呪いが掛かった剣士、一人は庭師に仕える元ハンター、そしてロア自身、禍神と運命を共にする庭師である。マトモな面子である筈が無かった。
 勿論その事を明るみに出すつもりが無いロアは、黙して状況を見守るだけだが。
「えへへ、わたしもしかして、冒険者としての素質が有るのかも! だって、えっと、何だっけ? あっ、そうそう、鶏官隊のお菓子の……缶? の人に、こんなに褒められるんだもん!」
 ユキノ以外の四人が「こいつ、下士官の事、お菓子の缶だと勘違いしてるのか……?」と脳裏で同じ想像を働かせたのだが、誰も口に出す事は無かった。
 そしてその“お菓子の缶”である男は「貴様以外の事を言ったのだがな……」と考えていたのだが、それも舌に載せる事は無く、微妙な空気が流れただけで、やがて過ぎ去っていく。
「――さて、そろそろ休憩はおしまいとしようか」パンパンッ、と尻に付いた光り輝く木の葉を払って立ち上がるユイ。「戦闘準備しな、狩りが始まるぜぇ」
 ――――ピリッとした緊張感が、場に駆け抜ける。
 ロアだけでなく、ユキノとトウも、その時になってやっと気づいた。周囲に獣影が見え隠れしている事に。
 冒険者だからと言って、誰もが魔物の気配が読める――などと言う人外染みた力を獲得する訳ではない。音も無く忍び寄る魔手に気づかず、そのまま命を落とす者がごまんといる世界である、ユイがこの場にいなければ、知覚する事も無く襲われ、冒険者としてここに眠る未来が訪れていただろう。
 ロア自身、緊張感を解いていた訳でも、油断していた訳でもない。微かな物音にも反応できるように耳を欹て、知覚を鋭敏化していたつもりだった。けれど、ユイの知覚圏はその倍以上の効力を有しているのか、ロアが認識できる範囲を遥かに上回る距離にいる魔物の影を捉えていた。
 凶影は視認できるだけで五つ。黒と濃緑の斑模様の皮膚を有する、二息歩行のトカゲのような姿には見覚えが有る。あれこそが、猟竜――ハウンドラゴンの、幼体であるから幼猟竜・プチハウンドラゴンだ。
 彼らは鳴き声も上げずに、目配せだけで合図を送り合い、少しずつ間合いを詰めて来ている。このまま戦闘に陥れば、五対五の殺し合いになる――“訳ではない”。
 ロアは具にプチハウンドラゴンの動きを見つめて、誰を狙っているのか探ろうとする。
「――いざと言う時は私が何とかする」ポン、と肩肘張っていたロアの頭を子供のように撫でる鶏官隊の下士官。「そう身構えなくとも良い。気楽に、いつも通り、事に臨め。程好い緊張なら未だしも、貴様らは少し固いな」
 テンセイの視線の先にいたユキノも、「あっ、バレてた?」と小さく舌を出しておどけてみせるも、冷や汗が浮いているのをロアは見逃さなかった。
 トウとユイは全く動じる事無く辺りを警戒している。ユイは未だしも、トウに緊張感らしい強張りが見えないのは、ロアには意外に感じられた。
「バレてるとも。そのために私がいる」愉しそうに囀るテンセイからは余裕が溢れていた。「案じずとも良い。それに――トウ殿とユイ殿も、心強かろう」
「へへっ、そいつはどうかねぇ」悪そうな笑みを口唇に載せるユイ。「下士官様がいるからって余裕かましてるだけかもよ?」
「淑女足るもの、この程度の難境で戸惑っていてはなりませんからね」微笑を浮かべて、泰然と腰に挿している刀に手を置くトウ。「淑女の嗜みと言う奴です」
「カッコいいなぁ! 姉さんも、父さんも、もーっ、めっちゃカッコいいよね! ねっ、爺ちゃん!」瞳をキラキラ輝かせてロアの手を引っ張り回すユキノ。「爺ちゃんもああいうのやってああいうの!」
「ええい喧しいわ! これ以上緊張感を削ぐでない!!」手を振り払ってユキノの頭に手刀を振り下ろすロア。「姉ちゃん、一応言うておくぞ。ワシはお前さんらが知っておる通り、戦闘に関してはカラッキシじゃ。ワシが振るえるのは智識。お前さんを守る力は無いからの」
「分かってるよ~、爺ちゃん、ボケた爺ちゃんみたいに同じ事を何回も言わなくても、わたし分かってるよ~?」
「ああそうじゃったのワシが悪かったわいクソッタレ」
 辟易とした表情で、ロアが改めて戦場に意識を戻すと、ユイがジャラジャラと小さな水晶玉を手の中で転がしながら、ゆっくりと後退して来た。
「なぁ旦那。父ちゃんの剣技、見たくない?」
「あぁ?」訳が分からないと視線を尖らせるロア。「何を言うとるんじゃ、こんな時に」
「普段の活動じゃ、戦闘なんてまずまず起こらないしさ、父ちゃんがあの刀抜いた所、あたしゃまだ見た事無いんだよねぇ」ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべたまま、ユイは続ける。「不味くなったら速攻で片づけるからさ、ちょっとだけ――あたし傍観するねぇ」
「――おや? ユイ様、いつもなら先陣を切られていたと思うのですが、今回は後衛ですか?」
 ユイがロアの元から動かないのを見かねて、トウが不思議そうに声を投げてきた。その表情には柔和な色が浮かんだままで、やはり緊張感からは遠い。
 ユイは「そそ、偶には父ちゃんに活躍の場を譲ってあげたくてねぇ」とからかうように笑い返したが、トウは「それは有り難う御座います。では……」と何の疑問も躊躇も無く、四人の前に立つように、歩み出した。
 確かに――と、ロアも考えていた。
 トウの実力は、この面子の中に知る者がいない。不死の呪いが掛けられている事ぐらいしか、実は彼女に就いて知っている事が無いのだ。
 事有る毎に「淑女の嗜みですから」と自信有り気に誇らしく語る口癖と、人より数倍燃費の悪い胃袋と、どんな話をしていても微笑を崩さない穏和な女である――と言う情報が、無迷トウの全てだ。
 刀を腰に挿している事から剣士である事は分かるのだが、その刀が抜かれた事は未だかつてない。どの程度の実力を有しているのか、これまで明かされる場面に恵まれなかった。
 こちらに気づかれているにも拘らず、竜影は足音を立てる事無く肉薄し、もうその距離は十メートル圏内にまで迫ろうとしていた。
 プチハウンドラゴンは五頭ともが体長二メートルほど……大人の人間ほどの体躯を有し、それが範囲を狭めるように近づいて来るのは、冒険者であっても恐怖を禁じ得ない。
 鋭い鉤爪と牙、感情の点らない瞳、ざらついた粗皮。爬虫類に近い生命体でありながらも、禍々しい雰囲気は魔物特有の存在感だ。
 その五頭を代わる代わる視認していたロアは、一頭が大きく跳躍した瞬間、――叫んだ。
「――狙いはユキノじゃ!!」
 大きく飛び跳ね、一瞬で距離を殺したプチハウンドラゴンは、その前脚に備わっている鉤爪で、ユキノの頭蓋を真っ二つに裂く――前に、空中で四等分に分解され、黒色の体液をばら撒いて翡翠色の地上に飛散した。
 キンッ、と言う鍔が鞘に戻る音と共に、トウが軽やかな動きで着地を決める。
 ユキノとロアは瞬きする事無くその姿を見つめていたが、あまりに速く、あまりに鮮やかで、言葉を失っていた。
 飛び掛かって来たプチハウンドラゴンを刹那に見切り、相手が跳び上がった瞬間に同時に跳躍――そして空中で抜刀したトウは、次の瞬間には目にも留まらぬ速度で斬撃を見舞い、プチハウンドラゴンは絶息、トウは黒血を一滴も浴びる事無く刀を鞘に納め、普段の微笑で四人を振り返った。
「有り難う御座います、お爺様。貴方のお陰で迅速に対応できました」
 トウのその発言が、皮肉や謙遜から来るものではない事は、彼女の人柄が証明しているのだが、そうだとしても、ロアは即座に返答できなかった。
 一瞬である。あの一瞬で、その判断を下せるだけの決断力、そしてそれを行動に移すだけの行動力、更に的確に、且つ確実に幼猟竜を斬獲するだけの技量、全てが備わっていたからこそ成し得た対応……そうとしか言いようが無かった。
 ずっと、……ずっと、淑女を自称するおかしな女だと思っていたロアは、己の審美眼が如何に狂っていたのか、改めて自覚した。
 彼女は――無迷トウは、不死の呪いを纏っている上に、人間として、――否、剣人として完成に近い存在だと、初めて認識できた。
「さぁ、第二陣が来ますよ。皆さん、どうか油断なさらぬよう」
 静かに、そして沈着に、更に自若と。トウは皆を鼓舞する。
 そうだ、今戦闘の火蓋が切って落とされたところなのだ。本戦はこれより幕を開ける。殺し合いと称した、殺戮劇が。

【後書】
 三ヶ月振りの最新話更新です! 大変お待たせ致しました…!
 と言う訳で今回からタイトルに入っていた「猟竜」がいよいよ姿を現した訳ですが、実際には「猟竜」ではなく「幼猟竜」でしたね! モンハンで言うところの「ドスランポス」ではなく「ランポス」みたいな扱いですね!w
 今回は父さんに少しだけスポットライトを当てましたが、このパーティ、各人それぞれヤバい性能持ちなので、或る種の「最強系パーティ」とか「俺TUEEEパーティ」のイメージで綴っております。尤も、わたくしの綴る「俺TUEEE」な物語では、味方サイドがそれだけ強ければ敵サイドも相応の強さを設定して綴りますので、今後の戦闘に関してはドキドキ愉しめると思います…! たぶん…!(ヲイ)
 次回、第18話「猟竜の棲む森〈6〉」…問題が発生しない訳が無いのが冒険者の常ですよね! お楽しみに~♪

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    待ってましたっ!よくぞ戻られた!!
    安定のユキノっち「鶏官隊のお菓子の……缶?」
    笑わせていただきましたwこれじゃツッコめないよねw

    そして父さん、ただの大食い淑女ではなかった!かっこよすぎ!

    再びロア君たちの冒険を見ることができると思うと
    +(0゚・∀・) + ワクテカ +止まりませんvv
    ただただありがとう!

    今回も楽しませて頂きました!
    次回も楽しみにしてますよ~vv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      大変お待たせ致しました~!
      安定のユキノっちwwこの子はほんともう癒し枠過ぎてこの物語には欠かせないファクターとなっております(笑)。

      ただの大食い淑女ではなかった!wwやっと出番が回ってきてホッとしておりますwwカッコいいですよね!ヾ(≧▽≦)ノ

      (*´σー`)エヘヘ わたくしとしてもとみちゃんにそこまで言って頂けると、更新した甲斐が有ったってもんですよ! こちらこそ有り難うと言わせて頂きたい…! 本当に有り難う…!

      今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです~!!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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