2018年8月28日火曜日

【夢幻神戯】第18話 猟竜の棲む森〈6〉【オリジナル小説】

■あらすじ
 遂に幼猟竜との遭遇を果たした冒険者一行。狩りの時間は既に開演を迎えている――――

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】の二ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公
カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
■第18話

第18話 猟竜の棲む森〈6〉


「――唄が、聞こえますわね」

【翡翠の幻林】の奥地……魔物が徘徊する危険域に広がる湖畔の片隅に、フリルがたくさんあしらわれた漆黒の衣装――俗に言うゴシックロリータ、ゴスロリと呼ばれる装束――を纏った少女が、隣に寝転がる幼猟竜を撫でながら、ポツリと独語を漏らした。
 カラスの濡れ羽色のしっとりとした長髪に、黒曜石のような美しい黒瞳を有する、年頃十二・三の少女は、素足を翡翠色に満ちた大地に踏み下ろし、ゆっくりと立ち上がる。
 闇を含んでいるかのような装束と髪と瞳を有する少女は、幼猟竜を撫でながら、薄っすらと笑みを浮かべる。
「揃ったのかしら。ねぇ、揃ったのかしらねぇ」幼猟竜を撫でながら、胡乱な瞳でその皮膜に舌を這わせる少女。「“代行者”が、会するのかしら。ねぇ、会するのかしらねぇ」
「――やぁ、“コトツミのディーラー”」
 何の前触れも無く。
 ボロボロになっている、濃緑色の着物を纏った少年が、黒衣の少女の背後に湧き上がる。
 少女は突然不快そうに表情を曇らせると、悠然とした動きで振り返った。
 少年――愉快で愉快で仕方ないと言わんばかりに口唇を歪めた、今し方冒険者として幻林に踏み入った、服も体もボロボロの男の子は、幼猟竜を前にしても強烈な笑みを崩す事無く、少女を見つめる。
“コトツミのディーラー”と呼ばれた少女は、そんな少年に嫌悪感を載せた視線を向け、これ見よがしに溜め息を吐き散らす。
「ディーラーなどと言う俗称はおやめになって? わたくしは“代行者”。貴方様も、禍神様の権能を代行する者。そうではなくて? ねぇ、そうではないかしら?」
「ヒヒッ、その話は平行線って前に結論が出たじゃないかぁ」笑いを殺しきれない様子で顎を押さえる少年。「僕はねぇ、君に助言をしに来たんだ。君は知らないだろう? クヒッ、“ディーラー”が、ここに集うって」
「知っていますわ。えぇ、知っていますわよ」冷たい眼差しで少年を見据える少女。「わたくしの子らが、教えてくれるの。この森に、踏み入ったと。ねぇ、踏み入ったのでしょう?」そこまで言うと、嫣然とした笑みを浮かべた。「“アキ様の代行者”は、どうするのかしら。ねぇ、どうすると思う?」
「キヒッ、それを今からプレゼンするのが僕らの仕事だろう?」そう言って少年は顔を右手で覆った。「“ディーラー”を迎えに行く前に、君の気配を感知したからさぁ、先に挨拶しに来ただけなんだよぉ、だからぁ、そんな香ばしい殺意を向けないでくれないかなぁ?」指の隙間から見える右目が、火花を散らした。「――無為に誅殺したくなるじゃぁないかぁ」
 二人が凄絶な表情で睨み合った瞬間、プチハウンドラゴンが恐怖の感情を覗かせて、慌ててその場から立ち去った。
 黒衣の少女が残念そうに右手を持ち上げた瞬間、――その右手が粉々に砕け散った。
「……酷い事しますのねぇ」鮮血――赤くない、真っ黒な体液をボタボタと垂れ流しながら、黒衣の少女は嘆くように目を伏せた。「これから愉しい愉しいお話をするのに、どうしてくれますの? ねぇ、どうしてくれますの?」
「ヒヒヒッ、ごめんねぇ、うっかり破砕しちゃったぁ」笑みを崩さず応じる少年。「でもさぁ、あんまり変な動き見せるのもさぁ、いけないと思わないかなぁ?」
「……」ボタボタと落ちる黒い血液は、翡翠色の腐葉土の上に落下すると、徐々に膨らみ、黒衣の少女の半分ほどの大きさの狼を形作った。「貴方様は、いつもそう。ねぇ、いつもそうでしょう? わたくしは、貴方様と争う気は有りませんわ。ねぇ、有りませんのよ? なのに貴方様はいつも、いつも、いつもいつもいつもいつも――――わたくしを傷つけるの」
 黒い血で出来た狼は、少年に襲い掛かる訳でもなく、黒衣の少女の破砕された右手を舐めて、――右手を、復元した。
 少女は元の色素の右手を握ったり広げたりした後、少年には一瞥もくれずに歩き出した。
 少年は笑いを噛み殺しながら、その背を追って声を掛ける。
「迎えに行くのかなぁ? 僕もご一緒していいかなぁ?」
「勝手にしたらいいんじゃないかしら。ねぇ、勝手にしたらどうかしら?」
「キヒッ、君は本当に優しいねぇ」
 得体の知れない少女と少年は、定まった方角に向かって、のんびりとした歩調で幻林を踏み締めていく。
 狂気が、幻林を染めていく。

◇◆◇◆◇

「――ユイ!」
 ユイに向かってプチハウンドラゴンが三頭同時に飛び掛かってくるも、具に観察して予測したロアの観察眼など意に介さないように、ユイは手のひらから湧き上がるビー玉を同時に三つ、指で弾いて撃ち出す。
 ビー玉は三頭同時にプチハウンドラゴンに着弾――次の瞬間には三頭同時に肉体が崩落。ベシャベシャと肉塊と黒い血液をばら撒きながら幻林を汚していった。
「あっ! 逃げた!!」
 ユキノの喚声を聞くまでも無く、その場に居合わせる全員が残り一頭となった幼猟竜の動向を見守っていた。
 刹那に三頭――大部分の同胞が殺戮されてしまった事実に危機意識を点したのだろう、仲間の敵討ちなどと言う非効率な行為に走る事無く、プチハウンドラゴンは一目散に退避を決め込んだ。
「追いますか?」「――いや、まずはこれでいい」トウが刹那に駈け出そうと前傾姿勢になるも、その直後にロアが手を挙げて制止した。
「プチハウンドラゴンも、阿呆じゃない」姿勢を戻したトウの近くまで歩み寄ると、ロアは早くも視界から消え失せた幼猟竜から視線を外し、不死の剣人に意識を向ける。「奴らは幼体と言っても狩りを行う竜種に変わりは無い、罠の危険性は鑑みねばならん」
「猟竜の罠とは、例えばどんなものなのでしょうか?」先刻、一瞬だけ場に緊張を強いる程の敵意と殺意を放出していたトウだが、その残滓を一切感じさせない沈着な表情でロアに向き直った。「落とし穴、とかでしょうか?」
「――過去の事例では冒険者を分断させ、多対一の環境を作り出して、一方的に斬獲する、と言うモノも有る」ロアはトウから視線を逸らし、プチハウンドラゴンが逃げた方角に視線を尖らせた。「彼奴等は、必ず群れで行動する。数の利で勝てぬと悟れば、即時撤退する。逃走経路には、冒険者を仕留める罠を用意する。……ワシらは、その環境下で、確実に、一頭ずつ仕留めていく。禍異物とて、無限に湧出する訳ではないからの、仕留めれば仕留めた分だけ、彼奴等は確実に数を減らす」そこまで告げると、ユキノに向き直った。「これが、冒険者と禍異物の殺し合いじゃよ。特に猟竜は、頭の回る禍異物じゃ。先に冷静さを失った方が、狩られると思え」
「はぁ~……」感嘆の吐息を漏らすユキノ。「よく分かんなかったけど、しっかりしてればいいんだね!?」とガッツポーズを決め始めた。
「……」途方に暮れた表情で言葉を無くすロア。「……まぁ、死なんでくれたら、それでいいわい」
「となると、長丁場になりそうですね」落ち着き払った表情でユキノの肩を叩くトウ。「お爺様の言う通りです、緊張感も確かに大事ですが、気を張り詰めている時間が長ければ長いほど、失態は犯し易いもの……のんびり参りましょう、のんびり」と微笑んだ。
「そうだね! 父さんの説明、分かり易くてわたし好きだなぁ~!」嬉しそうに微笑み返すユキノ。「爺ちゃんも、もっと分かり易く説明してね? 何か、こう、もっと、ほら、相手を想って!」
「はは、ハロ殿は気苦労が堪えんな」テンセイが苦笑を浮かべてロアの頭を撫でた――次の瞬間だった。
 テンセイの動きが固まり、即座に手を鶏冠兜に添えた。
 その動きに皆が疑問符を載せて見つめていると、彼は短く「御意」と呟くと、ロアに改めて視線を向けた。
「ハロ殿。通信機は音を拾っているであろうか?」
「ん?」言われて、気づく。幻林に踏み入ってから、一切の音を吐き出していない通信機の存在に。「何も聞こえんが」
「……そうか」神妙な面持ちでロアの言葉に頷くと、ユキノ、トウ、ユイにも確認し、誰も音を拾ってないと判明すると、彼は重苦しい声で悍ましい言葉を吐き出した。「……今し方、鶏官隊本体より報告が来てな。冒険者の中に、犯罪者が紛れ込んでいると有った」
「犯罪者……」ユキノが反芻して、チラッとロアに視線を向けた後、再びテンセイに視線を向け直す。「爺ちゃんは悪い奴じゃないよ!」
「何でそこでワシの名を挙げるんじゃお前さんは……!」緊張感と共に腹立たしさを隠し切れないロア。
「いや、ハロ殿ではない。現在、この【翡翠の幻林】で罪を犯している者がいるのだ」と言ってテンセイは溜め息を吐き出した。「冒険者を、“殺して回っている冒険者がいる”」
 ――その場に、緊張感を増す重圧が落ちてきた。
 ロアが視線だけユイに向けるが、彼女は意に介した様子も無く剽軽に口笛を吹くだけだった。
 冒険者を殺して回る冒険者。この幻林には、新米の冒険者が経験を積むためにやって来ているのだ、先導する鶏官隊の下士官や先達の冒険者の目を掻い潜って殺戮を働いているのであっても当然不味いが、問題は……
「……その者は、下士官も、熟達の冒険者も、屠っていると言う」
 ロアの顔に恐怖が混ざる。思わず想起してしまうのは、己がアキと遭遇する事態に陥った時の映像。
 戦極群のような人間が、この幻林に紛れている。それだけでも悍ましい事態だが、もしかしたらその者こそ……ユイの言う、“庭師”である可能性が有る。
 禍神の遣いと言うのだから、問答無用で人間を殺戮して回っているとしても、納得できてしまう。良心に期待して訪れてみれば、このざまだ。ロアは震えそうになる吐息を整えて、歯を食い縛る。
「……鶏官隊が屠られておるのだろう? ハウンドラゴンの討伐どころではない、そうじゃろう?」下士官を見上げて、ロアは問う。「その殺戮者を狩る作戦に変更、それでええか?」
「……」テンセイは鶏冠兜で表情が窺えなかったが、その長い間から、悩ましい表情を浮かべている事が察せられた。「貴様らの腕を見縊っている訳ではないし、私は貴様らの実力には目を瞠っている。――が、“逃げるべきだ”」
 真剣な声で吐き出された警告に、ロアは納得と理解を以て首肯を返した。
 鶏官隊の下士官ですら殺害されている以上、己達程度の冒険者が善戦できる訳が無い。彼――テンセイと力を合わせても敵わないと、テンセイ自身が言っているのだ。であれば、早々にこの魔窟は脱するに限る。
 そう思ってのロアの首肯だったのだが、ユキノが「でも、その犯罪者、誰が止めるの?」と、引き下がった。
 何を言っているんだこいつは――とユキノに視線を転じると、彼女は真剣な表情でテンセイを見つめていた。
「誰かがその人を止めないと、もっともっと、犠牲者が出るよね?」テンセイに穴が開きそうなほど、鋭い視線を突き込むユキノ。「誰かが止めないといけないなら、わたし達で何とかしようよ!」
「――ユキノ。お前さん、分かってて言っとるのか?」
 テンセイが苦言を呈する前に、ロアは思わずと言った様子で口を挟んだ。
 ユキノの、純真無垢な視線が、ロアを射抜く。
 ロアはそれに渋面を返し、併し言葉を引っ込める事無く、吐き出した。
「――ワシらでは、力を合わせても敵わんと、そう言っとるんじゃ」
「そんなの、やってみなくちゃ分からないじゃん!」
「お前さんより、何倍も強い鶏官隊の下士官がやられとるんじゃぞ?」
「力が弱くても、力を合わせたら何とかなるかも知れないじゃん!」
「――本当に、そう思っとるのか?」
 ユキノが譲らないのなら。
 ロアも、真剣に彼女を見つめる。
 本当に、本気でそんな事を思っているのか。現実と妄想の区別が付いていないだけなのではないか。戦力差と言うモノを理解していないのではないか。
 己の実力を、仲間の技量を、過信していないか。
 見極めるために、見定めるために、ロアは彼女に真摯に問いかける。
「お前さんは、本気でその殺戮者と、ワシらが渡り合えると――ワシらが誰も死なずに斃せると、思っておるのか?」
 ロアの、一切の欺瞞も虚勢も見逃さないと言う視線に浴した少女は、――小さく首を“否”と振った。
「犠牲は、出ると思う」バッサリと、ユキノは告げる。「でも、止めなくちゃ。どれだけ相手が強靭無比でも、実力差が圧倒的でも、全滅する恐れが有るとしても――止めなくちゃ、わたし、冒険者を名乗れないよ」
 ユキノの瞳は出逢った時から一切変わらず、澄んだ水面のような透明な色で応えた。
 ……思えば、彼女は初めからそうだったと、ロアは思い出した。
 ――わたしね、困ってる人を助けたいの! わたしはそのために冒険するの!
【中立国】で舞姫として上流階級の生活を約束されていながら、その人生をほっぽりだして、“困ってる人を助ける”そのためだけに、冒険者を始めた彼女を前に、テンセイが出した結論は、ロアが選んだ選択は、あまりに――見据えている冒険者としての像が、食い違う。
 ユキノは、どう考えても早死にするタイプだ。ロアは確信を以て溜め息を吐き出した。そんな彼女と共にいなければならないと言う願いを叶えなければ、己の生死がどうなるか分からないなんて、どんな地獄絵図だ。
 彼女は真剣にそう宣言し、選択している。ロアでは、――テンセイであっても、止められまい。
 ……だったら、
「……済まんのぅ、テンセイ」ロアはテンセイに背を向けて、ユキノの肩を叩いて歩き始めた。――幻林の、“奥に向かって”。「ワシは、ユキノに従う事にする。――殺戮者を、止めてみせるわい」
「お爺様……」トウが感じ入った声を吐き出した。「お爺様が行くのであれば、是非も有りません。お供致しましょう、私を存分に振るってください」と言ってロアの傍に歩み寄った。
「旦那がその気ならあたしも無論付いて行くさ」スッとロアの元に近づくユイ。「殺戮者ってのも、気になる所だしねぇ」
「……正気か?」テンセイは思わず戸惑いの声を吐き出してしまうが、すぐに鶏冠兜を振って、「……いや、聞くだけ野暮であろうな」と苦笑を漏らした。「幻林の外まで先導しようと思ったが、貴様らを見て気が変わった。私も、手を貸そう」
「……全く、人の好い奴らばかり揃ったもんじゃの」思わずと言った様子で苦い笑みを刷いてしまうロア。
「だって、皆冒険者だもん、当たり前じゃん!」
 ユキノの快活な笑みに、皆くすぐったそうな笑みを浮かべる。
 冒険者だから、当たり前。
 そんな当たり前の事を、今更思い出す事になるとは。――と、皆同じ感想を懐いて、胸の内で彼女に感謝するのだった。

【後書】
 当たり前を思い出す、と言いますか、己はどうしてこんな事を始めたのか、と言う初心に戻る事って、めちゃんこ大事ですよねってお話です(ちょっと違うw)。
 ユキノちゃんがねー、もう言いたい放題言ってくれるお陰で、物語がトントンと大変な方向に向かっていきます(笑)。だからこそこの場にいてくれて良かった~と思う反面、これ誰か死ぬ流れでは…w と思いながら綴っておりますww 生きてーっ!w
 そんなこったで「猟竜の棲む森」編も段々とキナ臭くなって参りましたよ! あと今回からあらすじをちょこっとだけ弄りました! この辺も中二中二した味が出せるようにして参りますゆえ、どうかお楽しみに!
 次回は殺戮者をどうにかする彼らが、大変な目に遭う…? えっ? し、しn…? …お、お楽しみにーっ!w

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    とても怪しげな二人の登場でますます混迷の度合いが高まっております。
    何事もなければよいのですが…(そんな訳はない。)

    「だって、皆冒険者だもん、当たり前じゃん!」
    いいぞ!ユキノっちvv普段の言動からは想像できないけど
    彼女はかなりの覚悟で冒険者になってるのではないかなぁ。
    フラグ立ちまくっちゃったけど、なんとか切り抜けてほしいものです。

    鶏官隊のお菓子の……缶まで巻き込んで殺戮者退治になったクエスト。
    ほんとまじで 生きてーっ!

    今回も楽しませて頂きました!
    次回も楽しみにしてますよ~vv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      (ΦωΦ)フフフ…この二人が出てきて何事も無い訳が無いですよね!ww

      そうなんですよ! ユキノっちはこれあれなんです、普段の雰囲気からは全く察せられないほど、実は凄い冒険者なのです!(語彙力~!)
      このFlagを駆け抜けられる存在…それこそがユキノっち…!

      ほんそれwwほんとまじで生きてーっ!ww

      今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです~!!
      次回も! ぜひぜひお楽しみに~♪

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