2018年8月23日木曜日

【霊夏】4.【オリジナル小説】

■あらすじ
父が再婚すると言ったのを機に、自分を産んで一年後に亡くなった母の故郷を訪れた少年は、謎の少女と不思議なお盆を過ごす事になる……ほのぼの系現代ファンタジーの短編です。
※注意※2013/08/16に掲載された文章の再掲です。新規で後書を追加しております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、【小説家になろう】、【ハーメルン】、【Pixiv】、【風雅の戯賊領】の六ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
現代 幽霊 盆踊り ほのぼの ライトノベル 男主人公

■第4話

小説家になろう■https://ncode.syosetu.com/n2253bt/
カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881698055
Pixiv■https://www.pixiv.net/series.php?id=766662
ハーメルン■https://syosetu.org/novel/74118/

4.


 お布団を敷いてある部屋にもう一組のお布団が敷いてある。電灯の消えた部屋は、煌々と輝く銀盤の光で青白く沈んでいる。僕は部屋の中心に敷かれたお布団の中で、タオルケットを被りながら、ぼんやりと隣で眠る涼子さんを眺めていた。
 眠れない訳じゃない。僕が至った一つの仮説を、涼子さんはどう思っているのか、聞きたかったのだ。
 心の中を読める涼子さんなら、もう僕が考えた仮説の内容を把握しているに違いないのに、瞼は閉じたままで、声を掛けてくる様子も無い。……勿論、僕が立てた仮説ってのは多分に飛躍しているし、そもそもファンタジーだ。現実的じゃない。
 だから涼子さんが呆れてツッコミを入れる気も湧かない、と言う感想を懐いているのであれば、それはそれで仕方ない話だとも判っていた。だけど、僕が立てた仮説が正しければ、涼子さんと話せるのも、あと僅かなのだ。
「……眠れないのかしら」
 夏虫に負けそうな程の声量で、涼子さんがポツリと呟きを漏らした。やっぱり起きていた、と言う予想が当たっていた事による達成感よりも、今は僕の心の中で起きてる論争の終結が間近に迫ってる事に対する緊張感の方が、断然強かった。
 涼子さんは瞼を開かない。天井に顔を向けたまま、僕の返答を待たずに言葉を続ける。
「……私は、君のお母さんじゃないわ」
 端的に、簡潔に、涼子さんは決然とした語調で、そう告げた。
 だけど、僕にはその言葉を真正面から受け入れられる程、確証が無かった訳じゃ、ない。
 確かに苗字は違うし、ここの子じゃないと明言しているし、何より――母さんは九年前に亡くなってる。そんな現実を見ずに、いきなり涼子さんの事を母さんと認識したのは、勿論理由が有る。但し……ファンタジーを含むけど。
 僕が結論に到るまでの道筋を、頭の中で再び構築して、涼子さんに開陳する。心の中を全て読まれている事を承知の上で、僕は徐に口を開く。
「ずっと、気になってたんだ。“嘘は吐けない”、“嘘を吐く”。どうして名前の後にそんな事を付け加える必要が有ったんだろうって」寝転がったまま、涼子さんの横顔を見据える。「アレって全部、自分が何者なのかを示す、ヒントだったんだ。……そうでしょ? 涼子さん」
「……」
 涼子さんは瞑目したまま何も言わない。彼女は既に僕の心を読んで答を知っている。僕が説明をするのは、現実として彼女に示すためだ。口にしなければ、答を持ち合わせていても、答えたとは言えない。
 僕は僕の意志を示すために、続きを継ぐ。
「ローマ字で名前を書かせたのも、アレは言わば僕を答に辿り着かせるためにしてくれた、大ヒントだったんだ。涼子さんが何者なのか。どうして嘘を吐くとか吐かないとか言ったのか。……僕にも判り易く気付かせるための、布石だったんだ」
「……」
 涼子さんは沈黙を返すだけで、肯定もしなければ否定もしない。相槌を打つ事も無く、まるで寝ているかのような静かさで、僕の与太話を静聴してくれている。
 頭は冴えていた。もう深夜と言うべき時間帯だけれど、言うべき事は頭の中に浮かび上がってくるし、それを言語化する機能も十全に果たされている。明瞭な思考のまま、僕が至った結論をゆっくりと述懐していく。
「希田涼子をローマ字に置き換えると、KIDARYOUKO。涼子さんは、嘘は吐かないと言った。僕の母さんの名前は、六道小夜子。ローマ字に置き換えると、RIKIDOUSAYOKO。母さんは、嘘を吐く。母さんのローマ字化した名前から嘘……つまり、USOを抜いて並び替えると、……KIDARYOUKO……希田涼子、になる」ゆっくりと噛み締めるように、言った。「……涼子さんは、六道小夜子……母さんだと、僕は考えた」
「……ふふ」不意に、涼子さんの口唇に笑みが浮かんだ。「流石に宗佑の子だけあって、聡いわね」
 宗佑。僕の父さんの名前だ。僕は、父さんの名前を口にした事は、昨日も今日も、無い。お婆ちゃんも、「お父さん」としか言ってない。それはつまり、涼子さんにその名前を知るタイミングは無かったと言う事。
 ……いや、それでも確定ではない。お婆ちゃんが、僕のいない間に話していた可能性だって捨てきれないし、そもそも六道小夜子と言う人が東狐寺に於いて有名になっているのであれば、その配偶者の名前も同様に知られているかも知れないのだ。
 僕は生唾を飲み下し、涼子さんの横顔を見つめ続ける。彼女はゆっくりと瞼を開くと、天井を見上げたまま、小さく口を動かした。
「でも、君のお母さん……六道小夜子はもう亡くなってるのよ? 九年前に、病気で。私、何歳に見えるかしら?」
 僕だって、非科学的な事を盲信してる、訳ではない。母さんは……六道小夜子は僕が一歳の時に亡くなっていて、お墓も有る。父さんは毎日仏壇の前で生前の母さんを思い出して時折虚ろになる事だって有る。それは、承知の上だ。
 中学生にしか見えない涼子さんが、実は三十何歳の母さんだった、何て与太話、誰が信じるのか。それに生きているのであれば、父さんもお婆ちゃんも、それらしい事を言ってもおかしくない筈なのに。僕にだけ隠す理由は、無いだろう。
 だからここから先は、科学では証明されない領域で、僕が思い描いた幻想の話になる。
「涼子さんは、亡くなった母さんが化けた、幽霊なんじゃないかな、って、考えたんだ」
 それが非科学的な話で、証拠なんて無い蒙昧な話である事は、流石に僕でも判る。それに、こんな事を言うのは涼子さんにとても失礼である事も、重々承知の上だ。
 だったらお婆ちゃんがもっと別の反応を示してくれても良いのにと思うし、父さんが電話の時に教えてくれても良かったのに、と思う。……でも、僕はそう思ってしまった。考えてしまった。だったら、確認せずにはいられなかったのだ。だって僕の行動理念は――
「“思い立ったら即行動”」天井から視線を下ろし、僕と目を合わせる涼子さん。「そういう所ばっかり私に似ちゃうんだから」
 一瞬何を言われたのか判らなかったけれど、次の瞬間には胸が苦しくなって呼吸が巧くできなくなった。喉が引きつく。視界が滲む。押し潰されそうな胸を押さえて、漏れそうになる嗚咽を必死に殺す。
 涼子さんはそんな僕の頭を撫で、そのまま抱き締めてくれた。ひんやりとした柔らかい感触が肌に触れ、安らぐ香りが鼻腔に漂い、思わずその胸に顔を埋めてしまう。
「よしよし」優しげと言うより、どこかぞんざいな口調で頭を撫でる涼子さん。「男の子なんだから、泣かないの。本当そういう所ばっかり宗佑に似ちゃうんだから」
「……っ、……っ、だ、だって……ッもう逢えないって……ッ思ってたから……ッ」喉が引き攣って、マトモに受け答えすらできなくなっていた。
「……そうね。普通は死んだら逢えないわ。逢えないし、話しも出来ない」寂しげな声が、頭上から下りてくる。「……はぁ、こうなるとは判ってたけど……恵太君。君は寂しさに耐えられる?」
「……っく、……寂しさ……っ?」嬉し涙で巧く涼子さんの声が聞き取れない。
「私がここにいられるのは、お盆の間だけ。その意味は、判るわね?」
 ……考えなかった訳じゃない。仮に涼子さんが母さんの幽霊だとしたら、つまりどうなるかぐらい、僕にだって予想は付いていた。
 お盆は、ご先祖様の霊や、亡くなった方があの世からやってきて、生者に供養されたり、持て成されたりして、終わる頃には再びあの世に帰ってしまう。そういう習わしであり、行事だからだ。
 涙を乱暴に拭い、僕は涼子さんの顔を間近で見据えた。涼子さんは穏やかな、でも困った色が混ざった表情で、僕を見つめ返す。その瞳は真摯に僕を捉え、逸らそうとはしなかった。
 僕の心の中は読まれている。それは母さんがちょっと変わった人だったから出来る、特殊な力の一つなのだろう。幽霊になっても使えるなんて、そんなの狡いと思ったけど、僕はだからこそ口に出して、言った。
「涼子さんの事は……母さんの事は、忘れない。母さんと今ここで出逢えただけで、僕は嬉しいから……」
 涼子さんは優しげな眼差しで僕を見つめている。涼子さんは判ってるんだ、僕が心の中で地団太を踏んでる事も、泣き喚いて駄々を捏ねてる事も。それでも僕は口に出して、強がりを言う。そうするべきだって、僕は思ったから。
 涼子さんは何も言わずに僕の頭を撫で続ける。撫で方がよく判らないのか、ちょっとぎこちなかったけれど、嬉しかった。母さんの手。憶えてないけど、僕が生まれて間も無くは、この優しい手に包まれていたんだと思うと、涙が後から後から溢れ出てきた。

◇◆◇◆◇

「……」
 気付くと、夜が明けていた。
 泣き疲れて眠ったのだと判ると、気恥ずかしさと気怠さが同時に襲ってきて、モソモソとタオルケットに潜り込もうとしてしまう。
 隣に涼子さんの姿は無かった。幽霊なのだから、眠る必要が無いのだろうか、と考えながら、ゆっくりと起き上がる。
 ……本当に、アレは現実だったのだろうか。僕はまだ夢を見ていて、夢の中で涼子さんに推論をぶちまけ、勝手に泣いて……と言う内容だったとしたら、余程疲れてたんだろうな、と小さく吐息を漏らしてしまう。
 部屋を出て、廊下を歩く。まだ早い時間帯なのに、早くも陽光は元気溌剌に地上を炙り出している。眩いばかりの光が廊下に突き刺さっている光景を眺めながら、廊下を突き進んで行く。
「……ん?」
 ふと立ち止まる。またあの部屋の前で、立ち止まってしまった。あの部屋――涼子さんに、立ち入りを禁じられた部屋。
 相変わらずクーラーの稼働音と、扇風機の羽の旋回音が聞こえてくる、お香の臭気が強い部屋。
 何故入ってはいけないのだろうか。でももう、涼子さんの謎が解けた今、問題は無いんじゃないだろうか。もしかしたら母さんに関するもっと深い情報が眠っているのかも知れないと思って、僕は特段の緊張感を懐く事も無く、そっと障子戸を開けた。
 すぅ、と障子戸が音も無く滑る。中は肌寒いと感じる程に冷えていて、電球が消えているために薄暗かった。六畳ほどの部屋の中心には布団が敷いてある。膨らんでいる事から、誰かが寝ている事が判った。
 家人はお婆ちゃんしかいないのだから、ここはお婆ちゃんの寝室だったのか。と思って部屋を離れようと思ったのだけれど、違和感を覚えた。
 何か変だと思って立ち止まっていると、――判った。“静か過ぎるんだ”。
 寝息が聞こえない。寝返りもしない。クーラーと扇風機の音が如何に大きいと言っても、人の立てる音ぐらい聞き取れる自信は有る。
 不審に思って布団に近づくと、……何だか変な匂いが鼻腔を衝いた。その時既に嫌な予感が脳裏で警鐘を鳴らしていたけれど、動きは止まらなかった。
 顔を、覗き込む。力の抜け切った、脱力したお婆ちゃんの顔が見える。
 恐る恐る、手を伸ばす。顔に触れる近さに手を伸ばしても、感じられるモノが無かった。
 息を、していなかった。
「おばあ……ちゃん……?」 
 思わず揺さ振ろうとしたその手に、ひんやりとした別の手が重ねられる。ギョッとして振り向くと、涼子さんが真剣な表情で僕を見据えていた。
「約束、したよね?」厳しい声で、涼子さんが呟く。「入っちゃダメって、言ったよね?」
 涼子さんの声が遠い。緊張感と恐怖で、思考がグルグル回っていた。何か答えないと、と思っても喉が詰まったかのように言葉が出てこない。舌が回らない。意識が空転している。
 血の気の引く想いをしながら涼子さんに縋ろうとすると、彼女はそれを受け入れて溜息を零した。背中をトントンと叩いて、あやしてくれる。
「あらぁ、見られてしまったがけ」
 不意にお婆ちゃんの声が聞こえ、僕は思わず全身を震わせて悲鳴を上げそうになった。
 視線を上げると、部屋の前、障子戸の先にお婆ちゃんが陽光を背に立っていた。その表情は寂しげで、悲しげだった。
 その顔を見た瞬間、僕は途端に罪悪感を覚えて、必死に言い訳を探そうとして、……俯いた。
「ごめん……なさい……」
 涼子さんと約束した事は憶えている。この部屋の戸を開けない事。開ければ、ここにいられなくなる事。その理由は、禁忌を犯した今だからこそ判る。
 お婆ちゃんは、亡くなっていたんだ。
 目の前にいる、困った表情で僕を見下ろしているお婆ちゃんは、……幽霊だったんだ。
 不思議と、怖くは感じなかった。騙された、と言う気も湧かない。寧ろ、酷い事をしたとか、悪い事をしたとか、そういう罪悪感の方が強くて、自分の行為に叱責を浴びせたい想いだった。
「ごめんねぇ、けいちゃん。お婆ちゃん、けいちゃんが来るって話聞いて、どうしても逢いたくなったが」ゆっくりと歩み寄り、僕の頭を小さく撫でるお婆ちゃん。「けいちゃんが来る少し前に、倒れてしまったがやけど、お盆やからって、無理言って化けてきたがよ。怖がらせてごめんねぇ」
 僕を責める意志なんて絶無で、寧ろ幽霊である自分の事を卑下するような物言いに、僕の心は小さく潰れてしまいそうになった。掠れそうになる声を無理矢理絞り出し、首を横に振る。
「怖くなんかない……ッ、僕こそごめんなさい……ッ、お婆ちゃんは悪くないよ! 悪くないんだもん……ッ」
「ほら、泣かないの。男の子でしょ?」
 泣きじゃくりそうになったところで、涼子さんに抱き締められて頭をポンポン撫でられてしまう。それが無性に切なくて、結局大泣きしてしまった。
 昨日疲れて眠る程に泣いたのに、僕の涙はまだまだ涸れそうに無かった。

◇◆◇◆◇

 結局落ち着いたのは、お昼近くになってからだった。
 真っ赤に腫らした瞳を鏡で確認して、小さく溜息。確かに僕は泣き虫って言われる位によく泣くけど、まさか二日連続で号泣するとは思わなかった。……流石に恥ずかしい。
 居間に戻ると、涼子さんとお婆ちゃんが心配そうに僕を見つめてきた。
「大丈夫け?」心配そうに顔を覗き込むお婆ちゃん。
「うん、大丈夫。……ありがと」また涙が込み上げてきそうだったけど、強がりに笑ってみせる。
「……お婆ちゃんは、幽霊……なんだよね?」
 確認するように問いかけると、お婆ちゃんは「そんなが」とゆっくり首肯を返した。
「倒れたばっかりやったがやけど、閻魔さんに無理言ってすぐこっち来たがよ。けいちゃんが折角来てくれるがに、こりゃ倒れとられんわって思ったが」
 ……それで幽霊になって僕の前に現れるって話は、流石に鵜呑みにする訳にはいかない位にファンタジーなのだけれど、眼前のお婆ちゃんと瓜二つの遺体を見てしまった以上、信じない訳にはいかなかった。
 つまり僕は、無人のお婆ちゃんの家に遊びに来て、幽霊の母さんと逢い、幽霊のお婆ちゃんの世話を受けていると言う状態になる。……ゴシップ記事が大好きな友達が知ったら、一日で教室中の噂になりかねないな。
 かなり特殊な環境に身を置いている事は、流石に自覚できた。お盆だから幽霊があの世から帰ってくる、と言う話を知っているにしても、実際に幽霊がこうして眼前で話しかけてくる姿を見るまでは、迷信に過ぎないと思っていた。
 幽霊は存在する。併も、人間と殆ど変わらない存在感を出して、幽霊であると言われるまで気付かないレヴェルで、言われても信じられない空気感で、存在する。
 ……もしかして僕はまだ、夢でも見ているのだろうか?
「東狐寺は特殊な地域なのよ」涼子さんが不意に口を開いた。また僕の心の中を読んだらしい。「幽霊が安定して存在できる空間、とでも言えばいいのかしらね。村民もそういう現象に寛容的だし。君も驚いてはいるけど、怖がってはいないでしょ?」
 確かに、涼子さんにしてもお婆ちゃんにしてもイメージとして恐怖が湧く事は無かった。……流石にお婆ちゃんの遺骸を見た直後にお婆ちゃんを直視した時は、少なからぬ恐怖を覚えたけど。
 でもどちらにしても、僕を怖がらせるような事はしていない事実が肝要なんだと思う。ホラー映画や夏によくやる幽霊の特番とかとは違い、全くと言って良いほど恐怖が湧く要素が無い。寧ろ親しみが湧く位に人間らしい。
 ……そもそも幽霊って元は人間なんだし、どうしてそんな怖がらせるために幽霊として現実に留まっているのかと問われると、確かに疑問だった。お婆ちゃんのように、遊びに来る孫に逢いたいから幽霊になってまで戻ってきた、と言う方がよほど理屈として成り立ってる気がする。
「お盆の間だけって約束やから、明日には帰るんやけどね、けいちゃんには黙っといてくれん? って涼子ちゃんと話しとったがよ。遊びに来たがに、お婆ちゃんの死体しかおらんとか、けいちゃん可哀想やろ?」
 お婆ちゃんはケタケタ楽しげに笑って話すけど、確かにそれは一歩間違えればトラウマになっていてもおかしくない話だ。今更だけど、お婆ちゃんが幽霊になってまで戻ってきてくれて、本当に助かった……それに、
「幽霊だけど、僕お婆ちゃんに逢えて嬉しかった」偽りの無い気持ちで、僕はお婆ちゃんを見据えた。「本当だったら、もう二度と逢えない筈だったのに、逢えたんだもん。それだけで、僕凄く嬉しいよ」
「お婆ちゃんも嬉しいわ」日溜まりのような笑顔で、お婆ちゃんは首肯を返した。「大きくなったけいちゃんを見れて、ホンマに良かった。これで安心して、天国に行けるちゃ」
 和んだ空気の中で、僕はふと昨日から疑問だった事を口にする。
「あの、ところで、どうしてお婆ちゃんは涼子さんをよその子って言ったの? 涼子さんって、僕の母さんなんでしょ……? だったら、お婆ちゃんの娘なんじゃ……」
「そうながよ、普通に遊びに来りゃいいがに、この子ったらもう……」呆れて溜息を落とすお婆ちゃん。
「だって私、ここの子じゃないもの」澄まし顔で応じる涼子さん。
 ……よく判らない。一度死んだら、家族ではなくなる、と言う意味なんだろうか……? それとも父さんと結婚して家を出たから、もうお婆ちゃんの子じゃないと言う主張なのか……?
 心の中を読んでる筈の涼子さんは何も言わない。ただ涼しげな表情で僕とお婆ちゃんを見つめるだけだ。
「まぁ、ここの子じゃなくても遊びに来るがはいいがやけど」溜息を零しながらも、涼子さんを優しげな瞳で見やるお婆ちゃん。「でももう今年でそれも終わりやね。来年からはお婆ちゃんが遊びに来る番やね」
「別に化けて出てこなくていいわよ。私ももう遊びに来ないと思うし」素っ気無く応じる涼子さん。
「あんたっ、なんちゅう薄情ながけ! 酷い子やわ~ホンマに」鬼でも見るような眼差しのお婆ちゃん。
 ほのぼのしちゃうけど、二人とも幽霊と言うのが本当に俄かには信じられない。ちょっと歳は離れ過ぎているけど、親子の絆のようなモノがヒシヒシと伝わってくる。
「明日には新しいお母さんが来るんでしょ?」涼子さんが僕に向いて、そう口を開いた。「だったら今日は盆踊りに行きましょ。最後の日くらい、踊り明かしてもいいと思わない?」
 最後の日。厳密には明日もお盆だけれど、明日には涼子さんも、お婆ちゃんも、あの世に帰ってしまう。だったら今日が、最後の日と言えなくも無いのか。
 僕は確りと頷いた。「うん、踊ろう! お婆ちゃんも一緒に!」
「お婆ちゃんもけ?」一瞬驚きに顔を染めるも、すぐに落ち着いた色を取り戻すお婆ちゃん。「……そうやねぇ、最後ぐらい、けいちゃんと踊りたいねぇ」
 決まりだった。僕達三人は、盆踊りで夜を明かす決意を固め、お昼ご飯もそこそこに、屋敷を後にした。
 僕にとって、母さんにとって、お婆ちゃんにとって、最後の日。盛大に楽しまなくちゃ、幽霊と一緒に、踊り明かしてみせる――嬉しくて、楽しそうで、ちょっぴり切ない、最後の盆踊りを始めた。

◇◆◇◆◇

 東狐寺の前は人で一杯だった。着物を左前に着こなした、死者で溢れ返る村。どこを見ても死者しかいなくて、生者も死者に成りきって、死者と一緒に踊り、浮かれ、楽しんでいる。
 黄昏に沈む東狐寺。橙色に染まった櫓に、徐々に灯りが点り始める提灯。集まる群衆は色取り取りの死に装束を纏い、楽しげな歓声を上げて祭りを賑やかにしている。
 盆踊りが開催されている櫓の下には、昨日知り合った少年、コウタ君の姿が有った。僕達に気付いたのか、「よー、また逢ったな、ケイタ」と威勢良く声を上げて走り寄って来た。
「こんにちは、コウタ君」挨拶を返し、僕は櫓を改めて見やった。「今日は、涼子さんとお婆ちゃんの三人で、踊り明かそうと思うんだ」
「お、いいねぇ! そういう気概の奴は最近少なくてよ、お前みたいな奴を待ってたんだよ俺は!」僕のお尻をペチペチ叩いて張り切るコウタ君。「そんじゃま、俺も一緒に踊り明かしてやるよ! 先に潰れるんじゃねーぞ?」
「あ、ちょっと失礼な事聞くけど、いいかな?」引き止めるようにコウタ君の肩を掴む。
「ん? 何だよ?」不思議そうに振り返るコウタ君。
「コウタ君って、東狐寺の神様……なの?」
 昨日、涼子さんの正体を突き止めた僕は、もう一人の謎の人物に就いても想いを馳せていた。キヨジコウタと言う名前を聞かされた時に、涼子さんと同様に意味深な補足が付けられていたのを、憶えていたのだ。
「忘れるなよ、“焼きつけとけ”」
 これも涼子さんと同じようにローマ字で解体……KIYOJIKOUTAにし、焼きつける……YAKIを付けた状態でキヨジコウタなのだから、ここからYAKIを抜き、再構築すると――TOUKOJI……“東狐寺”になる。
 あまりにも出来過ぎた話だと思ったけれど、気になってしまったものはどうしようもない。思い立ったら即行動しないと気が済まない性質なのは、母さん譲りなんだから。
 僕の質問にコウタ君は狐の面をこちらに向けたまま、暫く沈黙を返していた。何を言われたのか判らなくて困惑している……のかも知れない。僕の発言はかなりおかしなものだし、もしかしたら頭のおかしい人と思われても不思議ではない。
「俺は神様じゃねーよ」含み笑いを滲ませた声で、コウタ君は肩を竦めた。「――仏様だ」ボソリと、小声で呟いた。
「え――」
 聞き間違いかと思って声を掛けようとしたけど、次の瞬間には涼子さんに手を引かれ、「さ、踊るわよ恵太君。夜は長いわよ?」と連れて行かれてしまったので、確認する事すら出来なかった。
 僕の不思議な盆休みのフィナーレである盆踊り。その直前に、どうやら僕は仏様にまで逢っていたようで、何て言うか、とても豪華なメンバーに恵まれてるなぁと、思わずにはいられなかった。

【後書】
>……そもそも幽霊って元は人間なんだし、どうしてそんな怖がらせるために幽霊として現実に留まっているのかと問われると、確かに疑問だった。お婆ちゃんのように、遊びに来る孫に逢いたいから幽霊になってまで戻ってきた、と言う方がよほど理屈として成り立ってる気がする。
 この本文を綴りたいがために綴っていたと言う側面も有ります。>霊夏
 幽霊って、テレヴィや物語などで散々恐ろしい・怖い存在と祭られておりますけれど、実際の所、理屈として考えれば、【霊夏】の幽霊の方がより尤もらしいと思うんですよね。そういうふわふわした想いを形にしたのが、【霊夏】と言う作品だったりします(^ω^)
 さてさて、謎解きも済みましたし、いよいよ次回最終話! 最後までお楽しみくださいますよう~! ではでは!

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    けいちゃん…良いです!
    賢くて純粋な気持ちを持っているからこその出会いではなかったのかな?
    と勝手に思ったりしています。
    このまま成長してくれるといいなぁw(する。)

    いよいよ最終話!
    頭の中では椎名林檎さんの「長く短い祭」がリピートされています。

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

    返信削除
    返信
    1. 感想有り難う御座います~!

      けいちゃん…いいですよね!
      た、確かにー!? 何と言いますか、こういう不思議な現象に遭遇する条件と言いますか、素養を身に備えていた、って感覚が、何と無く理解できてしまいますな…!
      (する。)で思わず頬筋が釣り上がるのを止められませんでしたねwwけいちゃんの未来…アレもぜひね、何れ再掲したいですよね…!(・∀・)ニヤニヤ

      いよいよ最終話!
      ちょっとわたくしも椎名林檎さんの「長く短い祭」を拝聴してきたいと思います!(`・ω・´)ゞ

      今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです~!!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

      削除

好意的なコメント以外は返信しない事が有ります、悪しからずご了承くださいませ~!