2018年8月16日木曜日

【神否荘の困った悪党たち】番外編02話 ただいま、亞贄【オリジナル小説】

■あらすじ
神否荘の初盆。

■キーワード
日常 コメディ ギャグ ほのぼの ライトノベル 現代 男主人公


番外編02話 ただいま、亞贄


「……むにゃ?」

 外で蝉が騒いでるだけの、静かな朝だった。
 カーテンの隙間から漏れる光が昼間、それもお昼近くである事を示していた。
 いつもならメイちゃんが起こしに来てくれる筈なのに……と思いながらふわふわ欠伸を浮かべて自室を出ると、深……と、静まり返った神否荘が広がっていた。
「皆出掛けちゃったのかな」トコトコ歩いてトイレに向かい、用を足して、自室に戻る道中、廊下に祖母ちゃんが座ってた。「あれ? 祖母ちゃん?」と、思わず声を掛けてしまったけれど、だいぶ間の抜けた声だった気がする。
 祖母ちゃん。二糸日色。俺が神否荘の管理人をする事になった原因を作った人。故人。俺の祖母。
 の、すんごい若いヴァージョン。祖母ちゃんって言うか、お姉さん感有る。
 足を見る。付いてる。お化けじゃないっぽい。
「ただいま、亞贄」
 祖母ちゃんが柔らかく微笑んだのを見て、俺は……何て言うか、ほう、って、声を漏らす位には、気分が和んだ。
「お帰り、祖母ちゃん」
 祖母ちゃんに歩み寄ってみると、祖母ちゃん、意外と背が高い事が分かった。俺よりも上背が有る。すらっとした体躯で、髪は艶々した黒。てか、祖母ちゃん、って言えるほど老いた風に見えない姿だ。三十代、って言われても通じる若さを感じる。
 祖母ちゃんが、たんたん、と廊下を叩いて隣に座るように示したのを見て、俺はすんなり従い、祖母ちゃんの隣に腰掛けた。
「亞贄は、昔ッから、あんまり驚かなかったよねぇ」楽しそうに祖母ちゃんが微笑む。「祖母ちゃんが地獄から帰って来ても、そんなもんかぁ」
「いやー、これでも驚いてるつもりだよ、俺」釣られるように笑いが込み上げてきた。「てか、やっぱり祖母ちゃん死んでたんだ。じゃあ、祖母ちゃんはお化けなの?」
「うんにゃ、祖母ちゃんね、お盆だから帰って来ただけだよ」
「あー、にゃるほどね」思わず納得してしまう。「じゃあ、お盆が終わったらまた地獄に帰っちゃうの?」
「そうなるねぇ。地獄にも、叩きのめしたい輩はわんさといるからねぇ」ふふふ、と嬉しそうに口唇を釣り上げる祖母ちゃん。「亞贄はどうだい? 神否荘の暮らしに慣れたかい?」
「んー……」思い返すに、俺はひたすら振り回されていただけのような気がする。「まぁ、俺がいなくても何とかなると思うお、たぶん」
「いいや、亞贄がいないと何ともならないさ、ここは」
 確信が有るように。祖母ちゃんはしっかりと、そう呟いた。
 俺はそれを不思議そうに聞いてたけれど、何故だろう。祖母ちゃんが言うと、絶対そうなんだろうって、俺も思えてしまった。
「祖母ちゃんってさ、本当はヒーローだったんだね」
 ポツリと、そう尋ねてみた。
 ずっと疑問だった。祖母ちゃんの語ってくれたお話が、真実だったと分かった今、祖母ちゃんが本物のヒーローである事は疑いようが無いのだけれど。だけれど……
「何で、ヒーローなんてしてたの?」
「祖母ちゃんはヒーローなんかじゃないよ」
 返ってきた祖母ちゃんの声は、嬉しそうでも、哀しそうでもなかった。事実を、有るがままに呟いた、って感じの声だ。
「祖母ちゃんは、やりたい事をやっただけさ」
「ヒーローになる事が、やりたい事だったの?」
「ムカつく奴を叩きのめす事が、祖母ちゃんのやりたい事だったんだよ」
 にひ、と楽しそうに笑う祖母ちゃんを見て、その言葉は偽りようの無い本音なのだと、俺に知らせてくれた。
 ムカつく奴を、叩きのめす。
 たった一言で済む、やりたい事。
 それを成し遂げたから、ヒーローになったんだろうか。
「なぁ、亞贄」じりじりと炙る日差しを浴びながら、祖母ちゃんが両手を廊下に着いて、上体を逸らして晴れ渡る空を仰いだ。「祖母ちゃんはね、ヒーローでなければ、正義の味方でもないんだ」
 俺は祖母ちゃんを見つめて、続きを待った。
「――“悪党”さ」にひ、と祖母ちゃんは愉しそうに口唇を歪めた。「ここにいる住人と同じ。祖母ちゃんもね、困った悪党の一人なんだよ」
「困った悪党が、悪党を叩きのめしてるの?」
「そう」ピッと俺を指差してから、祖母ちゃんはもっそりと廊下に寝そべった。腕を枕に、祖母ちゃんは天井を見上げて続けた。「この世界にはね、悪党しかいないんだ。困った悪党しかね。で、悪党同士が戦って、勝った方が正義と言われる、名指しされる。それだけなのさ」
 祖母ちゃんに倣って、俺ももっそりと廊下に寝そべった。
 祖母ちゃんの言葉を、ふんわりと頭の中で反芻する。
 この世界には、悪党しかいない。
 悪党同士が戦って、勝った方が正義と言われる。
 ……言われてみれば、確かに、そんな気もするなぁ、って思った。
「でも、警察とか、裁判官とか、審判とか、そういうのは、悪党じゃないんじゃないの?」
「“いいや”。みぃーんな、悪党さ。自分の正義を掲げている者。自分の正義を持たない者。誰かの正義に乗っかる者。誰かの悪意を叩きのめす者。みんなみんな、困った悪党だよ。例外なんて無い。勝つまでは、皆悪党で、勝って初めて正義を名乗れるだけで、本質は悪党に変わりない」
 そうなのかなぁ、と思いながらも、俺には反論する話術は無かった。
 ……皆、困った悪党。
 皆から、いや、誰からもヒーローって言われている祖母ちゃんが、自分で自分の事を悪党って言ってしまっている以上、もう反論なんて出来ないのかも知れない。
“皆が、ヒーローって言っているから、ヒーローなんだろう”――って、この考えこそが、きっと、祖母ちゃんの本質を捉えていないって事なんだろう。
「じゃあ、俺も困った悪党なのかな」
 天井を仰いで、燦々と照り付ける太陽がお腹を温めている世界で、俺は何となしに、そう呟いた。
 暫く蝉の鳴き声だけが響く時間が過ぎて、祖母ちゃんが寝返りを打つ音が聞こえた。
「祖母ちゃんはね、悪党を、どうしても懲らしめたかったんだ」
 蝉の声雨に掻き消されそうな囁きが、そっと耳に入った。
「でもねぇ、それはあんまりにも……あんまりにも、空しい事だって、やっと気づいたんだよ、こないだ」
「……もしかして、俺の誕生日に?」
「そう」「やっぱり」
 へへ、と笑い声が漏れた。そんな気がしてたんだー。
「……疲れちゃったからさ、祖母ちゃん、ちょっと休憩しようと思ったんだ」
「休憩って、まだ続けるつもりなの?」
「そうだよ。祖母ちゃん、地獄でもひたすら悪党を叩きのめしてるし」
「空しい事だって、気づいたのに?」
「空しい事だって、気づいたからさ」
 ふふ、と小さな笑い声が聞こえた。
「亞贄もさ、やりたい事をやりなよ」よっこらしょ、と祖母ちゃんが起き上がった。「祖母ちゃんは、確かに神否荘の管理人をお願いしたよ。でもね、それが亞贄のやりたい事じゃないなら、やらなくていいんだ。亞贄がやりたい事をやるのが、一番なんだから」
「やりたい事って言われても、」起き上がった祖母ちゃんを見上げながら、俺はぼんやりと応じた。「俺、ただこうしてぼんやり息をしてるだけで、割と満足してるよ」
「だったら、それでいいんだよ」にひ、と祖母ちゃんは笑った。「やりたい事が無いなら、何もやらなくていいんだ。ただ、息をして過ごすだけでいいんだ。何もやらない事が、やりたい事なんだから」
 立ち上がった祖母ちゃんが、中庭の中心に向かって歩いて行く。
 俺はもっそりと起き上がって、それを何と無く眺めていた。
「さて、祖母ちゃん帰るよ」祖母ちゃんがゆっくり振り返って、小さく小首を傾げた。「皆、気づいたみたいだし」
「皆に逢っていかないの?」
「うん。大変な事になるからねぇ」にひ、と楽しそうに笑い、祖母ちゃんは中庭に突然跳び上がってきた冷蔵庫みたいな装置に入っていく。「じゃ、また遊びに来るから、亞贄も適当に頑張ってねぇ」
「うん、またねー」
 ふりふりと手を振って祖母ちゃんを見送ると、冷蔵庫みたいな装置が地中に納まった瞬間、突然神否荘に爆音が轟いた。
 どこにいたのかと思ってしまう速さで扉と言う扉が開いて住人が大慌てで廊下に飛び出して来て、一斉に『今、日色さんいなかった!?』と唱和で尋ねてくるものだから、俺は思わず笑ってしまった。
 俺の夢かと思ったけれど、どうやら現実の話だったようで。
 久し振りに見た祖母ちゃんがいつも通り元気そうに死んでいる事を確かめた俺は、何だかほっこりと過ごせたのだった。

【後書】
 お盆が今日で終わる事をやっと自覚したので今年のお盆はこれで締め括りッッとBlogでだけ配信するマンです(^ω^)
 お祖母ちゃんに語らせたいだけの話なのですが、彼女の語った事柄全てがわたくしの今の思想でも有ります。この世界には悪党しかいないんだよ、のくだりですね!
 その思想を元に今新たな物語に着手したりしなかったりしてるのでてんやわんやですが、神否荘はこういう所をザックリ語れるのがやっぱり最高に素敵な作品としか言いようが無いですのう…! と言う訳で連日更新しておりますが、たぶん次回からやっと本編再開になるかと思います! いい加減メチャゲロ編も進めたい奴だからね!(笑)
 そんなお盆最後の日なのでした。めでたしめでたし。

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    遅れてしまいましたが、お盆の終わりにほっこりさせていただきました。
    やっぱ、神否荘サイコーだなw
    だいぶ前に神否荘には箱庭的面白さがあると書かせていただきましたが、
    それだけではなくて、とても自由度が高いように感じます。
    (↑何いってんだw)
    先生が楽しそうに執筆されている姿が目に見えるようだわ!w

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回メチャゲロ編楽しみにしてますよーvv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      お盆の終わりにほっこりして頂けたのでしたら幸いです~♪
      サイコーだなんてw(*´σー`)エヘヘw 嬉しみが深いです!w
      箱庭的面白さの中でも、自由度が高いって事なんでしょうね!w 箱庭もアレですよ、大きさ自由自在ですから!ww
      ですです!w めちゃんこ愉しんで綴っているので、それが伝わったのでしたら嬉しい限りですぞう!w┗(^ω^)┛

      今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです~!!
      次回本編メチャゲロ編!w ぜひぜひお楽しみに~♪

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