2018年8月9日木曜日

【霊夏】2.【オリジナル小説】

■あらすじ
父が再婚すると言ったのを機に、自分を産んで一年後に亡くなった母の故郷を訪れた少年は、謎の少女と不思議なお盆を過ごす事になる……ほのぼの系現代ファンタジーの短編です。
※注意※2013/08/16に掲載された文章の再掲です。新規で後書を追加しております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、【小説家になろう】、【ハーメルン】、【Pixiv】、【風雅の戯賊領】の六ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
現代 幽霊 盆踊り ほのぼの ライトノベル 男主人公

■第2話

小説家になろう■https://ncode.syosetu.com/n2253bt/
カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881698055
Pixiv■https://www.pixiv.net/series.php?id=766662
ハーメルン■https://syosetu.org/novel/74118/

2.


 感想から言えば、お婆ちゃんの作ったご飯はとても美味しかった。
 品は肉じゃがと白米。僕はお母さんの味とか、家庭の味ってのが今まで判らなかったけれど、一口食べて、その感想を初めて体験する事が出来た。多分味って言う問題じゃなくて、そういう雰囲気を楽しむものなんだ、って痛感した。
 隣には胡坐を掻いて男勝りな勢いで肉じゃがを平らげていく涼子さんがいる。
「……何よ?」モッシャモッシャと大量の肉じゃがを口に含みながら、僕を見やる涼子さん。
「いやその、美味しそうに食べるなぁって」寧ろ豪快だなぁって。
「美味しいご飯を美味しく食べない習慣でもあるの?」
「な、無いと思います……」
 くそう、見蕩れてただけなんて言えな……いや待て、心が読まれてると言う事はつまり……
 チラリと涼子さんを見やるも、冷たい視線で睨み返されるだけで、返答すらない始末だった。
「お代わりもどんどんしられか。お婆ちゃんたくさん食べれんし」
 僕と涼子さんを優しげな眼差しで眺め、小さくよそったご飯をちびりちびりと食べるお婆ちゃんを見て、「あ、はい」と恐縮気味に首肯を返す。
 そんな時だった。不意に遠くで電話の呼び出し音が鳴り響いた。それも今時珍しい着信音……携帯電話の設定では、黒電話と表記される音声だ。
「ちょっと待っとられ、今出っちゃ」
 よいしょ、と掛け声を付けて立ち上がり、廊下に消えて行くお婆ちゃん。
 それを見送る形で箸を銜《くわ》えていた僕は、「こんな時間に誰だろ?」と小さく呟いてから、食事を再開する。
 黙々と肉じゃがを食していると、不意に視線を感じた。目線を上げると、涼子さんが僕を見据えて動きを止めている姿が目に飛び込んできた。
「な、なに?」可愛い女の子に見られながらご飯を食べるなど出来る筈が無かった。
「恵太君、君はお母さんの話を聞くためだけに、こんな所まで来たのかしら?」
 食卓を囲んだ時、再びお婆ちゃんが話をしてくれたのだ、僕のお母さんの話を。その時は当然涼子さんも食卓にいたし、聞くともなしに聞いていたのは間違い無い。
 僕は特に考えもせずに頷いて、「そうだよ」と応じた。
「そ」相変わらず愛想の感じられない態度で、涼子さんは呟いた。「……あんまりこういう事は言いたくないのだけれど、君、早くお父さんの元に帰った方がいいわよ」
 箸が完全に止まる。涼子さんをまじまじと見つめ、その問いの真意を質そうと口を開くも、この“どうして?”と言う想いも伝わってる筈だと思い、視線だけで疑念を呈する。
 涼子さんは食事の手を再開し、肉じゃがを口に放り込みながら、僕から視線を逸らした。
「見たくないものを見る。知りたくないものを知る。……無知である事を勧めてる訳じゃないわよ? でも、無理に知らなくても良い事も、この世界には溢れてるわ」
 それは――どういう事なのか。
 母さんに関する話には、知ってはならないような、禁忌に触れるような、そんな話が紛れ込んでいると、そういう事なのだろうか。
 ……ちょっと意味が分からない。それに仮にそうだとして、何故涼子さんがその事を知っているのか。僕と大して歳が変わらない女の子なのに。
 どれだけ心の中で自問しても、涼子さんはそれ以上何も言ってくれなかった。代わりに聞こえてきたのは、お婆ちゃんが僕を呼ぶ声だった。
「けいちゃーん! お父さんー!」
「あ、はーい!」
 慌てて箸を置いて廊下に飛び出して行く。涼子さんの言葉は確かに気になったけど、それより今は父さんの方が優先順位が上だった。
 廊下の先、薄暗いけど電灯の点ったそこには、お婆ちゃんと、案の定黒電話が置いてあった。実物は初めて見る……筈。以前来た時は気づかなかったんだと思う。
 受話器を渡されて耳に当てると、「恵太か?」と明瞭な父さんの声が聞こえた。
「うん、僕だよ」今朝振りの父さんの声に、僕は落ち着いた声を返す。
「無事に辿り着いたんだね。良かった良かった……」父さんの心底安堵した声が返ってくる。「何もトラブルは起きなかったか?」
「起きなかったよ」心配性の父さんに苦笑を浮かべてしまう。「あ、でも、初めての子に逢ったよ」
「村の子かい?」興味津々な父さんの声。「名前は聞いた?」
「えぇと、希田さんって言うんだけど、樹木の木じゃなくて、希望の希で、希田さん。変わった苗字だよね」
 不思議な苗字だと思い返して口許に笑みを作っている間、父さんは何の反応も返してくれなかった。流石に不審に思って「……父さん?」と声を掛けると、ややあって「あぁ、ごめんごめん」と応答が有った。
「確かに珍しい苗字だね。僕がいない間に引っ越してきたのかも知れない。……うん、折角知り合ったんだ、仲良くしてみたらいいんじゃないかな」
「それが不思議な子でさ、心を読まれちゃうんだ」大袈裟に言うつもりは無かったけど、こんな事は初めてなので、つい声を潜めて言ってしまう。「ちょっと仲良くなれるか自信が無いよ……」
「心を読むのか、その子」驚いてるような、面白がってるような、そんな雰囲気の父さん。「それはおっかないな。でもきっと、恵太なら仲良くなれるよ。父さんはそんな気がする」
「うーん……」まぁ僕も仲良くなりたいとは思うけど、とは付け足さず、「努力してみる」と簡潔に返した。
「あと、お婆ちゃんはもういい歳だから、あんまり無理を言わないようにね。どれだけ元気そうに見えても、だぞ?」
「うん、判った」小さく首肯を返す。
「よし。じゃあまた明日電話する。お婆ちゃんに宜しく伝えといてくれ」
「うん、判った」
「うん。じゃあ、おやすみ、恵太」
「うん、おやすみ」
 受話器を戻し、お婆ちゃんを見上げると、彼女は優しげな眼差しで「お父さん、相変わらず心配性ながやねぇ」と笑っていた。
「昔からなんですか?」と尋ねると、「昔っからそうなが」と笑顔で返された。
 うん、僕もそんな気はしてたんだ。

◇◆◇◆◇

 夕飯を終え、お婆ちゃんが「片付けはやっとくから、先にお風呂に入られ。その間にお布団敷いとくちゃ」と言って、脱衣所に押しやられてしまった。
 服を脱ぐと、とても汗臭かった。普段はクーラーの効いた部屋で宿題とかゲームとかしてたせいか、普段以上に汗を掻いた気がする。脱衣籠の中に服を詰め込み、扉を開けて湯気に煙った浴場に足を踏み入れる。
 体と髪を洗い、湯船に入ると、一瞬で頭から蕩けていきそうな快感が全身を包み込んだ。ちょっとだけ腕の方がひりひりするのは、日焼けしたのかも知れない。
 窓の外から夏虫の声が合唱となって聞こえてくる。アパートでは聞いた事が無い程の、たくさんの虫が奏でる演奏に、思わず聞き入ってしまう。
 時間にしてどれだけの間聞き入っていたのか判らないけど、流石にのぼせそうだ、と思って湯船から立ち上がると、そのタイミングを見計らったかのようにガラス戸が開いて、体にタオルを巻いた涼子さんと鉢合わせになった。
「え?」「ん?」
 僕と涼子さんの声が重なり、――咄嗟に湯船に浸かり直す。
「ご、ごめん! 今出るから、ちょ、ちょっと待ってくれない!?」赤面して、思わず窓の方に首を曲げる。
「あら、もう上がっちゃうの? 背中でも流してあげようと思ったのに」
「へぁ!?」何を言われたのか理解すると同時に、アタフタと言い訳を考えてしまう。「で、でも、もう体洗っちゃったしっ、えと、そのっ」
「なに? もしかして恥ずかしがってるの?」意地悪に笑む涼子さん。「おませさんね、恵太君って」
「うぅ……」もう何が何だか分からなくなっていた。
「……恵太君?」
 涼子さんの声が遠く聞こえたけど、フワフワな思考はそのまま昇天してしまった。

◇◆◇◆◇

 夏虫の声が、世界を包囲している。
 とてもとても広い世界。僕はその中で寝転がって、虫達の奏でる演奏会を聞くともなしに聞いている。まるで大自然に抱かれているかのようだ――そんな感想を言いたくなる程の、素敵な音色に包まれている。
 全身は熱の塊のようにホカホカなのに、どこからか涼しげな風がやってくる。それが心地良くて、気持ち良くて、蕩けるような安心感を覚えて、夢見心地のまま、不覚にも呟いてしまった。
「お母さん……」
 一滴の涙が目元から伝う感触を感じたまま、薄っすらと目を開ける。薄ぼんやりとした世界に、網状のモノが天井を覆っている。体が気怠くて、動くのが億劫だった。
 視線が風の源泉へと向く。着物を纏った涼子さんが、団扇《うちわ》でゆっくりと扇いでいる姿が映った。困った風に、僕を見つめたまま、団扇で扇ぎ続けている。
「あれ……僕……」ゆっくりと起き上がろうとして、涼子さんの冷たい指で額を押し返されてしまう。
「湯疲れよ。君、どれだけ長い時間入っていたの?」呆れた態度で溜息を零す涼子さん。「今は休みなさい。明日には元気になってるわ」
「……」……何だろう、涼子さんが優しいと違和感が……「あてっ」団扇で頭を叩かれた。
「良いから寝なさい」怒ってるのか、僕を睨んでる気配がする。
 ……不思議な感覚だった。世界がどんどん、どんどんどんどん、広がっていく感覚。虫達の奏でる美しいメロディに合わせて、僕の世界が勝手に拡大していく。フワフワして、トロトロして、何だかとても、不思議な気分。
 両目を開けている事が出来なくなって、視界が闇に閉ざされるんだけど、瞼の裏には別の世界が広がっていて、何だかとても懐かしい映画を見ているような感覚に満たされていく。
「……どうして、お母さんの事、知りたくなったの?」
 涼子さんの声が聞こえる。聞こえるけど、何だかとても遠い。
 声を出そうと思っても、そんな微々たる力さえ今は出てこなかった。とにかく眠くて、とにかく怠くて、それでいて浮き上がる程に体が軽い。
 ……そうだ、声に出さなくても、心で思えば涼子さんには伝わるんだった……そう思って、僕は心の中で返答を言葉にする。
 父さんが再婚すると言った事……新しい母さんが来る前に、僕を産んで、亡くなってしまった母さんの事を、どうしても知りたくなった事……そして、父さんだけでなく、僕の記憶の中ででも、母さんにはいて欲しかった事を、取り留めも無く考えて……考え、て…………
「……そ」
 涼子さんの素っ気無い返事が聞こえたような、聞こえなかったような……
 意識はいつの間にか、そこから消えていた。泡沫のように、ふんわりと。

◇◆◇◆◇

 ……とても幸せな夢を見ていたような気がする。姿は見えないのに、母さんと一緒にいる夢。顔も見えないし、どんな服装をしていたのかも判らないのに、漠然とそれが母さんなのだと思って、僕は傍目から見ても赤面する程に甘えていた気がする。
 フワフワした思考が、徐々に蝉の合唱に蹂躙されていく。けたたましいと言える程の大音量の蝉の鳴き声に、僕は虚ろな思考をしたままゆっくりと体を起こす。
 部屋の電灯は点ってないけれど、障子戸の先から溢れんばかりの陽光が部屋に射し込んでいる。朝だ。併も朝陽の入り具合からして、早朝と言える時間帯の、朝だ。
「ん~」体を限界まで伸ばして、「ふわぁ」脱力。
 昨日の出来事が何もかも嘘だったかのような、長閑で平和な朝だ。昨夜自分が幻を見ていたのではないか、と言う気になりながらも、障子戸を開けて、庭を見ながら廊下を進んで行く。
「あれ……いつの間に着替えたんだ、これ……?」
 自分の纏っている服が、いつものシャツとズボンじゃない事に、今更のように気づく。ゆるゆるになっている、着物だ。浴衣なのか、着流しなのか、甚平なのか、詳しい事まで判らないけど、それっぽい服だと言う事だけは判る。
 お風呂に入った辺りで記憶が混濁してるけど……うん、思い出さなくていいんだろう、きっと。……いや思い出したけど、見なかった事にした方がいいんじゃないかな……そして恐らくは、涼子さんに見られてるよね、色々……
 ……結局、涼子さんとは何者だったんだろう? 脳内のピンク色の想像を振り切って頭を切り替える。ここのウチの子でもないのに、何であんな夜更けまで入り浸っていたのか。夕飯も一緒に食べていたし……思い返すに不思議な子だった。
 廊下を進んで居間に向かう途中、不意に足が止まった。
 障子戸が閉め切られた部屋。蝉の合唱で聞き取り難いとは言え、クーラーの駆動音も、昨夜と同様に聞こえてくる。お香の臭気は昨日より鮮明で、中で焚いている事が確信できるくらいには、良い匂いが漂っている。加えて扇風機が回ってる音も微かに聞こえた。
 何故彼女は昨夜、ここで足を止めたのだろう。この部屋に関係するモノが、約束が出来るかどうかと、何か関係が……?
 嫌な予感、と言うモノが、鳥肌となって腕を駆け抜けていくのが判った。
「開けないで」
 その嫌な予感を振り切って障子戸に手を掛けた瞬間、背後から凛とした声が僕の心を鷲掴みにした。
 胸を押さえて振り返ると、昨夜の出来事が全て現実だったのだと言い聞かせるかのように、涼子さんが朝陽を浴びて佇んでいた。昨夜同様、裸足で庭に立っている。恰好はセーラー服ではなく、僕と同じように着物姿だ。
「もしここにいたいのなら、開けないで」
 涼子さんの表情は真剣そのものだった。真剣……いや、切羽詰まってるようにも見える。大事なモノを壊されたくない、そういう想いを強く感じた。
 障子戸から手を離し、僕は首肯を返す。「判った、だったら、開けない」
「そ」やっぱりと言うか、案の定、涼子さんの反応は素っ気無かった。
 どうして開けちゃいけないのか。そう思っても、口にしない。……と言っても、心の中を読まれているんだから、口にしてもしなくても一緒か、と思わず苦笑を浮かべてしまう。
「一緒じゃないわ。口にしなければ、現実にならないもの」
 早速心の中を読まれてしまう。でも何故だろう、涼子さんの表情が少しだけ晴れやかに見えた。もしかして朝陽を浴びているからだろうか。昨夜の、月明かりに浮かび上がった涼子さんは、何て言うか、蠱惑的って言うか、妖艶な雰囲気だったし。
「だからと言って、妄想を垂れ流しても良いとは言ってないわよ?」
「ご、ごめん」
 とにかく何て言うか、今日の涼子さんは、日本時間通りの、“朝”及び、“健全”って印象だった。

◇◆◇◆◇

「お早う、けいちゃん、涼子ちゃんも」
「お早う御座います」「おはよ」
 居間にやってくると、お婆ちゃんが朝食の準備をしてくれていた。今朝は素麺のようだ。座布団の上に腰を下ろし、二人が箸を持つのを確認してから、「――いただきます」食事を始めた。
「お婆ちゃん、昼間は畑に行っとるけど、けいちゃんどうするけ?」
 素麺をツルツル呑み込むと、「えぇと、」と視線を上に向ける。
 お婆ちゃんから話を聞く以外の目的が無い訳ではない。この村――東狐寺と呼ばれる地域を回ってみたいとも思っていた。母さんと父さんが、一緒に駆け回ったと言う故郷を。
「案内してあげてもいいわよ」
 不意に隣から聞こえた助けの声に、僕は救われたように嬉しくなった。
「じゃあ、お願いしようかな」改めて涼子さんを見て、小さく頭を下げる。
「へー、二人とももう仲良うなったがけ」素麺を食べながら、嬉しそうに尋ねるお婆ちゃん。「そんなら二人で行ってこられ。けいちゃん、夕飯までには帰ってくるがやよ?」
「はい、判りました」
 お婆ちゃんの満足そうな笑みを見て、僕も何だか嬉しくなってしまった。

◇◆◇◆◇

 東狐寺。母さんと父さんの生まれ故郷。
 村を歩きながら、涼子さんに教えて貰った。東狐寺と言う地名は、村の中心に構える大きな寺、その名も「東狐寺」が、そのまま地名となったのだそうだ。それだけ影響力の強い寺だったのか、その辺の経緯は聞けなかったけれど。
 履きなれない下駄をカラコロ言わせながら、僕は改めて自分の服装を確認する。
 紺色の着物。その下はシャツとパンツだけで、かなりスースーする。ちょっとどころか、かなり落ち着かなかった。
「今日からお盆やからね、村の人は皆、着物着んといかんが。だからけいちゃんも、今だけ我慢しられか?」
 と言われて、結局寝間着……ではなかったのかも知れない、昨夜倒れた時から着ている着物を着たまま、外を出歩いている。
 昨日ほどの蒸し暑さは感じられず、陽射しは強いけれど、カラッとした暑さだった。蝉の鳴き声が地鳴りのように響いていて、偶に涼子さんの声を聞き逃すほど、煩い。
 それにしても、どうしてお盆の間だけ着物を着ていなければならないんだろう? そういう風習なのかな?
「東狐寺のお盆は、ご先祖や亡くなった人達と一緒に楽しもう、って習わしなの」僕と同じく橙色の着物に身を包んだ涼子さんが呟いた。「着物を左前に着るのは死に装束で、本来は忌避される着方なのだけれど、ここではその逆、お盆の間だけ、左前に着物を着るように言われるわ」
 僕には左前とか右前とか、着物の着方に関しての知識は無かったけれど、なるほど、右手が懐にすっと入らないこの着方を、左前って言うのか。
「じゃあ今僕って、死者と同じ恰好って事?」
「他に何て言ってる風に聞こえるの?」
「えーと、そうだね、あはは……」
 手厳しい涼子さんの返答に、苦笑を浮かべずにいられなかった。
「昔は、ご先祖様とか、死者とかと一緒に遊んでたって事なのかな」
 それは何だか夢のある話だなって、不気味さよりも好奇心の方を強く感じた。皆死者の恰好をしているから、誰も隣に立っている子が死者だとは気付かない。向こうも同じだ。死者も、相手が生者だと気付かずに、隣にいるのかも知れないんだ。
 ――母さんも、いるかも知れないんだ。
「きっと今頃東狐寺では盆踊りをしてると思うけど、見る?」
「あ、見たいかも」
「……かも?」
「いや、えと、見たいです」
「素直で宜しい」
 楽しげな笑みを刷いて、カラコロ音を立てて先導してくれる涼子さん。
 何だろう、僕には兄弟なんていなかったけれど、お姉さんがいたら、こんな感じなのかなって、ちょっと嬉しくなった。

◇◆◇◆◇

 祭囃子が聞こえる。ネットの動画や、ラジカセでしか聞いた事の無い、尺八や三味線の音色。太鼓を叩く音と共に、腹の底が痺れるような衝撃が伝わってくる。
 朝の早くからお寺の前にはたくさんの人達が犇めいていた。出店も多く、思い思いの品を買って、皆でお祭りを堪能している、そんな空気がヒシヒシと感じられた。
「祭りは初めて?」出店の前で、振り返って尋ねてくる涼子さん。
「ううん。近所の祭りになら行った事が有るけど、ここまで盛大じゃなかったから、ちょっとビックリしてるだけ」
 地元のお祭りは出店自体がここまで多くない。浴衣を着てる人もいたけど、殆どが私服姿。こうまで完璧に着物一色に染まった景色は、未だかつて見た事が無い。
 ただ地元のお祭りは如何に出店が少ないと言っても、ここで見る出店と、内容自体に偏りがある訳ではなさそうだ。金魚掬いとか、たこ焼きとか、焼きそばとか、林檎飴とか。大体内容が判っているモノばかりだ。
 涼子さんはそんな僕の心の中を読んでの感想なのか、「ふぅん」と小さく鼻を鳴らした。面白くないとか、詰まらないとか、そういう意図ではなく、単に興味を失った、そんな気持ちの変化が覗えた。
「希田さんは、」「涼子、でいいわ」「……涼子さんは、お祭りにはよく来るの?」
 未だに僕の中でイメージが固まらない、涼子さんの人物像。それを少しでも形作りたくて尋ねたのだけれど、彼女は意地悪そうな笑みを浮かべて、「そうね、お祭りには良く来るわ」と言って、僕の返答も待たずに歩き出した。
「友達とかとは、一緒に来ないの?」
 そんな意地悪お姉さんに、ちょっと意地悪な質問を投げつける。自分でもちょっと嫌な問いかけだったな、と後悔しながら涼子さんを追い駆けると、彼女は涼しげな顔で、こう言った。
「来ないわ。だって、友達いないもの」
 ……聞かなければ良かった、って思わざるを得なかった。そしてとても申し訳ない気持ちに。
「ご、ごめん」
「どうして謝るの?」キョトンと僕を見やる涼子さん。「友達がいないのは、いけない事かしら?」
 ……いけなくは無い、と思う。でも、友達がいないのは、寂しくないんだろうか。
 そんな事を考えていると、涼子さんは「寂しくないわ」と先読みして、振り返って笑った。楽しそうで、無邪気な笑顔。
「だって、家族がいるもの」
 ――家族。家族がいるから、寂しくない。
 それは僕にとっても、共感できる言の葉だった。
 共感できるからこそ、ちょっと胸にチクリと来る言葉でもあった。
 父さんがいるから寂しくないと思うけど、母さんがいないのは、やっぱり寂しいと思ってるからだろう。
 父さんが再婚する。新しい母さんが来る。その時僕は、寂しくなくなるんだろうか? 友達がいなくなっても、父さんがいるから、新しい母さんがいるから、寂しくないと、思えるようになるんだろうか。
「別に友達が欲しくない訳じゃないわよ? いたらきっと楽しいでしょうし」
 僕の心の声は聞かなかった事にしてくれたんだろうか、涼子さんは僕の想いとは別の言葉を口にする。
 その言葉にも、僕は共感できる。決して広いとは言えない交友関係だけれど、彼らがいなくなるのは、きっととても寂しい事だ。一緒にいたら、楽しい気持ちになる、それは家族も友達も、同じだから。
 だったら、僕が言う事は、決まってる。
「じゃあ涼子さん、僕達、友達になろうよ」
 そう言って、ちょっと恥ずかしげに手を差し出すと、涼子さんは虚を衝かれたような表情を浮かべて僕を見つめた。やがて魔王のような、ちょっと怖い笑みを覗かせると、僕の手を握り返した。ひんやりと気持ち良い手が、僕の手を包む。
「友達ってね、こういう風に、口で言ってなるものじゃないの」
 僕の手を握り締めたまま、涼子さんは教師が生徒を諭すように、言った。
「遊んでたら、いつの間にかなってるものよ」僕の手を引いて、歩き出す涼子さん。「……それは、生者も死者も同じ。今日ここでは、皆遊び仲間なのだから」
 そう言って僕を連れ回す涼子さんは、何故だろう、とても儚く映った。そこにいる筈なのに、そこにいないような、そんな不可思議な気持ちで、彼女の後を追う。
 盆踊りの音色はどんどん大きくなっていく。その賑やかな音色に掻き消されるように、僕の中の違和感も、徐々に形を失っていった。

【後書】
 何と言いましょうか、わたくしはこの物語で特に意識したのは「ふわふわした雰囲気」なのです。境界線が曖昧な世界。それこそがファンタジー!
 死者の装いで村を練り歩く、盆踊りを踊る、と言う風習もその一端で、幼少期と言う無意識と自覚が曖昧な時期も相俟って、読者様にあの当時に感じたであろう「ふわふわした感覚」を、改めて思い出して貰ったり、体感して貰ったり、と言うのも目指しておりました。
 因みにこの物語に登場する「お盆に関する知識」は、主に祖母や親戚の年配の方々からのお話を実際に聞いて元にしております。昔はこんな感じやったんやぜ~と言う色々なお話を聞いてるだけで、こう、胸がときめきますよね!w
 あと当時の後書でも触れたかも知れませぬが、この東孤寺の舞台設定は「富山県」でして、故にこそ方言が中々特殊と言いますか、聞き慣れないフレーズになっているかと思います。わたくしも生粋の富山県人なのですけれど、まだまだ方言は奥が深くて魅力がいっぱいですわ…!w
 長くなりました!w 次回はいよいよお盆真っ只中に更新する…いやもうお盆終わってないか?? ともあれお楽しみにー!w

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    うっかりさんですw

    うちの母方の実家がけいちゃんのお婆ちゃんの家に雰囲気似ていて、
    小学生の頃お盆時期にお泊りに行って、近所の観音様の縁日に行ったり、
    縁側でスイカ食べたりしていたのを思い出します。
    その時の思い出って何と言いましょうか、「ふわふわした雰囲気」
    なのですw
    あいまいな感じも含めてめっちゃ体感できてますvv

    とっても良い感じです!

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

    返信削除
    返信
    1. 感想有り難う御座います~!

      うっかりさんwwお気になさらずですよ~!w

      そうなんですよ! そういう、幼い頃の「お婆ちゃんの家」の雰囲気を出せていたら良いな~と思って綴っておりましたので、そういう感想がめちゃんこ嬉しいです…!
      その「ふわふわした雰囲気」を味わえていらっしゃるのなら、もうわたくしとしては会心の出来と言わざるを得ないですね! ヨカターw

      有り難う御座います~!! 今後もその「とっても良い感じ」を活かして参りますぞう!┗(^ω^)┛

      今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです~!!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

      削除

好意的なコメント以外は返信しない事が有ります、悪しからずご了承くださいませ~!