■あらすじ
父が再婚すると言ったのを機に、自分を産んで一年後に亡くなった母の故郷を訪れた少年は、謎の少女と不思議なお盆を過ごす事になる……ほのぼの系現代ファンタジーの短編です。
※注意※2013/08/17に掲載された文章の再掲です。新規で後書を追加しております。
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■キーワード
現代 幽霊 盆踊り ほのぼの ライトノベル 男主人公
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カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054881698055
Pixiv■https://www.pixiv.net/series.php?id=766662
ハーメルン■https://syosetu.org/novel/74118/
■第5話
5.
世界を埋め尽くす祭囃子の音色。夜天に照射される提灯の橙色。
お祭り一色に染まった寺の前を、音調に合わせてゆっくりと、楽しく、賑やかに、――踊る。
そこに老若男女の違いは無く、どころか生者と死者の境界すら超えて、互いに笑い合い、楽しんで手を振り、足を捌く。
盆踊りと言う一つの儀式を尊び、慈しみ、楽しむ。この村に住まう者ならそれが当然であり、訪れる者も巻き込む日常なのだと、空気が伝えてくれる。
黄昏が宵闇に移ろっても、人は踊る事を止めない。もう幾許も無くあの世へ帰ってしまう死者との別れを惜しむように、この一瞬だけでも死者との絆を深めたいと願うように、死者との思い出を忘れないようにと祈るように、踊り続ける。
提灯の灯りに浮かされるように、僕も踊り続けていた。踊り始めた時は、確かに「楽しい」とか、「ちょっと疲れたな」とか、そんな事を考えたりもしたけど、夜が更け、時間が刻一刻と進む内に、「もう少し続いて」とか、「まだ終わらないで」と思うようになっていった。
涼子さんも、お婆ちゃんも、コウタ君も、汗だくになりながらも、笑顔で踊り続けている。僕は笑顔を浮かべているつもりだけれど、頬を流れる水分が汗なのか涙なのか、判然としなかった。
もう二度と逢えなくなる。涼子さんとも、お婆ちゃんとも、コウタ君とも。そんな気がして、僕は堪らなく恋しくなって、今すぐにでも喚き散らしたい気分になった。
でも――出来なかった。出来る訳が無かった。涼子さんの、お婆ちゃんの、コウタ君の、僕との最後の思い出が、僕の泣き言で消えてしまうなんて、僕にはとても耐えられなかった。
懸命に踊る。体力なんてもう無かった。ここで倒れれば、そのまま朝まで眠ってしまうだろう。起きたら、きっと何も残っていない。夢幻は醒め、僕は喪失感と共に朝を迎える事になる。
……そんな強迫観念にも似た衝動に囚われて、でも心の中では三人と一緒に踊っていられるこの現状がとても嬉しくて、仮に涙が流れてるとしても、何の涙なのかさえ判然としなかった。
夜は深け、祭囃子の音だけが耳朶を打つ静かな世界になった。
僕の体は宙に浮いていて、自分の体を見下ろしている。下界の僕は今も必死に盆踊りに夢中になっていて、宙に浮かんだ僕には気付いていない。
「母さんの事を探しに来てくれて、嬉しかったよ」
宙に浮かぶ、半透明の涼子さんが、淡い月光のような笑顔を浮かべて、そう呟いたのが聞こえた。
僕は笑顔を浮かべてこそいたけど、胸中では色んな感情が綯い交ぜになって、咄嗟には言葉を返せなかった。胸が詰まる。もっと一緒にいたい。
涼子さんはそんな僕の気持ちさえ見透かして、困った風に微笑んでいる。
「心配しなくても、私は恵太君の中で生き続けるわ。ずっと、君の中で見守ってる」そっと寄り添い、ぎこちなく頭を撫でてくれる。「だから大丈夫。恵太君なら、きっと大丈夫よ」
温かくて、柔らかくて、涙腺が壊れてしまった僕は、必死に涼子さんにしがみつこうとして、……出来なかった。触る事すら、僕には出来なかった。
「新しいお母さんと、仲良くしてあげるのよ……?」
涼子さんだけじゃない、櫓の近くから何人もの人達が、緩々と天上の世界に浮上していく。皆安らかな笑顔を浮かべて、充足感に満ち溢れた笑顔を浮かべて、未練など無いと言いたげな満足気な笑顔を浮かべて、帰っていく。
「そうよぉ、新しいお母さん、困らせんがやよ?」
お婆ちゃんがそっと僕の頭を撫でて、空に昇って行く。慈愛に満ちた、優しい笑顔で、僕を見下ろしている。
「けいちゃんは偉い子やから、お婆ちゃん心配しとらんよ? だって、お婆ちゃんの孫やもん」
そう言って、緩やかに消えて行く。
皆、そうだった。笑顔で、安心して、残った生者に任せて、旅立っていく。心配な事など何も無い、お前達ならきっと大丈夫だと、胸を張って生きてくれと言わんばかりに、安らかに昇って行く。
だったら僕も、泣いてちゃいけないんだ。胸を張って、自信を持って、皆が安心できるように、前を向かなくちゃ、いけないんだ。
「僕、新しいお母さんと、仲良くなる! だからお婆ちゃんも、お母さんも、心配しなくていいからね! 僕、頑張るから!」
懸命に、涙を見せないように堪えて、歯を食い縛って宣言すると、涼子さんも、お婆ちゃんも、安心しきった表情で、「そ。……元気でね、恵太」「ほんなら、またね、けいちゃん」と、明るくなっていく空に溶けていきー―――
白んだ世界に、僕は一人、取り残されていた。でも全然不安なんて無かった。お婆ちゃんも、涼子さんも、安心して帰っていけた。だったら僕も、二人に心配されないように、頑張るだけなんだから。
気付くと櫓の前には誰も残っていなくて、ラジカセが虚ろに祭囃子の音を響かせている光景が映り込んだ。清々しい朝の空気を浴びて、僕は一つ頷いた。
新しい母さんに逢って、仲良くなる。涼子さんが嫉妬しちゃうくらいに、仲良くなる。そしたらきっと、何故だろう、また涼子さんが来てくれるような、そんな気がしたんだ。
◇◆◇◆◇
父さんがやって来たのは、お昼近くになってからだった。
お婆ちゃんが奥で亡くなっている事を知らせても、父さんは「やっぱり、気付いちゃったか」と、訳知り顔で頷いて、すぐに警察に連絡を取り、色々な手続きに奔走したみたい。
僕はその間、新しい母さんと言うべき女性と逢った訳だけれど、
「――ぇえ!? りょ、涼子さん!?」
「“お母さん”――でしょ?」
つい今朝方別れたばかりの、母さんが――希田涼子さんが、十年くらい成長した姿で、そこに君臨していた。
「ど、どう、して……!?」
僕の頭はオーヴァーヒートを起こして、最早何が起こっているのかサッパリ判らなかった。希田涼子さんとは母さんの幽霊の名前で、実在する人間ではない筈だ。
錯乱している僕を見て、涼子さんは意地悪な笑みを浮かべて、言った。
「六道小夜子だった頃、色んな変わった力が使えた、って聞いたのは憶えてるかしら?」涼子さんは涼しげな表情で語る。「輪廻転生も出来るのよ、私」
「輪廻転生……?」
「つまり、生まれ変わったって事」ふふん、と自慢げに胸を逸らす涼子さん。
「そ、そんなのって有りなの!?」卑怯とか狡いとか、そんな次元の話ですらない気がするよ!?「そ、それに生まれ変わったって言っても、だとしたらどうして僕より年上なの!? 九年前に亡くなったのなら、今年で九歳の筈じゃ……!?」
「生まれ変わりが必ずその年になるとは限らないんじゃないかしら? 九年前に亡くなったけど、転生自体は二十年前でも、時間軸に歪は生じないのだから」
……うぅん、ファンタジーだ。僕の理解を軽く超越した、紛れも無いファンタジーだ。
「じゃ、じゃあ……涼子さんは、小夜子さんでも、あるの……?」恐る恐る尋ねてみる。
「転生前は確かに六道小夜子だったわよ? 今は希田涼子だから、“六道家の子じゃない”のよ?」にんまりと、意地悪な笑みを覗かせる涼子さん。
「で、でもそれなら涼子さんはやっぱり嘘を吐いてる!」僕は必死になって涼子さんを論破しようと頑張った。「初めて逢った時、お化けじゃないって言ってたけど、アレは……!」
「お化けじゃないわ」意地悪な笑みを崩さない涼子さん。「生き霊って奴よ」
「お盆が終わったら帰るって、言ってたじゃないか!」
「勿論帰るわよ、元の体に。幽体離脱し続ける訳にいかないじゃない、恵太君に逢いに行くんだから」
……騙された。今度こそ本当に、騙されたと言わざるを得ない。
僕はどんな感情を持ってその意志を示せばいいのか判らなくて、ぐぬぬ、と顔を歪めてしまった。それを見つめていた涼子さんが、不意に僕を抱き締め、――ぎこちなく、頭を撫でた。
「でも、私の――“前世の私”の事を探してくれて嬉しかったのは、本当よ」優しく呟き、ゆっくりと僕に目線を合わせる涼子さん。「新しいお母さんとは、仲良く出来そう?」
……そんなの卑怯だ。
僕は思わず唇を尖らせるも、涼子さんは何も言わない。……心の中は読まれてるのに、何も言わないのは、つまりそれは、自分の口でちゃんと言いなさい、って事なんだろう。
「……母さん」見上げ、未練がましく、呟く。「もう、嘘は吐かないでね?」
涼子さんは楽しげに笑い、笑顔で頷いた。
「私は六道小夜子じゃない、希田涼子なのよ? “嘘は吐かないわ”」
そう言って手を繋ぎ、父さんの元へと歩き出す。
僕の新しい母さんは、どうやら、前の母さんの来世のようです。
◇◆◇◆◇
「……父さんは、あの時もう母さんがお化け……じゃなかった、生き霊として僕の前に現れた事に気付いてた……んだよね?」
涼子さんと父さんの三人で、小夜子母さんの墓参りを終えた僕は、帰りの電車の中で父さんにそう声を掛けた。右隣に涼子さんが、左隣に父さんが腰掛けている。
電車の中は斜陽が射し込んで、座席も人影もポスターも何もかも橙色に上書きされている。線路を踏み締める音と震動を感じながら、僕はどんな嘘も見逃さないと言わんばかりの意志で、父さんの顔を覗き込む。
父さんは「んー」と上を向いて暫し間を置くと、視線を落として僕と目を合わせた。
「珍しい苗字だったからね、すぐに判ったのは確かだよ。だからこそ、恵太には仲良くして貰いたかった訳だしね」
「じゃあ、お婆ちゃんの事は? 僕が教えた時に全然驚いてなかったけど、アレはどうだったの?」
お婆ちゃんが部屋で亡くなってると告げた時、父さんは全く動じなかった。まるで何もかも判っているかのような素振りで、警察との手続きを淡々と熟す父さんは、見ていて不思議だった。
仮にも愛していた前妻の母親なのだから、もっと動揺が有ってもおかしくないのに……そう思っていると、父さんはそれに対しても苦笑を浮かべて応じてくれた。
「お婆ちゃんは、恵太が泊まりに行ったその日に聞かせてくれたんだよ。昨日倒れたから、閻魔様に無理を言って化けて出て来たんだって。母さんの母さんなんだ、それぐらい出来ても不思議じゃなかったしね」
……だからあの時父さんは、無理をさせるなって言ったのか。
涼子さんと言い、お婆ちゃんと言い、父さんと言い、皆人が悪い。せめて教えてくれれば、こうまで混乱する事なんて無かったのに、と膨れてしまう。
尤も、何も知らない状況で突然真実を告げられても余計に混乱したかも知れないけど。仕方ないとは言え、皆で僕一人を騙していたようで、あんまり面白くない。
「涼子さ……母さんの輪廻転生だって、絶対におかしいよ。仮にそんなのが有るとしても、どうして二十年前に転生なんか出来るの? 普通……が判らないけど、そう言うのが有るとしたら、普通は死んだその年に生まれ変わるものじゃないの?」
「あら、もしそうなったら、お父さんと早く再婚できなくなるじゃない」
間。
「……いや、そうかも知れないけど……でもどうしてそんな事が……」
出来るんだ、と続けようとしたら、涼子さんが意地悪な笑顔を浮かべて、呟いた。
「私の力で、閻魔様を脅してみたの」
「母さんって本当に何者なの!?」思わず頓狂な声が飛び出てしまう。
「閻魔様も輪廻転生するなら、その年になるって言ってたのよ、確かに。でも私はそんなに長い間待てないから、丁度恵太君が十歳になる頃に再婚できるように、転生させて頂戴ってお願いしたの。物理で」
……とんでもない人だ、と思わずにいられなかった。
でも、それだけ僕の事を想ってくれていたのは、とても嬉しいし、気持ちが良かった。
これから新しい母さんと新しい生活が始まる。きっともう寂しくない。
「そうよ、もう寂しい想いなんてさせないわ」
……代わりにきっと、とても恥ずかしい想いをする気がして、僕はこっそり溜息を吐いてしまうのだった。
霊夏/完
【後書】
まずお詫びを。てっきり先週更新したものとばかり思っておりましたが、更新しておりませんでしたね! うっかり忘れていたようです、申し訳ぬい~!
と言う訳で最後の後書です。お母さん…涼子さんのネタと言いますか、結末は初めから予定した通りでして、きっとこれから幸せな日々が続くんだろうな~って言う締め括りを意識しておりました。
ただ、アレなんですよね。お母さんの力を絶大無比にし過ぎたせいで、ご都合主義感がだいぶ全面に出ていると言いますか…もう少しふんわりした設定でも良かったのかなーと今なら思います。何はともあれハッピーエンドは良い事です!
そんなこったで一週間配信が遅れてしまいましたが! 無事に【霊夏】完結です! ご愛読、有り難う御座いました! 日逆孝介先生の次回作にご期待下さいませ~! ではでは~!
更新お疲れ様ですvv
返信削除何度読んでも良い作品です。
読んでいるとその場面が映像になって頭の中に浮かびます。
なんていうか、その映像がとても綺麗で切なくて
けいちゃんと一緒に涙してしまうのでした。
お母さんに関しては年長者なのでこのぐらいの力は、ねぇw
(年長者には絶対に敵わぬぇーw
最後に一言
「……ほんま、けいちゃんはずっこいで」
今回も楽しませて頂きましたー
次回作も楽しみにしてますよーvv
感想有り難う御座います~!
削除(*´σー`)エヘヘそう言って頂けるとめちゃんこ嬉しいです♪
頭の中に場面の映像が浮かぶほど…! 情景描写を頑張った甲斐が有りました…!※普段は頑張ってない模様
その涙はとっても素敵な涙なので、わたくしにとって勿体無い程の報酬です。改めてご愛読ありがとうございました…!
年長者ヤバいですなぁ!w わっちも年長者になったらこれぐらいできるようにならないと…!(笑)
ほんと年長者には敵わないの極地ーッ!ww
まさかその台詞を頂けるとは…! 次回作も何れ再投稿したいですけれど、これはまた、とみちゃんと一緒に胸を軋ませる予感しかしませんよね…w
今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいです~!!
次回作も乞うご期待なのです! 有り難う御座いました~!