2018年10月1日月曜日

【夢幻神戯】第19話 猟竜の棲む森〈7〉【オリジナル小説】

■あらすじ
だからこそ、ロアは――――策を、弄した。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】の二ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公
カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
■第19話

第19話 猟竜の棲む森〈7〉


「――鮮木殿! 射剣殿は冒険者四名と咎人の誅戮に向かうそうれす!」

【翡翠の幻林】の外周に位置する場所に鶏官隊の本体が駐在しているのだが、人数はたったの四人。一人は通信機材を操作しており、一人は簡易テーブルの上に置いた小さな玩具の檻を見つめているだけ、一人はヘイゾウの隣で黙して立ち尽くし、最後の一人・ヘイゾウは簡易椅子に腰掛けて幻林を眺めていたが、通信機材を操作していた隊員の声に、「ほう、“やはりか”」と小さく吐息を返した。
「閣下の言う、“逸脱者”ですか?」
 ヘイゾウの隣で立ち尽くしている、鶏冠兜を被った女が淡々とした声で尋ねた。
 鶏冠兜で表情は窺えないが、声質から若い女である事が分かる。戦斧を背に掛け、直立不動の態で閣下――鮮木ヘイゾウを気に掛けている。
 ヘイゾウは「うむ」と鼻の下の髭を小さく撫でると、通信機材を操作している隊員に視線を配った。
「射剣には全身全霊を以て誅戮に当たれと伝えい」と顎で示したのち、「――厄良(ヤクラ)と連絡は取れるか?」と続けるヘイゾウ。
「それが、通信機を破壊したようれす」通信機材を操作する隊員が、小さく鶏冠兜を否と振る。
「……恐らく彼奴の狂乱が始まったのであろう」苛立たしげに嘆息を落とすヘイゾウ。「檻の強度を上限まで上げい。ネズミ一匹逃がすな。今日この幻林で起こる全ては史実に残らん。――彗竜(スイリュウ)」
 ヘイゾウが隣に立つ女鶏官隊に一瞥すると、女――彗竜ゼッカは敬礼を返した。
「閣下の思うがままに、我が戦斧を振るいましょう。如何な逆賊とて、鏖殺してみせます」
「彼奴等の話が真であるなら、魔物使いは不死。殺るべきは魔物じゃ」改めて幻林に視線を向けるヘイゾウ。「……全く、忌々しい。諸悪の根源が眼前におると言うのに、手も出せぬとは」歯軋りすると、ヘイゾウは冷静を取り戻すように鼻息を落とした。「……此度の作戦はあくまで新人の教育じゃ。幻林内の部隊が絶滅した時は貴様が全て屠れ」
「御意に」
 ――この世界には、四人の禍神がいたとされる。
 その禍々しき災厄の四人の神が、再び現世に蘇った。そう、鮮木ヘイゾウが知ったのは、もう二十年も昔の話になる。
【燕帝國】は、【竜王国】、【中立国】と並ぶ、古い国だ。建国されてから千年以上も歴史が有ると語り部が語り継ぎ、古くから存在する書庫にもその事実を証明する書籍が幾つか残されている。
 その歴史の中で、禍神と言う存在が人類に干渉した……そう認識される事象が、都度三度起こっている。
 約八百年前――最古の記録には、禍異物と呼ばれる異形が出現し始めた、とある。動物の突然変異とも、宇宙より舞い降りた怪物とも、禍神の遣いとも言われ、様々な推察や推論が入り乱れた当時の混乱は、歴史書からでも窺い知れた。
 その当時は冒険者と言う概念は無く、徒党を組んだ住民がその禍異物と戦いに赴き、幾万幾億と言う人命が失われた。それは言ってしまえば、人類と怪物の戦争の様相を呈していた。
 それから三百年の月日が流れ、最早人類の滅亡も秒読み段階と言う過渡期に移ろっていた頃、再び世界に不可思議な現象が齎された。ダンジョンの出現と、人類が禍異物に対抗できるようになる、特殊な力の下賜だった。
 謎多きダンジョンを攻略した者に与えられる、特殊な、そして人類には過ぎたる力は、禍異物の侵略を止めるには最高の矛となった。人類と怪物の戦争は、人類の滅亡と言う危機から脱し、この頃から均衡が取れ始める。
 そして約三百年前、人類は冒険者と言う組合を設立し、元々個々の国々が誇る戦力だけで保たれていた安寧を、一般の人間……主にダンジョンを攻略した者達に託し、世界はようやく安定と平穏を取り戻した。
 これが、どの国にも伝わる、三つの世界変革であり、――禍神が関与されたとされる事象となる。
 国家を運営する上層部であれば、誰もが知り得ている事実であり、ヘイゾウも鶏官隊の今の地位にのし上がった時に聞かされた。
 その話を耳にした直後は老人の戯言程度の認識だったが、【燕帝國】が抱える闇に触れた時、ヘイゾウは認識を改めた。
【燕帝國】の政治が腐敗に腐敗を重ね、衰退の一途を辿っているにも拘らず他国からの侵略を許さない武力を有している理由。ならず者染みた冒険者が多数存在する理由。
 その理由の一つが、眼前の幻林の中で殺戮の宴を開いている事を、ヘイゾウは知っていながら手を出す事が出来ず、見守る事しか出来ない事が、あまりにも――忌々しい。
「……せめて、射剣だけでも生きて帰投して貰いたいものよ」
 それがあまりに儚い願いである事を理解しつつも、そう呟かずにいられないヘイゾウ。
【翡翠の幻林】は夜更けにも拘らず、煌々と翡翠色の輝きを放ち、辺りを照らしている。その幻想的な光景とは似つかわしくない、地獄絵図が内部で発生している事を憂い、ヘイゾウは鼻息を落とすのだった。

◇◆◇◆◇

「――これで八頭目ですね」
 パッと血糊を振り払って刀を鞘に戻すトウに、ロアは静かに頷いた。
 殺戮者が徘徊している場所であっても、猟竜が活動を停止する訳ではない。あくまで冒険者に課せられた依頼は猟竜の討伐がメインだ、殺戮者を誅伐するのは該当者と接触した時に初めて敢行せねばならない。
 遠巻きに冒険者を観察しながら、如何に罠に嵌めようか、どうやったら戦力を削げるか、狡猾に判断しながら襲い掛かるプチハウンドラゴンの襲撃を受けるのも、これで三度目。その度にトウとユイが迎撃し、少しずつ幻林内の脅威を減らしつつあった。
 眼前で黒い血液を垂れ流すプチハウンドラゴンの亡骸から視線を剥がしたロアは、ユキノに視線を投げた。
 彼女は未だに戦闘に参加していないが、緊張こそしているものの、恐怖の感情は帯びていない。襲い掛かってくるプチハウンドラゴンに動じないのは、単純に無知故の無感情なのではとも勘繰っているのだが、戦意が無いと言う訳でもない。
 有り体に言えば、トウよりも未知の領域が多い冒険者だ。
 そろそろ戦闘を経験して貰わねばな――と思いながら声を掛けようとしたロアの鼓膜に、悲鳴が入り込んだ。
「――魔物じゃァ、ないねぇ」
 ロアの視線が音源を辿る前に、ユイの舌なめずりを聞いた。
 トウとテンセイに殺気染みた緊張感が走り抜けるのを、ロアは肌身に感じ取る。それもそうだろう、相手が魔物ではなく――殺戮者であるなら、“力”を有している可能性が濃厚。一挙手一投足で死に直結する相手に他ならないのだから。
 戦極群の一員だった男女を想起せざるを得ない。あんな怪物が相手であれば、幾らトウやユイでも、瞬殺されてしまう可能性は否めない。それでも――ユキノが、臨むと願ったのだ。ならばロアは、“策を弄するしかない”。
「――皆、聞け。ワシが良いと言うまで、黙って、動くでない」
 ロアの宣言が何を意味するのか、それを把握する間も無く――視界に、幻林を縫うように駆けて来たのは、若い女だった。息を切らして駆けて来る姿からは、何かから逃げて来ているのだと察する事が出来る。
 その時、皆は気づいた筈だ。周りに、“自分以外の人間の姿が視認できない事に”。
 その事に困惑している様子を、ロアは目視していたが、口にはしない。黙して、駆けてきた女を具に観察する。
 冒険者の一人である事は、先刻の鮮木ヘイゾウの挨拶の時に観た覚えが有る事から判断できる。問題は、彼女が――白か、黒か、だ。
「はぁっ、はぁっ、はぁ――っ」女は周囲に人影が無い事を確認するように辺りを見回すと、膝に手を突いて喘ぎ始めた。「……はぁ、はぁ……」
 誰も、声を掛けない。ユキノですら、緊張した様子で見守っているだけだ。恐らく、彼女とて現状どう動くのが正解か、理解しているのだろう。ユキノの視線は眼前で息を切らしている女ではなく、周囲に送られている。
 敵性存在は、見当たらない。彼女は兇状から逃げ切れた幸運者なのか。
「…………はぁ……」呼吸を整えた女は、ゆっくりと面を上げた。“醒めきった表情で”、周囲に視線を配る。「“逃げられた、か”」肝が縮み上がる声を、落とす。
 ――瞬間、ユキノとロアの顔から一瞬で血の気が引いた。
 彼女は恐らく、騙そうとしていたのだろう。殺戮者から逃げてきた態で、助けを求めるフリをして……その先は、考えるまでも無い。
 つまり、眼前の女こそ、この幻林で惨事を現出させている当事者――咎人、その人だ。
 女は息を切らしたフリだったのか、あっと言う間に呼吸を整えると、周囲に視線を配り、小さく吐息を漏らすと、――手のひらを覗き込んで、表情を驚きに移ろわせた。
 その行為が何を意味するのか察する前に、女は腰に下げていた鉈を抜き放つと、――突然、振り被って“視認できない筈のトウの頭蓋に叩き下ろした”。
 次の瞬間、トウの破壊された脳漿が飛び散る映像が視界一杯に広がる――事は無く、澄んだ金属音が弾け、鉈と刀の刃が噛み合い、殺戮者の瞳に“歪んだ風景”が映り込んだ。
「……今のは、そういう事ですか」「なるほどねぇ、そういう力なのかぁ」
 トウと殺戮者の声が重なる。その段階に移行した時点で、ロアは皆に掛けていた〈擬装〉の力を解除――風景と同化していた彼らを皆が視認できる形に戻す。
 その中央でトウに凶刃を振り下ろしていた女は、表情筋を動かさずに、小さく舌で唇を舐め取った。
「そっかぁ、“もうバレてるのかぁ”」女は陰惨な笑みを刻むと、バックステップを踏んでトウから距離を取った。「通信手段は遮断したつもりだったけれど、どこから漏れたんだろう?」
「――お爺様、」「躊躇するなッ、即斬せいッ!」
 トウが声を掛けた瞬間、ロアは咆哮を上げた。それが、戦闘の合図。
 トウは人間が視認できない速度で殺戮者に肉薄――一刀の元に両断せんと薙ぎ払ったが、女は新米冒険者とは思えない速度でトウの斬撃に追従――大鉈で刀身を受け止めた瞬間、トウの速度を凌駕する神速の斬撃で、トウの右腕を瞬斬した。
 どさっ、と肉袋の落ちる音と、カランッ、と刀が転がる音が聴覚を刺激する。
 トウの苦渋に満ちた表情を視認した次の瞬間には、彼女の首は宙を舞っていた。
 全ては、一瞬の出来事だ。新米の冒険者と思しき女は飛び掛かって来たトウの斬撃を防ぎ、刹那に右腕と首を即斬、斬殺してのけた。
 バシャッ、と大量の血液がばら撒かれる音をBGMに、女は大鉈を振るって血糊を飛ばした。
 誰も、声を上げない。
 沈黙の只中に佇む殺戮者は、つまらなそうにトウの亡骸を見下ろすと、大鉈を肩に乗せて、ロアに視線を向けた。
「バレてるけど、対応は出来てないんだねぇ」女の口唇に、邪悪な笑みが宿る。「次は誰が相手をしてくれるのかなぁ」
「……お前さん、目的は何じゃ」
 懸命に吐き気を堪えながら、ロアは問うた。それに対して女は驚きに目を瞠った。
「仲間、死んでるんだよ? それを今聞くの?? まさか、自分だけは生き残れるなんて、思ってないよねぇ?」女は不思議そうに小首を傾げて、瞬きを繰り返した。「命乞いでもするつもり? もう――“君達しか残ってないのに??”」
 ――怖気が、総身を締め上げる。
 呼吸が止まりそうだった。心臓が裂けそうだった。脳髄が千切れそうだった。
 この女は、至って平静を保っている。これで、正気なのだ。この幻林に送り込まれた冒険者を鏖殺にする事に、一切の気後れも無く、罪悪感も無い。
 それを人は、“狂っている”と呼ぶ。
 呼気が乱れそうになるが、ロアは懸命に己の気を静めようと律した。視界が狭まる。翡翠色の視界が、妙に暗い。
 死が、跫音を立てて近づいて来ている。
 ロアが、気が触れそうになりながらも女から目を離さない事に、彼女は気を良くしたのか、おどけるように肩を竦めてみせた。
「あたしは約束を守っただけだよ。この領域の生ける人間を狩り尽くす代わりに、この力をくれた“贈呈者”とのね」
「贈呈者……?」
「時間稼ぎのつもりかも知れないけど、あたしはこれから鶏官隊を鏖殺しないといけないからさ、もう殺していいよね?」
 ――咄嗟に、“躱さなければならない”と察したが、何を、どこから、どうやって……全てが闇に包まれていた。
 気づいた時には、視界が斜めにズレていった。
 己の体を抱くように、己の体が滑っていくのを止めるように、手を伸ばした先には、体が無く。
 ロアの上半身は右腕を残して、崩れ落ちた。
 視界が、霞む。
 この速度には、誰も追従できまい。如何な鶏官隊の下士官と言えども、ハンターと言えども、……ましてや、新米の冒険者に、敵う相手ではない。
 だからこそ、ロアは――――策を、弄した。
「……頼んだ、“ユイ”」
 血の泡と共に吐き出された下知に、風景と同化したままだったユイのビー玉が射出された。死角から飛翔したビー玉が着弾した女は一瞬驚きに目を瞠り――――次の瞬間には、その肉体がバラバラに瓦解した。
 そこで、ロアの意識は断絶する。最後に、最後の最後に、トウに謝罪の念を捧げながら、ロアは闇へと墜落していった。

【後書】
 わたくしの悪い癖と言いますか、物語を綴っているとしょっちゅうやらかすシーンが鏤められた今回。
 と言うのも、不死者と言う前提を理由に、ついつい不死者である方々を死なせちゃうんですよね。何と言いますか、絶命するシーンを何度も綴りたいがために不死者にしたような側面も有りますw 普通ならこれで物語が終わっちゃうんですけれど、不死者なら蘇ってまた物語が再開するぞ! と言う安心感と言いますか、お約束感が有ると言いますか…にしても最近あちこちの作品で人死に出過ぎですが!w
 ともあれ凶悪犯は大変惨たらしく始末しましたが、まだまだこの幻林でのお話は続きます。いよいよ次回からサブタイトルも変わりまして…出逢うは“四天”。お楽しみに!

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    肉を斬らせて骨を断つって感じなのかな?
    父さんもきっとわかってくれるはず。

    【燕帝國】の闇…
    マリアナ海溝(水面下10,911m)より深そうです。
    はっきり言ってYA・BA・MI!!
    死人出過ぎですがもう一方で蘇り過ぎとの情報もっ!(主にアニーエ
    おかしなテンションになってきたのでこのへんでっっ!!!

    あっ、スピーディーな展開、相変わらずすてきよっvv(←!?

    今回も楽しませて頂きました!
    次回も楽しみにしてますよ~vv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      それですそれです! まさにそれ!!
      父さんだから安心して任せられるって感じですよね、爺ちゃん…!

      マリアナ海溝より深そうww 確かにそうです、YA・BA・MIです!ww
      蘇り過ぎwwwwほんとそれだwwwアニーエはもう何か同じ枠に入れちゃいけない感半端無いですよ!www

      ヤッター! スピーディーな展開が相変わらずすてきと言われて跳ね喜ぶ日逆です!!!ヾ(*ΦωΦ)ノ

      今回もお楽しみ頂けたようでめちゃんこ嬉しいです~!!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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