2018年10月18日木曜日

【空落】01.趣味で幽霊の話し相手をしてるんです【オリジナル小説】

■あらすじ
――あの日、空に落ちた彼女に捧ぐ。幽霊と話せる少年の、悲しく寂しい物語。
※注意※2016/03/10に掲載された文章の再掲です。本文は修正して、新規で後書を追加しております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、【ハーメルン】、【小説家になろう】の四ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
ファンタジー 幽霊


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ハーメルン■https://syosetu.org/novel/78512/
■第1話

01.趣味で幽霊の話し相手をしてるんです


――――――あの日、空に落ちた彼女に捧ぐ。

◇◆◇◆◇

高い空、遠い喧騒。僕は、果てしない青に落ちていく。

風が踊っている。遥か彼方に見える宵闇は、静かで、冷ややかだ。
もしかしたら僕は、夢を見ているのかも知れない。空に落ちる夢。
ずっとずっと、終わらない幻覚を見ていただけなのかも知れない。
大気を聴く。僕の鼓動を載せた風は、旅路の果てに届くだろうか。
僕は彼女の元に行けるだろうか。あの日、空に落ちた彼女の元へ。
眠たくて、空の夢を閉じる。幸せな現実が始まるのだと確信して。

僕はそっと、夢の世界を手放した。果てしない青は、――――――

◇◆◇◆◇

「――聞いたか? 三丁目の廃墟に出るんだってよ、幽霊が!」

某県立高校で目下生徒達の注目の話題となっている、幽霊騒ぎ。
曰く、何年も前に主人を亡くした家屋から、沼から溢れてくるような薄暗い声が聞こえてくるのだとか。初めは浮浪者か家出人の声を聞き間違えたのだろうと一笑に付されていたのだが、中に足を踏み入れても誰もいないし、況してや人の気配が無い。だが、何故か線香だけが焚かれたまま放置されている……と言う怪現象から、いよいよ幽霊が現れているのではないか、と言うゴシップネタにまで昇華したらしい。
噂には尾ひれが付くのが常で、真っ黒い人影を見ただの、鬼火が漂ってる所を目撃しただの、線香の匂いが漂ってくるだの、有りもしない話がどんどん肥大化して、いよいよ一目見に行こうと騒ぎ出す者が現れるのは、最早避けようの無い展開だったのかも知れない。
斯く言う俺こと|日清水《ひしみず》|天馬《てんま》もその一人で廃墟の前に立っている。幽霊を信じている訳ではないし、肝試しを敢行するつもりも無かったのだが、普段つるんでいる悪友達に唆されて、仕方なく、だ。
オカルト全般を信じていない訳ではないが、幽霊の存在は限り無く白だと思っている。幽霊が存在するとしたら、今頃幽霊でこの地球上は一杯になっている筈ではないか、と思う訳だ。幽霊になるのはそもそも未練が有るからと言う話だが、未練が無いまま死ぬ者など早々いる筈も無い事は明白。だったら土台からしておかしいではないか。
故に俺は幽霊の存在は信じちゃいない。今回も人間の仕業であると確信している。悪友達には表に出して言わないが、あくまで俺は戦闘担当。相手が犯罪者や浮浪者で、襲いかかってきた時に抵抗する最後の砦役。手荷物は金属バット一本。これで事足りる。
「天馬、お前もやっぱビビッてんだろ? 幽霊にバットなんか効かねーって」
ゲラゲラ笑い転げる悪友達に「幽霊にゃあ効かねえかもだが、もしかしたらゾンビかも知れねえだろ? 念には念を、だよ」と肩を竦めて応じるに留める。
俺の返しにまた笑声を上げる悪友達に、内心では呆れた嘆息を零す。醒めた心は共感を無くす。もう少し自分も楽しめる余裕が無いと、折角一緒に来た意味が無いよな、と後悔の念が過ぎった事を理由に、少しだけ緊張の糸を緩めると、悪友の肩を軽く叩いた。
「さ、行こうぜ。幽霊の正体を見破るんだろ?」
「おうよ! 突撃突撃ぃー!」
楽しげに廃墟の中に潜っていく悪友達に追従し、俺も荒廃した家屋に足を踏み入れる。
鼻腔をくすぐるのは、確かに線香の匂いだった。線香の良し悪しは解らないが、良い匂いだな、と思った。朽ちた廃墟にはそぐわない匂いだな、とも。
懐中電灯で朧気に照らされた廃屋は、流石に深夜一時と言う時刻も相俟って不気味この上なかった。深、と静まり返る部屋の中を、ぎしり、ぎしりと傷んだ廊下を進んでいく。
クモの巣が時折頭に掛かるので、面倒臭そうにそれを払いつつ、奥へと突き進んで行く。悪友達が「こえぇーまじこえぇー」「こんなんでビビるとか有り得んだろ」「ゆっうれっいさーん! 出っておっいでー!」などと銘々に騒ぎ散らしているのが、哀愁を強くしていく。
「……居間、か?」
先頭に立っていた悪友が懐中電灯で一室を照らし上げると、そう呟きを漏らした。「どれどれ?」「きったねー!」「どこがだよ、寧ろ整頓され過ぎて不気味だぜ」「つか線香臭ェーんですけどー」などと続々と追っていく悪友を見送り、俺はふと違和感に気付いた。
ぎし……ぎし……と物音が聞こえる。一階ではない、二階からその物音は聞こえてくる。
ゾクリ、と全身に緊張が走る。やはり誰かいる。浮浪者か? 犯罪者かも知れない。金属バットを強く握り締め、一団から離れて階段を探す。
廊下の奥。暗がりの中に、上へと続く階段を見つける。下から覗くと、上階はここ以上に闇に潰れていた。
ゆらり、と青い輝きが揺らいだ。総毛立ち、身震いする。ライターの火か? 併し今、物音が無かった……?
ぎしり、と階段に足を掛ける。悪友に悟られない今の内に、謎の存在を仕留める。別に殺す訳じゃない、悪戯が過ぎたな、と痛めつけるだけだ。相手もこういう場所でしか行動できない者なのだから、警察に申し出る事も有るまい。
ぎしり、また一歩階段を上る。線香の匂いが、少しだけ濃くなる。二階で線香を焚いているのだろうか。緊張感を殺ぐような、優しい香り。
ぎしり、三段目に足を掛けた、その時だった。目の前に青白い顔が浮かんだのは。

◇◆◇◆◇

「…………が悪かったのは、確かですよ? でも、そうやって、事有る毎に脅かしてちゃ、そりゃこういう事にもなりますよ。その辺の自覚は有りますか?」
声が聞こえる。薄っすらと目を開けると、見知らぬ天井が映る。ボロボロに壊れた、天井。鼻腔をくすぐるのは、優しい線香の香り。
「……これでまた騒ぎが大きくなったのは言うまでも有りません。貴方は自分で自分の首を絞めたんです。……放っておけばいいんですよ、その内彼らも忘れます。ですから、……いや、そうしたらまた騒ぎが大きくなるじゃないですか……」
声は一人分。誰かと話しているようだが、相手の声が全く聞こえない。携帯電話ででも話しているのだろうか。
意識が朦朧とする。何が起きてこうなったのか、巧く思い出せない。憶えているのは、悪友と夜に肝試しに行こうって……
「……お爺さんが怒りっぽいのは分かってます。ただ、今回のような事が続けば、何れは貴方の棲家まで無くなってしまうんですよ? 貴方が守りたかった物を失ってまで、それはすべき事ですか?」
幼い少年の声。誰かを説教しているようだが、どうにも迫力に欠ける声質だ。大人しい、優しい、穏やか、そんなイメージしか湧かない、気弱そうな少年の声。
少しずつ意識が鮮明に戻ってくる。そうだ、肝試しをしている途中で、生首が飛んできて――
「お前は――」
咄嗟に起き上がって武器になりそうなモノを探そうとして、目の前に少年が映り込んだ。自分と大して歳が変わらないであろう、若い男。少年は部屋の中央で胡坐を掻いたまま中空を眺めているだけで、携帯電話を使っている様子は無かった。
何も無い空間で、一人で延々と誰かに説教をしている、ようだった。
その奇妙さに、――産毛が逆立つ。
「大丈夫ですか? 階段から落ちて、頭を打ったみたいです。……一応冷やしておきましたけど、もし心配なら病院に掛かる事をお勧めします」
少年は胡坐を掻いたままこちらに向き直り、穏やかな表情でそう呟いた。
光源の無い、闇に落ちた廃屋の一室で、一切の緊張感が感じられない笑顔を浮かべる少年は、犯罪者や浮浪者は固より、幽霊や怪物より、不気味に映った。
言われて気付いたが、後頭部に濡れたタオルが敷かれていたようで、触るとひんやりと湿気を吸っている事が分かった。
「……お前は、ここで何をしている……?」
警戒心が上限を超えて全身を緊張で満たしていく。背後を見せた瞬間、頭からがぶりと食べられてしまいそうな、そんな恐怖が腹の底に沈殿する。脂汗が首や背に浮かび上がり、呼気が次第に上がっていく。
少年は人差し指を立てて「えーとですね」と明後日の方向に視線を向けた後、苦笑を滲ませた。「お話ですね」
「……話? 誰と、何の話だ?」
問いかけに、少年は沈黙する。困っている様子が目に見えて分かったが、ここで引いてはいけない、と言う想いが、二の句を継げなくさせていた。
「えーと、……まぁ信じて貰えないだろうし、いいよね。――幽霊さんと、今後に就いて話していました」
間。
「……正気か?」
思わず漏れ出た本音に、少年は「あはは……」と苦笑を浮かべて、嘆息を落とす。
「そういう訳なので、出来れば貴方には早々にお引取り願いたいんです。それと、もう二度とここには来ないでください。幽霊さんが、その……怒るので」
少年の話は全く理解できなかった。先刻の生首にしても、現実とは思えない。浮世離れした話に、気持ち悪さが先行し、立っているのもやっとだった。
自分を騙して何かをしようとしているのか、などと言う思考も回らない。あの得体の知れない生首と、この暗室でも全く緊張しない謎の少年、その不気味さが恐怖を際立たせ、マトモな考思を得られない。
恐怖が足に這い寄り、一歩後退りした時、少年がふと思い出したように口を開く。
「あ、無理だと思いますけど、ここで起きた事は誰にも喋らないでください。僕の事も。……無理だと思いますけど」
その言い方に、思わず勃然となる。
「分かった、誰にも言わねえよ。……代わりに、お前も約束しろ」
「え?」少年が初めて驚きの表情を覗かせる。「何を約束すればいいですか?」
「……俺がビックリして気を失った事だ。誰にも言うなよ?」
間。
「……ふふっ」少年が思わず笑声を零す。「はい、分かりました。約束します。貴方がここで気を失った事は誰にも言いません。約束です」
優しげに応じた少年は、やはりこの場には似つかわしくない程に穏やかだった。おどろおどろしいお化け屋敷の中に突然迷い込んだ可愛らしい子犬のような、そんな不可思議さが彼には有った。
「……名前、聞いてもいいか?」呟いた後、これでは失礼だと思い直し、改めて正面から少年を見据える。「俺は天馬。日清水天馬」
少年は一瞬迷うような仕草を見せたが、俺が名乗りを上げた以上失礼だと察したのだろう、正面から見据えて応じてくれた。
「僕は|恵太《けいた》。|六道《りくどう》恵太と言います。趣味で幽霊の話し相手をしてるんです」
優しげな笑顔を覗かせて告げた少年――六道に、何故だろう、俺は「こいつと友達になりたい」と思ってしまった。
その場で「友達になってくれ!」と頼めば話は早かったのだろうが、俺にはそれを言うだけの勇気が無くて、「じゃあな!」と、そのまま走り去ってしまった。
幽霊は存在する。……いや、騙されただけかも知れないから、まだ断定するのは早い。だが、幽霊と同格の恐ろしい存在は、いる。それだけは、確信を以て断言できた。
その日を以て俺は幽霊と言う存在に恐れを懐くようになった。触らぬ神に祟り無し。幽霊だってそうだ。無断で触れるから怒られる。だったらそっとしておくのが道理だろう。
もうあんな恐ろしい目に遭うのは、二度とごめんだ。

◇◆◇◆◇

「……帰ってくれたみたいですね。思わず名乗っちゃったけど、本当に黙っててくれるのかなぁ……」
人と話すのは幽霊を相手にする時以上に気を遣う。小学生の頃は、あんなに分け隔て無く同性異性関係無く話せたのに、今では幽霊相手にしかマトモに話せない体質になってしまった。
人間は怖い、幽霊以上に。理由も無く人を傷つけたり、悪意の有る行為に躊躇が無かったり。今まで仲が良かった相手ですら、翌日には敵に回っている事が有ったり。異端に対して極端に暴力的だったり。
「ふん、尻尾を巻いて逃げ帰ったか小童が。|妄《みだ》りに敷居を跨ぐからじゃ、阿呆め」
「……お爺さん、さては全然懲りてませんね?」
「ふんッ」
鼻息荒くそっぽを向く、半透明の老翁。元はこの家の主人であり、今はこの廃屋を徘徊する幽霊。数年前に誰にも看取られる事無く死を迎え、親族がいなかった彼は、幽霊となった今も廃屋となったこの家を守り続けている。それが家長の務めだと言い張り、踏み入る如何なる人間も許容せず、脅かして追い払い続けている訳だけど……
「お爺さん、よく聞いてください。こんな事を続けていたら何れ本物のお祓いの人が来ます。貴方はこの家にいたいんでしょう? お祓いされる事は、本望じゃない筈ですよね?」
「当たり前だ、ここを誰の家だと思っとる? この儂の家だぞ? 何だって儂がお祓いされなきゃならんのだ。ふざけるのも大概にせい」
憤懣やる方ないと言った風情のお爺さんに、僕は疲れた溜め息を落とさざるを得なかった。
「ですから、お祓いされないためにも、今は我慢するんです。ああいう人達は騒ぎが大きくなればなるほど寄って来るものです。黙って静かにしていれば、何れ誰も来なくなりますよ。そうしたら、静かにこの家を守れるでしょ?」
「ああいう小童共を見ると虫唾が走るんでの、一度叱ってやらねばなるまいて」
「でーすーかーらー、そういう事をするから色んな人がやってくるようになるんですってばー」
話は平行線だ。お爺さんにも譲れない一線が有る事は重々承知の上だが、このままでは本当にお爺さんがお祓いされかねない。折角幽霊としてこの場に留まる事が出来たのだから、出来る限りの手助けはしたいのに。
……お祓いされて、成仏ないし天国に逝く事の方が幸せである、と言うのは、あくまで可能性の話だ。未練が有るからこの世に留まっているのかも知れない、なのに強制的に天国或いは地獄に連れて行くのは、何だか酷い話のように感じるのだ。
死後の世界が幸せであるか否かは誰にも分からない。況してや、幽霊としてこの世に留まっている事自体ですら、幸せなのか、或いは不幸せなのかも、一介の人間である僕には理解が及ばない話に他ならない。
幽霊が何を為したいのか。何故ここにいるのか。差し出がましい話だけど、僕はその手伝いをしたいと言う理由で、幽霊と話を交わすようになった。訳も分からずただ「迷惑だから」と言う理由でお祓いされるより、為したかった事を為し、気分良くこの世界を立ち去れた方が、僕としても気持ちが良いから。
……ただ、勿論このお爺さんのように意志と感情がグチャグチャになって二進も三進も行かなくなっている幽霊は少なくない。僕はただ根気良く話をして、どこかしらで妥協するポイントを探っているに過ぎない。
「――もうこんな時間か。お爺さん、今日はこの辺でお暇しますね」よっこらしょ、と掛け声を出しながら立ち上がる。「また近々お邪魔するので、お願いですから今日みたいな事は控えてくださいよ?」
「……もう行くのか」不満そうな表情を覗かせるお爺さん。「今度はもっと早く来い。さもなくば、また小童共を脅かすぞ」
「分かりました、約束ですよ?」
手を振って廃屋から出て行く。二階の窓からこちらを見つめるお爺さんの姿を発見し、再び小さく手を振ると、そっぽを向かれてしまった。
……幽霊としての彼と接しているだけで分かる。生前から気難しいお爺さんだったんだろう。近所付き合いはあんまり無くて、親族とも接点が無い、寂しい老後。その果てが、孤独死。看取る者も無く、ただ静かに朽ちていく最期に、彼はどんな想いを懐いたのか。
自分も何れ同じ道を辿るのだろうか、と悲しい思考が掠める。人付き合いの全く無い僕を看取る者が今後現れるのか、それとも死ぬまで幽霊と話すだけが生き甲斐のままなのか。ぼんやりと考えても、結論は出なかった。
やがて空が白んでくる。もうじき朝を迎える世界に背を向けるように、大きく伸びをして、脱力。そうして幽霊の時間は終わり、人間の時間がやってくる。僕も塒に帰って、吸血鬼のように眠ろう。

【後書】
再投稿したいしたいと思いながらも後回しにしていましたが、本日やっと時間が取れたので再投稿です!
と言う訳でこの物語は【霊夏】の正統な続編です。この物語には、最後までお読み頂けると分かるのですが、わたくしの理想が込められております。その辺も意識して読み進めて頂けると幸いです…!
ともあれこの物語はとっても落ち込み易い物語であります。秋の夜長にお付き合い頂くにはだいぶしんみりしてしまいますが、秋だからこそのしんみり雰囲気を、ぜひ堪能して頂けたらと思います…!
更新日は木曜に定めつつ、毎週しんみりとお付き合い頂けますように~! ではでは!

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    ついにきちゃいましたね。

    秋の夜長、先生の仰るようにしんみり読ませていただきますよ!

    (しっかり準備しないと一気にもってかれるぞぅ)

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      遂に来ちゃいましたよ…!w

      ぜひぜひ! 秋の夜長に、しんみり堪能して頂けたら幸いです~!

      (ほんとそれなので、あんまり無理しないでくだされ…!)

      今回もお楽しみ頂けたようで嬉しいぴょん!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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