2018年10月25日木曜日

【空落】02.その、ヤヴァい奴では、無いです【オリジナル小説】

■あらすじ
――あの日、空に落ちた彼女に捧ぐ。幽霊と話せる少年の、悲しく寂しい物語。
※注意※2016/03/17に掲載された文章の再掲です。本文は修正して、新規で後書を追加しております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、【ハーメルン】、【小説家になろう】の四ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
ファンタジー 幽霊


カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054887283273
小説家になろう■http://ncode.syosetu.com/n2036de/
ハーメルン■https://syosetu.org/novel/78512/
■第2話

02.その、ヤヴァい奴では、無いです


「……え? 修行……?」

自宅に帰って来るなり突然言い渡された宣告に、僕は二の句が継げなくなって棒立ちになってしまう。
母さんは玄関で仁王立ちの姿勢のまま、「そうよ、けいちゃんにはこれから修行に出て貰うわ」と妖艶な笑みを見せた。
口を開けたまま茫然自失の態で佇んでいると、「準備は整えてあるから、早速行きなさい。場所を記した地図もバッグに入れてあるから」と玄関の隅に置かれていた大きめのバッグを掴まされ、グイグイと背を押される。
「ちょっ、ちょっと待ってよ母さん? 僕には何の話なのかサッパリ――」「詳しい話は向こうの大家さんに聞いてね。あと近くの高校への転入手続きは済ませてあるから。それじゃ、いってらっしゃーい」
外に追い出されてすぐに扉が閉ざされ、僕は唖然としたまま我が家を眺める事しか出来なかった。
「どういう事なの……?」思わず出た本音の問いかけに、遠くの方から犬が遠吠えで応えてくれた。

◇◆◇◆◇

ともあれ我が六道家では母さんの命令は絶対なのである。父さんも当然母さんの命令には逆らえない。なので今回の件も恐らく父さんが反対した所で権力に屈し、涙を呑んで見送ったに違いないのである。僕自身も逆らえないと言うか、逆らった所で大変な目に遭う事は今までの経験則で分かりきっているので、今はただ従順に行動するしかない。
バッグに入っていた地図を確認して、電車に揺られる事一時間。それから徒歩二十分で辿り着いた先に、確かに古びたアパートが居を構えていた。閑静な住宅街に広がるアパートの群れ。その一つに僕は吸い込まれていく。
「一の一が大家さんの部屋……ここか」
“1-1”と記された扉の前に立ち、呼び鈴を鳴らす。ブーッ、と寂れた音が部屋の中から聞こえてきた後、「はーい、ちょっと待ってねー」と年配の女性の声が続く。
チェーンを外す音とロックが外れる音がした後、扉が開く。奥から現れたのは恰幅の良い五十代ほどの女性。僕を見下ろすなり、「えぇと、どちら様?」と可愛く小首を傾げる。
「あの、えと、六道恵太と言います。今回二の二に入居させて頂く話を……」とまごつきながら呟くと、先回りするように「あぁ! はいはい! 六道さんね! 待ってたわー! 今案内するから待っててね!」とパタパタ部屋の中へと戻って行ってしまった。
「……」嫌な予感を覚えてはいたものの、僕は固まったままその場で立ち尽くす事に。
やがて数分と経たずに戻ってきた女性は「今案内するわね! あ、あたしは大家の斑田(むらた)、宜しくね!」と歩きながら自己紹介をした。
「よ、宜しくお願いします」慌ててその背を追いながら、仄かに香る美味しそうな匂いを辿る。
「六道さんの部屋は二階の一番奥の部屋なんだけどねー、話は聞いてると思うけど、出るのよー、アレがね、アレが」
「……そうですか」
「お陰で入居者がすぐにいなくなっちゃってねー、一度お祓いした方がいいんじゃないかーって話をしてたらね、貴方のお姉さん? が何とかしてあげるって言ってくれたのよー! もー助かっちゃったって思ってねー!」
機関銃のように大声で話してくれるものだから、部屋に辿り着く前に倒れてしまいそうだった。併し……なるほど、母さんが受けた依頼を何故か僕が修行の名目でやらされる事になった、と言う話のようだ。
母さんは厳密には霊能力者ではない。霊能力が備わっている、何でも出来る人、と言う認識で大体合ってる。その力を無償で使っては困っている人の問題を解決しているようで、お陰でそういう業界の人からは疎まれ忌み嫌われているらしい。
その息子……いや、弟が来たのだからもう大丈夫、と言う感覚で僕を見ているのだと思うと、どうにも気が重い。僕は事件を解決するような手腕が無ければ力も無い。ただ幽霊と話す事が出来る程度の一般人でしかないのだから。
「ここよここ!」扉の前に立って指差す斑田さん。「鍵はこれ!」ポン、と手渡される錆びた鍵。「部屋の中の物は自由に使っていいから! それじゃ!」
返事を待たずにサササーッと階段を下りて見えなくなる斑田さんを見送ると、解放された事による安堵で溜め息が漏れた。幽霊と話す時よりも人間と話す時の方が緊張する癖はどうにも抜けない。
気を取り直して扉の鍵を開けると、湿った空気が流れてきた。水が流れる音が聞こえる。誰もいない筈なのに水が流れているのであれば、水道管が壊れてしまっているか、或いは不法侵入者がいるか、幽霊の仕業だろう。
玄関で靴を脱ぎ、ぎしぎしと音を立てる廊下を抜けて電灯を一つ一つ点けていく。ブレーカーは落とされていないようで、どれも正常に稼働し、水音だけだった部屋に電気の走る音が混ざる。
水の流れる音は浴場から聞こえてくる事が判明したが、まずは荷物を置こうと居間に移動。フローリングは傷んではいないものの、汚れと埃が目立つ。壁紙もボロボロで傷だらけだ。備え付けのベッドも綿が出ていたけど、無いよりマシだと思ってサッと埃を払ってバッグを載せる。
「まずは掃除かなぁ……」
この部屋がどれだけ使われていなかったのか分からないけど、埃が酷いし、空気も澱んでいる。ベランダに続くガラス戸を開けると秋の清涼な風が吹き込んで、埃が舞った。
「ふえ……ふえ……ふえっくし!」
思わずくしゃみが出た。と思った矢先、水の音が止む。構わずバッグの中からポケットティッシュを取り出して、鼻をかむ。
「うー、やっぱり掃除からだな……」
ゴミ箱を探したけど見つからない。仕方なく部屋の隅に転がされていたゴミ袋を開けて放り込む。
「ふっふっふっ、今度はどんな奴が来たんかなぁ……?」
浴場から水滴を垂らしながら現れたのは、半透明の少女だった。濡れた髪から水滴を垂らし、濡れた足で廊下に足跡を作りながら、近寄って来る。
幽霊が見えていなければ、それだけで怪現象だったろうし、恐怖が来るのも無理からぬ話なんだろうけど、僕はそれどころじゃなかった。目に映る半透明の少女は、とても可愛くて、その可愛さだけで思考が停止し、意識を奪われていたのだ。
「おー? なんやこいつ、女みたいな顔しとるけど、男やんな? 可愛い顔しとるやんけ。ん? 怖くて声も出えへんみたいやけど」
ケラケラ笑っている姿も魅力的で、声が喉に貼りついたみたいに出てこない。固まったまま動かない様子は、確かに恐怖に怯えて声も出ないと思われても仕方なかった。
「んー? んふっ、怖いやろー? 怖いんやったら、はよ出て行きやー。ここはウチの城や、誰の立ち入りも許さへんで」
ただ見蕩れていた。目の前でクルクル表情を変える少女に、見蕩れている事しか出来なかった。
僕の反応が普段見慣れた侵入者と趣を異にしている事に気付いたのだろう、不審げに僕の前に立つ、薄着の少女。僕の顔に顔を近づけてきた瞬間、僕は「うわっ!」と思わず声を上げた。
「えっ?」少女も思わず驚いたように顔を遠退かせる。
間が生まれた。
「……な、なんやこいつ。ウチ今何かしたか?」
僕の反応に驚きを隠せない様子で、若干遠巻きに見据えてくる。
心臓が高鳴ったまま鎮まらない。こんな近くで女性の顔を見たのは、母さんを除けばない。……ドキドキが止まらなくて、顔が見る見る紅潮していくのが分かった。
「こいつ、もしかしてヤヴァい奴か?」
少女が不審そうな表情で見つめてくる。
呼吸を整えて、少しだけ落ち着きを取り戻した僕は、改めて少女を見据えた。少女は再び驚きを露わにして、僕と目を合わせる。
「えと、初めまして、幽霊さん。僕は六道恵太。貴女とお話しをしに来ました」
柔らかく微笑んだつもりだったけど、少女は沈黙したまま難しい表情を浮かべるだけだった。
「……その、ヤヴァい奴では、無いです」
付け足した一言に、少女の幽霊は瞠目し、途端に赤面し、「な、なんやお前ええええっっ?!」と絶叫を奏でるのだった。

◇◆◇◆◇

「……ウチが見えとるなら先に言えアホ。これじゃウチがアホみたいやないかボケ」
「ご、ごめんなさい……」
埃っぽい部屋の中で、少女の幽霊は不機嫌そうに頬を膨らませ、そっぽを向いている。濡れた髪はいつの間にか乾いたのか、水滴はもう垂れていない。その彼女の正面に僕は胡坐を掻いて座り、陳謝の念を送っている。
僕と同年代ほどの、若い女性の幽霊。濡れ羽色の髪は短め。赤茶色の眼鏡を掛けていて、身長は百六十も無いだろうと言う小柄な体躯。服装は部屋着なのか薄手のシャツとジーパンと言った軽装。
今まで女性の幽霊と対峙した事は何度か有ったけど、彼女ほど心が揺れ動いた娘はいなかった。今も心臓が高鳴りを止めず、緊張感が全身を包んでいる。
「で? 自分、ウチを除霊しに来た口か?」
剣呑な口調で尋ねてくる少女に、僕は小さく首を横に振った。
「じゃあなんやねんな?」不機嫌そうな態度を崩さず、少女が問いを重ねる。
「僕に除霊の力なんて有りません。僕はただ、貴女と話すために来ました」
「話すぅ? 何を話すんや? 天気の話か?」
「何でもです。僕はただ、貴女と話すだけです」
「なんやしゃっきりせんなぁ。ウチと話してどないすんの? 話したらどないなるっちゅうねん?」
不機嫌そうな顔のまま尋ねてくる少女。僕は一度気息を整えて、改めて彼女を見据える。
「どうもなりません。ただ僕は、貴女と話したいだけですから」
「はぁ?」
いよいよ怒りだしそうな雰囲気だったけど、僕はいつもの調子を取り戻すように、努めて冷静に続ける。
「僕に出来る事は、幽霊とお話しする事、それだけです。除霊は出来ませんし、お祓いも出来ません。するつもりも有りません。ただお話しするだけで、気が楽になる事も有るんです。或いは、貴女が為したい何かをお手伝いする事が出来るかも知れません。僕は、そのためにここに来ました」
不機嫌だった少女の顔が、緩やかにだが落ち着いてきたのが見て取れた。ただ、その先に有るのは平和的な話し合いの模索ではなく、不信に満ちた眼差しだった。
「……あんたと話しするだけで、ウチが満足して成仏する思とるんか? ウチの事をそんな軽い女思とんやったら、怒るで?」
「成仏して欲しいとも思っていません。ただお話しがしたいだけです」
「あんた何言うてんの? 目的はなんや。言うてみぃ? それ次第では話聞いてやってもええで」
「目的は貴女と話す事、それで何か手伝える事が分かればそれを手伝う事、それだけです」
少女は苛立ちを隠しきれない様子で睨み据えてくる。幽霊との話し合いは、平行線から始まるのが常だ。そして大概相手は人間不信に陥っているのだから、根気良く取り組まねば話は進まない。
真剣に、少女の瞳を見据えたまま目を離さない。少女も負けじと眼力を強めて睨み据えてくる。
暫し沈黙が両者の間に蹲り、息苦しさを覚える時間が流れた。
「……だったら好きにしたらええ。ウチから話したい事は特にあらへんしな」
視線を逸らすと、少女は興味を失ったように立ち上がり、ベッドに腰掛けた。
ひとまず安堵の溜め息を落とし、少女の隣に置いたバッグの中から荷物を取り出していく。
「おい、お前まさか、ここで生活するつもりや無いやろな?」
「……そうですけど」
「ここはウチの部屋やぞ! お前の寝る場所なんてあらへんわ! 出てけ!」
怒りを露わにバッグを投げ捨てる。中身がぶちまけられ、部屋の中が更に惨憺たる状態になってしまった。
「貴女には申し訳無いのですが、今日から僕もここに住まわせて頂きます」荷物を片付ける前に少女と向き直って改めて説明する。「大家さんとは話も済ませてあるので、どうかご理解頂けたらと……」
「ウチは聞いてへん、そんな話! 何でお前みたいな女男と同じ屋根の下で寝なアカンねん! 出てけボケ!」
言いたい放題である。昨夜……いや日付が変わっていたから今日の出来事なんだけど、廃屋のお爺さんとのやり取りを彷彿とさせる。初めて幽霊と出逢う度にこれだ。相手は何も譲るつもりが無い。肉体を失った事で歯止めが利かなくなり、一度スイッチが入ると延々とそれだけに執心する。
僕はそれをマトモに聞く振りをして、ひたすら聞き流す。相手が満足するまで聞いている振りを続ける。相手はただ日頃の鬱憤を晴らしたいだけなのだ。誰も聞いてくれる者がいなかったから、積もりに積もった恨み言を吐き出したくて仕方ないのだ。
少女はひたすら汚い言葉で僕を罵り続ける。蹴ったり叩いたり、やりたい放題。僕を自分より弱者だと感じているからこそ出来る所業だ。そしてそれはずっと続く訳ではない。彼女の気が済むまでだ。ずっと晴らせなかった想いを少しでも晴らせるのなら、それに越した事は無いから。
「……自分、なんで何も言い返さへんの? 詰まらんわ、ほんっま詰まらん男やで自分」
それが捨て台詞だったのか、ようやく暴力と暴言が鳴り止んだようなので、もそもそとぶちまかれた荷物を片付ける。苦笑を浮かべながら、僕は小さな声で呟いた。
「僕に言い返せる言葉なんて有りませんよ。全部その通りだと思いますから。貴女の許可無く貴女の部屋をお借りして寝泊まりさせて頂く訳ですし、これくらい当たり前でしょう」
「はッ、これで許されるとでも思とんのかボケ。ウチはまだ許しとらんぞ。はよ出てけや」
「申し訳無いですが、それは出来ません」
「なんでや? 理由を言え。言った所で許しゃせんけどな」
「申し訳無いですが、理由も言えません」
「そればっかやな自分? 謝れば許されるとでも思とんのか? クソが」
「申し訳無いです」
荷物を片付け終えると、少女に向き直る。
「済みません、一度この部屋を掃除しようと思います。もしいる物が有ったら先に教えて頂けますか?」
「はぁー? 掃除? お前が? ここはウチの部屋やって何回言うたら分かんの自分? 憑き殺したろか? お?」
「貴女もどうせなら綺麗な部屋で過ごしたいと思いませんか?」
数瞬の間が有った。
「……まぁ、そりゃー、そうやけど……」
「でしょう? いる物が有ったら先に言ってくださいね、今掃除機を掛けますから」
「お、おう……分かった」
幽霊の少女が動き出し「んー、これはいらんやろ……これも……もうええか」とゴミの分別を始めたのを見て、安堵の溜め息を吐く。怒りを盛大にぶちまけ、有り余っていたエネルギーがだいぶ消化された今だからこそ、残った余剰エネルギーを有効に使う。それだけでも嫌悪感は全然違うだろう。
それに、部屋が綺麗になる事はいい事だ。気持ちも綺麗になるし、程好く疲れて気分もいい。腕捲りをして、バッグの中から取り出した携帯掃除機を使って少しずつ部屋を綺麗にしていく。それからの事は、その時に考えよう。

【後書】
幽霊さんもお話を聞いてくれるだけで満足しないでも、ちょっぴりぐらいは、嬉しいと思うんですよね。
「話を聞いてくれる人がいる」ってめちゃめちゃ重要なんだと最近頓に感じるようになってきましてね…人付き合いもこの辺が起因してコミュニケーションが面倒と感じるんですな…相槌を打ってくれるだけで有り難いんですけどねー…
とまぁ、今回は後書もちょっぴりしんみり系でお送り致しました。ところで、これ初回配信時は春だったんですね! 今回は時季が丁度のタイミングなので、より一層しんみり出来そうな予感です…!w そんな訳で次回もお楽しみに~♪

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    なんかもう切ないんですがw

    「相槌を打ってくれるだけで有り難い」はとっても同感です。
    ちゃんと聞いてくれてるんだってわかるだけで、お話もすすみますよねv

    けいちゃんしっかりー!

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv


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    1. 感想有り難う御座います~!

      わっちもわっちも!w この時点でもう胸軋感がしゅごいのww

      同感して頂けて嬉しいですぴょん…! コミュニティをそこここから撤退して実感するのは、まさにそれでした…w
      ちゃんと聞いてくれているって分かるだけで、本当に救われる面も有るんですよ…!

      けいちゃんしっかりー!w

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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好意的なコメント以外は返信しない事が有ります、悪しからずご了承くださいませ~!