2018年11月1日木曜日

【空落】03.冷めない内に、どうぞ【オリジナル小説】

■あらすじ
――あの日、空に落ちた彼女に捧ぐ。幽霊と話せる少年の、悲しく寂しい物語。
※注意※2016/03/24に掲載された文章の再掲です。本文は修正して、新規で後書を追加しております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、【ハーメルン】、【小説家になろう】の四ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
ファンタジー 幽霊


カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054887283273
小説家になろう■http://ncode.syosetu.com/n2036de/
ハーメルン■https://syosetu.org/novel/78512/
■第3話

03.冷めない内に、どうぞ


「おー、見違えるようやなー! 綺麗綺麗♪」

 一日掛けて行った掃除大作戦により、少女の部屋は彼女の言うとおり見違えるように綺麗になった。尤もレイアウトを変えずに掃除したので、壁紙は傷だらけのまま、綿が飛び出ていたベッドも補修作業を行っただけで、見た目は若干難があるままではあるが。
 少女の満足そうな顔を見られただけでも僕は満足していた。幽霊だからと言って汚い場所に暮らしていたら、身も心も汚くなってしまう、と言うのは僕の個人的な感想だけど。昨夜のお爺さんの家も、お爺さんの生活スペースである二階だけは綺麗に整頓して、線香を焚いてある。
 と、今更のように思い出した事を実行しようと、バッグの中から線香の束を取り出す。台を敷いて、線香に火を灯す。するとふんわりと線香の良い臭気が部屋に蔓延していく。
「ええ匂いやなぁ……」
 少女が気持ち良さそうに呟いたのが聞こえた。
 幽霊は線香の匂いが好き、と母さんから教わった。人間と同じように、気持ちが安らぐのだそうだ。元々は、死者が食べられるのは“匂い”だけで、善良な霊は良い匂いを、悪い霊は嫌な匂いしか食べられないと伝えられた事から、墓前で良い匂いを焚く風習が出来たらしい。
 だけど母さんは、単純にその良い気持ちになる匂いを、幽霊も同じように感じている、と考えたらしい。僕自身、幽霊が見えるようになって、今のように幽霊と話すようになってからは、毎回線香を焚いて、互いに良い気持ちのまま過ごせるようにしている。
 ほんわかしている少女の幽霊を見て、僕もほんわかする。怒った顔を見るのは怖いし、気分のいいものではない。やっぱり良い顔をしている時は、見ているこっちも気分が良くなるものだ。
 お腹が空いたな、と思って台所に立つ。綺麗に片付けた後の台所はピカピカとは言えないまでも、清潔感が有った。袖を捲り、持ってきた材料で作れる物を作る。
「なんや自分、料理も出来るんか?」
「うわっ」
 ひょこっと後ろから顔を覗かせた少女にビックリして変な声が出てしまう。肩に顔を載せて不思議そうに見つめる少女に、僕は再び心臓を高鳴らせて、「う、うん。簡単なものなら」と応じて、フライパンに油を敷く。
 掃除を始める前に炊き始めた炊飯器からご飯を取り出し、ボウルに。溶いた卵と一緒に掻き雑ぜると、軽く塩と胡椒を振ってフライパンへ。中火で炒めていく途中でネギを切り、投下。隠し味に味噌を入れると、強火でサッと炒めて、完成。
「……なんやこれ?」
「具無しの炒飯です」
「具無し……」
 少女が怪訝な眼差しで見送るそれを皿に盛り付け、居間のテーブルに置く。皿は二つ用意してある。
「……これもしかしてウチの分か?」手前に置かれた皿を指差して呟く少女。
「はい、貴女の分です。少なかったですか?」
「あ、いや、そうやのうて……」
 ホカホカの湯気が立ち昇る炒飯を前に、僕は手を合わせて「頂きます」と呟いた。
「い、頂きます……」と同じように手を合わせて呟いた後、少女が我に返ったように「いやいやそうやなくてやな、これウチ食えへんやろ? なんでウチの分なんか作っとるんや自分?」と慌ててツッコミの声を上げた。
「あ、そうだった、忘れてた」と思わず口に入れようとしていた蓮華を皿に戻し、僕は立ち上がる。
「忘れてたって……自分、ホンマ訳の分からんやっちゃなー……」呆れ返った様子で天を仰ぐ少女。「まぁええわ、その気持ちだけ受け取っとくから、これもちゃんと残さず食べーや」
「あ、いや、そうじゃなくてですね。これで……」少女の肩に右手を置く。「これで食べられると思います」
「は? 自分何言うてんの? 幽霊は人間様のモノは食えへんて知らへんの?」
「今僕が右手で触ったんで、食べられるようになってますよ」
「はぁ?」
 自分の皿の前に戻り、僕は少女を見据える。「試しに蓮華を手に取ってみてください」
「試しにって……」
 少女は意味が分からない様子で蓮華を手に取る。蓮華を掴んで、手に持った所で、少女の目は見る間に見開いていく。
「嘘やん……? なんでウチ、これ持てとるん……?」
 幽霊は物を持てない。当たり前だ、人間のように質量が在る訳ではない。幽体としてそこに存在しているだけなのだから、人間のようにモノを触る事はそもそも出来ない。
 と、考え始めたら、そもそも地面に立つ事も出来ないし、動く事も出来なくなる、と言うのが物理の世界だ。何でもかんでも透過できるのならそもそも幽霊は皆地核にしかいられない。だがそれだって重力や引力と言う物理の世界の話だ。
 幽霊は自分の領域でだけ自由に動けるが、それはあくまで人間的な動きに限られる。元が人間なのだから、人間ではない動きがそもそも機能として存在しない。だから飛べもしないし浮けもしない。人間のように歩き、階段を上り、扉を開ける。
 だが出来てもそこまでであって、物を動かすのは難儀この上ないらしい。スプーンでプリンを掬って口に運ぶ、と言う動作だけでも、スプーンを手に取る、スプーンを動かす、スプーンでプリンを掬う、スプーンの上のプリンを落とさずに口に運ぶ、と言う行為を求められるため、ただ物を動かせるだけでは出来ない、言わば人間だからこそ出来る芸当だ。
「僕が右手で触れた幽霊は実体化するんです。だから今の貴女は、単なる幽霊ではなく、限り無く人間に近い幽霊になってるんですよ」
 僕には幽霊と話す力以外にも、幾つか不思議な力が有る。その一つが、“右手で触れた幽霊を実体化させる”力。時間に制約はあるものの、幽霊が人間と同じ行動、行為をしたいと言う願望が有れば、その一助となる力だ。
 今の間だけは、彼女も僕と同じようにご飯が食べられる。幽霊になってから久しく感じた事の無い“味覚”への刺激が、今の彼女の原動力になる。
「ホ、ホンマなんかそれ!? ウ、ウチもこれ、食べられるんか!?」
 少女が今まで見た事の無いような嬉しげな表情を浮かべて身を乗り出してくる。僕も応じるように笑顔を浮かべ、頷く。
「冷めない内に、どうぞ」
「うわぁー! ありがとな! いっただっきまーす!」
 蓮華で炒飯を掬い、口に運ぶ。口の中に辛味の効いた味噌がアクセントになった味が一杯に広がったのだろう、少女は「ん~♪」と頬を綻ばせて悶絶している。
 僕はそれが嬉しくて、つい蓮華の手を止めて少女を見つめてしまう。嬉しげに、美味しそうに、次々と炒飯を掬って頬張っていく少女。人間を辞めてしまっても、幽霊になってしまっても、食事は大事な要素なんだと思い知らされる。
「ふわぁー、ごっそさん! 美味かったで! 具が無いんは、まぁ、物足りんかったけどな!」
 あっと言う間に平らげてしまって、満足そうに笑顔を浮かべる少女に、僕も「喜んで貰えて何よりです」と笑顔を返す。
 改めて自分の炒飯を食べ始めると、少女が僕を見つめて目を離さない事に気付く。気付かなければ食べ進められたんだろうけど、気にせず食べられるほど僕は人間が出来ていない。
「……食べたいんですか?」
「ちゃうわ。ウチがそんな意地汚い女に見えるんか? お?」
「ご、ごめんなさい」
「……」
「……」
 ……気まずい。炒飯が上手く食べられなくて、余計に時間が掛かっている気がする。
「自分、さっきウチと話したい言うとったな?」
「え?」思わず聞き逃しそうになったが、辛うじて意識が一言一句吸収していた。「あ、はい。僕は貴女と話すために――」
「ええで。ウチもあんたに興味が湧いた。ウチの話を聞かせて欲しかったら、あんたからまず何か話しや」
 ニッ、と八重歯を覗かせて笑む少女に、……少し心を開いてくれた少女に、僕は感謝の念を伝える。
「有り難う御座います。では僕の話から――」
「あぁあとその他人行儀な話し方どうにかならん? もっと砕けた感じで話しーや。堅ッ苦しくてかなわん」手をひらひらと振って面倒臭そうに告げる少女。
「あ、はい。――じゃなくて、うん、分かった。じゃあ……えっと、僕のどんな話を聞きたい?」
「そやなー、せやせや、まずはその不思議な力の話や。初めから持っとったんか? そのー、幽霊が見えたり、幽霊を人間にしたりする力っちゅうんは」
 やっぱり気になるよね。と思いながら、僕は蓮華を置いて、自分の右手を見つめる。
「幽霊と話せるようになったのは、小四の夏から、かな。お盆休みにお祖母ちゃんの家に遊びに行って、……不思議な出来事に遭遇して、家に帰ったら、不思議な力が宿っていたんだ」
「不思議な出来事って? なんや幽霊に襲われたんか?」
「ううん、幽霊と盆踊りを踊ったんだ」
「はぁ?」
「あと仏様もいたっけ」
「はぁー?」
 言動とは裏腹に、少女の顔は楽しげだった。聞いた事の無い夢物語を聞かされたような、楽しそうで、面白そうで、ワクワクしている顔。
 幽霊と話す時は、いつもこの話題から触れられる。初めはこの話をする時も、一生懸命伝えようと頑張っていたが、その内自然に話せるようになった。何事も慣れなんだと思うようになったのは、この辺が起因する。
「なんで幽霊と盆踊りなんか踊ったん? 怖なかったんか?」
「怖くなんか無かったよ。幽霊は怖いものじゃないって、その時には分かっていたから」
「へぇー」
 ニヤニヤと僕を見つめてくる少女に、僕は照れ笑いを返すしか出来なかった。
 現に目の前の少女だって、幽霊だけど全然怖くない。それどころか僕は彼女に一目惚れした位に、可愛いと感じている。幽霊は元々は人間だったのだ。怖い人間がいるのだから怖い幽霊もいるだろうけど、人間がみんな怖い訳ではないのだから、幽霊だって怖いのは一部だけだろう。
「自分、変わっとるって友達に言われん?」
 少女の何気無い一言に、僕はちょっと言葉が詰まりかけた。
「う、……うん、言われてる、かも」
「せやろー? でも、そっかー、幽霊は怖ない、か。なるほどなー」
 寝転がり、反芻するように「怖ないかー、ふーん」と何度も呟く少女に、僕は心を落ち着かせるように深呼吸する。
「ウチ、自分の事気に入ったわ。名前、もっかい聞かせてくれへん?」
「え? あぁ、恵太だよ。六道恵太」
「恵太か。じゃあ、けいちゃんやな。よろしゅうな、けいちゃん」
 ニカッと笑む少女に、僕も安堵の吐息を落として、「うん、宜しくね」と返す。
「せやった、ウチの名前まだ言うてへんかったな。ウチ、律子(りつこ)言うねん。鐘嶋(かねしま)律子。気軽にりっちゃんでええで」
「分かった、りっちゃん宜しくね」
「おう、よろしゅうなー」
 りっちゃんの笑顔を見てると、気持ちが高ぶってくる。こんな可愛い子と一緒の部屋で生活するなんて夢のようだ、とまで思える。
 そして、気付いた時には炒飯はすっかり冷めきっていた。

◇◆◇◆◇

「なんや、自分、掃除したんにベッドで寝んの?」
 床に寝袋を広げていた僕に、背後から声が掛かった。
「うん、だってそのベッドはりっちゃんのでしょ? 僕は寝袋でいいよ」
「……変な所で律儀なやっちゃなー。ウチは構わへんよ? 一緒に寝ても」
「僕が構うよ。女の子と一緒に寝るなんて、きっとドキドキして眠れない」
「ふぅーん? 一緒の部屋では眠れるんに、一緒のベッドでは眠れへんと。ふぅーん?」
「……じゃあ電気消しますよ」
「あ、露骨に話逸らしよったでこいつ。なんや自分、ムッツリタイプなんかー? えぇー? お姉ちゃんが子守唄歌ったろかー? ねんねーん、ころーりーよー♪」
 長くした電灯の紐を引っ張り、消灯。部屋は人工的な暗闇に包まれる。
「おう、なんや連れへんなー、おもろない男は嫌われるでー?」
「嫌われるのは困るけど……」
「お? なんやなんや? まさか自分、ウチに惚れてもうたか? しゃーないやっちゃなー、まぁウチが可愛いんは分かるけどなー? ウチの趣味はもっとこう、男らしい男なんやけどー。あはははっ」
「……」
「なんや、だんまりか? 拗ねてもうたんか? そう怒んなやー冗談やって冗談ー」
「……」
「……なんや、もう寝てしもたんか? ……本当に寝たんか? おーい、けいちゃーん」
「……」
「……なんや、詰まらん」
 そんなに早く寝つける訳が無かったけど、僕は昨日から一睡もしてない事で意識が朦朧としていた。普段なら今からが活動する時間帯にも拘らず、今日は普段眠っている昼間を掃除に費やした事で昼夜逆転生活が正常に戻ろうとしているのだろう。
 併し何かを忘れてるような気がして虚ろな思考がクルクルと回り、目を瞑って緩やかに意識が消えようとしていた頃、不意にりっちゃんの気配を背後に感じた。
「……おおきにな、けいちゃん。ウチ、ホンマはめっさ感謝しとるんやで? だから……これからよろしゅうな」
 耳元で囁かれた声に全身の産毛が逆立つ想いだったけど、何とかして堪える。暗闇では赤面した事も気付かれていないと信じて、必死に意識を別のモノにシフトしようとしたけど、中々上手くいかなかった。
 微かな笑声を零して、りっちゃんがベッドに戻る気配を察したけど、中々寝つけなかった。

【後書】
 幽霊と匂いのお話は、何かしらの文献を読んで知った情報なのですが、何の文献で知ったかまでは憶えてぬいです…(´ω`) ともあれこの情報を元にした或るラノベでは、幽霊の主食は綿菓子だ~とかそんなお話も昔は有ったんですよ!「まぶらほ」って言うんですけどね…(懐古顔)
 掃除をすると心も綺麗になるうんたんの下りはアレですね、【魔王様がんばって!】でも語られてるお話ですね! わっちもお掃除頑張ろうっと!(荒れ果てた部屋から目を逸らしています)
 そんなこったで次回もお楽しみに~♪

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    けいちゃんのドッキドキがとってもかわいい回ですねw
    そしてりっちゃんの嬉しさもよ~く伝わってきます。
    このまま止まってしまってもいいのよw

    お掃除は頑張るといいよ!
    魔王様も「汚い所にいたら、心まで汚くなっちゃうよ。部屋を綺麗にすれば、気持ちも良くなるから」って言ってます。
    まさにそのとおり!わたしも頑張りますw

    けいちゃんもしっかりー!

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

    返信削除
    返信
    1. 感想有り難う御座います~!

      そうなんですよ!w けいちゃんがひたすらカワ(・∀・)イイ!!回です!(笑)
      伝わりましたか!(*´σー`)エヘヘわたくしも嬉しくなりますな!
      この後に待つ展開を思うと、ここで止めたい気持ちが分かり過ぎてヤバいですな…ww

      ががが頑張りますっ!w
      そうそうw 魔王様の言う通りなのです! とみちゃんも頑張ってぇ~!w

      けいちゃんしっかりー!w

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

      削除

好意的なコメント以外は返信しない事が有ります、悪しからずご了承くださいませ~!