2018年11月15日木曜日

【空落】05.お前と友達になるのに、特別な理由がいるのか?【オリジナル小説】

■あらすじ
――あの日、空に落ちた彼女に捧ぐ。幽霊と話せる少年の、悲しく寂しい物語。
※注意※2016/04/07に掲載された文章の再掲です。本文は修正して、新規で後書を追加しております。

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■キーワード
ファンタジー 幽霊


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小説家になろう■http://ncode.syosetu.com/n2036de/
ハーメルン■https://syosetu.org/novel/78512/
■第5話

05.お前と友達になるのに、特別な理由がいるのか?


「お前気持ち悪いんだよ、何が幽霊が見える、だ。死ねよ」

 ……意識が覚醒しても、耳の奥で木霊するように、夢で繰り返されたその不協和音は、延々と頭の中で鳴り響いている。頭が重く、気分が悪い。“人間と係わると碌な事にならない”と言う事実を戒めるように、何度も心に楔が打たれていく。きっと今の僕の心臓は、打たれた杭で一杯なんじゃないだろうか。
 起き上がる時に涙の筋がまた枕に染みを作る。この悪夢は寝る度に見る、と言う訳ではないのだが、今日は連続で二回も見た影響か、全身が気だるい。きっと久し振りの授業で疲れたんだろう、と思って上体を起こすと、視野に人の影が映り込む。
 日清水君が、またスツールに腰掛けてこちらを見つめていた。
「……ッ!」
「……また驚かせちまったか。済まん」
 ばつが悪そうに頭を掻く日清水君に、慌てて言葉を返そうと思ってあわあわしていると、先に日清水君が「待て、謝らなくていい」と制止の仕草を見せた。
「俺はお前に謝らせたい訳じゃない。寧ろ感謝したいんだ」
「え、か、感謝……?」訳が分からず鸚鵡返ししてしまう。
「そうだ。……俺は数学の先生が嫌いでな。授業を抜け出したくて仕方なかったんだ。お前を保健室に連れて行くと言う名目でサボらせて貰った。有り難う」
 流れるように言葉が連なり、頭を垂れる日清水君。僕はその一連の流れがどうにも掴めず、あたふたと手を拱く事しか出来ない。
「え、えと、あ、いえいえ、そんな、僕で良かったら、その……」
「それともう一つ。あの晩に言えなかった事を、今言わせてくれ」
 真剣な表情で見つめてくる日清水君に、僕はしどろもどろになり、頭が真っ白になっていた。
「な、なんで、しょう……か?」
「俺と友達になってくれないか?」
 意味が分からない。
 訳が分からない。
 何がどうしてそんな事になっているのか、全然理解が追いつかない。
 思考回路がショートして言葉が出てこない僕に、日清水君はそれ以上言葉を投げかける事は無かった。
 言われた言葉の意味を、少しずつ、時間を掛けて、頭に溶かしていく。“俺と友達になってくれないか?”と言われた。何故? どうして僕なんかと? どういう経緯で? ……何も分からない。ただ、吐きそうになるほど気持ちが悪かった。
「……ど、うして……僕なんか、と……?」
 絞りだすように、苦しい胸を押さえて、必死に言葉を探して、たったそれだけの言葉を、吐き出す。
 日清水君は僕の返答を待っていたのだろう、真剣な表情を若干砕いて、照れ臭そうに鼻を掻く。
「お前と友達になるのに、特別な理由がいるのか?」
 一瞬、何を言われたのか分からなかった。
 分からなかったけど、それはとても温かな言葉だと、心は知っていた。
 じわりじわりと、心が毒を生む。穿たれた楔が軋みを上げて、僕を苛んでいく。苦しくて、痛くて、今すぐにでも意識を放り出したいのに、僕にはそれが出来なくて、視界が徐々に霞んでいく。
「なん、で……ッ、」涙が零れる。理由は分からない。「僕、は……ッ」喉が痞えて言葉が出てこない。苦しい。苦しくて、胸が痛くて、歯を食い縛ってるのに、それでも苦しくて。
 日清水君は、泣きじゃくる僕を見つめたまま、慰めようとも、見下そうともしなかった。ただ、見守るだけ。見つめられているだけなのに、どうしてか、僕はとても安心できた。
 ポロポロと溢れ出る涙は中々止まなかったけど、僕は恥ずかしくも無かったし、怖くも感じなかった。安堵で、胸が満たされていくようだった。

◇◆◇◆◇

「……落ち着いたか?」
 顔をグシャグシャにして泣きじゃくっていた六道だったが、やがて泣き止むと照れ笑いを覗かせた。養護教諭がいなくて本当に良かったと思う。いたら今頃何を言われていたか知れたものじゃない。
「ごめん、ありがと……」
 ティッシュの箱を渡すと、赤くなった目元を擦り、鼻をかんだ。一息吐いたのだろう、六道は落ち着いた表情を見せてくれた。あの晩に見た、どこか達観染みた笑顔が、戻ってくる。
「友達になってくれと言っただけで、そこまで大泣きする奴は初めてだ」
 からかうように肩を竦めると、六道は「ご、ごめん」と赤面して俯く。高校生である己を棚に上げて言うのも何だが、まるで子供だ。そんな事で動揺し、大泣きし、笑う。精神的にとても幼く映った。
「いやこっちこそ済まん。急にそんな事を言われても困るだろうしな」
 あの養護教諭の言葉を受けて申し出た訳ではない。俺があの晩、六道に対して「こいつと友達になりたい」と思ったのは確かで、今朝の気弱で情けない一面を見たところでその想いは変わらなかっただけだ。……話の展開が少し唐突だったのは、養護教諭のせいにしておく。
「あのっ……でもきっと、僕と係わると、……良くないと、思います……」
 俯き、暗い表情を覗かせる六道。それはきっと今までの経験がそうさせているのだろう。
「それは、お前が幽霊が見える体質だからか?」
「……」
「それと友達になるかどうかは、関係無いと思うが?」
 弱音に正論で応じる。そしてその正論は、六道本人にとってはそれこそ関係の無い事なのだ。こいつはただ、本能的に人と係わる事を恐れているだけだ。苛められた側の人間が、そういう想いを懐いても仕方ないと、俺は知っている。
 目を逸らして言葉を探しているようだが、反論は無い。こういう類いは反論に反論される事を極端に嫌う。それは暴力の合図であり、否定の始まりだからだ。
 だったら、肯定してやればいい。お前はそうしてもいいと、言ってやればいいんだ。
「幽霊が見える体質なんて俺には関係無い。俺はただ、お前と友達になれたら、きっと楽しいだろうなと思っただけだ」
「……」
「勿論、お前が嫌だったら断ればいい。それだけの話だ」
「あ、ぅ……」
 逃げられないように退路を塞ぐのではなく、確り逃げ道を用意しておく。追い詰められて了承されても、それはただの脅迫であり、友達ではなく奴隷だ。俺が求めるのは友達であって、ただ指示に従うだけの従僕ではない。
 ……併し、ちょっと言葉が強過ぎたかも知れないと言う後悔が無かったかと言えば嘘になる。相手は小動物のように、同じような存在を恐れている。本能的に、動物的に。俺が同じように映ってしまえば、きっとこいつは何も言えなくなってしまう。
 それは、そうなる事は、俺の望むべくじゃない。
「悪ぃ、急にこんな事を言われても困るよなって、俺自身が言ったばかりなのに」鞄を手に取り、立ち上がる。「教室に戻るのがしんどいんじゃないかと思って、鞄は持って来ておいたから、家に帰ってゆっくり休めよ」
「あ……」
 カーテンを開けて立ち去ろうとした背中に、またか細い声が掛かる。昼間は無視して立ち去ったが、今回は少し間を持たせて、振り返る。すぐに目を伏せ、居心地悪そうにしている六道の姿が映り込んだ。
「……じゃあな」
 軽く手を挙げてカーテンを閉める。六道の声は、聞こえなかった。
 保健室を出て、玄関口へと向かって歩き出すと、階段を下りてきた養護教諭と目が合った。睨みつけるように一瞥すると、小さく会釈するに留めて立ち去ろうとする。
「昼間の事は謝るから、先生をあんまり邪険に扱わないで欲しいわ」
「……」
 足が止まる。振り返ろうとは思わなかったし、そもそもこの女とはあまり口を利きたいと思わなかった。無断で他人の領域を侵犯する、無粋な教諭と言う印象が拭い難く、そしてその印象が変わる事は無いだろうと思考を固着させる。
「またいつでもいらっしゃい。先生で良ければ、どんな話でも聞くわよ? 例えば――」
「急ぎますんで、失礼します」
 上履きをキュッ、と鳴らしてその場を立ち去る。
 嫣然とした女教諭の視線を背中に浴びながら、一切の発声を許さず玄関に潜り込む。あの女は、きっと俺の事も或る程度は把握しているんだろう。それを逆手に、まるで掌中の虫でも弄ぶかのように楽しんでる。
 手に汗を掻いている事に、今更のように気付く。俺に対してそうしたように、六道にも俺の過去を聞かせるつもりだろうか。それを知った六道がどう感じて、俺に対してどういう感情を向けるのか。考えるだけで、吐き気が込み上げてくる。
 血の気が引く想いを覚えながらも、靴を履き替え、校舎を後にする。黄昏に沈んだ世界はどこか空虚で、陰惨な空気を孕んでいるように感じた。

◇◆◇◆◇

「あら、もう大丈夫なの? 親御さんは呼ばなくて平気かしら?」
 ベッドから下りて、近くに置かれていた自分の鞄を手に保健室を後にしようとしたら、丁度入れ違いに養護教諭の女性が入ってきた。
 昼間殆ど眠り続けた結果、体力は戻っていたし、ふらつきも緩和された。今からが僕の時間であり、本来の活動時間でもある。教諭に力無く笑みを見せて、「あ、はい、大丈夫です……」と何かを聞かれる前に退散しようとそそくさと保健室を出て行く。
「夜更かしも程々にしなさいよ? またね」
 小さく手を振って笑顔を見せる養護教諭に頭を垂れて、戸を閉める。
 ……どっと疲れが嵩んだ気がする。これを明日から毎日繰り返すのかと思うと、眩暈を覚えそうだった。こんな苦しい想いをしてまで学校に通っている生徒を、心の底から尊敬する。僕には、艱難過ぎた。
 下駄箱で靴を履き替えて校舎の外に出る。夕暮れに染まる街並みは、寂しげで侘しげだ。通りを行き交う人間は互いの姿など視認せず、己の目的にのみ視野を向け、急ぎ足で過ぎ去って行く。
 誰も自分の事など見ていない。皆、自分の事で手一杯なのだから。
 斯く言う僕だってその一人だ。誰かを気に掛ける余裕なんて無い。ただ、日常の寂しさを癒すために幽霊と話しに行くだけで、その日が終わる。誰かのために時間を費やすなんて、そんな高尚な事は、出来ない。
 校舎に掛けられた大きな時計を見て、時刻を確認する。まだ日没には早い。目的地まで余裕を持って移動できそうだ。校舎に背を向け、人が作り出した波に乗るように、流れに逆らわずに歩き出す。
 徒歩で三十分ほど掛けて辿り着いたのは、人通りの少ない、併し交通量が多い、細い路地。その電柱の一角に、彼は佇んでいた。
「こんにちは」
 電柱の陰に隠れていた小さな少年は、僕を見つけると明るい笑顔を覗かせる。嬉しげにトテトテと歩み寄り、僕の手を握り締めた。
 幼い少年。歳は五~六歳だろうか。戦隊モノのイラストが描かれた靴を履いている、腕白そうな男の子。
「こんにちは!」手を握り締めたまま快活に挨拶をする少年。「ねぇ聞いてお兄ちゃん! あのね、ぼくね、お母さん見たの!」
 手をブンブン振り回しながら告げる少年に、僕は「そっかぁ、お母さん見たんだ」と笑顔で応じる。
「でもね、お母さん、ぼくに気付かなかったの。ぼく、頑張って声出したんだけどね、聞こえなかったみたいなの。どうしてかなあ?」
 不思議そうに小首を傾げる少年に、僕は「ううん、どうしてなんだろうね」と微苦笑を浮かべて応じる。
「それとも、お母さんじゃなかったのかなあ? ぼく、お母さんの事、よく思い出せないの」
 ふーむ、と腕を組んで難しい表情を見せる少年に、僕は「今は、どんな事が思い出せるの?」と尋ねてみる。
「えっとね、えっとね、ぼくのお母さんはね、すっごいおこりんぼさんなんだよ。人参食べられないと、すぐお尻ぺんぺんするぞー、って、おこりんぼさんなんだよ」
「おこりんぼさんなんだ。他にはどんな事が思い出せる?」
「えっとね、えっとねー、ぼくが人参食べたらね、よしよし、ってしてくれるの。あのよしよしは、きっとすごい力が有ると思うんだよ。ぼく、パワーアップしてるもん」
「お母さんのよしよしは、凄いんだね」
「うん、お母さんのよしよしはね、あれはすごいんだよ。だから、またよしよしして欲しいんだけど……お母さん、どうしてぼくの事、見つけてくれないのかなあ」
 幽霊は成長しない。死んだ瞬間に、時は止まる。だから彼の精神年齢は、幽霊としての存在が消え去るまでこのままで、つまり、僕のような幽霊と話せる人間が真実を伝えるまで、彼はずっとここに居続ける。
 僕には彼のお母さんが誰なのか分かっている。古い新聞を漁って、この路地で亡くなった子供を調べたら、彼と同じ年頃の少年が大型トラックに轢かれて亡くなった記事を発見したが、それは十年以上も昔の話で、更に調べた結果、そのお母さんも何年か前に亡くなっている事が分かった。
 だから彼が見たお母さんは恐らく別人だろうし、よしよししてくれる人は、もう既にこの世にはいない。それでも彼はここに留まり続け、行き交う人を見ては、お母さんかも知れないと思って、声を掛け続ける。その声が誰にも届かない事を知らずに。
 僕は真実を告げない。残酷な事実を伝えて、許容し難い現実に彼が壊れてしまうのを見たくない想いも有るが、彼が希望を諦めてしまう現実を見たくないと言うワガママが主因だった。それに、真実を伝えたからと言って即成仏したり、即悪霊になったりする訳でもない。彼が一切の希望を失い、その場に佇む事しか出来なくなった時、僕はきっと伝えた事を後悔する。
 幽霊としてここにいる事に、意味は無いかも知れない。でも彼は、幽霊になってでもお母さんによしよしされたいと思って来たのだ。その想いを汲み取りたい。何の解決にもならないし、ただ残酷に時間だけが過ぎ去っていくのだとしても、僕は彼の手伝いがしたかった。
 少年の頭を、小さく撫でる。少年は嬉しげに目を細め、僕を見上げる。
「お兄ちゃんのよしよしも、お母さんには負けるけど、すごいパワーを感じるよ!」
「良かった。僕のよしよしも、まだ捨てたもんじゃないね」
 笑顔を交わし合い、僕は少年の頭をよしよしする。少年は嬉しげに目を細め、楽しげに笑う。
 それだけで良かった。彼の喜ぶ顔が見たくて、僕はここに足を運ぶ。僕が僕として役に立てる場所は、ここだけなのだ。
 人間に白い目で見られても、幽霊に歓迎されるのなら、それで構わない。僕の生きる世界は、この夕闇の世界なのだから。

【後書】
「社会不適合者」って単語が有りますよね。主に悪い意味で使われるワードですけれど、わたくしはこの「社会不適合者」の一人であって、且つその言葉を気に入っております。それはただ単に、“社会に適合できない人間であっても『良い』のだ”と言う意味合いを込めて好きなだけなんですけどね!
 けいちゃんはこの「社会不適合者」に合致する人間像です。コミュニケーションが苦手で、人と係わり合いになろうとせず、授業をマトモに受ける事が出来ない。「問題児」と言い換えても良いのですけれど、そういう人であっても、手を差し伸べる人がいたり、そういう状況下であっても問題無く過ごせる、生きていける環境であってほしい、と言う想いも、この物語には込められております。
 その末路にしては、この物語の結末はあんまりにもあんまりですが。わたくしではそれが限界だったのか、それともわたくしの理想とはそれだったのか。はてさて。
 そんなこったでじわりじわりと不穏が芽吹いてきました。秋の夜長にはちと心が苦しいですが、次回もお楽しみに!

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    むしろけいちゃんにとっては望んだ結末なのでは?

    おっとそこまでだw

    既に胸軋

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

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    返信
    1. 感想有り難う御座います~!

      そうそう、けいちゃんにとっても、実は望んだ結末なんですよねこれ…!
      何が、とまでは言いませんけれども!w

      既に胸軋…!w まだまだガンガン沈んで参りますから、何卒お気を付けて読み進めてくだされ…!

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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