2018年11月29日木曜日

【空落】07.友達になっても、良いのかな?【オリジナル小説】

■あらすじ
――あの日、空に落ちた彼女に捧ぐ。幽霊と話せる少年の、悲しく寂しい物語。
※注意※2016/04/21に掲載された文章の再掲です。本文は修正して、新規で後書を追加しております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、【ハーメルン】、【小説家になろう】の四ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
ファンタジー 幽霊


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ハーメルン■https://syosetu.org/novel/78512/
■第7話

07.友達になっても、良いのかな?


「……朝から保健室とは良い身分だな、六道」

 出席を取る時に担任が「今日も六道は欠席か」と呟いたから今日は逢えないと思っていたが、昼休みに保健室に顔を出してみると、ちゃっかりベッドで睡眠している六道と逢う事が出来た。
 養護教諭の姿が見えない事を良い事に、ベッドの隣にスツールを運び、六道の寝顔を観察する。歳に不相応な位幼く、愛らしい顔立ちをしている。名前を聞かなければ女子と間違われても不思議ではない。
「ん……ぅ……」
 ぼんやりとした動きで目を醒ました六道を眺めていると、彼はまた俺を見た瞬間体を強張らせて驚きに目を見開く。
「うわぁっ」
「……済まん、驚かせるつもりは無かったんだが……」
 罪悪感を覚えつつ、首の後ろを掻く。
「こ、こちらこそ、ごめんなさい……」
 悄然と俯く六道に、俺は小さく首を振る。
「いや、俺の方こそ……いや、その話は良いんだ」目を逸らしたまま俯いている六道を見やり、俺は咳払いする。「俺の話をしても良いだろうか」
「日清水君の……話……?」
 六道はきょとんとした様子で俺をマトモに見据える。やっと関心が向いてくれた事に感謝しつつ、言い難い事を、なるべく伝わるように告げる。
「俺は……その、元は、中二病を患ってたんだ」
「……え、あ、そ、そうなん、だ……?」戸惑った様子の六道。
「あぁ。俺には凄い力が有るって事を誇示して、いつもクラスメイトを見下してた。……実際に見下してたのは、俺じゃなくて相手の方だったんだろうけどな」
 苦笑を浮かべて、視線を逸らす。恥ずかしい黒歴史の話だ。誰かに聞かせるような話ではないし、棺桶まで持って行こうと思っていた話でも有る。だが、六道にだけは聞いて貰いたいと思った。
 それは、こいつが「幽霊と話す」趣味を持っていたからだ。
 視線を上げ、六道を捉える。彼は戸惑った様子でおどおどと俺を上目遣いに窺うだけで、声を返す様子は無かった。
「中学生の頃の話だ。俺はそれで友達を失った。でもその事に何ら疑問を感じていなかった。“俺を理解できない奴らとつるむ必要は無い”、“俺を真に理解してくれる者が現れるまで待つだけだ”と、青臭い事を考えていたんだ」
「……」
 六道は黙って俺の話に耳を傾けてくれていた。俺の目を見て、合いの手を打つように頷き、瞬きする。幽霊と話すのが趣味とは言うが、俺のような人間の話も確り聞けるだけの能力は有している。それだけでも、過去の己とは違うタイプである事が一目で分かる。
 こいつはコミュニケーションに障害が有る訳ではない。単純に、幽霊と呼ばれる存在の方が大事なだけで、普通に誰とでも交流する術と余地が有るんだ。
「だが、そんな奴は現れなかった。中学の三年間を棒に振ったようなもんだ。俺は友達を作れず、ただ己の妄想とだけ付き合って、三年間を過ごして、卒業する段になって、初めて後悔した。もっと友達を作っておけば、こんな空しい時間を過ごさずに済んだだろうってな」
「……」
「高校に入ってから体を鍛え始めてな、その影響も有ってか、少しだけ交流の幅が広がったんだ。小学生の頃に感じてた楽しい感覚が戻ってきて、俺は嬉しくなったよ。あぁ、やっぱり友達は大事だったんだなって。でも……俺は心のどこかで、やっぱり求めていたんだよ。俺の事を真に理解できる奴がいるんじゃないかって」
「……」
「六道。俺はお前に出逢って、そう感じたんだ」
「……う? ぇえ?」
 突然話の中に己の名前が出たからだろう、六道は瞠目して濡れた子犬のように小さく震えた。どういう事か理解できていない様子で見据えてくる六道をなるべく刺激しないように、言葉を選んで言の葉を連ねる。
「幽霊と話す人間てのは、特殊な人間だと思うんだ。現実社会に、多くはいないだろう。……六道をバカにするつもりは無いが、マトモな奴であれば、信じる事すら難しい話だと、俺は思う」
 常識や通念、現実社会を生きる人間であれば、まずは疑いの目で見ざるを得ない話である事は、きっと六道も少なからず理解し把握している筈だと言う希望を込めて、宣告する。“お前は非常識だ”と言う、言葉の裏に潜む棘を必死に隠しながら。
 現に六道は暗い表情を滲ませ始めた。彼がそういう言葉を浴してきた過去は、想像に易い。容易く昔の己を重ねられる。自分自身が特殊であると言う自覚は、相手の反応ですぐに判明する。
 自分の通念が相手にとって異質であった時、溝が生まれ、視界にフィルターが掛かる。諦観、忌避、そして居心地の悪さが互いを蝕んでいく。
「俺は、そういう人間はいると信じていたつもりだった。だけど、心の隅では、そんなのは非現実で、実際は有り得ないって、薄々気付いていたんだ。でも、俺は六道に出逢った。本当に見える奴と、いや、話せる奴と出逢えて、あぁ、俺はこいつと友達になりたいって、本気で思ったんだ」
 隠し事は無しだ。正面から、本音だけをぶつけていく。俺は心底から六道を想って、慕いたい。非常識な世界に就いて話せる友達と言う、過去に欲して一度は諦めた相手を、目視できた今だからこそ、放っておく事なんて出来なかった。
 六道は眉毛をハの字に曲げ、困ったように俯く。突然こんな事を言われて困らない奴などいないだろう。俺はかなり恥ずかしい事を、素面でぶっちゃけている。俺にはそう言うだけの土壌が有って、今言わなければいけないと確信していたから、有りのままの想いを伝えた。
 数秒間、気まずい沈黙がカーテンの中に生じた。二の句を告げる弱音を捻じ伏せ、根気良く六道の返事を待つ。
 ……いや、今すぐ返答を待つべきではなかったかも知れない。相手は困惑している。錯乱した状態で色の良い返事を聞いても、それは本人の想いとは異なる可能性だって有る。
 一分近く沈黙が続いたのを機に、俺は即時の応答を断念し、情けなく謝罪の言を発そうと口を開きかけ、
「…………僕も、そうなんだ」
 不意に、六道が確りした語調で、声を発した。
 今までのビクついた声音とは違い、落ち着き払って大人びた、そして、どこか陰りが潜んだ、暗い響きの声で、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「……小学生の頃にね、お祖母ちゃんの家に遊びに行って、その時に起こった不思議な出来事の影響で、幽霊さんが見えるようになって、話せるようになったんだ」目を合わせず、沈鬱な表情を覗かせて、六道はぽつりぽつりと呟く。「その時に友達に話したのが、そもそもの間違いだったんだろうね。気味悪がられて、友達はいなくなったよ。気持ちの悪い事を言う奴だって、最後にはイジメになっちゃってさ。……それから、僕は学校に行かなくなった。幽霊さんと話すだけの生活が始まったんだ」
 抑揚の無い、限り無く生気を感じさせない声で、六道は独白を続ける。俺の相槌など求めてはいないのだろう。共感も、況してや慰めの言葉すら不要だと断じているかのように、訥々と、静かに語る。
「僕は、日清水君のように、友達が欲しいって思わなくなったんだ。友達は、いつか裏切る。どれだけ仲良しでも、相手がおかしくなったら、口汚く罵って、切り捨てる。僕は、もうそういう想いをしたくないんだ」
「……」
 俺は絶対にお前を裏切らない。そう言えば、信じてくれただろうか。俺の言葉は、本当に六道に届いただろうか。咄嗟に何も言えず、俺は沈痛な想いを胸に、拳を硬く握り締める以外の術を持たなかった。
 俺と同じ過去を持っている相手。でも、選んだ道は、限り無く真逆だ。俺は友達と言う希望を求め、六道は友達と言う希望を捨てた。その事を責める事など出来ないし、慰める事もまた、出来ない。
 友達がいる事で救われる事は、確かに有る。だけど、友達がいる事で傷つけられる事も、これもまた、確かに有るのだ。友達がいなければ生きていけない訳ではない。友達がいれば生きていける訳でもない。
 俺は俺のエゴで、六道の友達になりたいと思い、六道はその友達に対して忌避の念を強く懐いている。踏み込むべきなのか、踏み止まるべきなのか、俺には咄嗟に判断が付かなかった。
「……日清水君は、優しいんだね」病に臥せっている患者のような窶れた微笑を浮かべ、六道は呟いた。「ううん、違う。きっと、僕のような人の心を、何と無く分かってくれてるんだね」
 ……違う。そう言おうとした口が、それ以上の作動を許さなかった。俺は、六道の心を、闇に沈んだその想いを汲み取る事が出来ない。辛かっただろう、大変だっただろう、そんな感想が取り留めなく湧くだけで、六道を救う言葉など何一つとして持ち合わせていなかった。
 歯を食い縛り、無力感を噛み締める。考えなくても分かる事だったろうに、俺は六道を理解者だと盲信して、己の欲求を満たすためだけに声を掛けて、その闇に触れた事でやっと思考に辿り着いた。六道は、希望を求めなかった俺だ。鏡に映った暗い己の顔を見て、俺はどう声を掛ければ良い?
「……僕は、日清水君の友達になっても、良いのかな?」
 切なげに、今にも壊れてしまいそうな微笑を浮かべる六道に、俺は胸が張り裂けそうな感覚に襲われたが、懸命に涙を押し殺し、正面から対峙する。
「……あぁ、俺の友達に、なって欲しい」
 絞りだすように吐き出した告白に、六道は笑顔を覗かせた。今にも消えてしまいそうな、淡い淡い笑顔を。

◇◆◇◆◇

「なぁ六道。帰り、付き合っても良いか?」
 放課後、黄昏に染まる保健室で俺はベッドに横たわる六道に声を掛けた。
 六道はもそもそと起き上がると、「……帰り? どこかに行くの?」と不思議そうに瞬きする。
「幽霊と話すのが趣味なんだろ? それに付き合ってみたくてな」
 先日の廃屋での一件で懲りてはいたが、それでも六道と一緒なら怖くないかも知れないと言う思い込みで、あの恐怖を払拭したかった。トラウマになりかけたあの時の記憶を、新しい記憶で塗り潰したいのだ。
 六道は悩ましげに俯いた後、「……良いけど、あんまり幽霊さんを脅かさないでね……?」と恐る恐る上目遣いに忠告し、俺は思わず苦笑を刻んでしまう。
「脅かすのは幽霊の方だろう? 俺に幽霊を脅かすような肝っ玉は無いさ」
「うーん……まぁ、そう言うなら……」
 もそもそとベッドから這い出ると、隅に置いてあった鞄を手に、六道はカーテンを開いて養護教諭に声を掛ける。
「あの、帰ります……」
「あら、体調はもう良いのかしら?」
「あ、はい……」
「そう。夜更かしも大概にしなさいね。学校に寝に来てるようじゃ、体にも良くないのよ?」
「はい、気を付けます……」
 すっかり縮こまっている六道の背を押すように、「俺からも言っときますんで、これで失礼します」と、養護教諭との会話を強制遮断する。
「そうね、お願いするわ。君も夜更かしは程々にしなさいね」
 戸を閉め、養護教諭の声を物理的に遮断する。どうにも苦手だ、あの女は。余計な事を言うのが嫌なのか、それとも雰囲気がダメなのか、自分でも把握しきれない位に、苦手意識がへばりついている。
「さ、行こうぜ六道」
「う、うん」
 何故だろうか、養護教諭とは係わってはいけない、係わり合いになるべきではない、そんな想いが心の中で湧き上がっている。……何故も何も無い。生徒に言わなくて良い事を平気で告げ、土足で人の領域を踏み荒らして行く彼女と関係を築く必要は無いと、そう無意識下で判断したに過ぎない。
 だけど、どうしてだろう。それだけじゃない理由が有るような気がする。考えても分からなかった。ただ、嫌な印象、悪い雰囲気、被害妄想が混濁して、これだ、と言う根深い本質を見定める事が出来なかった。

【後書】
 合わせ鏡の二人。過去に対する想いを異にする対照的な二人、と言うお話なのですが、わたくしはけいちゃん側の人間です。けれど、日清水君の思想が合わない、と言う訳でもないんですよね。その考えは分かるけれど、羨ましいけれど、望めない、届かない思想、と言う認識です。
 さてさて、今更ですけれど日清水君の第一印象に限らずですけれど、第一印象って本当に大事と言いますか、初めて懐いた所感って、付き合っている内に見失いがちですけれど、時を経る毎にその印象は間違っていなかった、と言う事が間々あるのが現実です。と言うのがわたくしの所感です。人付き合いは懲り懲りだ…(けいちゃん並感)

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    後半、なぜか鳥肌が立ちました。
    わたしも彼女苦手です。

    第一印象大事ですよね。
    「時を経る毎にその印象は間違っていなかった、」というのは
    人をよく見てらっしゃるからではないかな?
    わたしはおっちょこちょいなので「えーと、あれれ?」なんて事がよくありますw

    深夜オススメw

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      鳥肌が立つほどの違和…!
      周回していると余計に感じるのかも知れません、彼女の不気味な部分が。

      人をよく見てらっしゃるから…! なんて言われるのは初めてなぐらい人を見ていないマンなので、そう言われると(*´σー`)エヘヘって思わざるを得ない奴ですね!w
      人によって第一印象がガラッと変わったーとかもちらほら伺うのですけれど、この辺も人によりけりなんでしょうなー、たぶんw

      深夜オススメとは!w

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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