2018年11月22日木曜日

【空落】06.自殺する理由が下らない訳が無いから【オリジナル小説】

■あらすじ
――あの日、空に落ちた彼女に捧ぐ。幽霊と話せる少年の、悲しく寂しい物語。
※注意※2016/04/14に掲載された文章の再掲です。本文は修正して、新規で後書を追加しております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、【ハーメルン】、【小説家になろう】の四ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
ファンタジー 幽霊


カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054887283273
小説家になろう■http://ncode.syosetu.com/n2036de/
ハーメルン■https://syosetu.org/novel/78512/
■第6話

06.自殺する理由が下らない訳が無いから


「……あんた、こんな遅い時間までどこほっつき歩いとったんや?」

 アパートに戻ると、りっちゃんが仁王立ちで出迎えてくれた。部屋の時計を盗み見ると、深夜の三時を示しているのが分かった。
「ご、ごめん。いつもの日課をしてたらこんな時間に……」
「日課? こんな遅うまで何しとんねん?」不機嫌な表情で問い詰めてくるりっちゃん。
「えと、お話しを……」
「お話し? 誰と?」
「幽霊さんと……」
「はぁー?」
 部屋に入り込もうとすると、りっちゃんが進行方向を遮って譲らない。
「あの、入れて欲しいんだけど……」
「ダメや」
「えぇー……」
「あんた、ウチ以外の幽霊とも話しとんか?」
「う、うん」
「ウチと話せばええやろ? なんで他の幽霊と話さなあかんの? 言うてみぃ」
「それは……趣味、だから……」
 それ以外に応えようが無かった。趣味で幽霊と話している、それ以上の答が無い。
 それをどう受け取ったのか、りっちゃんは難しい顔のまま、僕に道を譲ろうとはしなかった。
「じゃあウチと話すのも、ウチの家に上がり込むのも、趣味って事か?」
「……う、うん」
「……しばき倒したろか?」
 剣呑な表情のまま、僕を睨み据えるりっちゃん。僕は正面からその視線を受け止めて、必死に我慢する。目の前に好きな子の顔が在るのに目を逸らせないのは、恥ずかしさもそうだけど、痛ましさでどうにかなりそうだった。
 僕が何も言い返さないのを見て取ったのか、りっちゃんはやがて溜め息を吐き出し、僕に背を向けて部屋の奥に戻って行った。
 悄然としたまま靴を脱ぎ、廊下を進むと、そっぽを向いて寝転がるりっちゃんの姿が見えた。
「……ごめん。帰りが遅くなる事、言い忘れて」
「ええよ、もう。自分がそういう奴やって、よー分かったから」
「……ごめん」
 嫌われてしまったと思うと気が沈むが、自分の責任だと分かっている分、挽回するには今後の働き次第だ、と自分に言い聞かせる。
 幽霊は自分の事だけを考えて存在している。自分が果たしたい目的のためには純真且つ一途だ。目的の妨げになると思った相手には即攻撃的になるし、そうでなければ関心が無く、好意的だと思える相手にはとことん懐く。
 併し今回はそういう問題ではない。彼女は自分を心配してくれてこういう態度に出ているかも知れないのだ。僕の思い違いだとしても、そう思っておく方が被害妄想も酷くならなくて済む。
 キッチンに立ち、手洗いをしてから帰りにコンビニで買った品を取り出す。湯気が立ち上るミートソースのパスタが一皿と、箸を二膳。大盛りのパスタを食器棚に仕舞っていた小皿によそって、テーブルに持って行く。
「遅くなったけど、夕飯、一緒に食べない?」
 コンビニから五分と経っていない筈のミートソースはほわほわと湯気を上げ、食べて食べてと誘っているように見える。
 りっちゃんは寝転がってそっぽを向いたままだった。
 しょんぼりと肩を落とす。昨日の今日で打ち解けた感触も霧散していく。仕方ない、と箸を袋から取り出し、パキリと割って、パスタをクルクルと巻いて口に運ぼうとしたら「食べる」と声が聞こえた。
 もそもそと起き上がり、食卓に着いたりっちゃんを見て、思わず嬉しくなって「良かった」と声を上げてしまう。
「しゃーないやろ、折角買ってきてくれたもん、粗末に扱うのは食べ物の神さんに怒られてまう。せやろ?」
「うん、そうだね。じゃあ、はい」
 りっちゃんの肩を右手で触れると、実体化はそれで済む。漂うミートソースの香りと、沸き立つ挽き肉の風味に、りっちゃんは我慢できなかったんだろう、実体化が済んですぐに「ほないっただっきまーす!」と嬉しそうに箸を袋から取り出す。
 ズゾゾゾとパスタを吸い上げるりっちゃんにビックリしつつも、僕は箸でクルクルとパスタを巻いてもそもそと食べ進める。
「けいちゃん、男なんやから、そこはズバババッて食わな。何を女々しう食うとんねん」
「ぇえ?」
「さては自分、ラーメンとかもそうやって食う口か? カーッ、女々しい! 男らしく啜らな! せやろ?」
「え、えぇー、そうかなぁ……」
「せやで、これからそうせぇ」
「えぇー……」
 思わず苦笑を浮かべてしまう。男らしいか、らしくないかは分からないけど、そうやって音を立てて食べるのは下品に感じてしまって、味噌汁とかも極力音を立てずに飲むようにしている。
 感性の問題だと思うんだけどなぁ、と思っている間に食べ終わり、「ご馳走様」と手を合わせると、りっちゃんも「ごっつぉさん! 久し振りにスパゲティ食べたけど、やっぱ美味いもんやなー」と満足そうに腹を摩った。
 食器を片付けようと立ち上がると、「お、ウチも手伝うたろ」と一緒に立ち上がった。
「あ、有り難う」自分の食器を持ってキッチンに立つと、隣にりっちゃんが自分の食器を持って立つ。「ええてええて、けいちゃんのお陰で食えとるもんやし」と食器を運ぶだけじゃなく、一緒に洗い始めた。
 尤も小皿二枚だけしか食器は出していない。箸は折ってゴミ箱に捨てたし、すぐに終わる。
 時針は四を差していた。
「今日も学校行くんやろ? 大丈夫なん? こんな夜更かしして」
 寝袋の準備をしながら「うーん……」と苦笑を浮かべてしまう。
「学校に行っても、殆ど寝てるんだ。勉強したい訳でも、友達と話したい訳でもないしね」
「はぁ? それはアカンやろー、学生の本分は勉強と友達作りと遊びやで? 何しとんねん、はよ寝ーや」
「そうだね、あはは……」
「あはは、や無いやろ。何のために学校通っとんねん自分? 寝に行っとんか? そんなんやったら学校辞めたれや。学費の無駄や」
「あはは……」
 りっちゃんの言う事は尤もだった。学費の無駄でしかない。僕自身、高校に通うつもりなんて更々無かった。高校受験はお座成りながらも受けて、それで何故か受かってしまった事で高校に通っていた時期も有ったけど、転入前と同じ、登校しても殆ど保健室で寝ている事が常だった。
 学校が特別詰まらないと感じる訳ではない。勉強も特別嫌いと言う訳ではない。ただ、それよりも好奇心が向く相手がいた。それだけの話に過ぎない。僕は夜間によく見えるようになる幽霊と話すのが好きで、昼間に人間と話すのが苦手だった。その影響は、とても大きい。
 幽霊は裏切らない。幽霊は束になって襲ってこない。幽霊は相手が異端であっても攻撃的にならない。人類全てがそうだ、と言う訳ではないし、幽霊にだってその例に当て嵌まらない者も中にはいるだろう。それでも、僕にとっての幽霊と人間の差は大きい。
 僕は人間と言う群れに属するには、弱くて、脆くて、すぐはぐれてしまうから、“合わない”んだ。幽霊と言う個と相対する分には、弱さも、脆さも、関係無いから、“合う”んだ。幽霊は、自分と言う個を確り見てくれる。だから、僕も目を逸らさずに話せる。
 装飾はいらない。肩書きも、役職も、何もいらない。ただ僕と言う個が、幽霊と言う個と、直接話し合うだけ。そこには柵も軋轢も存在しない。聞いて聞かれて、話して話されて。互いに何も失うモノが無い、気軽で身軽なコミュニケーション。
「学校で誰かと話すより、りっちゃんとか、幽霊さんと話す方が、僕にとっては大切な事なんだよ」
 学校で得られない事、学校では体感できない事、と区別するつもりは無い。だけど僕にとって大切なのは、誰もが見て取る事が出来ない不可視の住人とのお話なんだ。事有る毎に傷つけ合い傷つき合うような関係は、もう築きたくない。
 りっちゃんがそんな僕を寂しそうに見つめている事に気付いた。胸が苦しそうな、苦々しい顔をして、僕を見つめている。
「……? どうしたの?」
 寝袋の準備を終え、その上に胡坐を掻いて座ると、ベッドに座っているりっちゃんを見上げる。彼女は深刻そうな表情を浮かべて、少しの間沈黙を返した。
「……なぁ、けいちゃん。けいちゃんは、ウチみたいな幽霊と、何度か話した事が有るんか?」か細い声で、りっちゃんが呟いた。
「……?」その質問の意図が汲み取れず、僕は間の抜けた声で応じてしまう。「りっちゃんみたいに可愛い人は、その、今までいなかったけど……」
「そうやのうて。ウチみたいな、……自殺者は、おらんかったんか、って事」
 りっちゃんの一言に、今朝登校する前に大家の斑田さんに聞いた話を思い出す。
「りっちゃん……えぇと、鐘嶋律子、って子が元々の入居者だったんだけどね、学校で何か嫌な事でもあったんかねぇ、五年ほど前に自殺したの。それからなのよ、霊障って言うの? 水が勝手にポタポタ落ちたり、窓がガタガタ言ったり、不思議な事が起きるようになったのよ~」
 斑田さんは「アレかしら、ムカつく相手を呪い殺すまであの部屋に居座ってる感じなのかしら? 嫌ね~女はしつこいのよね~怖い怖い」と茶化すように続けていたけど、霊障と呼ばれる現象の原因と自殺云々は関係無いと僕は考えている。
 自殺で亡くなっても、事故で亡くなっても、天寿を全うしたとしても、幽霊になる人はなる。それは確率や割合の関係なのか分からないし、未練の有無がそうさせているのかも不明だけど、どういう環境で命を失っても、幽霊になる人はなるし、ならない人はならない。
 今まで話してきた幽霊の死因は多岐に上る。寿命を迎えた人、病死した人、交通事故で亡くなった人、天災で亡くなった人、自殺で亡くなった人、殺人事件に巻き込まれた人もいる。共通しているのは死んでいる事ぐらいで、何が原因で幽霊になるか、と言うのは五年近く付き合っても分からなかった。
 どんな死因で現実を去って幽霊になっても、これもまた同様に、悪さをする幽霊はするし、しない幽霊はしない、としか言えなかった。元々悪い事が好きだった幽霊もいるし、自分で悪い事をしていると言う自覚の無い幽霊もいる。
 先日のお爺さんの幽霊もその一人だ。己の棲家に踏み入る何者かを追い返す行為を悪い事だと認識していない。実際に考えてみたら、所有者の家に不法侵入者が踏み入ってくるのだから怒るのは当然だし追い出すのも自然の流れだ。けれど、お爺さんは既に亡くなっている。法律的にも、彼の持ち家ではなくなっている。それが、諸問題の元なんだ。
 幽霊だって、勿論人間もだが、誰も悪い事をしたくてしている訳じゃない。そうしないと己が守りたかった物が傷ついてしまうから、奪われてしまうから、無くなってしまうから、それが大切な物で有れば有るほど、そうならざるを得ないだけなんだ。
 りっちゃんが自殺でこの世を去ったと言う理由だけで、悪さをしていい理由にも、悪さをしない理由にもなりはしない。だから僕は、その事に関してはノーコメントで、応じる。
「うん、りっちゃん以外にも、自殺して亡くなった幽霊さんは、何人か知ってるよ」
「……そか。せやったら、分からん? 自殺する人言うんは、コミュニケーションに問題が有るか、コミュニティに問題が有るか、原因なんてそれ位やったやろ?」
 りっちゃんは感情を載せない声で、冷淡に言葉を吐き出す。心当たりが無い訳では無かったし、僕自身が、今まさにそういう状態に近いから、理解が易かった。
「うん、僕が話してきた幽霊さんは、大体そういう人達だったよ」
 正直に応じる。隠す必要も、誤魔化す理由も無かった。自殺を経て幽霊になった人達は、りっちゃんの言うとおり、コミュニケーションかコミュニティに問題が有る事が多い。交流が苦手で、上手く人に溶け込めず、孤立して、誰にも相談できず、ひっそりと命を絶つ。
 厳密には、相談できる人はいるし、孤立していない人だっている。けれど彼らは、そう思い込んでしまっているんだ。自分は独りだと。誰に相談しても意味が無いと、そう思考が雁字搦めになって、衝動的に、或いはとことん思考を煮詰めた末に、自刃に走る。
 この世界には自分が必要でない事に気付いてしまったばかりに、不要な癌細胞は切除しようと、自ら歯車である事を辞めて、現実と言う舞台から降りる。彼らは決して精神が弱かった訳でも、戦いに負けた訳でもない。直向きに強かったからこそ立ち上がる力に変換できなくて、戦いに負けたくなかったからこそ逃げ出した。
 自殺は悪い事だと言うイメージは根強いけど、僕自身の価値観で言えば、悪いイメージは無い。その人が最後に取り得る逃げるための手段であり、自己を守るための最終防衛ラインが、自殺だと認識している。
 強い人がいれば弱い人がいるのは当たり前だし、戦える人がいれば戦えない人がいるのは当たり前なのに、何故生きたいと思う人だけが賛美され、死にたいと願う人が悪だと断じられなければならないのか。死とは、誰もが採れ得る最後の道ではないのか。
 生きる義務が有るのなら、死ぬ権利が有ったっていいじゃないか、と言うのが、僕の主張。苦しみながら生き続ける位なら、死んだ方がマシだ。生きていれば良い事が有るかも知れないけど、死んでみたら良い事が起こる事だって有るかも知れないじゃないか。
 だから僕は、自殺者を差別しない。彼らは己の最後の領域を守るために死を選んだ、勇敢な戦士だ。労いの言葉を掛けるなら未だしも、蔑みの罵詈を投げるなど、以ての外だ。
「せやったら、自分も人間ともっと交流しとき。ウチみたいに、下らん理由で自殺せんでも良くなるから」
「僕はりっちゃんが下らない理由で自殺したなんて思わないよ。自殺する理由が下らない訳が無いから」
 翳った表情で感情のこもらない声を吐き出していたりっちゃんが、一瞬驚きの色を顔に刷く。彼女が僕の言葉に反応する前に、僕は更に続けた。
「自殺する理由は、生きる理由と同じ位尊いものだよ。その人が選んだ、最後の道だもの。だからりっちゃんがどんな理由で自殺したんだとしても、下らないとは思わない。思える訳が無い」
 はっきりと、力を込めて告げる。それは僕の強い願いでもある。何も感じずに、何も考えずに、ただ生きているだけより、一所懸命考えて、それで取った選択肢としての自殺なら、否定なんて出来る訳が無いし、下らない訳が無いんだ。
 複雑な表情で僕を見ているりっちゃんに、僕は微笑みかける。それで貴女を傷つけるつもりは無いし、咎めるつもりも無い事を、態度で示す。
「生きるのが嫌なら、無理して生きる必要なんて無いんだ。嫌な事を続ける位なら、辞めちゃえばいいんだ。そんな事、気にしなくていいんだ」
「……自分、ホンマ変わっとるな」呆れたような声で、りっちゃんは溜め息を吐いた。「でも……ありがとな。ちょっと、……ううん、めっちゃ嬉しかったわ。何か……こんなウチでも、ええんやなって思たよ」
 照れ笑いを浮かべるりっちゃんにまたドキリとしながらも、僕は電灯を消した。「おやすみ、りっちゃん」
「おやすう、けいちゃん」
 消灯しても、部屋は薄ぼんやりと明るい。カーテン越しに朝陽が差し込んできてるんだ。もう幽霊の時間は終わり、また人間の時間がやってくる。僕は寝袋に包まり、深く目を閉ざした。

【後書】
 わたくしの想いの発露がありありと浮かぶ回です。けいちゃんを通してわたくしの想いをひたすら語りまくっていただけとも言えます…w
 なのでまぁ、後書でまで特に語る事は無いのですが、一言付け足すとしたら…「自殺するぐらいなら、自殺させようとする環境から逃げましょう」とだけ。
 寂しい物語はまだまだ深度を深めて参ります。次回もお楽しみに~♪

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    深夜に読んでいると消え入りそうになります。

    「自殺する理由は、生きる理由と同じ位尊いものだよ。その人が選んだ、最後の道だもの。だからりっちゃんがどんな理由で自殺したんだとしても、下らないとは思わない。思える訳が無い」
    名言ですね。

    まだまだ深まるのね…

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      分かり味が深い…! 秋の夜長には些か深度が深過ぎますねこれ…!

      “名言”と言われて喜びまくる作者私です!! わたくしの想いをけいちゃんに代弁して頂いているので、そう言われると素直に嬉しいです…!

      ですです、どんどん深まって参りますぞう…! どうかお気を付けて…!

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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