2018年11月8日木曜日

【空落】04.幽霊が見えるんですって、彼【オリジナル小説】

■あらすじ
――あの日、空に落ちた彼女に捧ぐ。幽霊と話せる少年の、悲しく寂しい物語。
※注意※2016/03/31に掲載された文章の再掲です。本文は修正して、新規で後書を追加しております。

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■キーワード
ファンタジー 幽霊


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小説家になろう■http://ncode.syosetu.com/n2036de/
ハーメルン■https://syosetu.org/novel/78512/
■第4話

04.幽霊が見えるんですって、彼


「――聞いたか? 本当は昨日転入する予定だった奴、その転入初日に無断欠席したんだとよ。マジウケるよなー」

 下らない話で盛り上がってる男子を遠巻きに眺めつつ、朝飯代わりの缶コーヒーを呷る。一昨日まで散々幽霊の事で盛り上がっていたグループも、一昨日の出来事で懲りたのだろう、その話題には一切触れず、今は楽しげな転入生の話で一杯のようだ。
 その一昨日の出来事の結果、俺は悪友連中とは若干距離を置き、今は一人身の身分となった。別段誰かと絡みたいと思わないし、暫くはあの時の出来事を反芻するように、一人でのんびりと空想に耽りたいと考えていた。
 やがてホームルームの時間が来て、生徒が己の席に戻り、教諭が入ってきて談笑の声が止む。面白味の感じられない授業がまた一日幕を開ける。
 ――と、教諭が戸の外を意識しながら咳払いした事で、教室の雰囲気が一瞬変わる。
「えー、本当なら昨日転入する予定だったんだが、ちょっとした行き違いが有ってな、今日は転入生を紹介する。さ、入って」
「あ、はい」
 ざわつく教室に入ってきたのは、小柄な男子生徒だった。その顔に見覚えが有る……? と注視していると、担任が「じゃあ、自己紹介して」と生徒を促す。
「えと、六道恵太と言います。宜しくお願いします」
 小さくお辞儀をして、俯く。陰気な男子だな、と言うイメージが定着していく教室で、俺は瞠目したまま言葉を失っていた。
「じゃあ、日清水の隣の席が空いてるから、そこに座って。よーしじゃあホームルーム始めるぞー」
 俺の隣の席に座った転入生が、こちらをチラと覗き見て、相手も驚きに目を見開いていた。
「……よ、よぉ」
 ぎこちなく声を掛けると、六道も「ど、どうも……」とぎこちなく応じてくれた。
 何と言う運命の悪戯か。それとも幽霊の導きとでも言うべきか。一昨日の夜で完結したと思っていた出来事は、こうしてまた動き始めた。

◇◆◇◆◇

 一限目は数学。まだ中学で習った辺りの復習に近い授業ばかりで、難しい問題ではない筈なのだが……
「えーと、それじゃあ六道君。これ解いてみて」
「え、あ、は、はい」
 ふらふらした足取りで彼が黒板に向かうだけで笑声が滲む教室。教諭自身も心配そうに六道の様子を窺っているが、六道自身がそれを一番理解できているようだった。
 黒板に書き記された数式を前に、六道は情けなく棒立ちしたまま、「わ、分かりません……」と肩を落とした。
「……分からないのなら、先にそう言ってください。席に戻って。えーここの数式は――」
 とぼとぼと自席に戻り、しょぼくれている様子の六道を見やり、ますます一昨日の彼と印象が掛け離れていく感覚に襲われる。今の問題、中学で出るような問題だぞ、と思いつつも、何も言わずに様子だけ見ている。
 六道は必死に黒板を筆写しているようだったが、十分と経たずに瞼が重くなっていき、遂には机に突っ伏してしまった。……眠ってしまったようだ。
 寝息こそ小さいものの、数学の教師は居眠りに厳しい。見つかったら何こそ言われるか分からない。俺はそっと六道の耳元に声を掛ける。
「おい、起きろ六道。おい」
「…………ふえ……?」
 寝惚け眼で起きたかと思えば、俺と目を見合わせて弱々しく瞬きする。すると再びうつらうつらとして、そのまま机に突っ伏してしまう。……どんだけ眠いんだこいつは。
「――先生済みません、六道が調子悪いそうなんで、保健室に連れて行きます」
 挙手すると、六道の腕を引っ張って起こす。教室中の好奇の視線を一手に引き受けるが、構わない。教諭も「あら、大丈夫?」と心配そうにこちらを見つめてくる。
「……え? ……え?」と何も分かってなさそうな六道。
「では、失礼します」
 教室の外まで連れ出すと、六道は若干怯えた様子で「な、え、何が起こったの……?」と俺の顔を見据えてくる。
「眠いんだろ? 保健室連れてってやるって言ったんだ」
「え? ……あ、有り難う……」
 俯きながらも感謝の言葉を言われ、俺は溜め息を零す。「こっちだ、歩けるか?」キュ、と音を立てて廊下を突き進んで行く。
「う、うん」
 六道は躊躇いながらも、確りとした足取りで付いて来てくれた。

◇◆◇◆◇

 保健室にいた養護教諭に預けると、六道は再び「有り難う」と感謝の意を告げ、ベッドで横になった。すぐに動かなくなったかと思えば、小さな寝息が聞こえてきて、どんだけ眠かったんだと呆れて声も出なかった。
「日清水君、だっけ。君はあの子の友達?」
 三十代ほどの若い養護教諭の女が、書類を整えながら聞いてきた。
 俺は一瞬考えたが、すぐに首を横に振った。
「いや、友達じゃないっす。単に席が隣なだけっすよ」
「あら、そうなの? だとしたら君は良い子ね。友達でもない具合の悪い子を保健室に連れて来れるなんて、今時そういないわよ?」
 クスクスと含み笑いを覗かせる養護教諭に、俺は居心地の悪さを覚えて、「……じゃあ、俺は授業に戻ります」と背を向ける。
「怒ったのならごめんなさいね、ちょっと感動しちゃって」引き止めるように声を掛ける養護教諭。「もし良かったら、休み時間にでも彼の様子を見に来てくれると嬉しいわ。きっと彼も喜ぶと思うから」
「……友達じゃない奴に見舞いに来られても、そいつ困りませんかね?」
 嘲るように呟くと、養護教諭は「あら、そんな事は無いわ」と即座に否定の言を差し込んだ。
「お見舞いって言うのは、誰が来ても嬉しいものよ。君は彼と席が隣なんでしょ? これから仲良くなるかも知れないじゃない」
「……そうっすかね」
「えぇ、そうよ」
 養護教諭は優しげな微笑を浮かべてそれ以上何も言わなかった。俺も返す言葉が見つからず、観念したように鼻息を落として、了承の首肯を見せた。
「分かりました、また様子を見に来ます」
「えぇ、そうしてくれると嬉しいわ」
 ニッコリと嬉しげに笑む養護教諭を背に、戸を閉める。
 ……友達になりたいと、あの時確かに思った。そして今もその想いは変わらない。だけど、相手がそう思っているかどうかは、分からないのだ。あんな特殊な出逢い方をしているだけに、相手は自分と係わり合いになりたくないと思っているかも知れないと、思わずにいられなかった。

◇◆◇◆◇

 ――夢を見ている。昔見た情景が、歪んだ鏡越しに映っているかのような、歪な夢。
 僕は小四の時に、不思議な体験をした。幽霊と盆踊りを踊る体験。その体験を経た事で、僕は幽霊を見る事が出来るようになり、幽霊と話す事が出来るようになった。それは特別な力だったのだけれど、僕にとっては普通の力だった。
 それを友達にうっかり漏らした事で、拡散された僕の不思議な力の情報は、やがて悪意となって返ってきた。夢の中の僕はいつも泣いている。机には無数の落書きが刻まれ、教科書はズタズタに引き裂かれ、上履きは隠され捨てられ、先生にはその事で叱られ、逃げ場も無く、やがて学校には通わなくなった。
 その時から、話し相手は家族か幽霊だけになった。幽霊は普段一人で佇んでいる事が多く、大抵は話し相手を求めている。僕自身、話せる相手は誰でも良かったから、幽霊とばかり話しをするようになっていった。
 中学に上がってから、保健室登校が始まった。人知れず登校して、人知れず下校する。誰とも係わり合いにならない。話す相手は幽霊だけ。幽霊だって元は人間だから、色んな話が聞けた。パチンコで勝利する方法、金魚掬いの上手いやり方、料理の仕方や簡単な掃除の方法……話題には事欠かなかった。
 中学は無事に卒業できたけど、人間嫌いは克服できなかった。彼らは異端を見るとすぐに攻撃を始める恐ろしい存在と言う認識が拭えず、自ら話しかけようとは思わなかった。仲の良い友達ですら、容易に裏切る。そんな恐ろしい相手と共存するなんて、僕には難しかった。
 その事実を総身に刻みつけるかのように、その時の夢を何度も見る。幼い自分が、幼い友達に何度も何度も罵られ、殴られ蹴られ、避けられていく夢。僕はただただ泣いていて、何も出来ない無力感に打ちひしがれて、少しずつ磨り減っていく体を抱き締めて、やがて消えて無くなり、夢から醒める。
「……」
 瞼を開けると、つぅ、と涙の筋が目元から流れて枕に吸い込まれていく。またあの夢を見ていたんだ、と痛惜の念が胸を苦しくさせ、悲しみに思考が曇っていく。何度見ても、何度体験しても、辛い思い出だと、悲しい記憶だと再認識する。
 これからも見る事になるであろう、痛恨の夢。その度に僕は枕を濡らして、悲しみに胸を痛める。でも、分かってはいるんだ。悪かったのは自分で、相手はただ、よく分からないモノから逃げるために暴力を振るっただけなのだと。
 だから僕は逃げるしかなかった。隠れて過ごすしか出来なかった。それは昔も今も、そしてこれからも変わらない。普通ではない存在は、普通には生きられない、普通は望んではいけないんだ。
「嫌な夢でも見たのか?」
「――――っ!?」
 突然聞こえた男の子の声に、思わず瞠目して震えてしまう。驚きの表情のまま振り向くと、保健室まで送り届けてくれた男子……一昨日の夜に遭遇した少年と目が合う。
「済まん、驚かせたか」ばつが悪そうに頭を掻く日清水君。
「あ、いや、その、えぇと、……ご、ごめん」
「なんでお前が謝るんだよ」苦笑を浮かべる日清水君。
「ご、ごめん……じゃなくて、えぇと……」
 突然の出来事に思考が上手く回らない。言葉を探して脳みそ中の引き出しを引っ繰り返している間に、日清水君の方から申し訳無さそうに言葉を宛がってくれた。
「……悪ぃ、動揺させるつもりは無かったんだ。俺もう行くわ」
「あ……」
 スツールから立ち上がってカーテンの向こうに消えそうになった彼に、思わず声を漏らしてしまう。
 呼び止めて、どうしようと言うのか。また傷つけられるかも知れないのに。つい先刻まで見ていた夢をもう忘れたと言うのか。あの時の苦しみを、また体感したいのか。
 伸ばした手を戻し、血の気の引く想いを止めるように、俯く。傷つけられるのは嫌だ。苦しむのも嫌だ。だから、僕は…………
 一瞬日清水君が立ち止まった気配がしたけど、やがてその気配も遠ざかり、カーテンが閉まる。意識が遠退いていく。気持ちが悪くて、頭がグルグル回る。またあの夢が迫ってくる。怖くて、恐ろしくて、痛い、あの夢が、また。

◇◆◇◆◇

「あら、もういいの?」
「……」
 養護教諭に呼び止められ、俺は自嘲の念に駆られながら、苦笑で隠すように振り返る。
「俺、やっぱり嫌われてるようですから」
 そう言って保健室を後にしようとしたが、直前に養護教諭が声を差し挟んできた。
「彼ね、あんまり人と話せるような子じゃないのよ」
 戸を開けようとした手が止まる。
「……なんで、俺に」
「本当はこういう事を他の生徒に話しちゃいけないんだけどね、君は信頼できそうだから」
「……」
 戸に掛けていた手を離し、養護教諭に振り返る。彼女は寂しそうな表情で見つめ返してきた。
「彼の親御さんから言われたのよ。“もし貴女が信頼できそうだと思った生徒には、この子の事を話してもいい”……ってね。本来そういう仕事は相談室の先生や担任の職務だと思うんだけど」
「……」
「尤も、それで君が彼と絶対に仲良くしなくちゃいけないって話でもないから、安心して。ただ私は、気のせいかも知れないけど、君が彼と仲良くなりたいんじゃないかなって、思っちゃったからさ」
 小悪魔のような微笑を滲ませて小首を傾げる女に、何もかも見透かされてるような気がして、頭を掻き毟った。
「……普通、そういう事まで生徒に言いますかね?」
「ふふ、それもそうね」
 楽しげに、妖艶に笑む女に、底知れぬものを感じた。あの晩の六道じゃないにしろ、この女にも底の知れない何かが潜んでいるような気がして、一抹の不安を覚えずにいられなかった。
「――幽霊が見えるんですって、彼」
 産毛が逆立つ感覚に身を浸しながら、生唾を呑み込む。女はまるで井戸端会議でもするかのような気軽さで、禁忌と思しきワードを吐き出す。
「それが原因で苛められて、今じゃ人間不信に陥ってるみたいなの。君はこれを、自業自得だと思う?」
「……失礼しました」
 戸を乱暴に開けて、音が出る程にキツく閉める。
 気分が悪かった。怒りを覚える程に、彼女を殴りつけてやろうかと思う程に、気分が悪かった。そんな事、そんな大事な事、そんな平然と言って良い訳無いだろ、と怒鳴り散らしたくなった。
 あの晩の事を思い出す。幽霊と話すのが趣味だと語った六道は、嬉しげで、寂しげだった。つい今し方、起きた時に声を掛けた時は、謝る事しか出来なかった彼が、ただただ気弱で、小さく映った。
 その大切な理由を、全く関係の無い第三者から聞いてしまったと言う事実に、憤りを隠せなかった。それはあの女から聞くべき言葉ではなく、彼自身の口から語られて初めて意味を為すワードだと、信じて止まなかった。
 何に対してそんなに怒りを感じているのか、俺は段々と分からなくなってきた。ただ無性に苛立つ。自分自身の迂闊さに、あの女のいい加減さに、六道が喋らなかった理由に。ただただ腹が立った。
 授業が始まる合図であるチャイムが校舎に響き渡る。俺は保健室の前から一歩も動けず、チャイムが鳴り止んでも、教室に向かう気にはなれなかった。

【後書】
 この辺からもう既に胸軋感が出てきておりますが、まだまだ序の口の物語が【空落】です(^ω^)
 異端を排するって思想は魔女狩りや村八分など、色んな単語で言い表されますよね。尤も、それらひっくるめて「苛め」って言うのはそもそも犯罪な訳でして。「脅迫」とか「暴行」って言えば即警察沙汰って分かるのに、「いじめ」って言い表しちゃうから、何だか子供の悪戯程度の認識に留まっちゃうんじゃないかと思うんです。
 脱線序でに、わたくしって「学校」が出てくる物語って大概マトモに登校していない子にスポットライトを当ててしまうのですが、それもその筈、わたくし自身がマトモに登校してなかった勢なので、マトモに登校している学徒がよく分からないんですなw 学校には将棋をしに通ってたなぁ(シミジミ)。
 と言う隙あらば自分語りを差し挟んで今回は締め括り! 次回もお楽しみに~♪

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    初回配信時はまだまだ楽しんで読んでおりました。
    今はすでに辛いのです。

    「いじめ」って曖昧な言葉で誤魔化されがちですがたしかに犯罪ですよね。
    イジメ、ダメ、ゼッタイ!

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      初見ではまだこの辺そこまで闇が深くないですからね…!
      周回者だと、どうしても最後の展開が分かっている分、既にしんどさがピークを迎えていてもおかしくないのが、この物語の恐ろしい所です…!

      ですです! 実際犯罪なんですよ「いじめ」って!
      学校だけでなく社会に出てからも、もっと大っぴらに訴えて問題視させて欲しい所です。

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!(既に胸軋が起こってないか不安ですが!w)
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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