2018年12月3日月曜日

【夢幻神戯】第21話 四天の宴〈2〉【オリジナル小説】

■あらすじ
それは、ロア様の望む未来ですか?

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】の二ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
R-15 残酷な描写あり オリジナル 異世界 ファンタジー 冒険 ライトノベル 男主人公
カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054885747217
■第21話

第21話 四天の宴〈2〉


「私はロア様と矛を交える未来が無い事を望みます」

 三人の禍神の遣いから渡された膨大な情報を頭の中で整理していたロアに、天上の声・禍荊ミサカが静かに言葉を浴びせた。
 ロアは誰に向けばいいのか分からないままユイに視線を転ずるも、彼女はガムを噛みしだきながら厄良クヨを見つめたまま微動だにしない。
「そもそも我々には、我々同士で争う道理が無いのです。ここに会した四人の庭師は、皆この世界を、人類を管理し、運営する者です。一人でも欠ければ、均衡が保てなくなります。それは、ロア様の望む未来ですか?」
「……」
 厭な問い方をする、と、ロアは胸の内で舌打ちした。
 ユキノはずっとロアの裾を掴んだまま離さないし、恐らくロアの返答次第では彼女の心証……今後の付き合いにも影響するだろう。彼女と共にいなければ、己の未来が保証されない以上、或る程度は己の言動も操作・方針転換を考慮せねばなるまい。
 ロアは座り込んだまま指で瞼の上から眼球を揉むと、「……そうじゃな、それはワシの望む未来ではないのう」と溜め息を返した。
「でしたら――」「かと言って、お前さんらが人類と世界の均衡を保っていると言う話に関しては、半信半疑じゃ。寧ろ、お前さんらが人類と世界の均衡を乱しとるように感じるぞ、ワシは」
 ミサカが言い募る前に、ロアは先んじるように言葉を差し込んだ。
 ミサカは機先を制された事で口を噤んだが、ロアの苦言は予想済みだったのだろう、鼻白むでもなく、淡々と即答が返ってきた。
「――均衡を乱す。それは、無用な人死にが頻出する事を指摘していますか?」
「禍異物を生み出す者と、異能を分け与える者がおるじゃろう。そやつらに因ってどれだけの無辜の人間が喪われたか。今まで食べてきた飯の量を数える方がまだ易しいと思っとるんじゃがの」
「人類共通の敵がいるからこそ、人類は手に手を取って共闘できる……そう考える事は出来ませんか?」ミサカは教鞭を揮う老教師のような優しい語調で切り出した。「この世界では、大規模な戦争は何百年と行われておりません。それは人類共通の敵が存在し、共闘しなければ人類は滅亡の道を歩まされるから……であれば、“禍異物は必要悪である”。人類が人類を滅ぼさないための機構として、禍異物はこの世界に組み込まれているのです」
「……詭弁に感じるがのう」難しい表情で狂衣ワイスに視線を向けるロア。「人類に人類を滅ぼさせないために禍異物が機能しているとすれば、なぜ異能を付与する者も必要になる? 禍異物を討滅するのに必要な力ではなかろう。現に人類が人類に牙を剥く手段として行使されておるのが、異能ではないかい?」
「同じ理論ですよ、ロア様」諭すように、ミサカは微笑を含んだ声を落とした。「異能を有する者には、人類を導く者もいれば、人類にとっての必要悪となる者もいます。強大な必要悪が存在すれば、その強大な必要悪を滅ぼすために人類は一致団結しなければならない。決して身内同士で殺し合わせないため、我々は彼らが噴出する負の感情の捌け口として、禍異物を、異能者を、必要悪を提供し続けるのです」
 ミサカがそこで言葉を区切った以上、説明はここまでなのだろう。
 ロアはミサカの説明に不備が無い事を確認するように、拳を顎に当てて俯いていた。道理は通っている、けれどそれだけで本当に人類は何百年と同族殺しと言う大罪を犯さずに繁栄を続けられたのか、疑問が残る。
 禍異物と言う人類にとっての害悪が、殺しても殺しても湧き続ける以上、人類同士で争っている場合ではない、と言う話は分からないでもない。けれど、だからと言って人類同士が争わない決定的な理由にはならない。
 人間は、恐ろしいほど短絡的な生き物だ。突発的に人を殺す事も有れば、衝動的に大罪を犯す事も有る、刹那的な動物に他ならない。これはあらゆる生物の中でもトップクラスの、利己的――否、破滅的な生命体と言える。
 そんな破綻した生き物が、「力を合わせないと滅亡する」と言う理由だけで、戦争を起こさないとは、ロアには到底考えられないのだ。
 そしてロアは、この場に居合わせる禍神の遣いの一人の力の使い方と、その力でどうこの世界に、人類に寄与しているのか、聞いていない事に気づいていた。
「ところで、禍荊ミサカ、と言ったか。お前さんの、“未来を観る力”が有れば、人類がいつまで繁栄し続けるか、全てお見通しではないのかの」
 未来を観る力。未来視。未来予知。予め未来が分かっているのであれば、どこで何を成せばどうなるのか、全ての予定を予定通りに進行できる。
 そのための糸ヶ谷ユイと言う布石だったのだろうし、この【翡翠の幻林】へ向かわせる算段もそこに集約され、且つ今後の未来に関しての伏線としても利用されているのだろう。
 そう思っての発言だったが、ミサカは数瞬の沈黙を挟んだ後、静かに返した。
「……未来と言う時間軸の先に当たる景色は、現在生じているあらゆる可能性の道の一つです。可能性の道は、無限に等しい数、存在します。私はそれを全て観ているだけ。今ここでロア様に説明を説いている私も、無限に等しい可能性の道が、収束して一つになって現出した結末です。こうなる未来が有れば、こうならない未来も有った。未来は一つではなく、文字通り無限に存在するのです」
 ミサカの声は落ち着いていたが、仄かな陰りを感じさせる憂鬱さを孕んでいた。
 無限に等しい未来を観る力。言葉にすればそれだけだが、それは果たして人間の脳が耐え得る情報量なのだろうか。
 今ここで冷静に話している禍荊ミサカと言う女は、この中では一番正気を保っている禍神の遣いだと錯覚していたが、話を聞く分には、一番狂気に近い存在なのではと、ロアは気づいてしまった。
「……厄良クヨ、と言ったか。お前さんが、何故ミサカに対して、自分の都合の良い未来にしているだけだと言った理由が、分かったわい」クヨに視線を向けて、沈鬱な表情で声を落とすロア。「禍荊ミサカは、己にとって都合の良い未来だけを選択し続ける術が、力が有るんじゃな」
「僕はそれを卑怯だとは思わないしぃ、それで不利益を被った訳じゃないからさぁ、ゼンのディーラーには自由にやって貰って構わないんだけどさぁ、勝手に僕らを仲間扱いする事だけは、納得いかないよねぇ」
 禍荊ミサカの穏和な声調とは裏腹の、人を嘲るような悪意が食み出た語調で、厄良クヨは嗤う。
 思えば、彼は禍荊ミサカとは異なる思想を有している庭師……否、ディーラーのようだった。ロアは改めて向き直り、「ミサカの言う事に誤りが有ると言う事かの?」と問いかけた。
「誤りって言うかさぁ、ゼンのディーラーが勝手にそう思いたいだけの口上を述べられて、僕らは“はい、そうです”なんて頷ける筈が無いじゃないかぁ」愉しくて仕方ないと言った風情で腹を抱える厄良クヨ。「僕らは世界と言うカジノを運営するディーラーだよ? 人類は皆等しくプレイヤー。賭け金は命。それ以上でもそれ以下でもない。僕らはプレイヤーである人類と命のやり取りを愉しむ。イカサマだってする。不正が露呈したら退場させられる。そういう関係なんだよぉ、ディーラーとプレイヤーの関係ってさぁ」
「……お前さんは、アキの感性に近しい庭師のようじゃな」怪訝な表情で厄良クヨを見据えるロア。「人の命を弄ぶ事に罪悪感を持たぬ、破綻者の臭いがするわい」
「君は呼吸する度に酸素に対して“ごめんね、二酸化炭素になってね”って謝るタイプなのかい?」邪悪そのものの顔で、厄良クヨは嗤う。「僕が人間と同価値の命であるって言いたいのなら、この世界は不死で溢れ返っていなければ嘘じゃないかぁ。僕は人類に愉しんで貰うために、ディーラーとして彼らにゲームを提供する。彼らは遊ぶか遊ばないか、自分で考えて、自分で判断する。遊ぶを選択した時、僕は彼らと愉しくゲームに興じる。それの、どこに、不味い点が有るって言うんだい?」
 厄良クヨは微動だにしない。座り込んだまま、愉しそうに口角を釣り上げて表情を歪ませているだけ。にも拘らず――ロアは内心冷や汗で胆を凍らせていた。
 厄良クヨと言う庭師が有する心は、真っ黒だ。深淵と言い換えても良い。闇よりなお濃い漆黒。
 彼こそ、アキの庭師に相応しいのではと、そうロアに思わせるだけの気構えを、彼から感じずにいられなかった。
 恐怖で縮み上がる胸を押さえるように細く長く吐息を吐き出すと、最後に狂衣ワイスに視線を転じた。
 彼女は輝翠樹に寄りかかったままロアを穴が開くほど見つめていた。目が合い、ロアは一瞬狼狽する。童顔の少女のように見える狂衣ワイスの瞳にも、厄良クヨのように先が見通せない闇を感じたのだ。
「……狂衣ワイスと言ったか。お前さんは、どういう立ち位置なんじゃ。禍荊ミサカのように建前だけでも人類に与する者か、厄良クヨのように人類を……試す者か」
「わたくしは人類を愛していますわ、心の底より愛していますとも。だって、わたくしの子に殺されるために生まれてくるのですもの、丹念に、丁寧に、きめ細やかに、殺し尽くしてあげなくては、礼を失すると言うモノでしょう? ねぇ、そうではなくて?」
「……」
 ロアは眩暈がする想いで目元をマッサージし始めた。
「……禍荊ミサカと厄良クヨは、言葉が通じるだけマトモなようじゃの」
「クヒッ、僕らは同存在とは言え、完全に趣を異にする生き物だからねぇ。思想が異なり、到達点が異なり、仕える禍神が異なる……言わば宗教や価値観、死生観が全く異なる異種族の長が四人揃ったみたいなものさぁ、見解が食い違うのも、論点が纏まらないのも、どうにもならない事だと思わないぃ?」
 厄良クヨは嗤いながら告げるが、ロアはその言葉に一定の納得を感じていた。
 禍神の遣い。庭師。ディーラー。代行者。導師。同じ存在を示す言葉が、これだけ出てくる時点で察せられる。彼らは相容れない……相容れないなりに、互いに干渉したり、干渉し合わないようにして、今までこの世界を管理・運営してきた、と言う事なのだろう。
 より良い未来を築く、と言う思想を告げる禍荊ミサカは、一方から見れば人類にとって正しい行い、正しい歴史の製造者と言う見方が出来るかも知れないが、厄良クヨが言うように、あくまで“禍荊ミサカにとって都合の良い未来”である可能性は誰にも否定できないのだ。
 厄良クヨが抱える闇は、人類にゲームを提供すると言いながらも、ディーラーが負ける事の無いカジノを世界として認識している事から、人間を弄ぶのが主旨である事は明白。人道に悖る彼の言動には賛意を示す事が出来ない事は確かだが、禍荊ミサカの件が有る以上、一方的に彼を断じる事が出来なくなってしまった。
 狂衣ワイスも禍異物……魔物を創造すると言う性質上、人類の敵に属する存在である事は確かにも拘らず、禍荊ミサカが言うにはそれは人類の繁栄に必要な害悪……必要悪を絶えず用意すると言う理由を示された以上、敵でありながら人類には必要な存在と言える。
 害である側面を持ちながらも、一方的に悪と決めつけられない人物。人類の敵でありながらも、人類を繁栄させるためには必須の存在。人類のために滅ぼせば、人類が滅んでしまいかねない、禍神の遣い。
 ロア自身、今に至り彼らを今すぐどうこうすると言う気は失せていた。彼らの言葉を一から十まで信じる訳ではないにしても、ここで攻勢に打って出る……仮に三人をこの世界から抹消した時、反動で行われる現象が想像できない以上、そんな無謀を行う訳には行かないと言うのが本音だ。
 それぞれにこの世界に於ける役割を有し、それぞれの思惑・思想に準拠した活動を行っている。それが各々の仕えている禍神が求めている事に従っているか否かはまた別の話だが。
 ――“君には、世界を滅ぼすゲームをして貰おう”
 あの真っ赤な湖の底で、己が仕える禍神は、確かにそう言った。
 外道を殺す対価として求められた願いは、その一言だけ。
 己に宿された力は、“願いを叶える力”と言う絶大無比を誇る力。
 その力で、“世界を滅ぼせ”――ではなく。“ゲームをしろ”と、彼女は願ったのだ。
 ロアには、今以てアキの真意が見抜けなかった。……否、初めから真意など存在せず、あの発言すら虚妄だったのかも知れないと思えてくる。
「……少し、考える時間が欲しいのう」
 それが、今ロアの出せる、最大の譲歩だった。
 これ以上の答は出せない。今は、まだ。
 併し、いつか出さねばならない。彼らに対する答を。人類に対する答を。
 ゲームに対する答を。
 ――アキに対する答を。
 いつか、必ず。己の頭で考えて、出さねばならない。
 ロアはずっと傍で動かずに見守っている少女の気配に安堵の吐息を下ろして、改めて二人の禍神の遣いを見据える。
 どうにもならなくなれば、また逃げればいい。であるならば、“まだ”逃げるタイミングではないと言う事だろう。
 ロアは考える。どうする事で、この力を最大限に活かせるか。“上手く逃げられるか”――を。

【後書】
 引き続き禍神の遣い達の座談会です。大量の情報が出てくるのでちょこっと大変な感じですが、この辺もふんわり捉えて頂けたら幸いですw
 さてさて【夢幻神戯】もいよいよ2018年の更新はこれがラストになります。毎月1話ぐらいのペースでのんびり配信させて頂きまして、やっと21話です! 頭の中ではすんごい長く続く物語と言う事も有り、まだまだ物語は序盤も序盤、始まったばかりです。
 来年もこのペースでのんびり配信して参りますので、来年もぜひぜひご贔屓にして頂けたら嬉しいです! 来年の配信でこそ「冒険者の日常」らしさを綴れたら…いいなぁ…!w
 ではではまた来年の配信でお逢い致しましょう! 次回もお楽しみに~♪

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    ちょっと忙しくてコメント遅れてしまいました(≧≦) ゴメンヨー

    今回も大量の情報!若干置いていかれ気味w
    なんとなくイメージはできるような気がしてきましたが、(←ほんとか?
    ちゃんとしっかりはまだまだw
    21話ならまだ間に合いそうだから冬休み中に復習しますぞ!
    そして「冒険者の日常」も期待します!

    今年も楽しませて頂きました!
    来年も楽しみにしてますよ~vv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      いえいえ~! のんびりお待ちしておりますゆえ、いつでもどうぞなのですよう!

      そうなんです、ちょっと置いてけぼりになってないか心配しておりました…w
      やったぜ!w 何と無くのイメージで全然大丈夫ですので!w
      ぜひぜひ! って、冬休み中に復習ってこれ、アレですね、冬休みの宿題感溢れ過ぎですね!ww(笑)
      わーい!(´▽`*) 冒険者の日常シーンも、ぜひぜひ心待ちにして頂けたら幸いです~!!

      今年もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~! とってもとっても!
      来年もぜひぜひお楽しみに~♪

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