2018年12月20日木曜日

【空落】10.空の向こうに近い場所だと思う【オリジナル小説】

■あらすじ
――あの日、空に落ちた彼女に捧ぐ。幽霊と話せる少年の、悲しく寂しい物語。
※注意※2016/05/12に掲載された文章の再掲です。本文は修正して、新規で後書を追加しております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、【ハーメルン】、【小説家になろう】の四ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
ファンタジー 幽霊


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ハーメルン■https://syosetu.org/novel/78512/
■第10話

10.空の向こうに近い場所だと思う


「良かったら、これから学校に行ってみないか?」

 それはどういう会話の流れで行き着いた話だったか、僕はよく思い出せない。確か僕が、夜は幽霊が見え易い時間帯で、普段は朝まで幽霊と話しながら過ごして、明け方に眠る、と言う話をしていた時に、日清水君がそんな事を言ったんだと思う。
 何故学校だったのかと言えば、りっちゃんが、一度僕達の通っている学校を見てみたいなー、と、その時に話していたからだ……と思う。
「行ってみないかって、うち地縛霊やで? ここから動けへんよ」と言ってヒラヒラと手を振るりっちゃん。「二人で行ってき。うちは留守番でええから」
「大丈夫だよ」と思わず声を上げる。「地縛霊さんでも、僕と手を繋いでいけば、移動できるから」
「まじでか!? 自分ほんま有能やなぁ、どえらいゴーストスイーパーなんやなぁ」はぁ~、と感嘆の吐息を漏らすりっちゃん。
「それだとお前が消されてしまうんだが……」呆れた様子の日清水君。
「細かい事は気にしない! ほな、手ぇ繋いで学校行ったろか!」と僕の手を躊躇無く握るりっちゃん。
「う、うん。じゃあ行こうか」僕は緊張でドギマギしながら玄関に向かう。
「おやおやぁ? けいちゃん、もしかして女の子の手ぇ握んの初めてかぁ? 反応がウブいでぇ?」ニヤニヤと笑いかけるりっちゃん。
「は、初めてじゃないけど……」照れて言葉が上手く出てこなかった。
「ほほーう? まぁええけど、そんな緊張されたら、うちまで緊張するやん」グイグイと肩をぶつけてくるりっちゃん。
「そ、そんな事言われても……」
「あんまりいちゃつかないで貰えるか? 寂しくなってくるだろ」
 呆れた様子で後ろをついてくる日清水君に気づいて「ご、ごめん」と更に顔が熱くなってくる。
「何やぁ? うちらが熱いのに嫉妬しとんかぁ? けど残念やったなぁ、うちの好みはてんちゃんみたいな男らしい子じゃのうて、優しくて思いやりの有る子なんやなぁ、あー残念やったなぁ?」ニマニマと日清水君を振り返るりっちゃん。
「あれ? そうだったっけ?」ふと出逢った時の夜に言っていた事と違うような気がして、小首を傾げてしまう。
「せやでぇ、やからうち、けいちゃんの事好きやでぇ?」ニマァと顔を覗いてくるりっちゃん。「どやどやぁ? ときめくやろぉ?」
「えっ、う、うん……」顔が火照ってるのが自分でも分かるくらいに熱かった。
「冗談やって、ほんまけいちゃんはからかい甲斐が有んなぁ♪」ケラケラと笑って僕と握っている手を振り回すりっちゃん。
 日の沈んだ街路を、三人で話しながら歩く。学生なら、きっと有り触れた世界だろうそれは、僕がずっと昔に捨てた憧憬の具現だった。
 二度とこんな事は無いだろうなって、夢にさえ出てこなくなった、日常のワンシーン。その只中に、僕はいる。
 それが嬉しくて、楽しくて、……幸せで、僕は口唇に笑みが浮かんでくるのを止められなかった。
「何や、何笑とんねん自分? うちおかしな事言うたか?」
 不思議そうな表情で僕の顔を覗き込むりっちゃんに向かって、ふるふると首を振る。
「こんな時間が、ずっと続けば良いなって、思ったんだ」
 本音が、口からまろび出る。
 今までが特別不幸だったとは思わない。けれど、今この瞬間が、きっと心の底から待ち望んでいた、幸せの景色だったんだって、今なら思える。
 幽霊と、そして人間と。みんな、楽しく笑い合えたら、きっととても幸せで、尊いと思う。そしてそれは、僕の手でも作れるもので、二人がいれば手が届く代物で。
「二人がいてくれたら、僕は、それだけで幸せだなって、思えたんだ」
 二人に笑いかける。二人は不思議そうに僕を見つめ、そして笑い返してくれた。
 夜道なのに、二人の顔はとても明るくて、僕にとっては、今からが、一日の始まりのように思えた。

◇◆◇◆◇

「てんちゃん、自分ほんま不良やなぁ、見た目通り。普通学校の屋上って閉鎖されとるもんやないの?」
「前に悪友が鍵を壊しちまってな、それ以来ちょっと力を加えれば……ほら、こんな風に開くんだよ」
「大丈夫かなぁ……後で先生に怒られない……?」
 屋上に続く施錠された扉の鍵を、何やら細工したと思いきや、意外と簡単に開錠する日清水君に、りっちゃんが呆れた様子で声を掛け、僕はおっかなびっくり屋上へと出て行く。
 風が少し冷たい。びゅうびゅうと吹き荒ぶ風が少し強かったけれど、それ以上に夜空がとても近くて、幻想的な景色が視界一杯に広がっていた。
「おぉー、中々壮観やなー。百万ドルの夜景とは言えへんけど、それなりに絶景やな、うんうん」
 飛び出して行きそうになるりっちゃんに手を引かれ、フェンスまで躓きそうになりながら駆ける。
 見渡せる一帯は、電飾で彩られた眩い世界。……尤も、都会ほどじゃないから、電飾も然程多くは無いし、殆どが暗闇に沈んでいる。
 遠くから電車が通過する音と、車が走行する音が聞こえてくる、風声だけが響く静謐な領域。
 ここは、何故か分からないけど、あの時の事を思い出させる場所だった。
「一人になりたい時とか、偶にここに来るんだけどさ、中々良いだろ?」
 隣に立った日清水君が、ポン、と僕の頭を撫でた。その顔は煌びやかに輝く下界に向けられていて、陰影が濃く刻まれている。
「てんちゃん、自分中々やるやん。ここあれやろ? 彼女できた時に連れ込んでやらしい事する場所なんやろ?」ニヤニヤと笑いかけるりっちゃん。「やらしいやっちゃなー、ほんま最低やで自分?」
「失礼にも程が有るだろ」苦笑を浮かべて抗議する日清水君。「つーかこんな寒い場所で行為に及ぶってどんな神経してんだよ」
「ほら! やっぱやらしい事考えとるやん! 怖いわぁー近づかんとこ」すすす、と僕に身を寄せてくるりっちゃん。
「……凄い、綺麗だね」
 感嘆の吐息と一緒に漏れた感想に、二人は言い合いを止めて、「せやな」「そうだろ?」と互いに優しく返してくれた。
「ここは、空の向こうに近い場所だと思う」夜空を見上げて、僕は囁いた。
「えらい詩的な表現やな?」僕に釣られるように夜空を見上げるりっちゃん。「空の向こうて、宇宙やろ?」
「ううん。空の向こうには、死んだ人がいるんだよ」
 僕の発言に、りっちゃんが興味を持ったようで「ほーう? じゃああれか、天国みたいなのが、空の向こうに在るっちゅうんか?」と声を掛けてくる。
「僕にもよく分かってないんだけど、りっちゃんには話してなかったっけ? 僕、幽霊さんと話せるようになったきっかけって、幽霊さんと一緒に盆踊りをした事だって。それでね、踊りながら、みんな空に落ちて行くんだ。ふわりふわりって、楽しくて、悲しくて、みんな笑顔で、空に落ちて行ったんだよ」
 何も怖くなんて無かった。あの世界は、楽しさと、悲しさが両立していて、誰もが互いに笑い合い、また逢おうね、またいつか、と再会を約束するように、空に落ちて行く。
 この空間には、その時の名残のようなものが漂っていた。大気が流れる音だけが奏でられる、静かで、厳かな場所。
 空に落ちた先も、きっとこんな世界なんだって、僕は思っているんだ。
「空に落ちてく、ねぇ……」口に含めるように、りっちゃんが呟く。「うちも、いつかそうなるんかなぁ」
 その答は、誰も知らない。誰かが選べる訳でも、りっちゃんが掴み取る訳でもない。いつかそうなる事が有るかも知れない、でもそれはいつかであって、今日かも知れないし明日かも知れないし、十年後かも知れないし百年後かも知れない。
 でも、僕は願う。それが、すぐ訪れない事を。末永く、りっちゃんと話していたいと、希ってしまう。
「うちな、もし死んだらな、今度は鳥に生まれ変わりたいと思とんのよ」
 りっちゃんの呟きに、日清水君と一緒に彼女に視線を向ける。
「もう死んどる言うツッコミは無しやで?」と前置き、りっちゃんは再び夜空に視線を投げた。「幸せの青い鳥ってあるやん? ああいう、幸せを運ぶ鳥に生まれ変わったら、きっと毎日楽しいんやないかなぁって、思うんよ」
 少しだけ気恥ずかしげに語るりっちゃんに、僕は「そうだね、きっと楽しいんだろうなぁ」と笑いかけた。
 するとりっちゃんは頬を赤らめて、怒ったような表情を覗かせる。
「……ほんま、けいちゃんはずっこいで」
「え? どういう事?」きょとんとしてしまう。
「お前みたいな奴は、歳を喰えば喰うほどいなくなるんだって事だ」ポン、と肩を叩かれる。日清水君はどこか大人びた微笑を浮かべて僕を見下ろしていた。「だから俺も鐘嶋も、そして幽霊達も、惹かれるんだと思うぜ?」
「……?」僕にはその意味がよく掴めなくて、返答に困ってしまう。
 僕は、僕自身に魅力が有るとは思えなかった。ただ、幽霊と話す事が出来る程度の、それだけの力しかない人間だ。だから学校に通ってもすぐに破綻するし、人間の友達は出来ない。人間と交流を図るのが、とても苦手なんだ。
 なのに、日清水君はそんな僕の事を優しく扱ってくれる。どうしてそこまで僕に係わってくるのか、説明されたけれど、やっぱりよく分からなかった。
 僕にとって日清水君は、魅力的な人で、誰とでも話せる、凄い人だって感じる。りっちゃんとだって、すぐに打ち解けられるほど、幽霊さんとも相性が良い、凄い人だ。
 りっちゃんだってそうだ。幽霊になったのが不思議なくらいに快活で、人当たりの良い人だ。初めて逢った時は怒られたけど、あれは当然の成り行きと言うか、当たり前の事であって、寧ろ怒らない人の方が珍しい。ちゃんと話しが出来て、日清水君ともすぐに仲良くなれて……
 皆が僕に惹かれるんじゃない。僕が皆に惹かれるんだ。
「青い鳥、か。なれると良いな」
 僕が困惑して沈思に潜っている間に、日清水君がポツリと感想を漏らした。
 それに対してりっちゃんは「なんや、自分もけいちゃんに感化された口か?」と意地悪っぽく肘でつつき始める。
 それを僕が楽しそうだな、と思いながら眺めている。
 僕の妄想でしかないけど、きっとあの空の向こうに落ちて行った幽霊さんも、こんな風に空の向こうで楽しんでるんじゃないかなって、そう思うんだ。
 懐かしい夏の夜空を思い浮かべながら、僕は深呼吸する。あの日の香りを吸える気がして、あの日の想いを体感できる気がして――――
 そうして夜は更けていく。僕の長い長い夢の時間は、終わりに近づいていた。

【後書】
 幸せなターンは、ここまでです。ここから先は本当に、苦しい展開が目白押しなので、何と言いますか、覚悟しておいてください。
 今回の話は、この物語中一番と言える程の幸せなシーンなのですが、何でしょうね、幸せなシーンの筈なのに、端々に不穏が浮いているせいで、素直に幸せを感じ取れないんですよね…w 概して幸せってそういうモノかも知れませぬが、けいちゃんには「この物語以外の」幸せも、掴んで欲しかったな~、なーんて。
 いよいよクライマックスに向けて、物語は折り畳まれて参ります。次回もぜひぜひお楽しみに!

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    「……ほんま、けいちゃんはずっこいで」
    りっちゃんのこのセリフが大好きなのです。

    幸せいっぱいのシーンなのに…なのに…どうしてこんなに痛いんだろう。

    今回も深夜に拝読して消え入りそうな感じを楽しんでおります。
    あっ!この回で終わりにするっていうのはどうですかねぇ?
    ダメですよねぇw

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      (*´σー`)エヘヘ!w 台詞が大好きと言って頂ける光栄ですよ…!w
      稀によくとみちゃんの発言で見る奴なので、お気に入りなのかなーとは思っておりましたが、大好きでしたか…! めちゃんこ嬉しいですぞ~!。゚(゚^ω^゚)゚。

      そうなんですよね、「痛い」と言うのが、分かり味が深いです…

      深夜にこれは中々響きそうですな~!w
      ここで終わったらそれはもう綺麗と言いますか、ほんわか終われるんですけれどね…!w
      絶望を乗り越えて最後までお付き合いくだされ…!ww(ダメでしたね…!ww)

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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