2018年12月25日火曜日

【ベルの狩猟日記】クリスマス特別編■ベルのクリスマス日記【モンハン二次小説】

■あらすじ
守銭奴のベル、天然のフォアン、爆弾使いのザレアの三人が送る、テンヤワンヤの狩猟生活。コメディタッチなモンハン二次小説です。再々掲版です。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【ハーメルン】、【風雅の戯賊領】の三ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
モンハン モンスターハンター コメディ ギャグ 二次小説 二次創作 P2G


【ハーメルン】https://syosetu.org/novel/135726/
■クリスマス特別編

クリスマス特別編■ベルのクリスマス日記


1.おっさんの降る夜


 深々と雪が降る夜。ラウト村は一面銀色に染まり、あらゆる音が吸い込まれた静謐な世界がそこに降臨していた。分厚い灰色が空を覆い隠し、無数の白い綿を散らしている。静かに、そして確実に嵩を増す白い絨毯は人跡未踏の様相を呈し純白を守り通している。
 そんなラウト村の中に狩人のための家が在る。傍目には“小屋”と形容した方が正しい粗末な建造物だが、ラウト村ではそれを“家”と呼ばないと村長が泣き始めるため、皆は口を揃えて“これは家だ”と村を訪れる人間に告げている。
 煙突は無いし暖炉も無い。暖房器具自体が存在しない部屋の寝台ですやすや眠っている少女がいた。分厚い布団を頭から被り、幸せな夢でも見ているのか、時折「お金~♪ お金~♪ むにゃ……」と歌うように寝言が漏れ出ている。
 そんな少女の寝言くらいしか音源の無い静かな部屋に、突如として爆砕音と共に屋根が弾け飛んだ。
「ッッッッ?!」跳ね起きる少女。「何ッ!? 何事なのッ!?」
 絶叫と共に周囲を見回すと、音も無く白い小さな粒子が天井から落ちてくるのが見えた。見上げると天井が吹き飛んでいた。少女はあんぐりと口を開け、それから全身をブルルッと大きく震わせた。
「寒いッ!! えッ!? 何で屋根が弾け飛んじゃってるの!?」
「あいたたた……」
 少女以外の音声が出た事に気づいた少女は、視線を下に向け直して彼の存在を認めた。
 鮮やかな赤い衣服を纏った壮年の男だ。白い髭をたっぷりと蓄えた男は腰を痛めたのか蹲ったまま中々動き出さない。錆びついた機械人形染みたぎこちない動きで腰を正し、立ち上がろうとする。
「あ、あんた誰?」布団を掻き集めて体に纏わせる少女。
 紺色の髪は普段なら“ナナストレート”と呼ばれる流麗な髪型なのだが、寝起きの彼女のそれは寝癖であちこち跳ねていた。青色の吊り目がちな瞳は突然の出来事に驚愕の色に染め上げられ、眠気は一切感じられない。十代半ばに見える少女の名はベルフィーユ。皆は愛称を込めて“ベル”と呼んでいる。
 ベルの誰何に赤服の男は「ワシかい? ワシはサンタじゃよ」あっけらかんと応じた。
 サンタと名乗る白髭の男にベルは訝りの視線を濃くし、「――で、サンタさん。あんた、あたしの家の屋根ぶち壊しといて何か言う事が有るわよね?」と額に青筋を走らせ始めた。
「そうそうあるある!」サンタは腰を叩きながらベルを指差した。「煙突くらい用意しといてよ!」
 サンタの鼻っ柱にベルのヤクザキックが叩き込まれたのは言うまでも無い。
「へぐぁッ!?」もんどり打って壁に叩きつけられるサンタ。「ほひぇえッ!? ひゃんたのぎゃんめんにキック叩き込むとか頭おかしいんじゃないキミ!?」鼻血ダラダラで怯え始めた。
「うるさい!!」布団をマントのように羽織ってサンタを指差すベル。「あんたそんなに偉いの!? だったらさっさと屋根直しなさいよ!! あんたのせいで幸せな夢が……」言葉が途切れ、こめかみに指を添える。「……あれ、何の夢見てたんだっけ……。――まぁとにかくあんたのせいであたしの幸せな夢忘れちゃったじゃない!!」カンカンの形相で指差し怒鳴り散らした。
「理不尽過ぎない!? ……い、いやっ、済まんかった! 子供に夢を運ぶ役目を司るサンタが、キミの幸せな夢を忘れさせてしまうなど有ってはならん事じゃった……」
 ガックリと肩を落として消沈するサンタに、ベルは「言い過ぎたかな?」とばつが悪そうな表情になり、それから大きく嘆息した。
「――まぁ良いわ、忘れちゃったものはどうしようもないわよ。……ところであんた、あたしの家の屋根ぶち壊してまで何しに来たの?」怪訝な表情で尋ねるベル。「強盗?」
「違う違う!」首と手をブンブンと振り、「ワシは子供の夢を叶えに飛び回っておるんじゃよ!」と告げた瞬間、サンタの全身に電流が駆け巡った。「ぐほあッ!」
「ど、どうしたの?」心配そうにサンタに駆け寄るベル。
 サンタは腰を押さえたまま辛そうに蹲る。「こ、腰がやられたみたいじゃ……動く度に激痛が……」
「……あんた自分で屋根壊しといて怪我するなんて何考えてるのよ全く……今薬草練り込んだ湿布を持って来てあげるからそこでジッとしてなさい」やれやれと戸棚を漁り始めるベル。
「そ、そんな悠長な事を言っとる場合じゃないんじゃ!」ガバッと顔を上げるサンタ。「ワシのノルマはまだ終わっておらんのじゃ!」
「ノルマ?」戸棚を漁る手を止めて振り返り、「何、仕事で人ん家の屋根ぶち壊して回ってるの?」とんでもない仕事ね、とベル。
「違うんじゃって!! 屋根を壊したのは謝るからもうそこには触れないで欲しいんじゃけど!!」ぜぃぜぃ息を切らしつつ、「ワシは夢見る子供達に夢と言う名のプレゼントを配って回る役を担っておるんじゃよ!!」
「へぇー。じゃあ何、あたしはまだ子供に分類されてて、剰え夢は屋根をぶち壊される事だったって言いたい訳?」ベルの顔にご機嫌な笑顔が点った。「はっ倒すわよ♪」
「違ッ!! じゃから屋根を壊したのは謝る!! ごめんなさい!! 本当はキミの夢を叶えようと思って来たんじゃよ!!」必死に訴えかけるサンタ。「ほら、これが証拠じゃ!!」
 そう言って部屋に転がっていた大きな白い袋の中に手を突っ込み、ガサゴソしていたサンタだったが、やがて「あれ?」と動きを止める。
「どうしたのよ?」怪訝そうに尋ねるベル。
「……いや、その……順番を、間違えたみたいじゃ……」視線を逸らしがちに呟くサンタ。
「順番?」キョトンとベル。
「夢見る子供達に夢を送るのに順番があるんじゃ……よく見るとベルフィーユちゃんは最後じゃないか……済まん!! キミには後でもう一度プレゼントを贈りに来るから、それまで待っとってくれ!!」土下座までし始めるサンタ。
「……何だかよく判らないけど、あんた悪い人に見えないし、――良いわ。早く仕事を終わらせて、この屋根直してね。もう寒くて敵わないの、早くしてね」
 そう言ってベルは戸棚から見つけた湿布を取り出し、サンタの腰に貼り付けてやった。併しそれでもサンタはすぐに動き出せないのか、「ひぃふぅ」と荒い呼気を乱しながらガンガン汗を掻いている。
「ぐぬぬ……腰が痛くて動けん……ッ!!」ギリリっと歯を食い縛るサンタ。
「……つまり仕事が継続できないの?」心配そうに腰を摩るベル。
「サンタが任を放棄したら、世界中の子供達は絶望に染まってしまう……ッ、それだけは、断じて許されぬのじゃ……ッ!! サンタ全員の顔に泥を塗ってしまう事になる……ッ!!」
 併しサンタは全く動けそうに無い。痛みに歯を食い縛り、その場で唸り続けているだけだ。その表情は必死そのもので、傍目に見ても彼が悪人に類する人物ではない事がよく判る。
 ベルは苦笑を滲ませると、サンタの肩を叩いた。「じゃあ、代わりにあたしがやったげるわよ、その仕事」
「ほ、本当かね!?」ガバッと向き直り、再び顔に電流が走るように引き攣るサンタ。「いだぁいッ!! かッ、はッ、……ほ、本当に、やってくれるのかい……ッ!?」
「ちゃんと出来るかは判らないけど、まぁやれるだけやったげるわよ。あんたには後でそこの屋根直して貰わないとだし」
 そう言って微笑むベルに、サンタは涙ぐんだ。それを隠すようにそっぽを向き、ゴシゴシと袖で目許を拭うと、ベルに向き直った。
「ではミッションコンプリートを目指して頑張ってくれたまえ、ベル同志」キリッと軍人染みた表情で敬礼するサンタ。
「キャラが完全に崩壊してるわよあんた!?」そしてベルのツッコミが弾けた。
 ――こうして、ベルの孤独な聖夜の戦いが幕を開けたのだった。


2.赤い服の侵略者


 宙を走るトナカイに牽かれるそりの中で、ベルは「意外に寒くない!」と豪雪業風吹き荒れる世界で驚いていた。
 その衣服は先程サンタが着ていた赤い服の女性モノだ。ミニスカートゆえに足下がいつもよりスースーするが現状誰も見ていないので然程気にならなかった。更に驚いたのが、足は無論だが腕にも何も身に付けていないのに寒くなく、寧ろポカポカと温かいのだ。
「その衣装には人間を温める効果が有ってね、寒い所にいても全然寒くならないんだよ」とサンタは解説していたが、ベル自身は半信半疑だったため、現在高所を音速で駆け抜けるそりの上で初めて実感できたのだ。
“トナカイ”と言う名を付けられたよく判らない飛竜種は小さく、まるでガウシカに翼が付いたような生物だ。鳴き声を一切発さず、首元に付けられた鈴がシャンシャン音を立てる以外は静かなものだ。
「こちらサンタ、聞こえるかベル同志」
 ザザ、とノイズを走らせて音を奏でたのは“ムセンキ”と呼ばれるよく判らない装置だ。ベルはそれを掴んで、「聞こえてるわよー!」と大声で応じた。
「うるさい!!」そして怒られた。
「ご、ごめん……」大声は不味かったのか、と反省しつつ、ベルは声を掛けた。「ところでこのトナカイはどこに向かってるの?」
「え? 何よく聞こえない!」サンタの大声がムセンキから弾けた。
「その腰、圧し折って欲しい?」一切の感情がこもっていない声がベルの口からまろび出た。
「あ、その、ごめんなさい許してください調子乗ってました済みません」怯えのこもった声がムセンキから零れ落ちる。「今そのトナカイは順番通りに夢見る子供達の元へ向かっている筈じゃ! どこで操作を間違えたのかベル君の所に行ってしまったのは手痛いミスじゃったが、ベル君が代わりにサンタの任を全うしてくれるのなら何の問題も無い! 本当に有り難う!」
「気にしなくていいわよ、あたしもこんな貴重な体験が出来て良かったわ♪ ――あ、何か下降を始めたみたい」高度が下がっていく景色を見つつ、ベルは慌ててサンタに尋ねた。「ところで守らないといけない注意事項みたいなのはないのっ?」
「そうじゃなぁ……」髭をジョリジョリ弄ぶ音が混ざった。「――誰にも見つからない事だベル同志。これはスニーキングミッション。闇に紛れ、闇に潜む。我々がいた痕跡を残してはならない。オーヴァー」
「……よく判らないけど、それだとあんた完全に注意事項破り放題じゃない?」あたしに見つかってるし、とベル。
「そこは臨機応変に対応すれば問題無しじゃ! 何事も柔軟に行かねばな!」ハハッ、と乾いた笑声が漏れ聞こえた。「――では、健闘を祈る!」
「別に戦う訳じゃないでしょ……」と言うツッコミは闇に消えて散った。

◇◆◇◆◇

 曇天に沈む家屋は雪の化粧を終え、すっかり風景と同化していた。煙突が在るし暖炉も完備されているようだったが、ベルは玄関から入る事にした。施錠されている木製の扉の前で糸鋸を取り出し、ギコギコと鍵の部分だけを削ぎ落としていく。
「……あの、ベルさん? それじゃまるで泥棒……」ヒソヒソとムセンキからサンタの声が忍び出た。
「誰にも見つかっちゃダメなんでしょ? それに煙突から侵入ってどんだけ馬鹿げてるか分かってる? 煤だらけになるわ物音立てまくりだわ逃走経路が無いわで良い事無しよ。窓は音が出るし、やっぱり侵入経路としては玄関、或いは裏口が一番なのよ」そう言って無心に糸鋸を動かし続けるベル。「何事も堂々としていればバレないものよ?」
 ムセンキ越しにサンタは沈黙を落とした。
(この娘……何か犯歴が有るのか……ッ!?)
 ガタガタと怯えながらもベルに任せるしかないサンタは、それ以上諫言を挟む事は無かった。
 やがて玄関の鍵が破壊され、堂々と侵入するベルは獲物を視認した。
「――いたわ、あいつがターゲット?」
 寝台ですやすや寝息を立てている男がいる。ベルは慎重に歩を進め、やがてその顔を見て醒めた表情になった。
「ん? 知り合いかね?」サンタの不思議そうな声が聞こえた。
「……幼馴染だったわ……」はぁ、と嘆息を落とすベル。「このウェズって男は夢見る子供って歳じゃないわよ?」
「そうなのかね? ――いや併しプレゼントを配布する名簿は既に有るのだ、ソヤツにも漏れずに配っておくれ。多分、ソヤツの近くに欲しいプレゼントのメモと、それを入れるための靴下が置いてある筈だ。それを探してくれ」
「おーけい、判ったわ」そう言ってベルは家捜しを始めた。戸棚と言う戸棚を開けていき、金品をせしめていく。
 やがて部屋中を引っ繰り返したような惨状にした後、寝台の傍に下げられていた靴下とメモを発見した。
「――あっ、見つけたわ!」白々しい驚いた声を上げるベル。
「見つけるの遅過ぎなかったかい!? もう明らかに見えてたよね!? 敢えてガサ入れしたよね!? 併も金品盗んでたよね!? 泥棒だからねそれ!? 断じてサンタのする事じゃないからねそれ!?」ムセンキからツッコミが連射された。
「ちょっと静かにしてよサンタ、このクズ……じゃなかった、ウェズが起きちゃう」
「剰え夢見る子供をクズ扱い!? とんでもねえサンタ代理だよキミは!!」悲鳴染みたサンタの声が轟いた。
「むにゃ……? 誰かいるのか……?」寝ぼけ眼のウェズが目を開きそうになった瞬間、ベルの手刀が彼の首元に振り下ろされた。「くぴッ」そして静かになった。
「ふぅー……危ない危ない。だから言ったでしょ? 起きちゃうって」やれやれと肩を竦めるベル。
「二度と起きない気がするんだけど!? 今聞こえちゃいけない断末魔の声が聞こえた気がするんだけど!? もうどう考えても泥棒だよ!! 犯罪!! 犯罪だよこれは!!」サンタの悲痛な声がムセンキを通して響き渡った。
「全部気のせいよ。――それで? メモに有るプレゼントを靴下に詰め込めば良いの?」シラッと捻じ伏せるベル。
「人選ミスじゃぁ……完全にワシの人選ミスじゃぁ……」頭を抱えて唸る様子が見て取れる声のサンタ。「あ、あぁそうじゃ。でも、あまりにメモの内容が夢見る子供にそぐわなければ、夢見る子供に相応しいプレゼントを与えても構わんよ」
「おっけい、判ったわ」そう言ってベルは故ウェズのメモを広げて読んでみた。
“逆玉の輿に乗りたいです。嫁はスーパー可愛くて美人で僕にぞっこんで全世界から祝福されて全世界を統べられるクラスの王になりたいです。あとベルを黙らせたいです”
「……」ビリビリとメモを真っ二つにするベル。
「ちょっと!? 何か今聞こえてはならない音が聞こえた気がするんだけど!?」再びサンタの悲痛な声が放たれた。
「気のせいよ。ちょっとこの幼馴染との絆が破れただけよ」ビリビリとメモを破砕していくベル。
「そんな心象世界の音じゃなくてリアルだよ!! リアルに何か紙的なモノが紙片になっていく感じの音が聞こえるんだけど!? メモを破ってないかい!? キミッ、メモを破ってやいないかい!?」ムセンキから飛び出してきかねないほどの勢いでサンタの声が食み出てくる。
「えーと、プレゼントはこの大きな白い袋から取り出せば良いのよね?」まるで無視して話を推し進めるベル。
「え、あ、はい、そうです」段々と怖くなってきたのか反論さえしなくなるサンタ。「念じた物が出る仕組みです、はい」
「うん、判ったわ」そう言ってベルは大きな白い袋の中に手を突っ込み、大量のモンスターのフンを取り出し、故ウェズの靴下の中に詰め込んでいった。
「……あ、あの……何かとんでもないモノを靴下の中に詰め込んでいません……?」恐る恐ると言った様子のサンタ。「音が酷いし、何か……匂いもヤヴァそうな物じゃありません……?」
「……」無言のベル。
「……あ、あの……」
「……」
「……」
 五分ほどの沈黙の後、「さ、ここでの用事は終わったわ! 次に行きましょう次に!」と殊更輝くような明るさのベルの声が聞こえた頃には、サンタの胃の壁は既に穴が開く寸前だった。


3.大連続プレゼント


 次なるターゲットは城主たる姫だった。
「今度はエルとか……完全に狙ってるわね……」はぁ、と溜め息を零すベル。
「おや、また知り合いかい?」驚いたようにサンタ。
「うん、そうみたい……まぁ、あの子にはとびっきりのプレゼントをあげたいわねっ!」
 そう言って辿り着いたのはパルトー王国の宮殿の屋上。トナカイが音も無く着地すると、ベルはぴょんっとそりから飛び降り、白い大きな袋を担いで宮殿内に侵入を果たす。更に素早く警備の目を掻い潜ってルカ姫の閨へと辿り着くベル。
「……あの、手馴れ過ぎてません? もう何か侵入のプロって呼ばれてもおかしくないレヴェルじゃありません?」遂には敬語を使い始めるサンタ。
「そんな事無いって! あたしクラスのどろぼ……サンタなんてたくさんいるわよ!」
「泥棒とサンタを一緒くたにしようとしませんでした!?」絶叫を奏でるサンタ。
 ともあれ閨に侵入を果たしたベルは、そそくさとエルの眠る寝台へと駆け寄った。
 すぅすぅと寝顔を晒すエルはやっぱり美少女にしか見えない。世の男達を欺き騙し続けた弟の素顔はやはり完璧だった。
「えーと、メモと靴下だったわねっと……」キョロキョロと周囲を見回した瞬間、ベルは言葉を失った。寝台に下げられた靴下の大きさは優にベルの身長を超えていた。
「何を入れる気なの……!?」愕然としつつもメモを発見したベルは、それを覗き込んだ。
“真の女になるための装置が欲しいです。――エル”
「無理だわ……」即答するベル。
「おや? 叶えるのが困難な夢なのかい?」不思議そうにサンタ。
「そうね……ちょっとふぁんたすてぃっくな力が無い限り無理ね……」ふぅ、と吐息を漏らすベル。
「そうか……そんな時は仕方ない、何か代用のモノを入れておくと良い」
 ベルはその場で暫し沈思したが、やがて名案が思い浮かんだのか大きな白い袋を漁りだした。
 出てきたのはパルトー王国騎士団団長の壮年の男だった。頭にナイトキャップを被って眠りこけているその姿からは以前見た時のような壮健さはまるで見られない。まるでやんちゃな少年のように可愛い寝顔だった。
 それを苦労して巨大な靴下の中に放り込み、――ミッションコンプリート。
「さ、次に行くわよ次に!」ダッシュでその場を後にするベル。
「え、結局プレゼントはどうしたんだい? 何か寝息が二種類聞こえた気がするんだが……」
 ガン無視でトナカイに乗り込むベルだった。

◇◆◇◆◇

「あれ、この場所って……」
 トナカイが夜空を切り裂いて進む中、ベルは下界に映る景色が見覚えの有るモノだと不意に気づいた。屋根が吹き飛び、部屋中に雪がこんもりと積もっている小屋――じゃなくて家が見受けられる。
「残りのターゲットはキミを合わせて三人だけになったんだよ! それも驚いた事に、両隣の人間がターゲットだなんて、キミは巡り合わせが良いね!」
 ベルの部屋で少し動けるようになったサンタが出迎えてくれた。ベルは雪がこんもり積もった自室に舞い降りると、雪景色一色になった部屋を一望して、――溜め息。
「あたしの家が……」ガックリと肩を落とすベル。
「まままぁそんな事よりサクッと二人にプレゼントを渡して屋根を直して差し上げようじゃないか! もうじき夜も明ける。サンタは朝には帰らないといけないのだ」へへっと鼻の下を擦るサンタ。
「朝帰りが常って、あんた家族泣かせね」ジト目でサンタを見やるベル。
「そういう任だから仕方ないの!! 家族もみんな分かってくれてるさ! 最近ワシの寝台が破壊されてたり、ご飯が無かったり、マイドッグに噛み付かれたりしてるけど、みんな判ってくれてる証拠さ!!」キリッとグッドサインを送るサンタ。
「……ごめん、何て声掛けて良いか判んない……」スッと視線を逸らすベル。
「……それで良いんじゃよ、ベルちゃん……」ホロリと涙を零すサンタ。「まぁそんな裏事情はさておき、ファイナルミッションじゃよ! 無事に二人にプレゼントを届けてきておくれ、ベル同志!」
「うん、判ったわ! 任せてっ!」どんっと胸を張って走り出すベル。
 向かったのはザレアの家だった。白い大きな袋から取り出したのは、光束の剣。それを使って扉の外枠からさっくり切り落とし、扉を丸ごと切り落とした。
「…………」それを白目で眺めているサンタ。
「………………よしっ、警報は鳴らなかったわね。侵入成功よ!」小声でガッツポーズを取るベル。
 扉が在った場所からビュービュー寒風が吹きつけるザレア宅に侵入し、素早く寝台横に添えられた靴下とメモを発見するベル。メモに素早く目を走らせ――
“ヒロユキに逢いたいのにゃ! ――ザレア”
「誰……?」小首を傾げるベルなのだった。
「おーい、ベルちゃーん! 早くしないとザレアちゃんが起きちゃうぞー!」ビュービュー吹きつける寒風に乗ってサンタの小声が聞こえてくる。
「取り敢えずヒロユキって何かしら……ヒロ……ユキ……。――!! 謎が解けたわ!!」ぴーんっと頭の中の糸が切れるベル。
 袋の中から取り出したのはもえないゴミだった。それを黙々と靴下に詰め込み、大満足の笑顔でサンタを振り返りグッドサインを見せた。
「…………」それを白目で眺めているサンタ。
 ベルはビュービュー寒風吹きつけるザレア宅を出ると、最後の関門――フォアン宅を見やる。背後で「にゃくちっ、……にゃんだか寒いにゃぶるるっ」と言う寝言が聞こえたがガンスルーした。
「もう夢見る子供達をマトモに見られない……うっ、うっ……」涙ながらに頽れているサンタ。
「取り敢えずフォアンはマトモな警戒心が無いと思うから普通に侵入すれば良いわね」無視してフォアン宅の扉を開け放つベル。
 深――と静まり返るフォアンの家に、ベルはふと、己のしている事が夜這いに近しい事なのではと気づき、顔が火照っていくのを感じた。――否、これはミッションだ。ここまでパーフェクトに熟してきた己がここで立ち止まる事など有り得ない。それが最愛の男であれ、失態は許されないのだ……ッ!!
 素早く扉を閉め、素早くフォアンの寝台に駆け寄る。寝台の傍にはやはり靴下とメモが鎮座していた。ドキドキしながらメモを読むと――
“ベルが欲しい。――フォアン”
「…………」顔を赤くしたままそれ以上動けなくなるベル。
 併し彼女の体はまだ十全に動けた。怪我を負った訳ではない、ただあまりの破壊力抜群の文字の羅列に怯んだだけなのだ。まだ戦える。まだこのミッションを完遂するだけの力は残っている。最後まで走り抜けるだけの余力はまだ有る。
 だから、ベルは、
「…………あったかい」
 モソモソとフォアンの寝台に潜り込むのだった。

◇◆◇◆◇

「……帰ってこないな……」
 フォアン宅の前で待つ事一時間。ベルが出て来る気配は未だに無く、サンタはじれったくなりフォアン宅の扉を開け――そして閉じた。幸せそうな二人の寝顔を見た瞬間、彼が持つ“夢見る子供達の名簿”の全てに“完了”の印が付けられた。
「さて、帰ろうかトナカイ。じきに夜が明け、世界中の夢見る子供達が幸せな朝を迎える筈だ」
 そうしてサンタはそりに跨り、天高く昇って行くのだった。


4.夢見る子供達よ永遠に


 或る一軒屋に住まう青年は夢の中で何年も前に亡くなった祖父の姿を見た。
「あれ、おじいちゃーん! 僕だよ僕、ウェズだよー! そんな所で何してるのー!」
 川の向こう側に佇む祖父は険しい顔をしてこちらを見つめている。まるで怪物でも見るかのような、ギラギラする瞳でウェズを捉えたまま離さない。
 それに気づかないウェズは楽しげな声を弾ませて川に入っていく。
「おじいちゃーんっ、僕もそっちに行くよーっ!」
「黙れ小僧!!」祖父の大音声の怒声が吹き荒れた。
「ひょへえッ!?」ビクゥッと体を震わせて立ち止まるウェズ。
「とっとと帰れ豚野郎!! クソの匂いを撒き散らしやがってッ、頭おかしいんじゃねえの!?」
 祖父とは思えない罵詈雑言の嵐にウェズは恐怖に塗れて逃げるしかなかった。
「何!? 何なの!? 僕何かした!? 怖いッ、おじいちゃんが怖いッ!!」
 全力で川から出て、転げ回りながら走り逃げると、――目が覚めた。
「……あ? ――うおっふ、うげっふ、ぐふぁッ、かッ、あッ」噎せ返りながら痛む首元を摩るウェズ。「喉が……てか、なにこれ、全身がバッキバキに固まってる……ッ!?」
 俗に言う死後硬直である事は、ウェズは知らない。
「ってくっさッ、なにこの匂い!? モンスターのフンの匂いが部屋中から匂ってるんだけど!? くっさァ~!! 吐きそう吐きそう!! え、……え……」
 寝台から下りたウェズの足に「むにゅっ☆」とした感触が伝わり、それから霞む視界を下にやると――床全域が真っ茶色に染まっていた。ホカホカの茶色い物体は湯気を放ち、それが悪臭となってウェズの鼻腔を痛めつけてきた。
「…………え…………」
 白目になったウェズは、そのまま五分近く思考が凍結した。
 そして彼は、更なる現実逃避のために意識を飛ばし、再び剣呑な祖父と逢う事になるのだが、それはまた別のお話。

◇◆◇◆◇

「むぅ……寝苦しい……」
 普段寝台に入っている時と違う体勢で寝ている事に気づいたゲルトスが意識を覚醒した時には、全てが後の祭りだった。
 布団の中ではなく巨大な靴下に包まれている事に気づいたゲルトスは、そこがルカ姫の閨だと即座に察した。そして隣に温もりを感じたので錆びついた歯車のように首を旋回させ――猫のように嬉しげにはにかんでいるルカ姫を見咎めた瞬間、彼の人生は終わりを告げた。
「どういう……事……だ…………」
 全身から血の気が消え失せ、真っ白な灰になっていくゲルトス。ルカ姫は嬉しげに身を寄せ、「ゲルトス様っ、わたくし嬉しいですわっ♪」とモジモジしつつ赤面している。
「――姫様」ルカ姫に向き直り、ゲルトスは真摯な顔で告げた。「これは何かの陰謀です。誰かが仕組んだ物です。まずは落ち着きましょう。某達は嵌められている!!」
「ゲルトス様……」
 と、呼ぶ声はルカ姫のモノではなかった。そしてその瞬間、ゲルトスの中に有った最後の砦が遂に崩落を始めた。
 身を起こすと、ルカ姫の閨には無数の臣下の姿が有った。皆、思い思いに二人を祝福していた。これでやっと世継ぎが出来るだのパルトー王国は安泰だのやはり二人は出来ていたのだの……
 そうして、パルトー王国全土を巻き込む盛大なお祭りは、聖夜が明けた朝を持って始まるのだった。

◇◆◇◆◇

 温かい……熱源に身を寄せると、熱源が己に覆い被さってきた――ところで意識が覚醒した。
 顔を上げると、――未だ眠っているフォアンの顔が有った。無意識にベルを抱き締めているのか、起きる気配は無い。ベルは眠る前にした事を思い出し、顔が沸騰を始めた。慌てて寝台から出ようとするも――フォアンの力強い腕から離れる事は不可能だった。万事休す。
 ……でも、これはこれで良い目覚めだな、と思い、再びベルは瞼を下ろした。
 彼女の朝はまだ先で、幸せな朝が来るのも、まだ先だった。

◇◆◇◆◇

 その頃のザレア。
「にゃーっくち!! ……にゃん? どうして扉が全開にゃ?」
〈アイルーフェイク〉から鼻水を垂らしながら眺めているザレア。そしてふと靴下に視線を転ずるとふっくらとしている事が判った。慌てて靴下の中身をぶち撒けるとそれは――
「――こ、これは……ッ!! ヒロユキのカケラにゃッ!!」
 ――もえないゴミ、もとい“ヒロユキのカケラ”を舞い上げてザレアは喜び跳ね回った。
「にゃーい♪ にゃーい♪ 嬉しいにゃ~♪ ――って寒いにゃ!! コタツっ、コタツで丸くにゃりたいにゃっ!」
 もえないゴミを散々部屋中にぶち撒けると、風通しの良くなった入り口から飛び出して、屋根が無くなったままのベルの家を通り過ぎ、フォアン宅の扉を跳ね開け、二人が眠りこけている寝台に滑り込むと、ヌクヌクと丸くなったのだった。

【ベルのクリスマス日記】【了】

【後書】
 本編の途中ですが突然のクリスマス回です! 尤も、こちらも復刻版と言いますか、過去に配信していた物語の再掲なのですがw
 わたくしの物語を或る程度追っている方であればお馴染みのサンタさん。ここが全ての始まりだったりします。この物語から、あの毎年惨たらしい目に遭うサンタさんが生まれたのですが、読み返してみてアレです、お腹よじれてましたww(手前味噌感)
 でまぁ元々は4話構成の物語だったのですが、今回は復刻ライト版と言う事で、1話にぎゅるっと纏めちゃいました(´▽`*) 流石に本編が途中の状態で4話分も更新滞らせる訳には参りませんでしたゆえ!w
 お陰で1万文字超と言う、中々な文字数になっておりますw 初見さんには「このサンタさんカワイソスww」と笑って頂いたり、馴染みの方には「このサンタさんここからあんな目に…」と笑って頂けると幸いです!w
 ではでは! メリークリスマース! 

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    変化球できたなぁw

    読んだ覚えはあるのだけれど、だいぶ忘れてて「初見です!」といえそうw
    あのサンタさんの初出の作品だったとは…
    いろいろな作品でひどい目に遭いまくる彼……
    皆の幸せを願ってるだけなのに……
    でもおもしろいからいいやww

    “ベルが欲しい。――フォアン”
    勝手にやってなさい。

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      変化球にしちゃいました!w 今年のクリスマス短編が全然間に合いそうに無かったので…ww

      実際すんごい古い作品ですからねこれ!w もう4年以上昔の筈です…!「初見です!」がバリバリ通じるレヴェル!ww
      そうなんですよねwwこのサンタさん、別に悪い人ではなくて、皆の幸せを願っている、至って良心的なサンタさんなのに、何故か毎度毎度惨たらしい目に遭うって言う、かなり不遇の扱いを受けている方なんですよね!(笑)
      ですです!ww おもしろいからだいじょーぶ!ww

      フォアン君、自重しなさ過ぎてねww(笑)

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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好意的なコメント以外は返信しない事が有ります、悪しからずご了承くださいませ~!