2018年12月27日木曜日

【空落】11.ここにいちゃいけなかったんだね【オリジナル小説】

■あらすじ
――あの日、空に落ちた彼女に捧ぐ。幽霊と話せる少年の、悲しく寂しい物語。
※注意※2016/05/19に掲載された文章の再掲です。本文は修正して、新規で後書を追加しております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、【ハーメルン】、【小説家になろう】の四ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
ファンタジー 幽霊


カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054887283273
小説家になろう■http://ncode.syosetu.com/n2036de/
ハーメルン■https://syosetu.org/novel/78512/
■第11話

11.ここにいちゃいけなかったんだね


「あら、昨日も夜更かししたのかしら?」

 保健室にやって来て、開口一番養護教諭に見咎められてしまい、僕は「す、済みません……」と小さく縮こまって立ち止まる。
 結局昨日はいつものように四時頃まで起きてて、寝て起きて登校するも授業にならなかったから、また日清水君に迷惑が掛からないようにと、先生に断って睡眠を取ろうと思っていた。
 養護教諭の三十代ほどのお姉さんは、いつもと違い、白衣ではなくスーツ姿だった。それが違和感の一つだったのだけれど、漂うイメージもどこか、いつもと違っていた。
 僕を見据えたまま、ベッドに行かせないお姉さんに、僕は戸惑いながら、「あの、ベッド、使っても、良いですか……?」おずおずと声を掛けた。
「六道君、って言ったわね」冷然とした声で、お姉さんは呟く。「君、幽霊が見えるんですってね?」
 ――背骨に凍った棒を突き込まれたような、背筋が粟立つ感覚に総身が襲われる。
 僕は言葉を失って、お姉さんに視線を向けたまま、何も出来なくなってしまった。
 恐怖が、肉体を壊していく。
「そんなに怯えなくても良いのよ? 私もね、幽霊が見えるの」
「――――え?」
 思わず間の抜けた声を上げてしまう。
 今まで、幽霊が見える人に出逢えた事が無かったから、そういう人はそもそもマイノリティだと信じ、生涯そういう人と逢う事無く過ごしていくんだろうな、と考えていた。
 でも、同じものが見える理解者が、それも大人が、目の前にいる。母さん以外では、初めてだった。
 だからそれが嬉しくて、思わず顔に嬉しい感情が浮かび上がろうとしていた。
「私はね、浄霊屋って言ってね、幽霊を浄化する人なの」
 ニッコリと、まるで獲物を袋小路に追い込んだ猫のような笑顔で、お姉さんは――浄霊屋は、告げた。
 僕は表情が凍り付く。思考が凍結して、指先一本動かせないまま、浄霊屋を見つめる事しか出来ない。
 浄霊屋は僕の目の前まで歩み寄ってくると、耳打ちした。
「昨日、見ちゃったの」甘い声で、浄霊屋は囁く。「子供の幽霊が、子供を交通事故に遭わせようとした瞬間を」
「――――ッ!?」
 表情が強張る。全身を恐怖が駆け巡り、僕は呼吸が出来なくなるぐらいの焦燥感に襲われた。
 違う、違うんだ、あれは違うんだ、あの子が悪いんじゃない、あの子は何も悪くない――――
 頭の中で発したいセリフが堂々巡りする。現実には、掠れた吐息が漏れるだけで、目元からは液体が流れ落ちていた。
「ちっ、ちが……っ、わ……っ、く……」
「何を怖がっているの?」怪訝な面持ちで、僕の顎に指を添える浄霊屋。「君も知ってるでしょう? 幽霊は悪い存在だって」
 幽霊は悪い存在。そんな訳が無かった。幽霊は、元は人間で、ただ死んだだけの人間で、幽霊だから悪いなんて話は、絶対に違う。
 それを伝えたくて必死に喉を押さえるも、嗚咽しか出てこなかった。上手く呼吸できない。涙が自然と流れる。
 怖い、やめて、違う。
 言葉にならない想いが心に降り積もっていく。浄霊屋から一歩でも離れたくて、蹲る。
 僕の目の前で、最悪が起ころうとしている。
「君は、幽霊に当てられちゃってるの。分かる? 幽霊と一緒にいると、生気が奪われていくのよ。だから君は、そんなにも心が弱っちゃってるの」
 違う、そんな事は無い。僕は元々こうだし、幽霊さんは何も関係無い。
 そう伝えたいのに、蹲ったまま、苦しいまま、泣いたまま、何も出来なかった、何も言えなかった。
 嗚咽だけが延々と頭を揺さ振り続ける。
 違うんだ。幽霊さんは何も悪くないんだ。僕はただ話したかっただけで、それだけで――――
「だから、君のために、今、これから、あの幽霊を浄化しに行くわ」ポン、と肩に手を置いて、浄霊屋は告げた。「これ以上君が弱ったり、あの幽霊が悪さしたら、大変だもの」
「まっ、待っ、で……っ!」
 慌てて浄霊屋の手を掴もうとするも、逆にその手を掴まれてしまう。
 目が、合う。澄み切った水面を連想する、凪いだ浄霊屋の瞳に、澱みなど全く無くて、それが僕にはとても恐ろしくて、目を逸らす事が出来なかった。
「そうよねぇ、君が蒔いた種だもの、君も見届けないといけないわよねぇ?」
 邪気の無い、澄み渡る快晴のような顔で、浄霊屋は告げる。
 己に非が無い事を理解し、己が絶対的に正しい事を把握し、相手が確実におかしい事を認識しているからこその、屈託の無い笑顔で。
 彼女は、何も憂えない。正しい事を履行する人間に、憂いなど介在しないからだ。
「じゃあ行きましょうか♪」
 引き摺られるように、保健室を後にする。
 僕は、声も出せずに、泣きじゃくったまま、浄霊屋に連れて行かれた。
 これから嫌な事が起こる。その確信が有ったのに、僕は逃げる事も、大声を上げる事も、止める事も出来ずに、流されるように歩いて行く。
 もしかしたら、この時既に僕の心は死んでいたのかも知れない。考えるための装置は、既に機能不全を起こしていたのかも知れない。
 だからこれから起きる事は、きっともう僕には関係無い事で。
 僕はもう、きっとここにはいなかったんだ。

◇◆◇◆◇

「ねぇ、六道君。君は幽霊が悪くない存在だって思ってるのかも知れないけど、それは大きな間違いなの」
 手を引かれながら、僕は浄霊屋から目を逸らし続けていた。この人がこれからしようとしている事は、僕の考えに反する行為で、彼女にとっては正しい事で、僕の知らない世界では、されなければならない事。
 僕は彼女を止めたかったけれど、彼女を止めるだけの言い分を持ち合わせていなくて、自分が間違った事をしている自覚も有って、だから何も出来ないまま、彼女にされるがまま、現場に連れて行かれている。
 浄霊屋は落ち着き払った表情で、教師のように優しく、僕を改心させようと丁寧に説明する。
「幽霊はね、普通の人間には見えないけれど、どこにでもいるの。彼らは、自分の願望を叶えるためなら何だってするわ。友達が欲しければ、友達を手に入れるために、生きている人間を危険な目に遭わせる事も、平気でしちゃう。自分が良いと思えば、平気で他人を貶める。それが、幽霊なのよ」
「……」
 違うと、僕は思っている。思っているだけで、きっと正しいのは浄霊屋の方なんだ。僕の意見は、幽霊と一緒にいる時間が長かった事で、常識がズレてしまった、間違った考えなんだ。
 だから、伝えても無駄で、主張しても怒られて、僕は根本から間違っているんだろう。
「だから幽霊は見かけたら、みんな浄化しないといけないの。いつ、誰が、その幽霊に悪さをされるか分からないでしょ? 犯罪者予備軍と言う名の悪い芽は摘まなきゃいけないのは、君にも分かるでしょ?」
「……」
 分からない。僕には分からないけど、きっと“みんな”は分かるんだろう。
 悪い幽霊は確かにいる。でも、良い幽霊だっているんだ。人間だってそうじゃないか、悪い人間がいれば、良い人間もいる。なのに、幽霊だけ全員消えて貰わなくちゃいけないのは、どうしてなんだろう。
 何を基準に、幽霊が悪いって考えてるんだろう。僕には、分からない。
「私達には見えない所で、好き勝手に動いて、好き勝手に犯罪を犯す存在なのよ? それでいて、人間には感知されないなんて、放っておけばやりたい放題よ。そんなゴキブリみたいな奴らを放置しておくなんて、考えられないわ。そう思わない?」
「……」
 思わない。犯罪を犯す幽霊も中にはいるかも知れないけど、それは一部であって、皆が皆そうじゃない。でも、そう思っているのは僕だけで、“皆”はそう思っていないのかも知れない。
 一部だけでも危ない存在がいると、全体が危ない存在と認められる事になるのだとしたら、どうして人間は危ない存在として認識されないんだろう。人間だって、悪さをする人がいるのに。
 僕は、幽霊よりも、そうやって勝手に幽霊を危ない存在だと定めて、有無を言わさず浄化しちゃう浄霊屋が、とても怖かった。
「君もいつか分かるわ。幽霊は今は安全でも、突然悪さをするの。だから幽霊を浄化する事は正しい事なの。それが人間にとって正しい事だから。今は分からなくても、ちゃんと覚えなきゃダメよ?」
「……」
 分からない。分かりたくも無い。僕は、幽霊さんが皆悪いなんて思えないし、思いたくも無い。
 悪い事をしているのは幽霊さんじゃないんだって、僕は思い続ける。
 人間の訴える、彼女の主張する人間の正しさって言うのは、僕にとって気持ち悪い塊でしかない。それが人間として正しいのなら、僕はもう人間じゃない、人間なんて、辞めてやる。
「さて、あの子ね」
「……っ!」
 視界に、幼い男児の幽霊が映り込む。いつものように横断歩道の近くで、一人ぽつんと佇んでいる姿が、見えてしまった。
「お兄ちゃんだ!」僕に気づいて、手を大きく振る男の子。「わーい! お兄ちゃん、今日もなでなでしてくれる?」
「……っ、……っ」息が乱れる。胸が苦しくて、もう出ないと思っていた涙が、溢れ出るように流れていく。
「随分懐かれてるのねぇ」醒めた表情で男の子を見下ろす浄霊屋。「六道君、これから気を付けるのよ? こういう小さな子でも、昨日みたいに牙を剥く時が有るの。だから、見つけたらすぐ浄化しなくちゃ」
「お兄ちゃん、泣いてるの? どうしたの? お腹痛いの?」僕の顔を覗き込んで、頭を撫でてくれる男の子。「このおばさんはだぁれ?」
「……っあ、あ、あの……っ」言葉が上手く発せられなかったけど、何とか想いを伝えたくて、喉を震わせる。「き、昨日みたいな事はさせっ、させない、です……っ、だから、浄化は、やめてくれません、か……っ?」
 折角仲良くなったのに。今までずっとそんな事は無かったのに。
 突然、彼が消えるなんて現実、やっぱり僕には受け入れられなかった。
 浄霊屋に縋りついて、泣きじゃくる。僕には力が無い。ただ、幽霊さんが見えるだけの人間だ。だけど、幽霊さんが、この子が、悪い子じゃないって事は、僕が一番よく知ってる。
 もう昨日みたいな事はしないって、昨日この子と約束したんだ。今、この場で約束しても良い。だから、彼をこの世界から消しちゃうのは、やめて欲しかった。
 僕の居場所を、取らないで。
「六道君……」可哀想なものを見る目で、浄霊屋は僕の肩を掴んだ。「君は、幽霊に近づき過ぎてしまったの。君は人間でしょ? あんな汚らわしいものを守ろうとしないで。それは、とても愚かしい事なのよ?」
「ちがッ、違うんです……ッ、この子は、悪い子じゃないんです……ッ」浄霊屋の腕を掴んで、必死に叫ぶ。「おねっ、お願いしま、す……ッ、ぼッ、僕からも、言い聞かせておきますから……っ」
「……重症ね」はぁ、と溜め息を落とす浄霊屋。「君は後で更生するとして、まずはこの幽霊を浄化してからね」
「やめっ、やめて……っ!」浄霊屋の腕を掴むも、引き剥がされて倒されてしまう「あうっ」
「お兄ちゃんっ!?」男の子が驚いた様子で浄霊屋を見据える。「おい、お兄ちゃんに何すんだ!」
「幽霊の分際で生意気に話しかけないでくれる?」軽蔑した眼差しで男の子を見据える浄霊屋。「君は今浄化されるの。分かる? もうこの世界から消えるのよ」
「え?」男の子の顔に焦りが浮かぶ。「消えるって……なにそれ? ぼく、消えるの……?」視線が、僕に向かう。「お兄ちゃん、ぼく……消える、の……?」
「そうよ。幽霊は存在が害悪だから、浄化されなくちゃならないの。幽霊は速やかに浄化する。それが決まりなの。分かる? 君は、存在が要らないの」
「えっ、えっ、お兄ちゃん、やだよぼく、消えたくないよ。お兄ちゃん、助けて……助けてよう……!」
 男の子が、僕に縋りついてくる。僕は泣きながら、何も出来ない自分を呪って、男の子を抱き締める。
「害悪なんかじゃっ、ないです……っ、この子は、普通の子なんです……っ、だから、そんな事言わっ、言わないでください……ッ」
 泣訴は、届かない。僕がどれだけ訴えても、泣いても、懇願しても、浄霊屋は聞く耳なんか持つ訳が無かった。
 可哀想だと、憐憫の眼差しで僕を見据えるだけで、これから己が為す事に一切の疑問を持ち合わせない。正しいから行う、それだけの思考しか存在しない。
 スーツのポケットから取り出したのは、透明な液体の入った小さな小瓶。その蓋を開けると、無感情な表情で男の子の頭に垂らす。
 すると、じゅわりじゅわりと、男の子が消えていく。
「た、助けてお兄ちゃん! ぼく消えたくないよ!」自分の存在が希薄になっている事に恐怖を感じているのだろう、僕の肩を揺さ振って必死に叫ぶ男の子。「お兄ちゃんともっとお話ししたいよう!」
「ごめん……ッ、ごめんね……ッ」段々と薄くなっていく男の子を掻き抱きながら、僕は必死に謝った。「ごめんね……ッ」
「どうして助けてくれないの……? ぼく、友達作っちゃいけなかったの……? もう友達作らないから、だから……消えたくないよう……!」男の子も、泣きながら僕の体に頭をすり寄せてくる。
 もう、感触が無くなってきていた。なのに僕は「ごめんね……ッ、ごめん、ね……ッ」と謝る事しか出来なくて、涙が止まらなくて、辛くて、苦しくて、男の子を抱き締める事しか、出来なかった。
「……そっか。ぼく、ここにいちゃいけなかったんだね」不意に、抱き締めていた筈の感触が、すぅ、と溶けるように消える。「今までありがとう、優しいお兄ちゃん……」
 涙で歪んだ視界に、泣きながら笑む男の子の顔が映って、――――消えた。
「うああ、ああああ、ああああああああ」
 悲しくて、辛くて、苦しくて、僕は泣いた。ただただ、赤ん坊のように泣き続けた。
 僕のせいで、幽霊さんが今、消えた。
 僕が無力だったせいで、大切な友達が今、世界から消失した。
「あああああああ、あああああああああ」
 涙が止め処なく流れる。
 胸が裂けそうなほど痛い。
 僕は、僕は……僕は――――

【後書】
 わたくしの知る世間って言うのは、この様相を呈しております。
 表現者として、表現したかった光景の一つがこれでした。今改めて読み返すと、救いなんて無いんだなぁ、と殊更に強く感じてしまいますね。
 そしてこの惨状はまだ続きます。最後の一滴まで絞り尽くすように、物語は墜落を続けます。心が悲鳴を上げても、ぜひ最後までお付き合い頂けますように。

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    ようやく覚悟を決めました。

    けいちゃんの心模様が痛くて、痛くて…一緒に涙しています。

    自分では正しいと思っていることでも、他人にとっては違うのかもしれない。
    一方的に決めつけるのではなく、他方の意見もちゃんと聞けるようになりたいものです。

    最後までがんばります。

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      遂にこの魔境に進む覚悟を…! 有り難う御座います…!

      わたくしの思う世間とはこういうモノ、と言う表記をしましたが、その痛さが伝わったのでしたら、幸い…と言うのも変な表現になりそうですが、物書きとしては、その痛ましさを感じて頂けただけで、嬉しく思います。

      >自分では正しいと思っていることでも、他人にとっては違うのかもしれない。
      >一方的に決めつけるのではなく、他方の意見もちゃんと聞けるようになりたいものです。
      わたくしが伝えたかった事柄と言いますか、表現したかったものが的確に伝わったようで、噛み締めるように頷いております。
      分かっていても、中々難しい問題なんですが、それでも…一方的に決めつけるような振る舞いは避けて、相手の意見にも耳を傾けられるような、そんな人でありたいものです。

      最後まであと少し…! ご無理をなさらず、体調の良い時に、しんみりお付き合い頂けたら幸いです…!

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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