2018年12月6日木曜日

【空落】08.泡になって消えた方が、素敵だと思うんだ【オリジナル小説】

■あらすじ
――あの日、空に落ちた彼女に捧ぐ。幽霊と話せる少年の、悲しく寂しい物語。
※注意※2016/04/28に掲載された文章の再掲です。本文は修正して、新規で後書を追加しております。

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■キーワード
ファンタジー 幽霊


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ハーメルン■https://syosetu.org/novel/78512/
■第8話

08.泡になって消えた方が、素敵だと思うんだ


「こんにちは」

 夕暮れに沈む街並みの一角。学校から徒歩三十分ほどの距離に有る、人気の無い、それでいて車両の往来が多い細い路地。その中に立つ電柱に、六道は歩み寄って行く。
 誰もいない電柱に声を掛ける六道は、傍から見れば明らかに不審者だ。だが、その所作だけで分かる。そこにいるのだろう。俺には見えない、彼にだけ見る事が許される、存在が。
 六道の隣に立ち、懸命に目を凝らすも、視認する事は能わない。寒気がする訳でも、視線を感じる訳でもなく、況してや声が聞こえたり、線香の匂いがする訳でもない。何も感じない。
「この人は、僕の友達だよ。怖くないから、大丈夫だよ」
 親しげに、そして和やかに電柱に話しかける六道。これは確かに、事情を予め知っていなければ慄然とするのも無理は無い状況だ。誰もいない空間に、誰かがいるかのように話しかける者。警察官が近くにいればまず間違い無く職務質問を受けるだろう。
「……なぁ、六道。その……やっぱりいるのか? そこに」
 幽霊がどこにいて、どんな人物で、どういう会話をしているのか掴めないため、俺はこっそりと六道に耳打ちする。
 六道は「あ、ごめん、今、日清水君にも見えるようにするね」と言って電柱の前にしゃがみ込むと、「友達も君とお話したいみたいだから、お話しできるようにするね」と虚空に声を掛け、手を伸ばすと、
 突然、幼い男児が現出した。
「……ッ!」
 思わず一歩退いてしまう。何が起こったのか真っ先に理解するより早く、恐怖感がまた顔を覗かせた。得体の知れない存在が突然目の前に湧いたのだから、当然の反応と言えばそれまでなのだが、でもこれはきっと、相手にとっては失礼な反応だったろう。
 少年は俺を見上げると、再び六道に向き直って「あのお兄ちゃん、どうしたの?」と不思議そうに小首を傾げている。
「ちょっとビックリさせちゃったかも知れない」苦笑を浮かべ、再び俺に向き直る六道。「これで見えるようになったと思うんだけど、どうかな?」
「……今、目の前にいるそいつが、幽霊……なのか?」
 他に何だと言うのだ、と言うセルフツッコミを心の中で入れながら、六道の応答を待つ。
 男児はどこにでもいそうな、活発そうな雰囲気を纏う子だ。戦隊モノの絵柄が描かれたシューズを履いていて、やんちゃそうな顔立ちや、浮き足立ってるかのようなテンションに、今にも車道に飛び出して行きそうな、手の焼けそうな子供、と言う印象を受ける。
 こんな子供を見て、咄嗟に「この子は幽霊だ」と思える人間などそうはいまい。何も無い空間から突然出現し、その現出させたと思しき人間が、幽霊が見えて話せる体質と言う事情を知らない限り。
「うん、そうだよ。ここで、交通事故に遭って、幽霊になった子なんだ」
 まるで優しい兄のように、そっと男児の頭を撫でる六道。少年は嬉しげに「えへへ、なでなでー」と擽ったそうに体を震わせる。
「僕が右手で触れた幽霊さんは、実体化するんだ」男の子を愛しげに撫でながら、六道は呟く。「今なら日清水君も幽霊さんと話せるし、触る事も出来るよ」
 いよいよ非現実に足を踏み入れた、と言う感覚が強くなってくる。現実問題として、つい今し方まで付近に人の気配は全く無かったし、子供が隠れていられるような空間も無かったように映る。何の前触れも無く、突如として出現した以外に説明できない。
 男児は不思議そうに俺を見上げ、何か思いついたのか一瞬顔を明るくすると、手を差し出してきた。
「……?」よく分からないままその手を見つめていると、男児は俺の手を取って、「あくしゅあくしゅ!」とにこやかに微笑んだ。
「これで、お兄ちゃんとぼくは友達だね!」俺の手を引っ張ってグルグル回り始める幼い幽霊。「お兄ちゃんは友達ー♪」
 幽霊だから手が冷たかったり、感触に怖気が走ったりするかと思ったが、少年の手には人間同様の温かみが有り、違和感無く人間の手だと感じられた。
 嬉しげにはしゃぎ回る少年を見て、誰が幽霊だと思うだろうか。だとしたら、人間と幽霊の違いって何だろうと、考えずにいられなかった。
「今日はいつもより楽しそうだね? 嬉しい事でも有ったの?」
 六道がしゃがみ込んで少年に声を掛ける。男児は「うん! 今日ね、さっき友達がいたんだ!」と嬉しげに返答を発した。
「俺の事か?」と六道に倣ってしゃがみ込む。
「ううん、あのね、さっきいたの、友達!」そう言って指差す方向には、誰もいない。横断歩道は赤信号が点り、往来は車両だけだ。
「……誰かいるのか?」幽霊でもいるのかと思い、六道に耳打ちする。
「……ううん、幽霊はいないけど……」難しい表情で男児の指差す方向を見つめていた六道だったが、やがて少年の頭を撫でながら尋ねる。「その友達は、どこに行っちゃったの?」
「帰った! ぼく、一緒に遊ぼう? って言ったら、帰っちゃった」よく分かってなさそうに六道を見上げる少年。「たぶんね、今からニャンレンジャー始まるから、見に行ったんだと思う」
「そっか」ポンポン、と男児の頭を撫でる六道。「また今度、遊べると良いね」
「うん! お兄ちゃんも、もう帰っちゃうの?」
 俺と六道を見上げて小首を傾げる男児に、俺はすぐに返答を発せられなかった。あくまで俺は、六道の力を借りて話せているに過ぎず、選択権は六道に有る。六道が帰るのなら帰るし、話を続けるのなら付き合うだけだ。
 六道は一瞬難しい表情をした後、「ごめんね、今日はこれで帰るよ。また遊びに来るから、変な事しちゃダメだよ?」と釘を刺すように言葉を連ねた。
「分かった! じゃあね、お兄ちゃん!」
 楽しげに手を振る少年を見て、「うん、またね」と手を振り返す六道。俺も釣られるように手を振り返していたが、その途中で、少年が泡のように視界から消え失せた事に、再び瞠目してしまう。
「お、おい、六道」思わず六道の肩を叩いて少年がいた場所を指差す。「あいつ、もしかして成仏した、のか……?」
「え?」六道は驚いた様子で振り返ったが、安心したように胸を撫で下ろす。「ううん、あの子はまだそこにいるよ」
「そうなのか……? 今、泡になって消えたように見えたんだが……」
 実際、俺の視界にはもう少年の痕跡はどこにも残っていない。今まで普通に話せていた筈の少年が泡になって消えるなど、ファンタジーにも程が有る。
 そんな俺の感想をどう思ったのか、六道は俺を見据えて驚いた表情を覗かせた。
「そっか、日清水君にはそんな風に見えたんだね」得心したように、六道は小さく首肯する。「たぶんそれ、僕の力の効果だと思う。幽霊が見える状態の効果が切れた時に、日清水君には、泡になって消えるように見えたんだと思う」
「思うって、お前にはあれはどう見えてたんだ?」
「僕には何の変化も無いよ。あの子はずっとあの場にいただけ」不思議な出来事はもう解決したと言わんばかりに平然とした表情で歩き出す六道。「僕の力は、僕以外の人に見えるようにするってだけだから、僕自身には何の恩恵も無いんだ」
「そうなのか……」
 六道に合わせるように歩き出す。考えてみれば、普段から見えているものが、他の人にも見えるようになる、と言うのは、確かに変な話だと思う。
 己の目には常日頃から見えているものが、他の人には自分が触れない限り見えない世界。そしてその他の人と言うのは、それを普段は見ようとは思わないだろうし、見えても不気味に感じてしまうかも知れない。
 六道は、その様子から察するに、本来見えないものが見えている環境に不満など感じていないようで、寧ろ見えている事が当たり前、見えているからこそ交流を欲しているようにさえ感じる。
 その事が、どうしても俺との間に溝として存在している気がする。そしてそれは俺の方から埋めていかなければならないもので、六道に無理強いする訳にはいかない、大事な溝でもあると思う。
「日清水君には、泡になって消えるように見えたんだね」
「ん?」
 少し歩いただけで、六道は足を止めて俺に向き直った。その表情には楽しげ……いや、嬉しいと言う感情が似合う色が浮かんでいた。
「さっき、僕が見えるようにした幽霊さんの事」振り返った先には、幽霊の姿は見えない。だが、六道には恐らく見えているのだろう、小さく手を振って、再び俺に向き直る。「泡になって消えるって、何だか人魚姫みたいで、何だか、とても、良いな、って感じたんだ」
「……人魚姫って、悲しい話じゃなかったか?」咄嗟には思い出せないくらいに人魚姫に疎い俺でも、確かあの童話は悲恋の話だったと記憶している。「最後、確か人魚姫って王子に娶って貰えず、泡になって消えておしまい、って話だったと思うんだが……」
「僕も詳しくは無いんだけどね」えへへ、と頬を掻く六道。「でもさ、夢が叶わなかった時、夢が叶わないまま生き続けるより、泡になって消えた方が、素敵だと思うんだ」
 六道が恥ずかしげに、そして楽しげに語るその話は、咄嗟には頷けなかった。
 夢が破れたら、泡になって消える。言い換えずとも分かるその実態に異論を唱えようと思ったが、否定の声を上げる事も、俺には出来なかった。
 俺は、一度辛い想いを経て、少しだけ強くなったと、逞しくなったと自負している。けれどそれは、万人に当て嵌められる話ではないとも、心の底で気づいていた。
 耐えられない者はいる。折れてしまう者はいる。壊れて元に戻らなくなる者は、いる。
 偶然少しだけ頑丈で、偶然傷を癒す事が出来て、偶然生活に支障が来たさなかっただけで、人によってはそのままいなくなる者がいる事を、俺は知らない訳ではない。
 六道は、そういう柵から逃げてきた。係わらないように、へし折られないように、泣かされないように。その結果として、今のガラスのような心が形成されているのだろう。
 俺に出来る事なんて高が知れてる。嫌われてでも傷つく言葉を投げかけられるほど、俺自身人間が出来ていない。俺はただ、六道の傍で、六道の行く末を見てみたいと、友達として力になれる事が有るなら手を貸したいと、そう思っているだけだから。
「……人魚姫は、それで救われたんだろうか」
 嬉しげに語る六道に水を差すつもりなんて無かったが、俺はそんな独り言のような感想を、ポツリと漏らした。
 王子と結婚が出来なくて、その悲しみで海に戻り、泡となって消えた人魚姫。悲しかっただろう、切なかっただろう、自分が愛した存在に認められなかった事は、きっと深い絶望として心を蝕んだに違いない。
 結果として彼女は、泡となってこの世界から消失した。それで彼女は救われたのだろうか。泡となって消えた事が、本当に彼女の救済として成り立っているのか、そんな疑念が湧いた。
「人魚姫は、きっと救われたと思うよ」
 返答を求めた訳ではなかったのだが、六道は微笑を浮かべてそう答えた。
 空を見上げて、六道は夢物語を紡ぐように、言葉を連ねる。
「昔ね、幽霊さんと話せるようになったきっかけなんだけど、盆踊りを踊ったんだ、幽霊さんとね」目を眇め、橙色から宵闇色へと移ろっていく空を見るでもなく見据える六道。「その時さ、幽霊さんも人も皆、空に落ちていったんだよ。それが僕には、まるで……そう、泡になったように、今なら思えるんだ」
「空に、落ちる……か」
 夕焼け空が夜空へと姿を変える。そんな黄昏の空を背景に、俺は独白するように、六道の言葉を反芻する。
「うん。……僕はね、その人魚姫も、皆と同じように、空に落ちていったと思うんだ」空から視線を下ろし、俺の顔を覗き込んで笑む六道。「あの空の向こうには、きっと幸せが待ってると思うから」
 それはまるで、“泡になって消えると楽になる”と言われているようで、俺は複雑な想いを懐かざるを得なかった。
 他意は無いのかも知れない。六道は、ただ人魚姫の幸せを願って、感想を述べただけかも知れない。けれど、俺にはどうしてもそれが、六道自身の事を告げているようで、心に不安が巣食っていく感覚を止められなかった。
 問いたかった。確認したかった。お前は、……お前も、泡になって消えたいのか、と。お前の言う、皆と同じように、空に落ちたいのか、――と。
 口を開き、舌に乗った言の葉を吐き出そうとして、グッと耐え、飲み下す。聞いてはいけない問題、と言う訳ではないし、彼の意見を聞ける絶好のタイミングでも有っただろうが、俺には、六道の主張を受け入れるだけの覚悟が出来ていなかった。
 もし、破滅を望んでいるとしたら。もし、絶望しか見えていないのだとしたら。俺には、掛ける言葉が有るのか。救うだけの力が有るのか。
 儚い笑顔を見せる六道に、俺は何も言えなかった。彼の平穏は、俺が思うより遥かに脆く、薄氷を踏むような危ういものかも知れないと、思わずにいられなかった。

【後書】
 タイトル回収の回でした。以前にも綴った気がしますが、この物語には「わたくしの望む○○」が内在しておりまして、それを徹頭徹尾履行していったのがこの物語なのです。
 誰かにとって不幸の物語であるように、誰かにとって幸福の物語でもある。誰しも、強くは生きていけない。挫けた先にも、幸福が有れば良いな、と言う弱者の夢が詰まっているのです。
 さてさて、物語も中盤に差し掛かり、暗雲がちらほら覗き込んで参りました。もう秋の夜長って言えない時節になって参りましたが、冬の静かな夜に、しんみりとお楽しみ頂ければ幸いです。

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    ほんと、このお話を読ませていただいているとしんみりします。
    「空に落ちる」や「泡になって消える」の意味を考えながら読んでいると
    自分自身が消えてしまいそうな気がしてきます。

    挫けた先にも、幸福が有ってほしいです。

    もう中盤…しんみり、しんみり……

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

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    1. 感想有り難う御座います~!

      しんみりして頂けるのがこの物語を綴った最大のご褒美です…!(*´σー`)エヘヘ
      そうなんですよね、「自分自身が消えてしまいそうな気が」と言うのがまさにわたくしの求めた感想と言いますか、それを待ってた…! みたいな所が有ります。

      挫けた先にも、幸福…有って欲しいですよね…!

      中盤を超えると、更なるしんみりがお待ちしておりますので、挫けた先の幸福を信じて読み進めて頂けると幸いです…!

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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