2019年1月10日木曜日

【空落】13.空の夢を見るんだ。空に落ちる夢を【オリジナル小説】

■あらすじ
――あの日、空に落ちた彼女に捧ぐ。幽霊と話せる少年の、悲しく寂しい物語。
※注意※2016/06/02に掲載された文章の再掲です。本文は修正して、新規で後書を追加しております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、【ハーメルン】、【小説家になろう】の四ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
ファンタジー 幽霊


カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054887283273
小説家になろう■http://ncode.syosetu.com/n2036de/
ハーメルン■https://syosetu.org/novel/78512/
■第13話

13.空の夢を見るんだ。空に落ちる夢を


「……」

 青い鳥に誘われてきた場所は、あの廃屋ではなく、六道の住まうアパートでも無かった。
 学校。その屋上に向かって、青い鳥は羽ばたいていく。俺は訳が分からないまま、つい数時間前に後にした学校の中に戻る。
 靴を履き替え、授業中ゆえに静かな廊下を進み、階段を上り、屋上の扉の前に辿り着く。
 鍵は、開いていた。そっと鉄扉を押し開けると、奥に人影が見えた。
「……六道……?」
「……」
 フェンスに凭れ掛かっている六道が、確かにそこにいた。
 その顔は曇天に向かったまま、降りてくる事は無い。
「どこに行ったのかと思ったぞ、ったく……」
 保健室にいないと思いきや、屋上でサボタージュを満喫とは、やっぱり俺の思い過ごしだったようだ。
 やれやれと肩を竦めて六道の元へ歩み寄ると、彼は曇天の空を見上げたまま、小さく口を動かした。
「……ここは、空が近いね」
「ん?」
 ポツリと漏れた、独白のような小声。俺はそれが上手く聞き取れず、少しだけ足を速める。
「僕は、……幽霊じゃない」
 六道の独白は続く。
 俺にはそれが不穏な空気のように思えて、心臓が早鐘を打ち始める。
「何を……」
「人間だから、……人間の世界で生きなくちゃいけない」六道は俺の問いかけにも反応を見せず、惚けた表情で言葉を連ねていく。「こんなお別れを繰り返さなくちゃいけないなら、……もう誰とも係わり合いたくないよ」
 ――六道の身に何かが遭ったのは、最早疑う余地が無かった。
 よく見ると、その顔には落涙の跡が色濃く刻まれていて、憔悴しきっている事が分かった。
「……お前、どこに行くつもりだ」
 俺は、六道がここからどこかに行くように思えて、そんな問いかけを投げていた。
 フェンスが有るから、飛び降りるのだとしてもフェンスをよじ登らなくてはいけない。それなら、恐らく俺にでも止められるだろう。
 けれど、何故か――俺はそれでは“足りない”と気づいていた。
 そんな俺の心情を知ってか知らずか、六道は惚けた笑みを口唇に浮かべた。
「僕は、……もうこの世界にいられないよ」ゆっくりと右手を持ち上げて、自分の顔の前に宛がう六道。「だって、……もう、力が無いんだ」
「……どういう意味だ?」
 俺は問いかけた瞬間、己の目を疑った。
 六道の体が、“泡に包まれていく”のが見えた。
「……ありがとう、日清水君。僕と、友達になってくれて。……とても、嬉しかったよ」
 ふわりふわりと、六道の体が泡になり、消えていく。
 どういう原理でそうなっているのか、俺には全く理解が及ばない。理解できないが、理解しなければならない事が有る。
 六道が、消える。幽霊のように、この世界から存在が消失する。
 俺は六道の前で立ち止まり、歯を食い縛った。手が震えるほど、強く拳を固める。
「お前……、消える、のか……?」
 六道は、俺を見てはいなかった。曇天の向こう側――空の更に先を、見つめたまま、視線を下ろす事は無い。
 もうこの世界に見るものは無いと言わんばかりに、曇り空を仰ぎ見ている。
「……空の夢を見るんだ。空に落ちる夢を」
 既に、言葉は通じていないのだろう。俺の声は、もう届いていないのだろう。
 それでも俺は、懸命に、絞り出すように、六道を見つめ続ける。
「俺は、……お前を救えなかったのか……ッ?」
 風が凪ぐ。一瞬の静寂を待っていたかのように、六道は俺に視線を向けた。
 優しくて、穏やかで、泣きそうな瞳が、俺を向く。
「こんな僕を、空の底から掬ってくれて、本当にありがとう」
 諦めと、絶望と、悲哀と、涙に満ちた、瞳。
 それを俺は、心臓が締め上げられる想いで、見つめる事しか出来なかった。
「俺はまだ、お前と話したい事が有るんだ……ッ、だから……ッ!」
 溢れ出る言葉を、上手く言語化できずに、喉が活動を放棄する。
 俺は、力になれなかったのか。
 俺は、お前を救う事が出来なかったのか。
 俺は、お前に……何が出来たって言うんだ。
 風が吹く。大気を薙ぐ風声は、確かに六道の声を、俺に届けてくれた。
「だからどうか――僕の事は、……忘れて」
 ふわり、ふわりと、泡となった六道が、空に落ちていく。
 泡の周りには、青い鳥が、ピィ、ピィと鳴きながら付き添い、共に空の彼方へと溶けていく。
 俺はそれを眺めている事しか出来なくて、頬を、水が伝っていった。
 雨が降っていた。冷たい雨は、まるで六道の消失を悼むかのように、世界を灰色に覆っていくのだった。

◇◆◇◆◇

 六道が消えてから十日の月日が流れた。
 教室の六道の席はいつの間にか取り払われ、誰も六道の話をしなくなった。保健室にはいつも通り養護教諭がいて、何の問題も無く時間だけが過ぎ去っていく。
 一人の人間が消失しても世界は滞りなく回る。それが俺には辛くて、少し授業をサボタージュするようになった。
 辛くなった時は、屋上に出て、空を仰ぐ。冬の足音が聞こえてきて、屋上に行くには厚着しないと凍える事が多くなった。
 あの空の向こうには、六道がいる。そんな気がして、ふと気づいたら空を見上げている事が増えた。
 あの後、六道が住んでいたアパートは突然改修工事だとかで立ち入りが出来なくなった。それがどういう理由で、何故このタイミングなのか、俺には分からなかったが、恐らく六道の関係なのだろうと思って、その後は近寄っていない。
 初めて六道と出逢った廃屋も、三日前から取り壊しの工事が行われている。俺と六道を繋ぐ思い出の場所が少しずつ消え去っていく。まるで、誰かの意志で行われているように感じて、俺は居心地が悪かった。
 不思議な数日間だった、と今でも鮮明に思い出す。もしかしたら、俺だけが見ていた白昼夢だったのかも知れないと、そうだったらどれだけ良いか、と思わずにいられない。
 空を見上げたまま、手のひらを翳す。雲が太陽を遮り、寒風が吹く。俺は影の中で、「……そろそろ戻るか」と体を震わせて立ち上がると、不意に鳥の鳴き声が耳朶を打った。
 ピィ、と。この辺では聞かない、鳥の鳴き声。
 聞き覚えの有る、そしてもう二度と聞けないと思っていた、鳥の鳴き声。
 俺の視線は、校内に続く扉の前に立つ、一人の女性に向いた。
 ラフなシャツにパンツ姿の、寒々しい格好の女だ。これが夏であれば、スタイルが良い事を理由に声を掛けられるだろうが、今は冬も間近の晩秋だ、声を掛けるとしたら警察ぐらいのものだろう。
 誰かの面影と被るその整った顔立ちを眺めていると、女の肩に視線が向かう。青い鳥が止まり、ピィ、と鳴いている姿が、視界に飛び込んでくる。
 瞠目したまま、俺は動けなかった。あの鳥は、俺を六道の最期に導いてくれた、不思議な小鳥だ。
「日清水天馬君」女が、怜悧な声で呟く。「恵太の事、有り難う」
「……六道の、知り合いか……?」
 自分の名前を正確に言い当てた女に不信感を懐きつつも、そう呟きを返す。
 女は「そうね、一番身近な他人って所かしら」と妖艶に笑むと、俺に向かって歩き出す。「渦中にいながら何も知らずにいる君と、……恵太が友達と認めた君と、少し話がしたくてね」
「話?」更に眉根を顰めてしまう。「貴方は、六道の何を知ってるって言うんですか」
「君は、幽霊ってどういう存在だと思う?」
 俺の問いかけには応じず、女は俺の隣に立って、フェンスに寄り掛かった。不満を感じずにはいられなかったが、俺の返答が無ければ話は進まないと察し、不承不承応じる。
「……六道と逢う前は、存在すら信じてなかったけど、六道と逢ってからは、俺には見えないだけで存在する、人間と変わらない存在だって、思ってる」
 幽霊が怖い存在だと思っていたのは確かだ。それが、六道の話を聞いて、幽霊と実際に話して、印象がガラリと変わった。人間味を失っていない、ただ見えないだけの存在。それが、幽霊。
 そう思っての発言だったが、女は「そうね、でもそう思ってるのは極少数よ」と含みを持たせた返答を出した。
「幽霊に対して興味や関心が無い人の私感は省くけど、殆どは恐怖を懐いてるか、率先して触れようとは思わない存在として認知されてる。悪いものだと考える事が多いのが、実情」女はフェンスに寄り掛かったまま、俺を見据えて朗々と告げる。「幽霊が写真に写っただけで、やれお祓いだ、やれ呪いだ、って騒ぎ立てる人が一定数いるわ。得体の知れないものは、誰だって恐怖を感じるものだから」
 ……六道と逢う前は、似たような感想だったかも知れない。信じていなくても、薄気味悪い存在と言う認識は有った。実際に幽霊と接して、初めてその印象が払拭された訳で、それまでは大多数の人間の懐く感想と同じだったと思う。
 女はそんな俺の心を読んでいるかのように小さく笑むと、フェンスに向き直り、校庭を見下ろす。外では男子生徒が体育でサッカーを楽しんでいる姿が広がっていた。
「得体の知れないものは、遠ざけたくなる。理解するよりも、拒絶する方が簡単だから」
「……」
「恵太は、それが嫌だったの。幽霊はこの世界にいない方が良いと願う人がいる事に、耐えられなかったのよ」
 ……それは辛いだろうな、と思うと同時に、俺はそう願っていなかった事が、彼の救いに繋がらなかった事に、失意を覚えずにいられなかった。
 皆が皆、幽霊は怖いと思っている訳ではないだろう。六道が今まで出逢わなかっただけで、幽霊を怖いと思わず、親近感を懐く者だっている筈だ。
 俺自身は、六道と話した事で初めて幽霊の印象が変わった。そういう者だって、少なからずいる筈だろう。
 触りもせず、考えもせず、ただ怖いから、近寄り難いから、そんな理由で迫害される気持ちは、俺にも分かる。
 分かるからこそ、六道がそれを理由に諦めて逃げたのが、悔しくてならない。
「浄霊屋、ってのがいてね。彼らは、幽霊を浄化するために、日夜各地を回って、幽霊を消し去っていく。善悪の区別なんて無い、ただ幽霊である事を理由に、浄化と銘打って、幽霊を消していくの」
 女は抑揚の無い語調で告げた。まるでそれが常識で、当たり前で、俺なんかが疑問に思う事すら憚られる事だと言わんばかりに、冷淡に告げる。
「理由は、“幽霊は危険だから”……でも、誰も止めないし、係わろうともしない。幽霊を快く思っていない人が一定数いて、係わると正義の名の下に処罰されるから、誰も口出ししないし、見ようとすらしない」
 女は寂しげな笑いを覗かせた。“バカバカしい”と暗に告げているかのような、冷笑。
「……もしかして、あの男の子や、鐘嶋は……」
 勝手に呟きが漏れていた。今の話が、あの偽物の養護教諭の事を指しているのであれば、六道の目の前で次々と消されていったのか。だからこそ、まるでそこに元々幽霊はいなかったと言わんばかりに、証拠を隠滅しているのか。
 歯を、食い縛る。
 そんな連中がいる事自体に腸が煮え繰り返りそうだが、それ以上に、六道がそんな目に遭って泣いていた事を知らなかった俺自身に腹が立った。
 悔しかった。悔しかったが、俺には救えなかったのだと、殊更に強く感じる。六道の悲しみは、俺では癒せない。
 だからあいつは、泡になって消えたのか。
「……六道は今、幸せなんですか」
 食い縛った歯の隙間から漏れた声は、悔恨と悲哀で濁っていた。
 女が答を知っていても、知らなくても、知ったところで俺にはもうどうする事も出来ない問題だったけれど、それでも……
「……恵太は、空に落ちる夢を見ているわ」
 女は、フェンスから離れて扉へと向かって歩き出す。もう用は無いのだろう、話す事は話したと言わんばかりに、余韻を残さずに歩き去って行く。
「……そう、ですか」
 絞り出すように返した言葉が、女に届いたか分からない。
 扉は閉まっていて、人の気配の絶えた屋上は、ただただ寒々しく、空虚だった。
 本当にこれが幸せなのか、俺には分からなかった。


【空落】――――完

【後書】
 ひたすら胸が締め付けられるだけの物語も、偶には良いものです。
「霊夏」の続編として綴った物語ですが、心が沈んでしまいそうな程に、暗澹たる、寂しく冷たい結末になりました。
 最悪の結末、バッドエンドと思われる方もいらっしゃると思いますが、これ、わたくしの中では「最良の結末」の一つだったりします。寧ろわたくしが希って止まない結末の一つです。ああ、こういう風に消え去りたいなぁ、と言う、思春期真っ只中の中二病患者の夢の一つを形に出来たと自負しております。
 と言う訳で、完結です。ここまでお読み頂きまして、誠に有り難う御座いました! 来週からこの枠では「春の雪」の再掲連載を開始したいと思いますので、良かったらそちらも宜しくお願い致します~!(*- -)(*_ _)ペコリ ではでは! ご愛読有り難う御座いました!

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    なんとか完走です。ありがとうございました。
    本当に痛かったです。ツイッターで更新の告知が出ると、
    「おっ、来たか。」なんてちょっと身構えたり。

    先生の仰る「最良の結末」
    けいちゃんにとっては苦しいけど最良かもしれませんが、
    残された日清水君にとってはなかなか受け入れられないかもしれません。
    日清水君の気持ちもとてもよくわかるのです。

    小夜…涼子さんあなたの力でなんとか(自粛)

    本当に良いお話でした。
    お盆には霊夏、寒い季節には空落。

    今回も楽しませて頂きましたー
    次枠も楽しみにしてますよーvv

    返信削除
    返信
    1. 感想有り難う御座います~!

      無事完走できた事を嬉しく思います…! こちらこそ有り難う御座いました!!(*- -)(*_ _)ペコリ
      この物語はけいちゃん以外の救いが無いのが、こう、読者にとって痛みとなるか、安らぎとなるか、完全に分かれますからね…!
      身構えると感じるだけ、けいちゃんを慮っていた、と言う証なのではないかと思います…!

      そうなんですよね、日清水君にとって、こんな結末、認められる訳が無いと言いますか、救いなんて何も無かった、と感じずにいられないのです。
      いなくなる者と、残される者。どちらの側に立つかによって、最後の顛末は全く異なる気持ちを懐くと思うんです。
      どちらの気持ちも分かってしまうのであれば、だいぶしんどい感想になると言いますか、板挟みが大変心苦しいのだと、心中お察ししている次第であります…!

      この物語の一番の謎に当たる涼子さんに助けを求める辺り、何とも言えない気持ちになりますね…!w(複雑な顔)

      「本当に良いお話でした」と言う感想、本当に有り難う御座います…!
      季節によって、こうも印象が変わる二作も無いでしょうな。最後までお楽しみ頂けまして、改めて感謝を!

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次枠もぜひぜひお楽しみに~♪

      削除

好意的なコメント以外は返信しない事が有ります、悪しからずご了承くださいませ~!