2019年1月24日木曜日

【春の雪】第1話 最後の人助け【オリジナル小説】

■あらすじ
春先まで融けなかった雪のように、それは奇しくも儚く消えゆく物語。けれども何も無くなったその後に、気高き可憐な花が咲き誇る―――
※注意※2008/11/15に掲載された文章の再掲です。タイトルと本文は修正して、新規で後書を追加しております。

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■キーワード
青春 恋愛 ファンタジー ライトノベル


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■第1話

第1話 最後の人助け


■一非■


……突き抜ける空に、のんびりと鰯雲が浮かんでいる。黄昏時の春の陽気は心地良く、寝転がっていると微風が吹き、更に気分が良くなる。屋上の入口の上に在る空間は、絶好の昼寝ポイントだった。見渡す限りに視界を遮るモノが無く、ここから望む光景を俺は気に入っている。田舎と称す方が似つかわしい街だ、高層ビルなど見つかる筈が無かった。
春の麗らかな陽射しに当てられ、ウトウト転寝をしていると、ぎぃ、と不意に屋上と屋内を繋ぐ重厚な鉄扉が開く音が聞こえてきた。続けてあまり穏やかじゃない空気を感じて、俺は若干の不快を感じながら眼を覚ます。
こうやって一人でいる時間を害されるのは、気分が宜しくない。屋上からは死角である扉の上の空間から下を覗いてみると、四人の女子の姿。一人を三人が囲む形で話し合いがなされているようだった。
「おい、黙ってんじゃねえよ」
「何か喋れよブス」
……一方的な会話のようだ。あまりにありきたりな雰囲気に、俺は何の気無しに溜め息を吐く。こんなトコで露骨なイジメしてんじゃねえよ。するならどっか他所でやれ他所で。
三人に囲まれている女子は、泣きじゃくったまま言葉を返せないでいる。怖くて声が出ないんだろう。しゃくり上げて、言葉らしい言葉が発せられる事は今のところ、無い。
「何泣いてんだよお前。これじゃあさ、まるであたし達があんた苛めてるみたいじゃん」
そうじゃなかったのか!? と心の中で突っ込んでみる。や、傍から見るとまさにそんな状態なんだが?
軽度のイジメなら見逃そうとも思ったが、何故か静観する気にはなれなかった。面倒事に首を突っ込むなと理性が制止するが、最後の人助けだ、と言い聞かせてポケットから携帯端末を引き抜く。カメラの機能を探し出し、レンズを四人の女子達に向け、ボタンを押す。
カシャッ、と小気味良い音が鳴った瞬間、女子が一斉に俺の方へ視線を向ける。女子の視線の先には、携帯端末を向ける俺の姿。なんだあいつ? って感じか? 何れもけばけばしい化粧で顔を汚していて、恐らく化粧せずに黙っていれば美人と思える女子ばかりだった。勿体無いと思うと同時に、ザマァとも思う。
「あんた何してんだよ?」
「見てんじゃねえよ、早くどっか行けよ」
「うぜえから消えろっ言ってんだけど」
「……口だけは本当に達者だよな、あんたら」
嘆息し、携帯端末を見せびらかす。青みがかった色の携帯端末を見て、女子達は不審な視線を向け続ける。何を言いたいのか察してないようなので、俺は已む無く口を開く。
「これ何か分かるか、お前ら?」にやにやと口の端を歪めて俺。
「何言ってんのあんた? バカ?」
「バカにしてんじゃねえよ、早く消えろっ言ってんだよ」
「バカにはしてない。――最近のネットの影響は凄くてだな。イジメの現場の写真を撮るだけで、社会的に抹殺する事も出来るって話、聞いた事、有るか?」
「はぁ? 何言って――」
女子の悪態がようやく止まる。そこから、密々と女子の密談スタート。「ねえ、あいつヤバくね?」「てか、あいつ同じクラスの二位(にくらい)じゃない? ほら、留年したって言う」「マジで? ……関わりたくないし、帰ろうぜ?」
やがて密談が終わったらしく、女子三人組が鋭い眼光を俺に向けてくる。怖い怖い。きっと幼児が見たら泣いてても黙り込む勢いだ。
やがて女子三人組が憎悪を塗りたくった表情のまま、走り去る。その際の捨て台詞。「死ねバーカ」「もう二度と教室来んなよ」「お前も後で覚えとけよクソが」……何とも時代錯誤を感じるような感じないような台詞の数々に、俺は苦笑しつつ嘆息。
鉄扉が荒々しく閉められ、屋上には取り残された女子の嗚咽だけが響く、物悲しい空間が形成された。
取り敢えず扉の上の空間から飛び下り、女子の許へ向かう。……小柄な少女だった。既に苛められた後なのか、制服はあちこちが汚れていたし、よく見ると涙を拭う手の甲にも傷のようなモノが見え隠れしている。前髪が顔を半分まで隠しているが、全体で見ると肩ほどしか伸ばしていない、明るい印象は与えない髪型だった。更に俯いて顔を手で覆っているため、表情は殆ど窺えない。
陰湿なイジメの場合、跡が残るような傷を負わせる事無く、肉体的・精神的に追い詰めると聞いた事が有る。彼女はもしかしたらそういうイジメを受けていたのかも知れない。
「……大丈夫か?」
大丈夫な訳が無いのに、尋ねずにはいられなくて声を掛ける。但し返答は無し。少女は嗚咽を漏らし続け、挙句その場にへたり込んだ。もう立ってもいられない程、精神的に苦痛を感じていたのか。
勿論、俺はこんな時にどうすれば良いのかというマニュアルを読んだ事は無いし、こういう場面に何度と無く遭遇している訳でもない。困り果てて、頭をガシガシ掻いて、取り敢えず俺に出来る事を探す。
「――これ、使えよ」
ポケットからハンカチを取り出し、手渡そうとするが受け取る気配が無いので、仕方なく座り込んでいる女子のスカートの上に、そっと置いた。彼女に顔を近づけた時、女の子特有の、微かな甘い匂いがした。
「……今は話せる状態じゃなさそうだから、無理に話さなくて良いから、取り敢えず聞くだけ聞いてくれ。あの苛めっ子達がまたお前をイジメに来るようなら、遠慮なく俺に言え。俺、こう見えても良い奴“じゃない”から、あいつらをぶっ飛ばす位の事なら平気でやれるぞ。勿論、お前には迷惑を掛けないで、だ」
女子に声を掛け続けるが、泣き止む気配、ゼロ。流石俺、人をあやすのは本当に苦手なんだよな……ガキは俺の顔見ただけで泣きだすし。……って、どんな顔してんだ俺。
「まぁ、もし困った事が有れば――三年二組の二位(にくらい)って奴を当たれ。俺だから。出来る限りは助けてやるよ」
泣きじゃくる女子をこのままにしておくのは非道だと分かりつつも、俺は立ち上がる。震える華奢な体を見ていると、無性に抱き締めたくなる。そんな事をしたら余計に怖がられるだけだと分かってるからしないけど。
「ハンカチは返さなくて良いからな。……落ち着いたら、ちゃんと帰れよ」
屋上から出て、重たい鉄扉を閉めると、階段を下りた所で腰を下ろした。見張りだ。誰も屋上には近づけさせまい。あんな状態の女子を見たら何を仕出かすか分かったモンじゃないからな。……いや、待て。俺は何か大事な事を見落としてないか?
苛められた女子生徒。密室と化した屋上。この二つを結びつけるもの――最近流行ってるとまではいかないまでも、追い詰められた人間のする事と言えば――――
素早く階段を駆け上がり、鉄扉を一気に開放。屋上から飛び下りようとしていた女子を発見――咄嗟に声を掛けたが、自分でも何を言ったか憶えていない。縁にフェンスも柵も無い屋上から飛び降りるのは実に容易い。
俺は全力で女子の体へ駆け込み――既に屋上から足を踏み外した女子に向かって飛び込むと、空中でその華奢な体を抱き締め、咄嗟に地上を見下ろす。高さは校舎三階分。下手すれば死ぬ高さだ。素早く落下地点を見繕い、植え込みを見つけて何とか姿勢をそちらに移す。
がさささッ! 全身が叩きつけられる衝撃を樹木の枝木で何とか殺し、植え込みに落下した時には大分勢いは削がれていた。女子を庇うように背中から落ち、凄まじい衝撃が背中から頭に駆け抜ける。激痛を感じる前の疼痛に、俺は思わず顔を顰めた。
「――――っ痛たたた……おい、お前、無事か?」
痛みの割にはあまり大事に至っていないと自己診断。だが女子の方はどうか分からない。俺に向かって倒れ込んできている女子の肩を弱く揺さ振る。
女子は固く眼を瞑ったまま震えて泣いていたが、やがて眼を開けると、間近に俺の顔が有った事に驚いたのか、一気に顔を青褪めさせる。流石俺。女子にも怖がられる顔らしい。
「っ」
女子が痛みと恐怖で引き攣った顔のまま俺から離れ、震えたままその場に蹲った。俺は背中の痛みを感じながらも女子に声を掛ける。
「……大丈夫か? 体、痛まないか?」
「……」無反応。
……ま、まぁ、自殺に失敗した直後の状態なんてこんなモンだろうか。直面した事が無いから何とも言えないけど。
震えて嗚咽を漏らす女子を見て、俺は溜め息を零しつつ、自分の体に異常が無い事を確かめる。腕も肩も脚も普通に動くし、痛むのは背中だけだ。それも衝撃に因るものだろうから、近い内に納まるだろう。
「…………ごめんなさい」
掠れた声が聞こえて、俺は振り返って女子に視線を向ける。
震えて嗚咽を漏らしていた女子は、俺の方は見ずに、蹲ったまま小声を漏らした。
「ごめんなさい……ごめん、なさい……っ」
何度も謝罪を繰り返す女子。聞きようによってはまるで呪詛だ。恐怖と怯えで声が震え、涙と洟で声が上擦り、聞き取り難い嗚咽を漏らし続ける。
どう声を掛けてやれば良いのか分からず、俺は頭を掻きながら苦笑した。
「まぁ、お前が無事なら良いじゃねえか? もうあんな事すんじゃねえぞ?」
「ごめんなさい……っ」
「分かったから、もう謝んなくて良いから。取り敢えず、痛む所、無いか? 痛まなくても、保健室ぐらいは行っとこうぜ? 念のため、診て貰った方が良いだろ」
俺自身、背中が砕けてるなんて事は無いと思うけど、流石にこの痛みが持続するようなら考えものだ。
長い時間、女子は嗚咽を零し続けていたが、やがて立ち上がると、俯いたまま俺に頭を下げた。
「……ごめんなさい」
「良いって。それより、保健室は行くよな?」
「……」
言葉では応えず、女子は曖昧に首を更に俯かせる。頷いた、のか……?
暫らく黙ったままの女子を見て、所在無げに視線を彷徨わせていると、不意に女子が小さな声で、本当に蚊の鳴くような声で、呟いたのが聞こえた。
「……行きたくない……です」
「……でも、もしどっかに怪我でもしてたら」
「……お願いします……この事は、秘密に……して貰えませんか……?」
秘密。
イジメも、自殺も、全部無かった事にしろ、そう言うのか。
そんなの、役に立たない教師と同じじゃないか。俺は首を振った。断じて否と。
「先公に言うつもりはねえけど、このままにしとくなんて、俺にゃあ出来ねえぞ。もし、イジメが続くようなら、俺があいつら全員病院送りにしてやるから」
「それはっ、…………」
困ります、とでも言いたかったのか。苛められているのは自分が悪いから――と。苛められている側も、ちゃんと自覚が有る。……いや、違うな。無理にそう思い込んでいるんだ。自分に悪い所が有ると思い込まなければ、イジメと言う、あまりに過酷な現実を受け入れられない。
そうやって苛められている側の人間は追い込まれていく。周囲の人間から迫害を受け続けると、自然と自分でも追い込んでいく。それが臨界点を迎えた瞬間――人間は狂気に走る。
彼女が何を責められて苛められているのかは知らない。でも、このまま放っておける程、俺も人間を腐らせちゃいない。面倒事に一度関わったからには、最後まで貫き通す。ちゃんと自分でも言った筈だ。これを最後の人助けにすると。
「……分かった。今の件は、俺の中に留めとく。先公にも、お前の家族にも、誰にも言わねえ。――けど、約束してくれ。困った事が有ったら言ってくれ。最悪、さっきの奴らをぶっ飛ばす位なら俺にだって出来るんだ。分かったな?」
「……」……取り敢えず、何か反応を返してほしい。
女子は塞ぎ込んだままその場に立ち尽くしていたが、やがて俯きながらポツリとか細い言葉を零した。
「……分かり、ました」
小さく、弱い声ではあったが、確かな肯定の意志を聞いて、俺は少し安堵した。彼女が言葉だけの肯定を返したのだとしても、何だか初めて会話が成り立ったような気がしたのだ。それが純粋に嬉しい。
俺は自然と小柄な女子の頭に手を置き、くしゃっと撫で回した。
「それで良し。じゃ、真っ直ぐ家に帰れよ? それと、二度とあんな真似するんじゃねえぞ」
「……」最後の最後まで反応が無い……。
徐々に不安を感じてきて、俺は正直な気持ちで告げる。
「……何か危なっかしいから、家まで送ってってやるよ。付いてってやるから、案内してくれよ」
「……ぇ? ……でも、」
「良いから。今のお前はそれ位に危うげなんだって。俺は何もしない。家族にも何も言わない。オーケー?」
「…………」
女子は勿論、無言のまま。……流石に初対面の男を自宅まで案内するのは抵抗が有るのか。
「――だったらこうしよう。家の近くまで送るから、お前がもう付いて来るなって言ったら俺はそこで帰る。それまで一緒にいさせてくれ。せめて、お前が落ち着くまでな」
「…………」
……頼むから何か反応してくれ。
やがて女子は俯いたまま呟くように声を漏らした。
「……分かり、ました」
それだけ呟いたのが聞こえると、どこか頼り無い足取りで女子は歩き出す。
肩を竦めて、その後を追っていく俺。

◇◆◇◆◇

一旦校舎に戻って鞄を取って来ると言った女子を校門の前で待って、それから歩き出す。三十分ほど無言で住宅地を歩き続け、途中で不意打ち気味に女子が立ち止まった。俺も釣られるように足を止め、俯いたままの女子を見つめる。
「どした? ここで良いのか?」
「……家、ここなんです」
おいおい、良いのか家まで案内して。つか暴露して。
家をあまり見ないようにして、俺は女子に頷いて応じる。
「じゃ、何か遭ったら俺に言えよ? 三年二組の二位だからな?」
「……」当然のように無反応。
「……えっと、――じゃ、おやすみな」
俺は背を向けて、いつも通りの歩調で立ち去る。背後で、小さな、本当に空に掻き消されそうな声で、「おやすみなさい」と聞こえた気がしたが、空耳だと思ってそのまま帰途に着いた。

【後書】
前書にも有りますが、この物語も【滅びの王】と同じくらい、すんごい古い物語になります。もう十年前かぁ~(遠い目)。
つまりどういう事かと言いますと、当時のわたくしの感性が垣間見えちゃうので、作者のわたくしが恥ずかしさの悲鳴を上げてる次第です(笑)。ひゃ~w
更にこの物語はわたくしが初めて挑戦した「恋愛モノ」です。因みに純愛モノでも有ります。アレです、わたくしと一緒に恥ずかしさで赤面してくだされ!w
こちらは毎週木曜配信を予定しておりまして、現在断さんに表紙をお願いしている所で有ります! 二十話分くらい有りますので、夏頃完結予定ですかね? また後書でのんびり当時を振り返りながら、裏話に花咲かせて楽しんで参りますゆえ、どうか読者様もふんわりお楽しみくだされば幸いです!
それでは次回もお楽しみに~!

※追記※
表紙差し換えました!

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    初見です。

    学校の屋上って特別な空間ですよね。
    なかなか立ち入れないし、ちょっと怖目な人たちがいたりw
    そんなところだから興味を惹かれるのかしらw
    一気に読み進めてしまいました。

    これからどんな赤面展開がまっているのか、+(0゚・∀・) + ワクテカ +
    しながら読ませていただきます。

    断さんさすが仕事早すぎです!
    体調はいかがでしょうか?無理しないように!

    今回も楽しませて頂きましたー
    次回も楽しみにしてますよーvv

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    返信
    1. 感想有り難う御座います~!

      初見でしたか! (*´σー`)エヘヘ! 最後までお楽しみ頂けると幸いですっ!

      ですです! 普段あんまり入れないがゆえに、何と無く特別な空間ってイメージがある場所なんですよねw
      一気に読み進めて頂けて嬉しいです…! (*´σー`)エヘヘ!w

      ぜひぜひ!ww 今回はもう事前に赤面展開が待っていると言えるほどの物語ですのでね!wワクテカしながら読み進めて頂けたらと思います!w

      断さんも無事にインフルさんから立ち直りましたので、今日明日辺りにはいつものBlog記事を更新すると思いますので、そちらもお楽しみにです!
      それはそれとして断さんやっぱり仕事早過ぎですよね!ww ほんと有り難う御座いますですよ…!

      今回もお楽しみ頂けたようでとっても嬉しいです~!
      次回もぜひぜひお楽しみに~♪

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好意的なコメント以外は返信しない事が有ります、悪しからずご了承くださいませ~!