2019年1月3日木曜日

【空落】12.仲良うならん方が良かったかもね【オリジナル小説】

■あらすじ
――あの日、空に落ちた彼女に捧ぐ。幽霊と話せる少年の、悲しく寂しい物語。
※注意※2016/05/26に掲載された文章の再掲です。本文は修正して、新規で後書を追加しております。

▼この作品はBlog【逆断の牢】、【カクヨム】、【ハーメルン】、【小説家になろう】の四ヶ所で多重投稿されております。

■キーワード
ファンタジー 幽霊


カクヨム■https://kakuyomu.jp/works/1177354054887283273
小説家になろう■http://ncode.syosetu.com/n2036de/
ハーメルン■https://syosetu.org/novel/78512/
■第12話

12.仲良うならん方が良かったかもね


「……六道?」

 休み時間を利用して保健室に来ると、見知らぬ女性の姿だけが有って、ベッドのカーテンは全て開いていた。
「ん? 具合悪いの?」
 恰幅の良い、四十代と思しき白衣の女が声を掛けてくる。いつもの養護教諭でない事に違和感を覚えつつも、「いや、俺じゃなくて、友達が来てる筈なんですが……」と首の後ろを掻く。
「そうなの? 変ねぇ、今日はまだ誰も来てないと思うけど」女性は不思議そうに小首を傾げる。
「……あの、済みません。いつもの養護教諭は、辞めたんですか……?」
 変な質問だと思いつつも声を掛けると、女性は不思議そうに「ん?」と眉根を顰めた。
「いつもの養護教諭って、前から養護教諭は私一人だけど?」
「…………え?」
 ゾワリと、悪寒が背筋を駆け上がってくる。理解が追い付く前に、気持ち悪さで一瞬よろめいてしまう。
「大丈夫? ちょっと横になる?」と女性が心配そうに駆け寄って来る。
「……いえ、大丈夫っす」
 女性を手で制し、俺は偽物だと思われる養護教諭の姿を克明に思い出しながら、この場に六道がいない事を今一度認識する。この二つの状況が繋がっていない訳が無かった。
 嫌な事が起ころうとしている。いや、既に始まっているのかも知れない。そしてその渦中には六道がいる、あの偽物の養護教諭も。
「本当に大丈夫? あなた顔真っ青よ?」
 女性の不安げな声を無視して、俺は「済みません、失礼しました」と保健室を後にする。自分でも分かっている、血の気が引いている事は。顔に出るぐらいに焦燥している事も。
 念のため教室に戻って六道の姿を確認するが、やはりいない。クラスメイトが「日清水? お前顔真っ青だけど大丈夫か?」と声を掛けてきたが、俺は「済まん、今日は早退するって先生に伝えといてくれ」と鞄を置き去りにして駆け出した。
 どこを探せば良いのか見当も付かない。けれど探さなければならない。六道の身に危険が及んでいる可能性は否めないし、あの偽物の養護教諭を俺は信じていない。あいつは、俺の直感が不味い奴だと告げていた。
 靴を履き替え、外に出る。昼下がりの校外はそれなりに人影がうろついている。昼休みが始まったばかりなのだ、ランチタイムを満喫するために足を伸ばしている連中だろう。
 俺はそんな楽しげな人影を意識して視界外に逃がし、まずは――そう、あの男児の幽霊がいた場所に向かおう。そう決めると、全力で駆け出す。
 間に合ってくれ。何かが俺の見えない所で終わる前に、間に合ってくれ。
 木枯らしの吹く空は曇天で、今にも降り始めそうな暗さを地上に落としていた。

◇◆◇◆◇

「さて、そろそろあっちも終わった頃かしら」
 僕が泣き止んで、放心状態に陥ったのを見計らったかのように、浄霊屋がポツリと呟きを落とした。僕は感情の無い顔をそちらに向けて、「え……?」と間の抜けた声を漏らした。
「あら、私が一人で活動してると思ったの?」不思議そうに僕を見下ろす浄霊屋。「君、色んな幽霊と接触してたようだったから、仲間と手分けして浄化してるのよ」
「…………え……?」感情が、恐怖が、戻ってくる。「う、え……? そ、それって……?」
「君が接触した幽霊は、今みんな纏めて浄化してるって事よ」優しい笑顔を覗かせる浄霊屋。「これでもう安心よ、君を利用する幽霊はいなくなるから」
「え……?」涸れたと思った涙が、また込み上げてくる。「や、やだ……そんなの、嫌だ……っ」
 生まれたての小鹿のように、足がプルプルと震えて、立つのに難儀したけど、僕は駆け出す。歩く速度と変わらなかったけど、それでも頑張って、精一杯の力を込めて、りっちゃんの元に向かう。
 今朝、いつものように挨拶を交わして、それが最後の会話だったなんて、そんなの信じられる訳が無かったし、認められる訳が無かった。
 もう一度逢いたい。逢って、話しがしたい。このまま逢えなくなるなんて、そんなの、嫌だ……ッ!
 涙を拭って、苦しくなる胸を掴んで、懸命に、必死に、走る。視界が歪んでるせいで、何度も躓いて、何度も転んで、何度もぶつかったけど、それでも、間に合って、お願いだから僕から居場所を奪わないでと、頭の中で叫びながら、アパートに向かう。
 部屋の前に立って、扉を開ける。部屋の中は暗くて、深、と静まり返っていた。
「嫌だ……嫌だ、そんなの……」跪いて、顔を歪めて、僕は泣いた。「りっちゃん……ッ、りっちゃぁん……ッ」
「なんやなんや? どないしたん? けいちゃん」
 部屋の奥から現れたのは、紛う事無き、りっちゃんだった。
 家の前で大泣きしている僕の前で、困惑したように見下ろしている姿は、今朝見た時と同じ。間違いなく、彼女だった。
「ほら、話は部屋で聞くから、まず入りや? そこで泣いとっても寒いやろ」
 ポンポンと頭を撫でるりっちゃんを、僕は思わず抱き締めた。りっちゃんは驚いた様子で「なんやねんな? 怖い目でも遭うたんかー?」と僕の頭を撫でてくれた。
「もう……ッ、逢えないって……ッ、思ッ、って……ッ」涙が止め処なく流れて、僕は言葉が喉に閊えながらも、懸命に声を上げる。「りっちゃん……ッ」
「もう逢えへんて、なんでやねん。そんな簡単に成仏せん言うたやろ、もう忘れたんか自分?」呆れた様子で背中を叩くりっちゃん。「ほんま子供やなぁ、悪い夢でも見たんか? うちはここにおるから、心配せんでええて」
 幻じゃなかった。本当に、りっちゃんがいる。あの浄霊屋の仲間は、まだここに来てなかったと言う事なのだろうか。
 そうだ。まだ危険は去った訳じゃない。浄霊屋の仲間は、いつかここにも来る。急いで逃げなければ――
「君、本当に単純ねぇ? もう少し考えましょうよ」
 浄霊屋の乾いた笑声が、上がってくる。
 背筋が粟立つ感触に急かされて振り返ると、もう間近にまで浄霊屋は迫っていた。
「う、嘘吐いたんですか……っ?」
「嘘じゃないわ。だって君、私の仲間みたいなものでしょ? 私を、幽霊の元まで連れてきてくれたじゃない♪」
 やっと理解が出来た。浄霊屋は、僕に幽霊の元まで導かせようと、言葉を操ったんだって。それに僕はまんまとハマって、浄霊屋をりっちゃんの元まで誘ってしまった。
 りっちゃんを庇うように立って、僕は「りっちゃん、逃げよう」と小さく声を掛ける。
「な、何なん一体? あのおばはん、何なんやねん?」訳が分かってない様子のりっちゃん。「事情説明しぃ」
「あの人は、浄霊屋。りっちゃんを、浄化……消そうとしてるんだ……!」
 その一言で伝わったのだろう、りっちゃんから緊張したような気配が感じられた。
「うちを……消す……?」
「だから、逃げ――」「――逃がす訳無いでしょ?」
 目の前に迫っていた浄霊屋が、先刻男の子に掛けた液体を、りっちゃんに向かって振り撒いた。
「やめてぇぇぇぇええええっっ!!」
 僕はそれを防ごうと手を伸ばしたけど、りっちゃんに、掛かってしまった。
 りっちゃんが、驚いた表情で僕を見据え、――姿が、薄らいでいく。
「嫌だ……」跪いて、頭を抱える。「そんな……やだ……嫌だ……ッ、りっちゃん、消えないで……ッ」
 りっちゃんは自分が消えていく事を確認するように見下ろすと、僕の頭を小さく撫でた。
「短い間やったけど、楽しかったで? こんな形で自分と逢えんようなるんは腹立つけど、しゃあないやん?」頭を撫でながら、りっちゃんは笑っていた。「嫌な事から逃げ続けた者の末路はこんなもんやってこっちゃ」
「違う……ッ、そんなの、間違ってる……ッ!」消えそうになってるりっちゃんを抱き締めて、咽び泣く。「消えて良い人なんて、どこにもいないんだ……ッ、りっちゃんも消えて良いなんて、そんなのッ、そんなのおかしいんだ……ッ」
「せやかて、うち幽霊やしなぁ。幽霊は、いつか消えるもんやない?」りっちゃんは苦笑を浮かべてる気がする。号泣してる僕に対して、呆れてるのかも知れない。「でも、ありがとうな。うち、こんなにされたの、初めてやから、ちょっち嬉しいわ」
「嫌だ……ッ、お願いッ、消えないで……ッ! 僕の前からいなくならないでよぉ……ッ」
 りっちゃんの言葉が耳に入ってこない。僕は、もう何も失いたくなかったのに。何も奪われたくなかったのに。
 どうして、僕を裏切るの?
 どうして僕はこうなるの?
 どうして、どうして、どうして…………どうして、僕は、上手く出来ないの?
「嫌だよう……りっちゃん……りっちゃぁん……」
 ふわりふわりと、りっちゃんの感触が溶けていく。
 消えるんだ。僕の前から、泡になるように。
 僕はまた、何も出来ないまま、見ている事しか出来ないんだ。
「けいちゃん」りっちゃんの声が、確かに聞こえた。「うち、けいちゃんを苦しめるつもりは無かったけど、こんな事になるなら、仲良うならん方が良かったかもね」
「……ッ!」顔を上げると、悪戯っぽい笑顔を浮かべたりっちゃんが、僕を見下ろしていた。
「嘘やで? うち、けいちゃんと逢えて嬉しかっ――――」
 ふわりと。
 泡になるように。
 笑顔を浮かべたまま。
 りっちゃんは。
 僕の前から、――――消えた。

 …………遠くで、ピィ、と、鳥の鳴き声が、聞こえてくる。

◇◆◇◆◇

「……」
 昨日交通事故が起きかけた横断歩道の近くに、雨が降った訳でもないのに液体が零れた跡が残っていた。
 しゃがみ込んで、匂いを嗅ぐ。……匂いは無い。
 立ち上がって辺りを見回すも、おかしな箇所は見当たらない。
 思い違いだったか……? と思いながらも、六道の姿を確認するまで安心できなかった。あの偽物の養護教諭が何をしようとしているのか分からない以上、安心など出来なかった。
 しかし……他に行く当てとなると、あの廃屋か六道のアパートぐらいのものだ。どちらから行くべきかと一瞬悩んだ後、六道のアパートに行こうと足を向けた、その時。
 ピィ、と鳥の鳴き声が聞こえた。
 ただ、その鳥の鳴き声は普段聞くような、スズメやカラスとは異なっていて、でも即座に鳥だと分かる、不思議な鳴き声だった。
 辺りを見回すと、歩行者の信号機の上に小鳥が止まっていた。
 小さな、青い体毛の鳥。
 それが俺を見下ろして、ピィ、と甲高い音色を奏でる。
 それを見た瞬間、俺の背筋に電流が走り抜けるような、名状し難い感情が全身を包む。
 有り得ない話だが、俺はその青い鳥が、何故か、鐘嶋律子だと、思ってしまった。
 青い鳥は俺を見下ろして何度か首を傾げると、音も無く羽ばたいて、俺の頭に止まった。
 ピィ、と一声鳴くと、俺を見下ろしながら、音も無く宙を舞う。
「お、おい」
 思わず青い鳥を追う。こんな事をしてる場合ではないのにと思いながらも、羽ばたく音のしない、不思議な青い鳥を追わずにいられなかった。
 ここ最近、有り得ない現象を立て続けに体験してるからか、俺にはこうする事が最善のように思えて、疑念すら湧かずに、青い鳥の行く末を追い続けた。
 ピィ、ピィ、と、切なげで、でも楽しげな鳴き声を奏でながら、青い鳥は、俺が追って来る事を確認するように何度も振り返り、確認するとまた羽ばたいて行く。
 まるで、“早くこっちに来い”、“急いで走れ”、と急かされているようで、視線が上に向かってるせいで何度も躓き転びながらも、必死に追い駆けた。
 その先に、六道がいると信じて――――

【後書】
 年を跨いでの更新になりましたが、いよいよ次回最終回です。
 この物悲しさと言いますか、胸を締め付けられる感じこそが、この物語の髄と言いますか。めでたい時期に読むのもアレかも知れませぬが!w
 ではでは、涙を拭いながら、最後までお付き合い頂けましたら幸いです!

2 件のコメント:

  1. 更新お疲れ様ですvv

    泣初です。

    横断歩道の男の子も、りっちゃんも消えるときは納得したように消えていきます。
    けいちゃんがいたからなのかな?なんて思ってみたり…
    でもきっと納得なんてしてないですよね。

    りっちゃん、鳥になれたのかな?

    今回も痛かったです。
    次回…がんばります。

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    1. 感想有り難う御座います~!

      初涙頂きました…!

      横断歩道の男の子も、りっちゃんも、きっと納得なんてできてないんです。
      納得ではなく、きっとこれは「そういうものだったんだ」と言う、“諦め”だったのではないかと、作者は勝手に妄想しておりまする。

      りっちゃん、鳥になれてたら、少しだけ、ほんの少しだけ、幸せは有ったのかな、って。

      今回もお楽しみ頂けた…と言いますか、その痛みを覚える程の心の揺れ動き、有り難う御座います…!
      次回で最後。どうか最後までお付き合い頂けますように…!

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